二三話
と、いうわけで、街の門前まで来ました。
「列、出来てますねぇ……」
「だな」
来たのはいいが、俺たちの前には俺たちと同じように街に入ろうと並ぶ、決して長くはないが、かといって短くもない列が出来ていた。
例えるなら、最近タウン紙に掲載されたばかりの小洒落た飲食店くらいだろうか。
……自分で言っておいて、よく分からなくなって来た。
列に並んでいるのは、見るからに商人風の男から、小さな子どもをつれた親子連れ、中には腰に剣を下げた若い男など、その種類は実に多岐に渡る。
賊を見た時にも思ったが、剣を普通に携帯しいるとか、考えたら結構物騒な世界だよな。
いや、日本だって戦国時代や江戸時代では刀を佩いていたわけだから、そこまで物騒ではないのかもしれない。まぁ、知らんけど。
勿論、『アンリミ』では街に入るのにこんな検問のようなことは無かったが、ここは俺たちもそれに倣って、大人しく最後尾へと並ぶことにした。
ソアラのこともあるので、今は悪目立ちするような行いは避けたい。
特に、門番は要注意だ。
あの賊共が街の中に入るつもりだったのなら、門番の中に協力者がいる可能性は極めて高いからな。
取り敢えず様子を見ていると、皆が皆、門前に立つ兵士からいくつかの質問を受けた後、何かを手渡していた。
会話の内容まではここからでは聞こえなかったが、渡しているのはおそらく通行料だと思う。
「あんまりキョロキョロしてると、怪しまれるぞ?」
隣で妙にソワソワとした様子で、周囲を忙しなく見回しているソアラにちょっとだけ釘を刺す。
こんなとこでケチを付けられても、面倒なだけだしな。
下手にコソコソしているのも、それはそれで目立つものだ。
大事なのは、気負わず自然体でいること。
「あっ、ごめんなさい……人間の街って初めて見るから、珍しくって……」
俺に注意されて、ちょっとだけシュンとなるソアラ。
それからは、特にキョドったりせず、大人しく俺の隣に立っていた。
で、それから結構待ってからようやく俺たちの番が回って来た。
「…………」
中年の、目つきの鋭い門番の男が、無言のまま俺を値踏みするように頭の天辺からつま先までを、まるで舐める様に見る。
その目はまるで、犯罪者を見るそれだ。別に何か悪いことをしたわけではないが、何処か落ち着かない。
「黒い髪に黒い目……あんた、この国の人間じゃないな?
ここアグリスタへは何をしに来た?」
男は、一通り俺を観察してからぼそっとそう言った。
なるほど、やたら視線が険しかったのは、それが原因か。
確かに、周囲を見ても、俺の様に黒髪黒目という人間は一人も居ない。大体が、ブロンドか薄い茶色、赤毛といった感じばかりだった。
てか、この街の名前はアグリスタっていうらしいな。覚えておこう。
当然、『アンリミ』では聞いたことがない名前だ。
「はい。私は遠い地の生まれで、今は芸事を披露しながら各地を旅している旅芸人にございます。この街へは。路銀を稼ぎに来ました」
俺はそんな門番の、高圧的ともとれる態度にも臆することなく、予め用意していた答えを告げた。
ビクビクしていると、それだけで怪しまれる可能性があるからな。
「あっ、もしかして、そういうの許可とか必要でしょうか?」
「いや。店を構えるなら許可や納税が必要となるが、路上や酒場でやる分には問題ない」
「それは良かった」
「しかし、旅芸人か。ならば身分証は……無理だろうな」
「申し訳ありません」
実は、俺たちの前に並んでいた人たちも皆一様に身分証の提示を求められていた。
当然、身分証物を俺が持っているわけもなく、ソアラも持ってはいない。
とはいえ、街を目指すと決めた時から、いつかは問われるだろうなと思っていた質問でもある。
だからソアラとは事前に、身分証明関係の話が出たら、“旅芸人”として通すことを決めていた。
定住せず、土地から土地へと移動する旅芸人なら、身分証を持っていなくてもそこまで怪しまれることはないだろう、とそう考えたのだ。
それが異国の人間ともなれば、尚更だ。
そして思った通り、門番は俺たちが身分証がないことに、それなりの理解を示してくれていた。
場当たり的なハッタリではあるが、ひとまずは怪しまれずに済んで何よりだ。
「では、一芸披露してもらおうか」
「は?」
「なんだ? 芸人ならば、その芸事を以て己が証とするが常であろう?」
ああ、はいはい、そういうことね。
日本でも、江戸時代、まだ関所などで人の行き来に厳しい制限があった時代。
通行手形がなくても、芸人は芸を見せることで関所を通過することが出来た、なんて話をテレビだかネットだかで見た覚えがある。
詳しい理由までは忘れたが、確か、人に真似できない芸事がつまりは芸人である証明になるからだとかなんとか。
それに、芸事とは娯楽であり、娯楽を提供する芸人は庶民から広く歓迎されていた、らしい。
まぁ、ここも同じ理由とは限らないがな。
ここで下手に拒否するわけにもいかないので、俺は一芸披露するため準備を行う。
勿論、何かやれ、と言われた時の対策は万全だ。
とはいっても、背負っていたでっかいリュックから、これまたでかいクマのぬいぐるみを出しただけだったが。
ちなみに、このクマちゃんも、何かのガチャで引いたハズレ景品の一つだったはずだ。
確か、何かおまけ程度の特殊能力が付いていたような気もするが忘れた。調べればすぐに分かるが、今はそんなことはどうでもいい。
決して、ぬいぐるみ集めが趣味、というわけではない。
そう。俺の一芸とは、【傀儡操作】を使い、人形を自由自在に操って見せることだった。
ソアラに見せた時の反応から、珍しいスキルのようなので一芸として十分見世物になると、そう踏んだのだ。
一応だが、インベントリや亜空間倉庫は、人前では使わないようにしようと決めていた。
ソアラの話しでは、これらのスキル……インベントリは厳密にはスキルではないのだが……は大変珍しいとのことなので、下手に耳目を集めないために、だ。
収納系のスキルは利便性が高く、それこそ見る者が見れば……例えば商人たちからすれば、小スペースで大量の荷物を運搬出来るスキルなんて、喉から手が出る程欲しい能力だろう。
それに、犯罪への転用も利く。
店頭の商品を、こっそりインベントリにしまってしまうだけで、完全犯罪が成立してしまうのだから、万引き程度ならやりたい放題だ。
まぁ、実際のところ、インベントリや俺の亜空間倉庫は、所有権のないアイテムは収納不可能なので、万引きなんて出来ないんだけどね。
しかし、そんなスキルが使えると知られれば、無用なトラブルに巻き込まれる恐れがある。
と、街を目指す道すがら、ソアラと相談して決めたことだった。
【傀儡操作】も珍しいといえば珍しいが、所詮は人形が操れる、それだけのスキルに過ぎない。
希少で有用なスキルと、ただ珍しいだけのスキル。
どちらで注目された方が危険かは、考えるまでもないだろう。
「人形……か?」
中年門番が、何が始まるのかと、訝し気な眼差しでぬいぐるみを凝視する。
「それでは、今からこのクマちゃんを、まるで生き物の様に操って見せましょうっ!」
「ほほぅ……」
少し興味が出て来たのか、その表情が多少和らいだ様に見えた。
後ろで待っていた人たちも、何かが始まると感じ取ったのか、列から少しズレたりしてこちらを覗き込んでいたので、俺は門番に許可をもらった上で、彼らにも見える様に少し場所を変えた。
「おほん。ここに見えます、なんの変哲もないクマのぬいぐるみ。
一見、ただのぬいぐるみの様に見えますが、そうっ! 正真正銘ただのぬいぐるみですっ!
ですが、私の奇術によって、今からこのぬいぐるみに魂を吹き込んで見せましょうっ!」
と、大仰なことを言ってはいるが、まぁ、【傀儡操作】を使うだけなんですけどね。
で、聴衆たちからは案の定“えー? ホントかよ?”みたいな懐疑的な声や眼差しが向けられた。
「まぁまぁ、百聞は一見になんとやら。
ちちんぷいぷいっ! あぶらかたぶらっ! さぁ! 今こそ立ち上がるのですっ! クマちゃんよ!」
と、大げさに両腕を振り上げてると、今までくたっと座っていたクマちゃんがもぞもぞと動き出し、立ち上がった。そして、その短い手(前足か?)を俺同様天高く突き上げさせた。
といっても、手が短すぎて、頭すら超えないんだけどな。
すると一転。
聴衆たちから、『おおっ!!』という歓声が上がった。
別に大したことをしたわけではないが、聴衆たちにとっては、それでも驚くべきことだったのだろう。
特に、小さなお子様などは、目をキラっキラさせて食い入る様な眼差しをクマちゃんへと向けていた。
ソアラも、初めて【傀儡操作】を見た時は随分興奮していたもんな。
立ち上がらせただけではつまらないので、軽く躍らせたり、適当なロープで縄跳びをさせて、何もありませんよアピールをする。
その都度、聴衆たちから拍手や歓声などをもらい、調子に乗ってブレイクダンスなんかも披露して見せた。
適当なステップから入って、ウインドミル(足を開脚し、その遠心力で背中や肩を支点に回転する技)、ヘッドスピン(頭倒立状態で回転する技)と続き、最後にマックス・ジョーダン(片手倒立の状態で足を開き、空いている方の手で頭やつま先を掴む技。基本、脚の形は自由)で〆た。
そして湧き上がる歓声。
「どもです。どもです」
拍手する聴衆に、クマちゃん共々頭を下げる。
「中々に面白いものを見させてもらったよ」
聴衆への挨拶が終わったところで、門番の男が拍手をしながら話し掛けて来た。その表情には、先ほどの険しさはすっかりなくなっていた。
怪しまれないようにするための正攻法は、親しくなることだ。
「あんたが芸人だってのはよく分かった。で、奥さんの方は何もしないのかい?」
と、ソアラの方へと視線を向けた。
男女で連れ立って居る所為で、夫婦だと誤解したようだ。まぁ、ソアラの見た目も、今は黒髪黒目だからな。そこも誤解した一因だろう。
「えっ! 私は別に……」
「勿論。彼女もいろいろとできますよ」
門番の誤解を、空かさず否定しようとするソアラだったが、俺がそれを寸でで遮った。
「(このまま誤解させておいた方がいい。改めて関係の説明を求められても、うまく誤魔化すのも面倒だからな)」
夫婦でなければ、じゃあ何なのだ? と問い返されたら、俺たちの関係をうまく説明するのは難しい。
これで複数人いれば旅芸人仲間と言えなくもないが、男女二人だけでその言い訳は少し無理がある。
しかも、ソアラがエルフということは秘密にしていなければいけないのだから尚更だ。
「(……そう……ですね)」
俺が小声でそう説明すると、ソアラも自分の状況は理解しているので、渋々といった体ではあったが、納得はしてくれたよようだった。
「ん? どうした?」
「いえ、ちょっと打ち合わせを」
俺たちが小声で話しているのを訝しんだのか、門番がそう問いかけて来たが、適当に誤魔化した。
「では、彼女は弓の名手ですので、曲芸射撃をご披露しましょう」
というわけで、クマちゃんの両手と頭の上にリンゴ大のボールを括りつけ、その三つを一射で同時に射抜く、という離れ業を披露すると宣言すると、ぬいぐるみを動かすと言った時以上に場がどよめいた。
しかも、ただ立っいるだけでは面白くないので、クマちゃんは踊ります、と言うと更にどよめいた。
「んじゃ、さっきの要領で頼むな」
「任せてください」
実は、街に入る前の打ち合わせで、ソアラにも何かしてもらうことになるかもしれない、と話はしていた。
そのための芸の練習も、少しだけしていたのだ。
ものが弓だけに、もしも放った矢が逸れ、聴衆にでも刺さったら怖いので、クマちゃんの背後に人がいないよう位置取りを調整する。
矢がボールに当たったのが見えるように、聴衆の前にクマちゃんを、そこから一〇メートル程離れたところにソアラが待機。
ソアラが手を振り、準備オーケーの合図を送って来た。
「それでは皆様、刮目してご覧くださいっ!」
こちらも手を振り返し、合図を送る。
不規則に踊るクマちゃんを、誰もが固唾を飲んで見守り静まる中、ヒュンという風切り音と共に、三本の矢がクマちゃんめがけて飛んで来た。
ドスっという鈍い音が立ち、踊っていたクマちゃんが止まると……
放たれた三本の矢は、見事にすべてのボールの中心を射抜いていた。
一拍の間の後、聴衆たちから大歓声が沸き上がった。
それは、俺がクマちゃんにブレイクダンスを踊らせた時以上のものであった。
なんだかちょっと悔しい……
「ご苦労さん」
「どうでした? 当たりましたか?」
「おう、直撃だな」
「よかったぁ~、外したらどうしようかと……」
戻って来たソアラに労いの言葉を掛けると、彼女はその場で安堵の溜息を吐いた。
実は、この曲芸には種があった。
勿論、ソアラの技術あってのことなのだが、いくら彼女が弓の扱いが巧いといっても、一〇メートルも離れた場所から、三つの動く物体を同時に射抜くなんて芸当は流石に無理があった。
しかし、そんな無理を可能とするタネが、今ソアラが持っている弓にあった。
『アルテムの弓』。
威力補正がマイナス50パーセントと、火力としてはまったく役に立たない武器だが、その代わり命中補正が驚異の300パーセントアップという際物アイテムだ。
どんなド下手でも、この弓を使えば必ず当たる。
それがソアラほどの技量ともなれば、こういった神業すら可能とした。
『アンリミ』では火力は出ないが命中補正が高いために、毒や麻痺といった状態異常矢を打ち出す専用の弓になっていた武器だ。
比較的入手も簡単なため、初心者からベテランまで、弓手職のプレイヤーは大体一本は持っている代物であった。
「すげーな、あんたの奥さん。大したもんだよ」
ソアラが戻って来ると、門番の男が驚愕の表情を浮かべて話し掛けて来た。
「うむ。あんたらが旅芸人ってのは分かった。
商売するなら、昼はエーミル大広場、夜なら酒場か自由騎士組合がいいだろうな」
自由騎士組合? またぞろ知らん単語が出て来たな。
しかし、門番からは知っていて当たり前的な雰囲気を感じたので、敢えて聞き返すようなことはしなかった。
自由騎士組合については、後で調べればいいだろう。だから、今はスルーだ。
「はい、参考にさせて頂きます」
「んじゃ、身分証がないから十日間の滞在許可証と通門料、大人二人合わせて6000ディルグだな。
滞在許可証の紛失、また、期限オーバーでの滞在は罰金刑だから気を付けなよ」
あらら、残念。一芸披露したから通行料無料とか割引を期待したのだが、世の中そんなに甘くはなかったでゴザル……
俺は賊共からブン捕った財布から料金を支払い、二人揃って門番から軽いボディチェックを受けた。
ソアラに対しては、女性門番が出て来て対応していたので、その辺りの配慮はあるらしい。
問題がないことを確認し、彼らから許可を頂き、最後に何やら台帳らしきものに名前を記入して、ようやく俺たちはめでたくアグリスタの街へと潜入することが出来た。
「あんたらなら絶対に儲かるぞ。機会があればまた何か見せてくれよ」
そう門番の男性に見送られながら、俺たちは門を後にしたのだった。




