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二七話


「俺に何か用かい?」

「はい。少しばかりお尋ねしたいことが御座いまして……」


 声からすると女性の様だが、フードを目深に被っている所為で顔はよく見えなかった。

 身長はソアラと同じくらいか、少し高いくらいで、声の感じから歳も近いのではないかと思う。

 その女性(仮)は、そう言うと俺へとずいずいと近づいて来た。

 ずいずい、ずいずいと……


 って、ちょっと近過ぎね? これ?


 気付けば女性(仮)は、目と鼻の先、それこそ俺の胸に顔が当たりそうな距離まで近づいて来た。


「ちょ、ちょっと近づき過ぎじゃないのか?」

「いや、これでいい……」


 女性(仮)はそうボソリと言うと、軽く腕を売る様な動作を見せた。

 何をしていのるかと不審に思った時には既に手遅れで、気づいた時には鳩尾辺りに手の平に収まってしまいそうな小振りなナイフ、所謂ハンドナイフの類を押し付けられていた。


「っ!?」

「騒がないでもらおうか。貴様とて道端に(はらわた)をぶちまけたくはないだろ?」


 小振りであるが故に、このナイフの一刺しで即死する、というようなことはないだろうが、かといって軽傷で済むようなことも絶対にない。

 それこそ、この女性(仮)が言う様に、腹を切り裂かれれば路上に内臓をぶちまけることになる……

 胃やら腸やらをデロデロにした自分の姿を想像して、ゾっとする。


 幸か不幸か、ソアラは俺の背後にいる形になっていたために、この状況が見えておらず、今はただ静かにこちらの様子を見ているだけだった。

 さて、これをどうしたものか……


 とかく俺は死にやすいクソ雑魚ステータスなので、徹底的に死に難くするためのアイテムを大量に装備していた。

 例えば、HPがゼロになったら、一度だけMAX・HPの10%分を回復することが出来る、所謂蘇生アイテムだとか、HPが90%以上ある時、一撃でHPがゼロになるような攻撃を受けた際、一度だけ攻撃を無効化するアイテムとか、そんな感じの物をだ。


 それらの物をフル活用して俺が囮になれば、ソアラだけでも逃がすことは出来る。

 と、一瞬考えたが、即自己却下を下す。

 お互い不慣れな土地で別行動をする方が、今は危険だろうと思い直したのだ。

 しかし、この女性(仮)を取り押さえようにも、ここでは生憎と通行人や障害物が多過ぎで、黒騎士どころかエテナイトすら取り出せない状態だ。

 俺の能力は、こういう突破事象に限りなく不向きなんだよなぁ。


 こうなると、女将さんにリュックを預けたのは失敗だったな。

 あのサイズのぬいぐるみでも、戦い方次第ではただの追剥程度なら、十分に戦えるものだ。

 ただ……

 一切の淀みのないこの動き。ただの追剥とは到底思えなかった。

 一体、何者だこいつ?

 一応、【身体解析(フィジカルアナライズ)】でステータスの確認だけしておこう。


 ぶっ!! なんぞこれ!?


 【(STR)】154

 【敏捷性(AGI)】355

 【生命力(VIT)】178

 【魔力(MAG)】368

 【頑丈さ(TAU)】112

 【器用さ(DEX)】348


 俺は女性(仮)のステータスを見て心の中で噴き出した。

 これ、中堅プレイヤー並みのステータスだぞ?

 この数値と比べたら、森で襲って来たおの大男など赤ん坊もいいところだ。俺の様なクソ雑魚じゃ、天と地がひっくり返っても正攻法で勝てる相手じゃない……


「追剥なら他所でやってくれ。俺は大したカネは持ってないぞ?」


 内心、冷や汗をナイアガラの様にゴウゴウと流しながら、だが、表面上は平静を装って女性(仮)へと告げる。

 結局、逃げるも戦うも選べなかった俺は、引き伸ばし戦略を選ぶ他、手がなかった。

 勿論、正攻法でなければ、まだ勝ちの目もあるが、それは俺が一人ならの話しだ。

 今はソアラが居る。下手に暴れたら、ソアラを危険な目に合わせてしまうことにもなり兼ねない。

 ここは一先ず、じっと耐えて我慢の子だ。

 なに、まだ焦る時間じゃない。逃げるにしても倒すにしても、必ずチャンスはある。今は無理せずタイミングを見計らうべきだ。


「ネカなどどうでもいい。

 私が知りたいのは、何故貴様がエルフ(・・・)の少女を連れ歩いているのかについて、だ」

「っ……!?」


 追剥だと、そう思っていた女性(仮)から思いも寄らぬ言葉が飛び出し、俺は自分の耳を疑った。

 なんで、ソアラがエルフだとバレた?

 外見は変身リングの力で、完全に人間の女性の姿になっているというのに……


「エルフ? どこにエルフが居るって言うんだ? あんたの目は……」


 誤魔化そうとしてそこまで言うと、女性(仮)は黙れと言わんばかりにナイフをぐっと俺の腹へと押し付けた。

 まだ刺さってはいないが、次つまらないことを言ったら刺す、という無言の圧力が伝わって来た。


「我々とて、相応の確信を持って声を掛けている。不用意な発言は控えた方が貴様のためだ」


 この女性(仮)の言葉がハッタリでなければ、どういう方法かは知らないが、見た目以外でエルフを判別する方法がある、とうことなのだろう。

 一体どんな手を使ったのやら、さっぱり見当が付かないがな。

 見た目さえ誤魔化せばバレない、と思ったのだが甘かったようだ。


 しかし、我々(・・)……ね。

 その言葉が気になり、さり気なく周囲に目配せしてみれば、あからさまこちらを意識している人間が確かにいた。

 ざっと気付けただけで二人。だが、この二人。おそらくだが、わざとそれだと分かる様にこちらを見ていたな。

 俺に対して、見張っているぞ、という意思表示なのだろう。

 となれば、それ以上の人間が既に俺たちを取り囲んでいるということなる。


 探知系のスキルでもあれば、敵性存在をマップに表示することも出来るんだが、生憎と俺はその手の斥侯(スカウト)系のスキルを一切持っていなかった。

 目に付く奴は全部敵だから、片っ端から倒せばいいっていうプレイスタイルだったからなぁ……


 一応、こちらの二人も【身体解析(フィジカルアナライズ)】でチェックをすると、軒並みステータスが200オーバー。

 【(STR)】【生命力(VIT)】【頑丈さ(TAU)】に至っては、350オーバーと来た。


 ソアラを単独で逃がさなくて正解だったと、ホっと胸を撫で下ろす。これでは、逃げ出した途端に掴まっていた可能性がある。

 勿論、ソアラの森での身のこなしを思えば、ステータス的には劣っている彼女でもこの包囲をすり抜けることが出来るかもしれない。

 が、希望的観測なんかに(すが)るものではないわな。


「ふむ、能無しではないらしいな。既に貴様も気付いているとは思うが、周囲は私の仲間たちが包囲している。

 逃げようなどとは、夢にも思わないことだ。あと、分かっていとは思うが変な気は起こすな。不審な動きをすれば容赦なく刺す」


 俺の態度を察してか、女性(仮)が釘を刺す。

 一体、こいつらなんなんだよ……

 エルフ(ソアラ)のことを気にしている様だが、ソアラを攫った賊共とも雰囲気が違う……ような気がする。

 てか、ステータスが最早そこらの破落戸(ゴロツキ)ってレベルじゃない。

 別の組織の連中、という線もあるが、ここは一つ鎌をかけてみることにした。


「その娘がエルフだとして、それでどうするつもりだ?

 肝でも抜いて薬にして売るか? エルフの妙薬は高額で売れると聞くからな」


 俺がそう言うと、女性(仮)がグイっと更にナイフを押し付ける。

 ひぃっ! ちょいちょいっ! それ以上押し付けられたら、先端ちょっ刺さるからっ! マジで腹に刺さるからっ!

 まだ血が出る程ではないが、それでも服の上からでも尖った物が腹に当たっている感触だけは嫌と言う程はっきり伝わって来た。

 俺が持っているアイテムの(ことごと)くが、大ダメージを無効化するのに特化しているため、中途半端なダメージを防ぐ手立ては殆どといっていいほど持っていなかった。


 だからこのままブスっとされると、普通に刺されることになる。

 おそらく死にはしないだろうが、痛いのは勘弁して欲しい……

 内心、流している冷や汗の量が倍プッシュで跳ね上がる。

 それでも、顏には出さずにポーカーフェイスを貫き通し、俺は女性(仮)を見据える。


「それは貴様たちだろう。一緒にするな……

 私たちの目的は、貴様らに攫われたエルフの救助だ。そのエルフの少女を何処から攫って来た? 貴様の仲間は何処にいる? 洗い浚い吐いてもらおうか……」


 ん? エルフの救助……だって?

 てーと、何か? ソアラを連れていることで、俺がエルフ誘拐犯と間違われている、ということか?

 とんだ勘違いも甚だしいが、まぁ、俺たちの関係を知らなければそう思っても仕方ないかもしれないか。

 なにせ、人の街に若い女性のエルフが理由もなく居るなど、本来考えられないことなのだから。


 誘拐犯に間違われているのは(すこぶ)る遺憾だが、逆にこの状況は俺たちに取っては好都合であるともいえた。

 元々、ソアラを村へ帰すための協力者を求めてこの街へと来たのだから、向こうから俺たちに接近して来てくれたのは、俺たち的には願ったり叶ったりといえよう。


 とはいえ、この女性(仮)の言葉をすべて鵜呑みにするわけには行かないがな。

 救助を名目にエルフを集め、裏ではこっそり売り捌いている、なんて可能性もゼロではない。

 大体、悪人ってもんは、往々にして善人の皮を被って近づいて来るってのが世の常だ。

 ゼッタイモウカル、とアナタノタメダカラー、と言い出したら要注意である。


「そいつは奇遇だな。俺もたまたま彼女を助けてな。今は協力してくれる人物がいないか探していたところだ」

「その言葉を信じろ、と?」

「それはお互い様だろ?

 こっちは腹にナイフまで突きつけられているんだぞ? それで“エルフの救助をしている”なんて言葉を信じろ、と?」


 俺の言葉に、女性(仮)がしばし逡巡すると、突き付けてたナイフを下げ、数歩後ずさる。

 そして、(おもむろ)に被っていたフードを脱ぎ去った。


「貴様の言にも一理ある、か……

 私はノールデン王国騎士団に席を置く、セリカという者だ」


 そう名乗り、フードの下から出て来たのは、金色の髪をお団子(シニョン)にまとめた美少女だった。

 蒼い空の様な色の美しい瞳はキリリと鋭く、そこから使命に燃える意思の強さのようなものが垣間見えた。

 年齢は一〇代後半、二〇を超えてはいないだろう。思った通り、ソアラと同じくらいか、少し上といった感じか。まぁ、俺よりずっと若いことは間違いあるまい。


「我々は今、大規模なエルフ誘拐組織について調査をしている最中でな。貴様……いや、貴殿の言葉が真実であなら、是非、話を聞かせてもらえないだろうか」


 俺に向けられたその真剣な眼差しからは、とても嘘を吐いているようには見えなかった。


「あのぉ~、スグミさん。そちらの方は、一体どんな御用だったんですか?」


 ちょうどその時、ソアラから声を掛けられた。

 俺もセリカと名乗った少女も、お互い声を潜めて会話をしていたために、ソアラからは黙ったまま、向かい合っているようにしか見えなかったのだろう。

 現に、ソアラから会話の内容が聞こえていた様な感じは見受けられなかった。


「いや、何かこの人が俺たちに聞きたいことがあるんだとよ」

「聞きたいこと? ですか?」


 フードを取ったセリカをソアラに見える様に、俺は半歩ずれた。

 セリカが小さく会釈すると、「あっ、ども……」とソアラもまたセリカに向かって会釈を返した。


「この様な人通りのあるところで話す内容でもあるまい。落ち着いて話せる場所に移ろうと思うが、依存はあるまい?」


 その声色からは、嘘を言っていないのならば、逃げることはないだろ? という挑発的なニュアンスが感じられた。


「ああ、構わないよ」


 後ろめたいことは何もない俺はそれに同意。着いて来いと言うセリカに先導されるがまま、俺達は路地裏へと進んで行った。

 


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