二一話
時は、僅かばかり遡り……
茂みに隠れ潜んでいた賊が飛び出して来たその時。
俺は、黒騎士が両の手に持っていた大剣を大地に突き刺すと、黒騎士の腕を徐に前へと突きつけた。
要は、小学校などで整列する時の、前へならへ、のような格好だ。
正面の賊達が、思いも寄らない黒騎士の奇行に全員身構える。
で、ここから何をするかというと……
ガコンっ!
黒騎士が突き出した腕の前腕部、俗に一の腕と呼ばれる場所がグイっと迫り上がり、腕の内部に収納されていた機構が飛び出した。それを賊に向け、狙いを定める。
そして……
ドっドっドっドっドっ!
「がはっ!」
「なっ! おいっ! どうし……ぐおっ!」
「足がっ!! 足がぁっっ!」
大して大きくはないが、黒騎士の腕から重低音が鳴る度に、賊が一人、また一人と叫びながら倒れていった。
中には当然、逃げ出そうとする奴もいたが、逃さず全員黒騎士の魔弾の餌食にしてやる。
別段、大したことはしていない。
黒騎士の腕に内蔵されていた射撃武器が火を噴いただけのことだ。
見渡す限り、一発でも喰らった奴は行動不能になって、地面に転がっていた。
これで殲滅は完了だな。
この武器は、エテナイトのエナジーショットや、ソアラに渡したエナジーボウのような非実体武器ではなく、球状の弾体を射出するという極めて原始的かつ純粋な質量武器だ。銘をライオットという。
俺が付けた銘の中では、珍しく普通の名前なので、普通に使えている。
今は威力を最小にしているため、当たった人間が重度の打撲や複雑骨折など、大怪我ではあるがまだまだ原型を留めていることが出来ていた。
ライオットを本気でぶっ放したら、人間なんぞ木っ端微塵になるようなやべー威力をしているからな。
というのも、弾体自体は、直径3センチメートル程の単純な球体なのだが、使われている素材がちょっと特殊なのだ。
素材名は“ダークマター”という。
この素材、その一番の特徴は比重、つまり重量だ。
金属の中でも重いといわれている金の比重が大体19、プラチナで大体21くらいある。これは同体積の水の19倍、21倍であるということを意味している。
しかし、このダークマターの比重はなんと71だ。現実では絶対に存在し得ない、ファンタジー物質なのである。
しかも、このダークマター、重いだけでなくダイヤモンド並みに硬い。
とはいえ、金属の様に自由に加工することが出来るわけでもなく、特性としては石などの鉱物に近いので、削ることは出来てもそれ以上のことは殆ど出来なかったりする。
硬いのは良いが重く、加工もし難いと、『アンリミ』では、アイテム製作においてはあまり注目されるような素材ではなかった。
しかし、このダークマター。射撃物の弾体としては非常に優秀なのである。
銃などの威力を表す単位に、Jというものがある。発射された弾体にどれだけのエネルギーがあるか、というのを分かりやすく数値化したものだ。
このJは、初速の二乗に弾体重量をかけ、二〇〇〇で割ることで求められる。
簡単にいったら、重いものを早く投げたら強いよね、というこだ。
参考までに、拳銃の中ではかなり大型の部類に含まれるデザートイーグルで、大体1700J程度だ。
ちなみに、一般に販売されいてる空気圧でプラスチック弾を射出する銃型玩具が大体0.8Jくらいである。
しかし……
このライオットから射出される弾体は、直径が僅か3センチメートルの球体でありながら、その弾体重量は約1キログラムにも達する。
これを、最大出力で秒速700メートルで撃ち出すことがことが可能だ。
これはおよそ、音速(秒速約340メートル)の約二倍の速度である。その際のJはなんと……
約25万Jにも及ぶのである! これは、デザートイーグルの約一四〇倍だ。
有名な対物ライフルでも大体4000J程度であり、戦闘機の機関砲でも、弾体重量600グラムのものを、秒速600メートルで打ち出して大体11万J程度なので、それでもまだ倍以上の威力があることになる。
ということを考えると、もう、頭がおかしくなりそうな威力だわ、これ。
こんなん全力で人に向かって撃ったら、そりゃ跡形も残らねぇだろーよ……
ちなみに、弾体形状が一般的な流線形でなく球体なのは、貫通力より衝撃力を優先しているためだ。
『アンリミ』では、同じJを持った飛翔体がぶつかった場合、より運動エネルギーを消費した方が、ダメージ効率が上がることが分かっている。
要は、貫通してまった分のエネルギーは、まるっと無駄になっちゃうから、だったら、ぶつかった時に弾体が止まれば全部のJエネルギーを運動エネルギーに転換出来て強いよね? と、いうことだ。
リアルな話し、弾頭を流線形でなく、すり鉢状に加工したホローポイント弾というものが実際に存在する。
これで撃たれると、弾が綺麗に貫通せず、体内をズタズタにされるという恐ろしい弾だ。
逆に、弾頭を限界まで尖らせて貫通力を追求した、アーマーピアッシング弾というのもある。
文字通り、防弾チョッキを貫通するために作られた弾頭だ。
で、俺の場合、収納効率や加工効率、威力効率、命中率など色々試した結果、最終的に球形に落ち着いたというわけだ。
ぶっちゃけ、威力を極限まで求めると円柱形が一番ダメージが出るんだが、これだと弾道がブレて命中率が下がったり、弾体を装填する給弾システムが複雑化したりでちょっと面倒だったのよね。
初めからこれを使っていれば、簡単に賊を制圧することも出来たのだが……
この弾、案外コストが高いのである。出来ることなら、使いとぉなかった……しかし、背に腹は代えられない。
変にケチって逃がしても面倒だしな。
ここでも弾体素材のダークマターが入手出来るとも限らないので、あとで出来る限り発射した弾を回収するするつもりだが、果たしてどれだけ見つけれることか……
余談だが、半分くらいした見つからなかったでござる……
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
「で、これどうするんですか?」
そう言って、ソアラは一塊になった賊共も指さした。
俺たちは、倒した賊をロープで縛り、一ヶ所に集めていた。
縛ったのは俺とソアラで、運んだのは勿論黒騎士だ。
このロープは、ただのロープではなく『アンリミ』産の捕縛縄というアイテムで、本来はモンスターを生け捕りにする際に使っているアイテムである。
まぁ、縛ったとはいっても、使用すれば後は捕縛縄が勝手に対象をグルグル巻きにしてくれるので、俺もソアラも大したことは何もしていないんだけどね。
完全捕縛するまでに十秒程の時間が掛かり、その間に暴れられたり動かれたりすると捕縛が失敗してしまうのだが、賊は全員グロッキー状態だったので難なく捕縛が完了していた。
この捕縛縄、拘束する以外の効果はないが、とにかく耐久値がバカのように高いので、一度これで縛られると容易には脱出することが出来なくなってしまう。
しかも、解除出来るのはアイテムの所有者だけであり、この場合は俺の許可なく捕縛縄を解くことは出来ないようになっていた。
ソアラもこの捕縛縄を使って賊を縛り上げていたが、ソアラは使用者でありアイテムの所有者はあくまで俺なので、解除するには俺の許可が必要となる。
これによって、誰かがうっかり助けてしまう、という事故も起きないので、こうしてここに放置しても安心出来るというわけだ。
生き残っていた賊はこうして回収しているが、黒騎士の大剣でブン殴られた者やライオットの直撃を受けた者の中には、その場で命を落とした者も数名いた。
まぁ、黒騎士が振るう大剣はその長さが成人男性並みにあり、一本だけで重量が軽く八〇キログラムを超えている。
こんなものでぶん殴られれば、たとえ軽く振っていたとしても当たれば軽傷で済むはずがない。
要は、手加減が凄く難しいのだ。
ただ、俺は命は須らく尊いと思えるほどの博愛主義者でもなければ、他者の命を狙った者まで助けたいと思う程優しい人間でもない。
身から出たサビだと諦めろ、程度にしか思っていなかった。
とはいえ、悪人だったら皆殺しじゃ!! と、自分から進んで人殺しをしたいとは思っていないけどな。
「連れて行く、わけには行かないからここに置いていくよ。
で、街に着いたら、然るべき組織に連絡して回収してもらおうと思ってる」
賊をこうして生かしているのは、別に優しさでもなければ、人道主義からでもない。実際、何人か死んでるしな。
これは単に、情報を残しておきたかっただけだ。
ソアラの話しでは、女性エルフ拉致事件は頻繁ではないにしろ、時折起こることらしい。
ならば、それらに関する情報を、この賊共が持っている可能性は大いにある。
そういう意味では、こいつらは貴重な情報源ということになる。だからこそ、生かしておいたのだ。
あと、万が一にでも通りすがりがこいつらを助けない様に、“こいつらは賊だ。解放厳禁”という看板も立て、一応の対策を取る。
看板はそこいらの適当な木を切り倒して作った物だ。
ただ、不思議なのは文字だった。
『アンリミ』は、全世界からアクセスすることが可能なゲームだったが、使われている言語は『アンリミ』独自のものが使われていた。
プレイヤーが母国語で文字を入力すれば、それが専用文字に自動で変換され、ゲーム内独自文字、通称・アンリミ語を読む時は、ウインドウに母国語に自動翻訳されたものが表示されるようなシステムになっていた。
しかし、だ。
俺が、こういう文章を書きたいな、と頭で考え時にARウインドウとして表示された文字は、日本語でもなければ、アンリミ語でもない、まったく見たことがない文字だったのだ。
これが一体何語なのか……疑問には思ったが、そこは“不思議なことが起こった”で済ませることにした。
今更といえば今更だし、深く考え出したらキリがないからな。
なんだかんだと、環境に順応して来ている自分が一番驚きだよ……
で、賊は束にして道の邪魔にならないように隅っこへ。
ちなみに、ここまでの道中で遭遇した賊と、昨日戦った大男も回収して一ヶ所にまとめて置いた。
大男に関しては、随分スプラッタな状態で絶命してたので、見つけた瞬間吐き気を催したが、我慢して回収して来た。
よく頑張ったぞ、俺。
とはいっても、運搬したのは黒騎士だし、襟元掴んで引きずって来ただけだけど……
にしても、こういうのを見ると、つくづくここがゲームの世界ではないと思い知らされる。
「んじゃ、俺たちは安心して街を目指そうか」
俺は一仕事終えたとばかりに、手をパンパンと叩き埃を落とす。働いていたのは主に黒騎士なのだが。
「そういえば、どうやって移動するんですか?」
当初の予定を思い出したか、ソアラがそう聞いて来た。
「ふっふっふっふっふぅ~。それは、こいつで移動するのさ」
俺は得意げに、【亜空間倉庫】から一体の人形を取り出した。
それは、黒光りする巨大な馬の姿をしていた。
「これは……鉄のお馬さん、ですか? 硬そうで黒くて大きい……ですね」
今まで何もなかった場所に突然姿を現した馬を、ほへぇー、とソアラが見上げる。
その馬は体高(地面から背中までの高さ)だけで優に二メートル以上はある、全身黒光りする巨大な金属の馬だった。
なんというか……もう、俺が何かしても大して驚かなくなって来たな、この娘。
リアクションが薄なって、なんだかちょっひり寂しい気もする。
「まぁ、鉄ではないんだけどな。銘をドーカイテーオーと言う」
体が巨体なのは、黒騎士が騎乗して丁度いいサイズで作っているからだ。
ばん馬より、さらに一回りはデカい。
ちなみに、名前の由来は一昔前に一世を風靡した競走馬からである。
知り合いには「センスの欠片もない」と笑われたが、大きなお世話だ。
最初に付けた銘なんて、恥ずかしくて言えるかバーロー。
本物の馬なら、ここまでデカいと乗るだけでも大変なのだが、そこは人形。
俺はドーカイテーオーを、俺たちの前に座らせ、側面に設置してある昇降用タラップを展開。これで簡単に乗り降りすることが出来るのである。
先に俺が乗り、ソアラに向かって手を差し出す。
「ほれ、掴まりな」
「あっ、ありがとうございます……」
躊躇いがちに手を取ったソアラを引き上げ、俺の前に座らせる。
「あの……前、なんですか? こういう場合、普通、後ろに座る様な気がするんですが……」
その気持ちは分からなくはない。
だが、このドーカイテーオー。そんじょそこらの普通のお馬と同じだと思ってもらっては困る。その馬力も速度も桁違いなのだ。
下手に後ろに座られると、その違いについて行けず振り落とされてしまう可能性がある。
実際、知り合いが乗りたいというので乗せてみたら、ものの見事に振り落とされていた。
あの時はゲームだから落ちても軽度のダメージだけで済んだが、今も同じだと考えるのは危険だ。
というわけで、振り落とされない様に、俺自身が支えとなった方が安全だと判断したことをソアラに説明した。
「ソアラだって、落馬なんてしたくはないだろ? 高さもあるし、速度も出る。
落ちたらかすり傷じゃ済まないと思うぞ? まぁ、それでもいいって言うなら、無理強いはしないけど……」
「それは、そうなんですけど……」
俺が言っていることも理解は出来るが、それでも何処か納得出来ないのか、うんうんと悩むソアラ。
実は、女の子を後ろから抱く“あすなろ抱き”に、ちょっとした憧れがなくはなかったりしなくもないのだが……
嫌だというなら仕方がない、と諦めかけた時、自分の中で落としどころを見つけたのか、
「分かりました。スグミさんの判断に従います」
と、割とあっさり同意してくれた。
実はさっきから、やぁ~らかい二の腕とは背中が触れたり、しばらく風呂に入っていない所為か、若干濃いめのソアラの体臭が鼻をくすぐる度に、年甲斐もなくドギマギしているのだが、それは、まぁ、秘密の話しである。
「っと、出発前に注意点な。走っている間は危ないから絶対にしゃべらないこと。それと、目の前に支持用のバーがあるから、しっかり掴んでおくこと。いいな?」
「は、はい。分かりました」
「それじゃ……ほいっ」
話もまとまったところで、俺はドーカイテーオーを操り立ち上がらせる。
「おわっ! お、思った以上にた、高いですね……」
「だから言ったろ? 高いって」
ソアラは普段より遥かに高くなった視線に、背を丸めて支持バーにしがみ付く。
まぁ、気持ちは分かるよ。なにせ、今の俺達の視点は三メートル近くあるのだ。
普段生活していて、ここまで視点が高くなるなんてことはそうそうないだろう。
で、俺は俺で、落馬防止用のハーネスを展開し、下半身をガッチリり固定。これをしないと、俺も落馬の危険性があるのだ。
ちなみに、ドーカイテーオーは二人乗りを想定して設計さけれていないため、このハーネスは一つしか備え付けられていなかった。
もう一つあれば、後ろに座らせても大丈夫なんだろうけどね。
昔、二つ目のハーネスを付けようかとも思ったことはあるのだが、滅多に使う機会がないので結局取りやめたのだ。
「んじゃ、行くぞ?」
「は、はいっ!」
俺の指示に、元気よく返事をするソアラ。
念のため、エテナイトはしまわずにドーカイテーオーの頭部に座らせ固定しておくことにした。
エテナイトの役目は、各種センサーを用いた索敵、及び、突発的な戦闘が発生した場合の保険だ。
場所によっては、黒騎士を取り出すスペースがない可能性もあるからな。で、その黒騎士は、今はもうお役御免なので亜空間倉庫している。
「よし、んじゃ、出発だっ! ハイヨー! ドーカイテーオーっ!」
俺の準備も終わり、ソアラがバーをしっかり掴んだのを確認した俺は、ドーカイテーオーを一度棹立ちさせると、一気にトップスピードへと加速させた。
さて、今日も世界を縮めてやるぜっ!
「へっ? て、きゃわわーーーーーーー!」
そして、絹を裂かんばかりの少女の悲鳴を乗せて、俺たちは吹き抜ける一陣の風となったのだった。




