二話
二話
「はい。御馳走様でした」
バーガーの包み紙と、空になったポーション瓶を再度インベントリに戻して合掌。
ゴミのポイ捨て、ダメ、絶対。
ってか、包み紙も瓶も再利用出来る貴重な資源なので、捨てるなんて勿体ないことなど出来るものか。
俺は極度の貧乏……ゲフンっ、俺は物を大切にする主義の人間なのだっ!
守ろうっ! みんなの地球号! ってな。
ちなみに、一本目のポーション瓶も確り回収済みである。
実のところ、ポーションというものは、中身よりも瓶は作る方が割と面倒だからな。中身のポーションだけ作って詰め直すのが基本なのだ。
さて、探索するといっても、何処から探索したらよいものか……
マップは一度移動した場所なら記録が残るが、それ以外は黒塗りのまま。あくまで移動した場所しか分からない。
となれば、探索の基本になるのは目。つまり視覚だ。
しかし、地上からだと森の中ということもあって、視界が狭く調べられる範囲が限定的過ぎることはこの数時間で身を持って知った。
ならば、ここは上から調べた方がよさそうだな。木にでも登って見渡せば、少しは何か分かるかもしれない。
ただ、これだけ木々が生い茂っているとなると、登ったところで必ずしも視界が確保されるかは怪しいものだ。
登るなら一番高い木でなくては意味がない。
まぁ、木よりも高い場所へ行く方法がなくはないのだが……
「さて、どうすんべや……」
「~~~~~~~~~っ!!」
「ん? 人の声?」
なんてことを考えていたら、何処からか人の声っぽい何かが聞こえて来た。
ただ、結構遠いのか、何を言っているのかまでは分からず、本当に人の声なのかも断言は出来ない。もしかしたら、獣の鳴き声という可能性もある。
だが……
「早速手に入った手掛かりだ。見逃す手はないよな」
ということで、俺は声の聞こえた方へと歩き出すことにした。
声は断続的に聞こえ続け、近づくにつれて、次第にその内容が分かるようになってきた。
「……て来いっ! メスガキがっ!」
「クソがっ!」
「何処に行きやがった!」
「探せっ! あいつは怪我してんだぞっ! そう遠くまでは逃げられねぇはずだ! 探せっ! 見つけた奴には、報酬を二倍くれてやるっ!」
「ヒャッホー! 流石はアニキだぜ!」
「オラオラっ! さっさと出ておいでメスガキちゃ~ん。今すぐ出てこれば、一発で済ませてやんよ! けど、後で見つけた時は意識飛ぶまでヤってやる!」
「バカがっ! 商品価値下げるようなマネすんじゃねぇっ!」
俺はてっきり、俺と同じようにバグに巻き込まれ、このエリアに飛ばされて出られなくなったプレーヤーが助けを求めているのではないか、と思ったのだが……うん。なんか思ってたのと違うな、これ。
話の内容から察するに、この男共……声の数からして、多分人数は、四、五人くらいか?……が女性、それも少女を追っている、といった感じだろうか?
商品価値? ということは人攫いか何かか?
まぁ、碌な奴らではない、ということは間違いなさそうだ。
言動からプレイヤーとは思えないので、おそらくこの声の主たちはNPCだろう。
であるなら、これは突発性イベントの可能性が高いな。
『アンリミ』では、自動イベント生成システムというものがあり、高度AIが突然イベントを生成することがある。
これをプレイヤー間では、突発イベント、と呼んでいる。
ともあれ、相手がNPCでは情報を聞き出すのは不可能だ。
高性能AIによって制御されているとはいえ、所詮はNPC。
彼らは特定のキーワードに反応する、疑似会話プログラムによって動いているだけに過ぎないのだ。
こんにちわ、とか、この村の名前はなんですか? と、いった会話とも言えない会話が少し出来る程度。それら以外のワードには一切反応しない。
だから例えば……
ねぇねぇ? キミのパンツ何色? ぐへへへぇ。と、声を掛けてもノーリアクションである。
ちなみに、こういった卑猥な単語を連呼したり、NPCの胸などを触ったり(男女ともに)、スカートを捲ったりすると、ハラスメントコードという警告が発生する。
最初は警告だけだが、警告を無視して同様の行為を繰り返すと、最終的にアカウント削除、俗に言う“アカバン”という処分を食らうことになる。
まぁ、何にしても、NPCは情報収集には圧倒的に向かない存在だ、ということだ。
イベントの流れから察すると、奴らより先にその女の子を保護するか、この場で奴らを殲滅するかなんだろうけど……
イベントはクリアすると、様々な報酬が貰えるのだが、今はそれどころじゃないからなぁ~。
貰える報酬の中には、滅多に手に入らないレアなものもあったりするので、みすみす見逃すのは惜しい気もするが、下手に関わって無駄に時間を消費したくもない。
今は現状の確認が最優先だ。
大体、正常にシステムが機能しているのか分からない今の状況では、その目当ての報酬すらまともに手に入るか怪しいものだ。
追われているであろう女の子NPCには申し訳ないが、今回はパス。
しかし、下手に動いてあの人攫いっぽい男共と遭遇するのは避けたい。
ここはまずは様子見。その上で、タイミングを見計ってここから離れよう。
と、物音を立てないように大きな木の陰にこそこそ移動して、こっそりと男共の様子を伺う。
思った通り、見える範囲での数は五人。見るからに山賊、盗賊、強盗、諸々、そんな言葉がぴったりの風貌をしていた。
それぞれが、手に手斧や山刀の様な肉厚な剣を所持している。
装備品の状態はかなり悪い。下の下もいいところだ。碌に手入れしていないのがよく分かる。
見た目からして大して強くはなさそうだけど、念のためチェックだけはしておくか……
【身体解析】
スキル【身体解析】は、相手の身体能力、所謂ステータスを数値化して見ることが出来るスキルだ。
ただし、相手がステータスを隠遁するスキルや、それに類するアイテムを装備している時など、効果を発揮しない場合もままある。
だが、今回はそういったこともなく、男共に重なるようにしてウインドウが表示され、各種ステータスが見えるようになっていた。
どれどれ……
男たちを一通り確認するが、思った通り大して強くはないな。
一番ガタイがいい男で【力】が60ちょい。後は、20とか30といった感じか。
【力】60を、プレイヤーに当てはめるなら、初心者戦士職が初級ダンジョンを、ステータスゴリ押しだけで単独踏破出来るギリギリの強さである。
NPCなら、ソロで遊ぶストーリーモードに出て来る一番初めのネームドモンスターくらいの強さだな。
いってしまえばただの雑魚だ。
とはいえ、ステータスド底辺な俺よりはずっと高いんだけどね。
なにせ、俺のステータスなんて、【力】9、【敏捷性】8、【生命力】5、【魔力】3、【頑丈さ】7、【器用さ】9という凄惨たるものだ。
アイテム無し、装備無し、の状態で殴り合え、といわれたら絶対に勝てる気はしないが、そういった“縛り”が無い限りはこのステータスでもまず負けることはない。
むしろ楽勝だ。それくらいのプレーヤースキルは持っている。でなければ、敢えてこんな低いステータスなどしていない。
『アンリミ』はステータスが高ければ、それだけで強い、なんていう簡単なゲームではない。
重要なのは、ステータスよりプレイヤースキル。ステータスなど、あくまで参考値でしかないのである。
ステータスが低いからといって舐めて掛かると、痛い目に遭う、なんてよくある話だ。
今回は相手がNPCなので、関係ない話しだけどな。NPCの強さは=ステータス。これ絶対。
他は平均して30前後。【魔力】に至っては全員一桁だった。
装備から見ても魔術士系はなしって感じかな。
【魔力】は魔術の威力・成功精度に関係するステータスだ。
【魔力】が低いということは、相手に魔術が使える者がいない、ということでもある。
魔術職は、ステが低くとも相手にすると結構面倒臭い。居ないなら居ないに越したことはない。
と思ったが、一人だけ【魔力】が30もある奴がいた。
攻撃魔術が使えるかどうかは微妙なラインだが、【鈍化】や【拘束】といったデバフを使う分には十分な数値である。
あれを使われると、それなりにうざいからな。下手すりゃ攻撃魔術より厄介だったりする。
この【身体解析】、大変便利なスキルではあるが、
見えるのはあくまでステータス周り、各種数値やバフ・デバフくらいなもので、所持しているスキルの種類などは見ることは出来ない。
もっと上位のスキルの中には、そういった能力をもったスキルもあるが、生憎と俺は取得していなかった。
まぁ、正確には出来ない、といった方が正しいのだが。
ステータスが低すぎて、スキル解放の前提条件がクリア出来ないのだ。こればかりは仕方がないな。
だから、装備やステータスからどういう戦闘スタイルの相手なのかを見極めなければならなかった。
戦っても余裕で勝てる相手ではあるが、当初の予定通りスルーだ。
戦わずに去る、これが一番時短になる。今は自分で建てた目標の達成が最優先。
下手に手を出して、イベントが連鎖でもしたら目も当てられないからな。
と、いうわけでこの場で少し身を潜めようと、ふと視線をずらしたその先に……
「っ~~~~~~~~~」
「…………」
両手で口を押えて、今にも泣き出しそうなくらい……いや、実際に泣いているなこれ……瞳に涙を湛えて、ブルブルと震えている傷だらけの女の子がそこに居た。
特に目を引いたのは、首に付けられた大きな金属製の枷……
うん。間違いなく、あの人攫い共が追っている女の子だろう。
こんな時に、いらん引きの強さを発揮しおってからに……こういうのは、ガチャ回す時に発揮してどうぞっ!
んで、最上位レアくれっ!
女の子はただ俺をじっと見つめて、震えているだけだった。
そりょそうだわな。悲鳴を上げれば一発であの人攫い共に居場所がバレるし、逃げようにも音を立てれば同じく感ずかれる可能性がある。
彼女からしたら、声を上げずじっとしている以外に選択肢がないのだ。
まさに、絶体絶命というやつだな。
まぁ、そうはいっても、イベントNPCだろうから、こっちから何かアクションを起こさない限りは無反応だろうけど。
イベントには関わらないと決めていたが、だからといって、見つけてしまったものを見捨てるのもなぁ。
俺は人差し指を一本立てると、それを口元へと運んだ。
「(静かに。下手に騒ぐと奴らにバレるぞ)」
俺が小声でそう言うと、女の子は首がもげるんじゃないかってほど、首を激しく上下に振って見せた。
これでイベント開始のフラグが立っただろう。
俺も木の陰に体を隠すと、人攫い共が離れるのを待った。
もう一度、女の子のことを確かめると、歳は一〇代半ばから後半にかけてといった感じの少女だ。二十歳を越えてるってことはないだろう。
髪は綺麗な銀髪で、肌は白く、瞳は綺麗なエメラルドグリーン。
“ザ・美少女”を絵にしたような女の子だ。クオリティがパないです。
しかし、その美貌も今は憔悴しきった表情に、乱れた髪、泣き腫らして赤い目、肌のあちこちに負った無数の擦り傷、切り傷、それにボロボロになった衣服。
今は、見るも無残な姿になってしまっていた。
特に、二の腕に負った一際大きな切り傷……おそらく、刃物によって負ったであろう傷はパックリと裂けており、そこからは今でも鮮血が溢れ出していて見るからに痛々しい……
ん? ちょっと待て? 鮮血? 血が出ている? なんでだ?
『アンリミ』ではゴア表現(出血や血飛沫などの残虐シーンのこと)の一切が禁止にされていた。
だから、モンスターを斬りつけても流血などはなく、攻撃のヒット時に一瞬光るくらいなものだった。
そしてHPがゼロになれば、最終的には光の粒子となって消えて、ドロップしたアイテムのみがその場に残る。
それは、モンスターだけの話しではない。盗賊といった、人間のNPCを相手にしても同じことだった。
剣で斬っても部位欠損などは一切なく、血も出ないし、死体も残らない。
それが『アンリミ』での常識だった。
なのに……なんで……だ?
これじゃまるで……本物の人間のようじゃないか?