二九話
一つ扉を通ると、そこは前の部屋より少しだけ広く、少しだけ綺麗な部屋へと続いていた。ただし、相変わらず窓はないの非常に暗いことに変わりはない。
廊下はなく、部屋と部屋を扉だけで仕切っている造りになっているみたいだな。
サンドボックスゲームで、俺が作る通称・豆腐ハウスに造りがよくにていた。
なんか親近感が湧くな。
そして、前の部屋とは違い、少しだけ家具があった。といっても、あったものは大きめテーブル一つに数脚の椅子程度だったが。
さっきの部屋でも思ったことだが、ここには生活感がなさ過ぎる。たぶん、居住空間というより、仮設の事務所的な場所なのではないかとそう感じた。
であるとすれば、ここは宛ら会議室といったところだろうか?
「汚い所だが、まぁ、適当に座ってくれ」
セリカに薦められるまま、俺たちは適当な椅子に腰を下ろした。
俺とソアラが横並びで、正面にセリカという形で座る。
さり気に俺たちをドアから離れた奥側に座らせる辺り、俺の逃亡防止を図ってのことだろう。
いちいち細かく警戒するな。
「すまんな。炊事場がないので茶の一つも出せんが、許してくれ」
「いえいえっ! そこまでお気遣いして頂かなくてもっ!
てか、ほらっ! スグミさんが何か出して下さいよ。どうせ何かあるんでしょ?」
それが役目でしょ? とでも言わんばかりにソアラが俺を見る。
そんなどこぞのネコ型タヌキ便利ロボットみたいに言うでないよ。
「いよいよ俺への態度が雑になって来たな……恩人に対する敬意とか気遣い、遠慮ってもんはないのか?」
「そんなものは、さっきドブに捨てて来ました。
ほらほらっ! さっさと何か出してください。セリカ様がお待ちですから」
セリカ様って……さっき会ったばかりの自称騎士が、命の恩人より上とな?
まぁ、それでも出すんだけどさぁ……
とはいえ、ソアラに出したティーセットはチェストボックスにしまって今は亜空間倉庫の中だ。
生憎と、ここにチェストボックスを出すだけの開けたスペースがないので取り出せない。
仕方がないので、インベントリに入っているスタミナ回復ポーションでも出すか。
「ソアラ殿、私に様付けは不要だ。セリカと呼び捨ててくれればいい」
「そんなっ! 騎士様に対して呼び捨てなんてっ!」
「騎士と言えど、私など末席に名を連ねているに過ぎん若輩の身だ。様などと付けられては、身分不相応も甚だしい。誰かに聞かれでもしたら笑い話のタネにされてしまう」
「でも……」
「……ならこういうのはどうか?
ソアラ、私の友になってはくれまいか?」
「えっ!?」
「友であるなら、名で呼び合うなど普通のことだろ? 歳も近いようだし、ついでに敬語もなしにしようじゃないか」
「えっと……えっと……」
「私程度が友では、不服か?」
「そういうわけではっ! ただ、こんなの初めてで、なんて答えたらいいか分からなくて……」
「……今、大陸中で人間種による他種族に対する不当な差別が続いている。エルフの誘拐もその一つだ。
その所為で、他種族の人間に対する悪感情は日に日に増してばかりいる。
私は、一部の人間が起こした悪事を以て、他種族の方々に人間という種、全体を嫌うようなことになって欲しくはないのだ。
人間だろうと、他種族だろうと、私たちは手を取り合える隣人になれるはずなんだ。
そのためには、貴方たちの味方をする人間もいると、それを知ってもらう他ない。
その一つの手段として、こうして友諠を結ぶことが、その一助となるのでないか、と私は考えている。
勿論、私ひとりがそんなことをしても、世界が大きく変わるなんてことはないだろう。
私たち騎士団が目を光らせているとはいえ、悲しいかな、今後もエルフ拉致はきっと続くし、他種族のへの差別が根絶することもないだろう。
しかし、大きな変化がないからと、小さな努力を怠っていい理由にはならない。それすら止めてしまったら、世界は本当に悪意に満ちてしまう。
そんな世界に、私はしたくないのだ。
これは私の我儘だ。ソアラが付き合う必要はどこにもない。だが、少しでも私の夢に何か思うところがあるのなら、是非、私の友人になって欲しい……」
「セリカ様……」
「セリカ、だ」
「……分かり、ました。セリカの思い、私もよく分かります。
私なんてただの村娘ですけど、そんな私で良ければ、是非お友達になってください」
「ありがとうソアラ。だが、敬語もなしと、そう言ったはずだが?」
「ふふっ、そうで……だったね、セリカ」
そうして互いに見つめ合い、微笑む二人。
なんだろ? この短時間で分かり合えてる感は……
同性というのもあるのだろうが、完全に俺だけ蚊帳の外どころか、母屋の外である。
お宅を訪問したら、居間ではなく犬小屋に通されたくらい、疎外感がハンパないったらない。
「もぉ、スグミさん何をモタモタしているんですか? 早く何か出して下さいよ」
何となく二人のやり取りを見ていたら、話がひと段落着いた瞬間に、ソアラにそう言われた。
こいつ……
「へいへい……ただ、ここは狭いから大したモンは出せんからな」
というわけで、俺はインベントリからスタミナ回復ポーションを三つ取り出し、テーブルの上に並べた。
昨日からHP回復ポーションや特にスタミナ回復ポーションの消費が激しく、インベントリ内の在庫が底を突きかけていた。
亜空間倉庫内のチェストボックスになら、まだ在庫はたんまりあるが、それとて無尽蔵ということはない。
すべてが無くなる前に、補充の目途を立てておかないとな。
「っ!! 今どこからそれを……」
で、セリカはセリカで、昨日のソアラと同じような反応を見せる。
ソアラが言っていたように、亜空間倉庫の様なインベントリ的なスキルは珍しいらしい。
「ふっふっふっー。実は、スグミさんは魔空間術士なのですっ!」
と、何故かソアラが自慢げに説明を始めた。
本当はインベントリ関係のスキルについては黙っているつもりだったのだが、放っておいてもソアラがペラペラと話してしまいそうだったから、もう諦めていた。
「魔空間術士か……話には聞いたことはあるが、実際に目にするのは初めてだな……それでこれは?」
セリカが、スタミナ回復ポーションの瓶を一つ摘み上げ矯めつ眇めつ観察する。
「そいつはスタミナ回復ポーション。飲むと少しだけ体力が回復するポーションだ。勿論、毒なんて入ってないから安心してくれ。あっ、ただ瓶は返してくれよ?」
瓶は案外手に入れるのが面倒なのだ。
正確には、素材を集めるのが面倒なのである。
ポーション瓶は、水晶の欠片(小)というアイテムを一〇〇個集めると、一つ作ることが出来るアイテムだ。
水晶の欠片(小)はそこら辺に落ちている石を砕けば五個に一つくらい、ゴーレムなどの鉱石系モンスターを倒せば水晶の欠片(小)が一〇個取り出せる、水晶の欠片(大)が十中八九手に入る、比較的入手の容易なアイテムではあった。
しかし、制作に一〇〇個必要というのが意外にキツく、瓶一つ作るのに石を五〇〇個以上割るか、一〇体以上のゴーレムを狩る必要があった。
正直、そこまでの時間を掛けるなら別のモンスター倒して、ドロップアイテムを売ったカネで瓶を買った方が早い。
しかし、だ。
結局、みんな考えることは同じなようで、その所為かポーション瓶は比較的高価な価格で売買されていた。
つまり、今使っている瓶はその多くが、文字通り俺の努力の結晶なのである。
「……魔術薬、だと? それを茶の代わりに三本も惜しげもなく出すとは……」
「大げさな、そんな大した物じゃないぞ?」
「大した物ではない、か……」
セリカはまだ何か言いたげにそういうと、スタミナ回復ポーションの蓋を外して一口啜る。
「っ!? 不思議な味だな……水で薄めた蜂蜜水に近いか? それにしては少し塩気も感じる、か。
しかし、魔術薬とはいえ、飲んだだけでは特段変わった感じはしない物だな」
「今は別に疲れているわけじゃないだろ? なら、何も感じなくて当然だ。
こいつは失った体力を回復する物だからな」
と、スタミナ回復ポーションの感想を口にするセリカに、俺はそう説明する。
もっと正確にいうなら、体力の回復と、一定時間の体力回復速度の向上が、スタミナ回復ポーションの効果なのだが、そこまで細かく説明する必要はないだろう。
「もうっ! スグミさんはまったく気の利かない人ですねっ! お茶請け的な物はないんですかっ! ほらっ、昨日の貰ったアップリア? でしたっけ? あれとかないんですか?」
このヤロー……人を何だと……
「あれはチェストボックスの中だ。こんな狭い所じゃ出せないの。今はそれだけで我慢しとけ」
一応バーガーの残りがあるが、あれはお茶受けって感じでもないしな。
「まったく、使えない人ですね……」
「こいつ……人が黙って聞いていれば調子に乗りよってからに。また、キャイン言わせてやろうか?」
「もう散々泣かされてますから、今更ですよぉーっだっ!」
ソアラはそういうと、いーっ、と小さく白い歯を剥き出しにして俺を威嚇した。
「ふふっ、昨日出会ったばかりという話しだったが、随分と仲が良いようだな」
その様子を見て、セリカが小さく笑ってみせた。
「別に、仲が良いわけじゃないよ……私は昨日から、スグミさんにすっごく気を使ってたのに、スグミさんときたら私をからかって笑ってばっかりで……
もう、気を使うのがバカらしくなっただけなのっ!」
ソアラ嬢は昨日からの一連の出来事にそうとうご立腹なようで、頬をハムスターのように膨らませてプンスコしていた。
「だが、それもまた一つの気の使いのようなのではないだろうか?」
「どこがっ! こっちはオモチャにされて遊ばれてるだけなんだからねっ!」
「私は今まで多くのエルフの娘たちの救出を行って来たが、助け出した翌日に笑顔を浮かべられた者は一人もいなかったよ……
喩え体の傷は浅くとも、心に負った傷は、それが如何に小さくとも存外癒え難いものだからな。
それで周囲の者たちが腫物を扱う様に接すれば、尚のこと傷の治りは遅くなる。すべてを忘れるには、当事者にも周囲の者にも、それ相応の時間が必要なのだろう。
だが、敢えて気を遣わず、自然体で接することで、被害者の被害意識を軽減することが出来るのではないか、という話しを聞いたことがある」
「気を遣わない気遣い……ですか……」
何か思うところでもあったのか、セリカの話を聞いて、ソアラが神妙な顔で俺へと顔を向けた。
勿論、俺としてはそんなことなどこれっぽっちも考えてなどいなかったのだが、折角いい感じで誤解してくれているので、そのままにしておこうと黙っておくことにした。




