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二五話


SIDE OTHERS 


 スグミとソアラが大衆食堂へと入っていくその姿を、細い路地に隠れるようにして遠目から眺める二つの影があった。

 両者ともに色あせた砂色のローブを羽織り、頭もフードですっぽりと覆ってしまっているため顔もよく見えない。

 ただじ、一人は長身、一人は中背であることは見て取れた。


 見るからに怪しげな風貌ではあるが、俗に自由騎士と呼ばれる者達……特定の主を持たず、街から街へと渡り歩いては、多種多様な依頼を受けて日銭を稼ぐ者たちをこう呼ぶ……には、よく見られる姿であるために、周囲の人々の中で彼らに気を留める者は誰一人としていなかった。


「イオス……あの少女で本当に間違いないのか?」


 人影の小さい方が、頭一つは高い人影、イオスへと訝し気な声色でそう問いかけた。

 声の調子からすると、成人前の少年か、もしくは少女であろうことを連想させる高い声だった。


「俺は見えた(・・・)ままを言っているだけだ。

 俺はただの協力者であって、お前の部下ではないからな。信じるかどうかは、セリカ、お前の好きにすればいいさ。

 お前が動かない、というのなら、俺は俺で、勝手に動かせてもらうだけだ」


 問われたイオスは、特に気分を害した風もなく、小さい人影セリカへと、淡々と答える。

 こちらは直ぐに、成人男性のそれと分かる声だった。 


「お前の魔眼()を疑っているわけではないが……あの少女、見た目は人間(・・)にしか見えなかったぞ?」

「だが、魔力光は確かにエルフのそれだった」


 それに、とイオスは心の中でそっと付け加える。

 あの少女から見えた魔力光は、イオスが知る人物によく似ていた。

 見つけた時は、懐かしさからうっかり本人かと思い、声を掛けてしまいそうになったほどだった。

 だが、寸でのところで、イオスが知る彼女とは似ても似つかないその容姿と、里に居るはずの彼女が、こんな人間の街に居る訳がないと、思い留まったのだ。


 世界には、同じ顔が三つある、とそういわれている。それは魔力光も同じく、似たような魔力光を持つ者は確かに存在した。

 故に、イオスは他人のそら似だと、そう判断したのだ。


「ハーフ、という可能性は?」

「ないな。ハーフにはハーフ特有の色がある。俺なら父方か母方か、どちらがエルフなのかすら見分けられる」

「しかし、どうやって人間の姿に? 変装にしては、アレはあまりに巧妙過ぎる……」

「そんなこと、俺が知るわけがないだろ。

 ただ、可能性があるとすれば……古代魔術文明時代の遺産である、魔道具の類くらいか。

 あれらの中には、人知を超えた力を秘めた物が数多く存在すると聞く。

 その中に、姿を変えるような力を持ったものがあったとしても、何ら不思議ではあるまい」


 イオスの言葉に、セリカは暫し黙考する。


(人間に姿を変えたエルフの少女を連れた人間の男が一人。

 あの男がエルフ拉致事件の関係者……の可能性は十分にある、か)


 しかし、だ。

 二人の存在を発見してから、他の構成員と合流するかもしれない、としばらく二人の後を着けていたセリカとイオスだが、結局あの二人にそれらしい動きは一切なかった。

 二人はただ街中をウロウロしているだけで、行動に目的意識を感じられなかったのだ。

 言ってしまえば、セリカには二人がただ単に街中を散策しているようにしか見えなかった。

 もっとはっきり言ってしまうば、ただの物見遊山、観光しているようにしか見えなかったのである。

 終いには、仲良く連れ立って食堂へと入って行く始末。

 

(とても、エルフ拉致事件とは関係があるようには思えないが……とはいえ……)


 自分の中で答えが出たのか、セリカは小さく一つ頷いた。


「このまま見過ごすことが出来ない以上、どの道、話を聞く必要はある、か。

 私はここで奴らが出て来るのを見張っている。イオス、お前は本部へこのことを連絡してくれ。

 あまり派手に騒ぎたくはない。作戦は三型だ。捕獲後、速やかに隠れ家に搬送する。手配を頼む」

「いや、ここは全周包囲の一型が妥当だろうな……」

「ほぉ……私単独では、あの優男一人取り押さえるのすら不安だと、お前はそう言いたのか?」


 イオスは自分の発言で、セリカの声色が強張ったのが分かった。

 これは怒らせたな、という自覚はありつつ、しかし、冷静に自分の判断が如何に正しいかを訥々(とつとつ)と説く。


「奴を姿形で判断しない方がいい。さっきは遠目であったため見間違いかと思い黙っていたが、ここまで近づいて確信した。

 奴の魔力量は尋常じゃ。人のそれを何倍も……いや、下手をすれば何十倍も凌駕しているような化け物だ。

 少なく見積もっても、セリカ、魔術の才に恵まれたお前さえも軽く超えている」

「っ!?……そこまでか」

「正直、俺としては関わり合いになりたくないレベルだよ……そうも言ってられんがな」


 イオスはそこまで話すと、いざ戦うとなったらどう立ち回べきかを考える。


(正面からぶつかって、どうこう出来る自信はない。ならば、娘だけ攫って逃げるか? しかし、それで戦闘にでもなったら街への被害が……)


 こんな人込みで、広範囲魔術を使われた時の惨劇を想像し、イオスの背中に冷や汗が流れる。


「一般人ではないとするなら、やはり拉致組織の一員と見た方がよさそうだな。分かった。

 では、三型作戦で行こう。イオス、本部への連絡と合わせて至急、増援の要請も頼む」

「相分かった」


 セリカは手短に指示を飛ばし、イオスもまた、準備のためにその場を去った。

 立ち去るイオスを見送り、セリカは視線を食堂の出入り口へと移す。


(関係あるにしろ、ないにしろ、人間に変装させたエルフを連れていることに違いはない。

 エルフ拉致事件の関係者であればよし。違うにしても、人間の街にエルフがいるにはそれ相応の理由があるはずだ。

 この街に、事件の黒幕に繋がる手がかりがあるはずだ。どんな細い糸でも、この好機、逃すわけにはいかん。

 ただし、周囲に被害を出さないためにはどうするべか……だな)


 セリカたちが、その少女を見つけたのは本当にただの偶然だった。


 エルフ拉致事件の調査をするため、街中を調査していた時、突然イオスがエルフが居ると言い出したのだ。

 それが、今、追っている(くだん)の少女であった。


 イオスは人から漏れ出る魔力を、光として見ることが出来る特殊な目、魔眼の一種である、魔光眼(まこうがん)の持ち主だった。

 その彼がエルフだというのだから、まず間違いない。

 そしてそれは、隣に居た男が膨大な魔力を持ち合わせていることの証明でもあったが。


 情報部の調査では、ここアグリスタにエルフ拉致犯の中継拠点があるらしいことは分かっていた。

 しかし、セリカたちがこの街に滞在し、調査を始めるもなかなか事件の核心へと至る手掛かりが掴めないでいた。

 既に、三〇日程セリカ達はなんの成果も上げられないまま、無意味に時間ばかりを浪費していたのだ。


 確実に奴らの近くには来ている。なのに、まるで姿が見えない。そんな状況にセリカの気持ちは焦るばかりだった。


(しかし、魔道具か……)


 ふと、セリカの脳裏に去り際のイオスの言葉が蘇った。

 仮に、イオスの言葉がその通りだとすれば、今まで情報部が攫われたエルフの足取りを一向に掴めなかったことに納得がいく。


 何せ、姿は人間なのだ。


 イオスの様な、特殊な眼でも持っていなければ気づきようはずもない。

 厄介な奴らに、厄介な物が渡ったな、とセリカは心の中で大きく嘆息したのだった。


 ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢


「ほらよっ、お待ち」


 そう、ぶっきら棒に恰幅のいい女性店員が俺たちの前に並べたのは、何かの肉とおそらくキノコらしき物体、それとなんらかの野菜の炒め物だった。

 あと、セットとしてスープと小さめの丸パンが二つ添えられていた。

 これが『セッペクッチョとマニマニのホルンソン炒め定食』……なのだろう。

 これに、水が一杯サービスで付いて一人前580ディルグ也。

 水は無料ではなく、単品で注文すれば料金をきっちり取られる。水がサービス品なのは日本くらいなものってな。


 これが高いのか安いのかは判断が難しいところだが、日本で同じボリュームの物を食べたとしたら、安いところで600円前後、高いところで800円前後といった感じだろうか。

 とするなら、ざっくり換算すると1ディルグおよそ1円以上2円未満……ってところかな?

 間を取って、1.5円ってことにしよう。


 そう考えると通門料大人一人3000ディルグって意外とお高かったのな。

 まぁ、そのうち2000ディルグが滞在許可証の発行料金で、通門料は1000ディルグだったわけだが、それでも高いな。

 ちなみに、この通門料も人によって支払う金額が異なるようで、商人なら500ディルグ。街の住人であれば100ディルグ。子どもと、自由騎士と呼ばれる者たちは無料。

 で、それ以外、旅人だとか身分証を持っていなかった者などが1000ディルグということらしい。


 身分証って大事だな、とつくづく思う。


 余談だが、この世界の通貨は、大きく分けると四種類ある。

 銅貨、銀貨、金貨、そして白金貨の四つだ。

 そして、それぞれに小貨と大貨の二種類があり、計八種の硬貨によって通貨体系が構築されている。


 通貨単位はディルグ。

 小銅貨一枚が1ディルグで、十枚で大銅貨一枚10ディルグになる。

 変換レートは下位が上位に対して十対一で固定。

 なので、大銅貨十枚で小銀貨一枚。小銀貨十枚で大銀貨一枚。大銀貨十枚で小金貨一枚。小金貨十枚で大金貨一枚。大金貨十枚で小白金貨一枚。小白金貨十枚で大白金貨一枚。という、換算になる。

 つまり、門を通るのに使った金額6000ディルグは、大銀貨六枚分、ということやね。

 目の前の定食なら、小銀貨六枚でお釣りで大銅貨二枚という計算になる。


 一般的な私生活において、銅貨や銀貨が生活するうえでよく使う貨幣で、小金貨は極稀に手にする程度。

 大金貨になると商人などの大口取引で使うくらいで、白金貨に至っては大小共に、多くの人が生涯見ることすらないような物だ、と門の列に並んでいる時にソアラに教えてもらった。


 通門料に飲食代と、そこそこお金を使っているが、賊共から巻き上げた資金にはまだ余裕があるので、しばらくは生活に困るということはないだろう。

 まぁ、いざとなったら『アンリミ』産のアイテムでも売れば、それなりの資金になるだろうから、カネの面ではあまり不安を感じていない。


 一番の問題は、エルフの協力者を見つけられるかどうか、だよな。

 資金があるうちに、この街でエルフを見つけ、協力を仰ぎ、ソアラを無事村に帰してあげるのが、俺の当面の目的になる。

 午前中の探索では、有力な情報を掴めなかったので午後は頑張らないとな。

 あっ、ついでに賊の後片付けもそうか。ゴミを道端に放置したままはまずいからな。


 なんてことを考えている間に料理を並べ終わった女性店員は、言葉少なにすぐさま別のオーダーを取りに席を離れて行った。


「いただきまぁ~す!」


 ソアラは料理が並ぶや否や、フォークを片手にパクパクと食べ始めた。


「……頂きます」


 俺もそれに習い、フォークに手を伸ばす。

 ソアラが美味しそうに食べているので、不味い、ということはないと思う。が、得体の知れないものを食べる時の一口目は、どうしても勇気がいるものだ。

 俺はフォークで『セッペクッチョとマニマニのホルンソン炒め』を救い上げ、口の中に放り込む。

 ままよっ!


 もきゅもきゅ もきゅもきゅ


 あら? 意外と普通に美味しかった。

 肉は繊維質で鳥のササミに似ており、キノコもコリコリとした食感がキクラゲに似ている。

 野菜はほぼほぼホウレン草だな。

 それらをバター、塩コショウ、あと香草的な何かと一緒に炒めたのが、この『セッペクッチョとマニマニのホルンソン炒め』という料理のようだ。

 ただし、どれかセッペクッチョで、どれがマニマニで、どれがホルンソンなのかはさっぱり分からんがなっ!


 なので、ソアラにちょっと解説を頼んだら……


「ふふみはん、ひらふにはへへたんへふか?」

「……取り敢えず、口の中身を片付けてから話しなさい。女の子がはしたない……」


 もぐもぐ もぐもぐ ごっくん


「スグミさん、知らずに食べていたんですか?」

「店の人を待たすのも悪いだろ? かといって適当ってのも怖いから、ソアラと一緒のものにしたんだよ。それなら安全だろうと思ってな」

「なるほど。えっとですね……」


 で、ソアラ女史の解説によれば、肉がセッペクッチョでキノコがマニマニ、野菜がホルンソンなのだそうだ。


「セッペクッチョは大型の食用カエルの品種名なんですよ。過食可能部位が多くて、性格が温厚、飼育し易いカエルさんです。

 お肉も柔らかくて美味しいと、私の村でもいっぱい飼育してますよ。

 ただ、モーモー、モーモーすっごく五月蠅いですけど」


 それは、ウシガエルかな? まぁ、これはカエル肉だということは分かったからよしとしよう。

 俺は、別にこれがカエル肉だと聞いてもそれ程忌避感を感じなかった。

 というのも、昔、会社の慰安旅行で海外に行った時に、トカゲとかバッタとか食わされたからな。今更だ。

 それに、今や害獣指定を受けているウシガエルも、元を辿れば戦後の食糧難に食用として海外から輸入したのがその始まりだ。

 ちなみに、ウシガエル料理も食べたことがある。

 勿論、その辺の池にいる奴をとっ捕まえて、ではなく、ちゃんと養殖された奴を専門の料理店でだ。


 そういえば、とある番組で某アイドルが野生化したウシガエル捕まえて食ってたっけ……ワイルド過ぎるだろぉ~。


「マニマニは、それ単体で食べても殆ど味がしません。だから、味というよりコリコリとした食感を楽しむ食材ですね。

 ただ、味が染み込み易い食材ですから、味が濃いものと一緒に調理すると、お出汁吸って大変美味しくなります。

 ホルンソンは生で食べると苦いんですけど、加熱調理すると苦みが薄れて甘みが増します。

 私は少し濃いめの塩で茹でたものに、ゴマを和えて食べるのが好きですね」


 と、丁寧に説明してくれた。


「にしても、ソアラは意外と料理に詳しいんだな」

「意外と、は余計です」


 俺の一言が気に入らなかったのか、若干ふくれっ面になるソアラ。


「いや、食いしん坊だから、てっきり食べる専門かと思ってた」

「うぐっ……相変わらずグサっとくること平気で言いますよね、スグミさんって……

 あのですねっ! 私だって女の子なんですから、家事のいろはくらいお母さんから叩き込まれているんですよっ!

 男は狩りが出来て一人前、女は美味しい料理が作れて一人前、ですからねっ!」

「そういうもんなん?」

「そういうものですよ。スグミさんの所では違うんですか?」

「ん~、人それぞれ……かな? まぁ、生き方の選択肢が広いというか、なんというか」


 ソアラのそんな疑問に、俺は言葉を濁して答えた。

 現代社会の諸々の(しがらみ)を考えると、男はこうだ! 女はこうだ! なんて明確な答えなんて言えやしない。

 てか、下手に女性は家庭に入って家を守るものだ、なんて言おうものなら、即時、女性人権んたらなんたらから突き上げを食らうのが今の世の中だ。

 勿論、だからといってソアラたちの生き方を否定するつもりも毛頭ない。それはそれで一つの在り方というものだと思うからな。

 ところ変われば、在り方も変わるということだ。そこによそ者が口を挟むべきではない。

 多様性を認めて行こうではないか!


 そもそも、ソアラたちの考えを日本に当てはめたら、一人前の男などごく少数になってしまう。

 今の日本で、狩りをしている人間など猟友会のメンバーか、森に入ってサバイバル動画を上げいてる、一部の配信者くらいなもんだろ。

 なんて世間話をしながら、俺たちは料理食べ進めていった。


「ごちそうさまでした」

「ご馳走さまでした」


 程なくして、料理を完食。

 店内の喧騒を背に、二人して人心地付いた。




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