二〇話
街道を進むと、案の定、賊が飛び出して来た。
数は総勢で三〇人くらいだろうか。想定していたよりずっと多いが、問題はない。
賊は、黒騎士さえなんとか出来れば自分たちに勝機があると思っているようで、執拗に黒騎士を攻撃してくるが、焼け石に水、ゾウにアリだ。
たかだか野党程度の装備で、黒騎士をどうこう出来るはずもなく、まるで相手にならないまま、俺は賊を蹴散らしていった。
実は、俺は賊共をこの場で全員捕らえるつもりでいた。
まぁ、理由としては後顧の憂いなどないに越したことはないだろう、というのが一つ。逃がした所為で、残党に付け狙われても鬱陶しいだけだしな。
で、然るべき場所にこいつらを差し出したら、もしかしたら報奨金とか貰えるんじゃないか? と思ったのが一つ。
後者の方は半ば冗談ではあるが、前者は結構切実だ。
後で仲間を連れて襲われでもしたら、面倒なことこの上ない。それに、逃がした奴がソアラの代わりになる誰かを、またぞろ攫う可能性だってある。
そんなことが起きでもしたら、流石に寝覚めが悪すぎる。
そういう意味も含めて、賊はこの場できっちり逃さず、全員捕まえておいた方がいいだろうと思ったのだ。
で、現在、順調に数を減らしているのだが……
最初のうちこそ、向こうから勝手にガンガン突撃して来てくれたので、こっちとしては返り討ちにするだけでよかった。
しかし、賊も半分くらいに減ったところで、全然攻めて来なくなり、今ではビビって遠巻きから威嚇して来るだけになってしまっていた。
黒騎士が大剣を一振りする度に、賊が三、四人まとめて吹っ飛ぶところを見れば、流石に躊躇いもするようになるか。
しかし、そんな状況でありながら、逃げようとする奴がいないのにはちょっと驚いた。
余っ程、上から必ず捕まえて来いっ! 出来なきゃブっ殺すっ! と、きつく言われているに違いない。下っ端家業の辛いところか……
だとしても、同情はしないがな。
自業自得。因果応報。自分で蒔いた種。恨むなら、日頃の己の行いを呪いなさいな。
しかし、この状況はちと面倒だなぁ……
俺達は今、ソアラの安全を考慮して、黒騎士から一〇メートル離れた場所で待機していた。
一〇メートル。それは黒騎士の操作限界距離だ。つまり、俺は今以上遠くに黒騎士を移動させることが出来なのだ。
だというのに、賊の奴らそれより少し遠くまで下がってしまっていた。
俺が移動すれば、その分黒騎士も前に出られはするけど、前に出た分下がられてはイタチごっこになるだけだし……
勿論、黒騎士にも遠距離攻撃が可能な武器ならいくつも搭載されている。
しかし、それらは威力が高すぎて、並みの人間なんぞに使えば良くてミンチ、最悪骨すら残らず消滅だ。
ちょっと思うところがあって、なるべく賊は殺さずに生かしたまま捕らえたいんだけど……さて、どうしたのものかね。
なんて考えていたら、賊の中にも多少知恵が回る奴がいるようで、真正面からの攻撃には参加せずに、一人、街道沿いの藪に忍んで俺たちへと接近する熱源があった。
多分、奇襲でソアラを襲って人質にでもするつもりだろう。考えは悪くはないが、相手が悪い。
今、最前線で戦っているのは黒騎士だが、俺の足元には保険としてエテナイトを控えさせていた。
いくら森に潜もうと、エテナイトの熱源センサーの前では丸裸も同然だ。
そんなわけで、実は賊共が飛び出してくる前から、エテナイトの熱源センサーのお陰で街道に賊が潜んでいたことはバレバレであった。
先制攻撃をして、大打撃を与えてもよかったのだか……打ち漏らした奴らが逃げる可能性があったので、止めることにした。
もし、蜘蛛の子を散らす様に逃げられたら、俺では追いきれないだろうからな。
正直、俺の能力は複数に襲われることは問題ないが、逃げる複数を追いかけるのには圧倒的に向いてない。
しかし、この様子から察するに、それも杞憂だっただろうか?
「ソアラ、左の藪の中に一人潜んでる奴がいる。少しずつこっちに近づいて来ているから、注意しておいてくれ」
いざとなればエテナイトで対応することになるが、一応注意するようソアラに呼びかけておく。
にしても、少数とはいえ二手に分かれたのは、ちと面倒だな……仕方ない。
ここは一つ、ソアラにも協力してもらうか。
このままウダウダ考えていても埒が明かないので、あとは運を天に任せることにした。全滅しないよう祈るばかりである。
「左側に、ですか……?」
「おっと、顔を向けるな。気づかれたとバレたら、逃げられるかもしれないからな」
ソアラが藪に目を向けようとしたので、急いで止めに入る。
折角集まってくれてるというに、ここで一人だけ逃がすってのも癪だしな。
「ご、ごめんなさい……」
「別に謝る必要はないけど、注意してくれ。で、ここで一つ相談なんだが……」
「相談……ですか?」
「ああ、今こっちに近づいて来てる奴なんだけど、そいつはソアラに倒してもらいたいんだ」
まぁ、黒騎士を茂みの中に突撃させてもいいんだが……多分、それをやると正面の賊共が逃げてしまう。
ならば、正面の賊を早々に全滅させ、茂みの中の賊をシメる。という手もあるが、それをすると今度は茂みの賊が逃げるような気がする。
逃げる賊を、俺が森の中を走って追いかける、ってのもあまり現実的ではない話だ。体力チワワな俺では追いつける気がしないからな。
かといって、逃がしたくもない。
一応、最終手段として、黒騎士の背中にしがみ付いて移動する。という手もある。
そうすれば、操作限界距離を事実上無視し、かつ、高速で移動することが出来る。が、あれはなぁ……
元々、人が乗ることを想定して作られていないため、とんでもなく揺れるのだ。ガっクンガっクンシェイクさ、たまったものではない。
俺は腕力もチワワなので、振り落とされる未来しか見えない。
となれば、俺が取るべき手段はただ一つ。
この場での両方同時殲滅だ。
茂みの中の賊を、敢えて近くに来るまで放置し、飛び出して来たところをソアラが迎撃。と、同時に俺が残った正面の賊を殲滅する。
というのが、俺のプランであった。
俺の方は、少し過激な手段を用いるので、賊共にはなるべく生き残って欲しいものである。
「賊が一番近くにまで来たら合図は出すけど、出来そうか?」
俺は手短に内容を説明すると、ソアラに確認を取る。
多勢を相手にすると決めた時から、どうしても一人の手には負えない状況もあるだろうことは覚悟していた。
これで無理だと言うなら、最悪エテナイトと黒騎士の同時操作をするしかあるまい。当然、その場合は一体当たりの操作精度が格段に落ちてしまうことになる。
ミスって討ち漏らした時が怖いので、ここはソアラを頼りたいところなのだが……
勿論、事前にソアラには相談をして、もしかしたら協力をお願いをすることがあるかも、とは断ってはいた。
「楽勝ですっ! これでも私って、村では腕のいい狩人として有名なんですよ。
普段は何処にいるかも分からない獣たちを相手にしているんですから、居場所が分かっている人間の相手なんて余裕ですよっ!」
と、ドヤ顔のソアラ。
思ったよりも、あっさり引き受けてくれたな。
「そいつは頼もしい限りだ。俺は直接戦闘じゃクソザコなんで頼りにしてるよ」
多分、いや間違いなくソアラとガチで殴れり合ったら俺が負けるくらい、俺は弱いからな。
「こんなことくらいなら、お安い御用です。いくらでも頼ってくださいっ!」
そうこうしているうちに、例の藪に潜んだ賊がすぐ近くまで接近していた。
「(ソアラ、例の賊がもうすぐ隣まで来てる)」
俺は賊に悟られないように、正面を向いたまま小声でソアラにそう告げた。
「(ここまで近づけば、私にも誰かが息を潜めている気配が分かります。
勿論、事前に教えて頂けなかったら、気づくのがもう少し遅れていたかも、ですけど……)」
先ほどの忠告を守ってか、ソアラは俺に顔を向けることなく、同じように小声で返した。
そして少しの間の後、ガサっと大きな音を立てて藪が揺れたと思った瞬間、そこから身なりの良い細身の男が山刀を片手に飛び出して来た。
「甘いですっ!」
俺が何かを言うよりも早く、間髪入れずに飛び出した男に向かって、ソアラはエナジーアローを放つ。光る弓から放たれた光の矢が、寸分たがわず男の眉間に直撃した。
「あばばばばばばばばばっ!!」
男はそのまま意識を刈り取られ、全身をビクンビクンさせながら大地へと突っ伏した。
……てか、エナジーボウの展開から射撃まで早過ぎね?
いくら弓の扱いに長けているとはいっても、これでは撃たれた男は自分がどんな武器で攻撃されたのかも分かってはいないではなかろうか?
先ほど試射で数発撃っただけなのに、もう使い熟しているソアラに感心を通り越してちょっと引く。
ソアラ、なんて恐ろしい子……
ステータスが飛び抜けて高い、ってことは無かったんだけどな……
確認のために、もう一度【身体解析】でステータスをチェックして見ると……
【力】28
【敏捷性】117
【生命力】58
【魔力】125
【頑丈さ】54
【器用さ】153
となっていた。
ん? 全体的に、昨日より数値が高くなっている?
ああ……そうか。昨日は【失血】でステータスが三割落ちてたからな。
今はもう【失血】の状態異常も消えているので、これがソアラの通常のステータスということか。
俺のステータスが、
【力】9
【敏捷性】8
【生命力】5
【魔力】3
【頑丈さ】7
【器用さ】9
と、これだと。そう考えると、うん。喧嘩しても勝てそうにないな。
「ソアラって自分の事、ただの村娘だって言ってたけど、実は結構強いとか?」
「そんなことはない……と思いますけど……。私、今までに人に弓を向けたこともありませんし、第一戦うなんてとても……」
そう言って、ソアラは首を横に振った。
「ただ、来ると分かっている相手に合わせるのは、そんなに難しいことではないんですよ。
普段、森でイノシシを狩っている時なんて、気配もなく突然藪から飛び出したりして来る時なんかもありますから。それに比べれば、全然楽なものです。
それに、|死なないと分かっていた《・・・・・・・・・・・》ので、躊躇わずに射ることが出来たのはやっぱり大きいですね。
これがもし、普通の弓と矢だったとしたら……躊躇わずに射れた自信はありませんけど」
エナジーボウは、込める魔力によって威力を自由に可変させることが出来る。
最大なら、太い木の幹も吹き飛ばす威力が出るが、撃たれた男の状況を見るに、ソアラはかなり手加減をしてあげたようだった。
しかし、普通の矢では当てる場所は選べても、威力という面では調整は難しい。
無力化するなら、足辺りを撃つのが定番だが……
いくら自分を攫った賊とはいえ、殺めるどころか傷つけることにすらソアラは抵抗があるんだろうな。まぁ、普通の女の子ならそりゃそうか。
むしろ逆に、「よくも酷い目に合わせやがったなっ! コノヤロー! ブっ殺してやるっ! ヒーハー!!」って子じゃなくてよかったとホっとする。
「むしろ、私が強いというか、スグミさんから頂いた装備が凄過ぎるんですよ。
まるで自分の体じゃないみたいに軽くて、こう、お腹の底の方から力が湧いてくるというか……不思議な感じです」
ああ、そういえば【身体解析】で見えるステータスは、装備品の補正値込み込みだったわ……
まぁ、それを差っ引いても、十分に高いとは思うけどね。
「あっ、そんなことより、他の賊はっ!」
「大丈夫。ほれ、あの通り」
急に何かを思い出したようにソアラが言うので、俺は黒騎士を指さしてそう言った。
そこには、立っている者は一人も居なくなっていた。あるのはただ一つ、黒い騎士の姿をした人形だけが、我が物顔で仁王立ちしているのだった。




