一八話
「ストップ……」
俺は小声でソアラにそう呼びかけた。
ソアラは無言で頷くと、俺の指示に従いその歩みを止める。
「この先に賊が二人いるな。今から無力化するから少し待ってくれ」
森を進むこと十数分。先行していたエテナイトの視界に、賊らしき人影を捕らえた。
折角ここまで順調だったのに、なんとも迷惑な奴らだ……
もしかしら、あいつら夜通しソアラのことを探していたのだろうか?
だとしたら、なんと仕事熱心なことか。出来ればその真面目さを、もっと真っ当なことに使いなさいよ。
俺は、エテナイトのその小柄な体を利用し、木々の影を縫うように賊へと接近させる。と、
「……ソが、あのガキ何処いきやがった」
「アニキの命令とは言え、こちとら徹夜で探させられてんだ。ヤるのはマジィが、少しはおいしい思いでもしなけれゃ割に合わないぜ」
「まったくだっ!」
そんな会話が聞こえて来た。
現在は【視覚共有】だけでなく、【聴覚共有】も併用しているので、こうしてエテナイトが拾った音は余すことなく俺へと届いていた。
ちななみに、賊たちとエテナイトの距離は、目測で五メートルほどあるのだが、反響定位用の高性能集音器を使えば、この程度の距離なら問題なく聞き取ることが出来た。
エテナイトの耳は地獄イヤーなのであるっ!
更に余談だが、この集音器の材料には振動に非常に敏感な“砂漠ナマズ”というモンスターの革が使われており、感度を最大に設定すれば、分厚い壁の向こう側の音も難なく拾える超優れ物だゾ!
しかし、会話の内容から察するに、まさか本当に夜通し探していたとは……なんともご苦労なことで。
どうも上からの命令のようだが、何処でも上司の命令は絶対らしい。世知辛いね。
もしかしたら何処かに行くかも? と淡い期待を胸に賊を観察するが、奴ら一向にその場を動くことなく、どうでもいい話を延々とくっちゃべっていた。
探す、とはいっても自分たちから積極的に動く気はないらしい。
この場で獲物が来ないか見張っている、といった感じなんだろう。
確かに、この場所は藪やら何やらと生い茂ってはいるが、背が高くないので見通しは意外と利く。
これなら人ひとりが通れば、余程のことがない限り見逃すということはないだろう。だがそれは、普通の人であれば、という話しだ。
うちのエテナイトは、人より小柄だし、音も立て難い。
俺は、突っ立って見張りをしている賊をしり目に、エテナイトを近くの木に登らせた。
現在、俺はエテナイトを操作限界である一〇メートルの距離を開けて操作していた。だから、これ以上エテナイトを賊に近づけることは出来ない。
勿論、俺自身が移動すればなんの問題もないのだが、そんなことしなくても奴らを無力化する方法はある。
ある程度エテナイトを木に登らせると、そこで停止。
おうおうよく見える。地面からでは藪が邪魔して、視界と射角が確保し難くかったからな。
俺は、エテナイトの右手の平を賊の一人に向けて固定。そして、右手に魔力をチャージする。
エテナイトの手には、エナジーショットという魔力を矢に換えて打ち出す魔弾発射装置が内蔵されている。
ただ、威力はプロ野球のピッチャーのストレート並みなうえ、特に貫通力もあるわけではないので、武器というには少し微妙な威力だと言わざるを得ず、相手が金属鎧などで重武装していた場合、殆ど役に立たない代物だ。
戦場において、プロ野球のエースと、アーチェリーの国体選手。狙われたらどちらの方が恐ろしいか、という話しだな。
だが、相手の装備、また当たり所によっては十分な脅威になり得る武器でもあった。
プロ野球のエースのストレートが、ヘルメットを被っていない頭に直撃したらと考えるとゾっとする。
つまりは、そういうことだ。
ちなみに、俺とエテナイトは……というか、俺が人形を操作している時、俺と人形は魔力的に繋がっている状態になっているため、こうした遠隔からの魔力供給も、割と簡単に行うことが出来るのだ。
十秒ほどで魔力のチャージが完了し……発射!
ポシュッと気の抜ける様な音とは裏腹に、勢いよく打ち出された魔力の矢は、ものの見事に賊の一人の首筋に直撃した。
「ぐげっ!」
「ん? ……っ!? おいっ! どうした? おいって!」
急に倒れる相方に、何が起きたのかと残された方が戸惑うその隙に、同時にチャージしていた左手をもう一人に向けて、発射!
シュポンっ! ドムっ!
「んごっ!」
今度は側頭部に直撃。二人仲良く昏倒する。良い夢見ろよっ!
一応【身体解析】で二人の状態を確認すると、一人目は頸椎骨折【Lv5】、二人目は頭蓋骨陥没骨折【Lv5】、となっていた。
おぅ……気絶でもしれくれればいいや、という軽いノリだったのだが、良い夢見るどころの騒ぎではなかったな、こりゃ。
状態異常の後ろにあるレベルは、その怪我の深刻度を簡易的に表している目安のようなものだ。
Lv1が、家庭の傷薬や絆創膏で治療可能な軽度な怪我。
Lv2が、医者に診てもらわないといけないような中度の怪我。
Lv3が、救急車を呼ぶようなレベルの重度の怪我。
Lv4が、即大病院で適切な処置をしなければ、命に関わる重症。
Lv5が、特殊なアイテムを使わない限り手遅れ。処置なし。
と、いうことを意味していた。
つまり……こいつらは俺が助けようとしない限り、もう助からない、ということだな。
まぁ、助けないけど。
殺すつもりはなかっので、少しやりすぎたかな? とは思ったが、よくよく考えてみればこいつらもソアラの命を狙っていたわけだから、自業自得というやつだ。
なのでこのまま放置することにした。助けてやる義理もなし。
そう考える、ソアラも裂傷Lv3とかだったから、ホントに結構ギリギリだったんだと、今更ながらそんなことを思った。
「よし。処した。行こうか」
俺は、前方の安全が確保出来たことをソアラに告げると、再度森の中を歩きだした。
この間、賊二人が何か役に立つ物でも持っていないかと、エテナイトを使って所持品を物色。
特に目ぼしい物は何も持っていなかったが、二人とも少量の金属のコインが入った布袋を所持していた。
種類は銅と銀……かな? おそらく貨幣だろう。
生憎と『アンリミ』では見たこともないものばかりだったので、いまいち価値が分からない。
後でソアラにでも聞いてみようかな。
まぁ、どの道もうお前たちが持っていても仕方がない物なので、俺が有効活用してやろう。
ありがたく思いなっ!
手に入れた布袋は、邪魔にならない様にエテナイトの胸部分にある収納スペースに保管する。
チェストボックスやインベントリ、亜空間倉庫の様な、物理法則無視収納ではないため、見た目通りの内容量しか入らない。
なので、たいした大きさでもない布袋でも、二つ入れただけで結構なスペースを取ってしまっていた。
その後、似たような賊を数人見かけては、同じ様にエテナイトで速やかに処して行った。
おかげで、エテナイトの収納スペースは硬貨の入った布袋でいっぱいいっぱいになり、今では少しはみ出している程だ。
これじゃ、まるで追剥だ。どっちが賊だか分からんな。と、ふと思う。
そういえば、盗賊は資源、なんて迷言があったような……
逆追剥してもよし、場合によっては然る場所につれて行けば報酬が貰えたりと、確かに資源だわな。
ただ、今回は連れ歩くわけにもいかんので、逆追剥だけで留めておいてやろう。
まぁ、今まで散々人から奪う人生を送って来たのだろうから、人生の最後くらいは奪われる側の苦しみってのを味わうのも悪くはないだろう。
人はこれを因果応報という……
てか、名前に“ナイト”と付いているくせに、やっていることは完全に“アサシン”である。
これはもう、“エテアサシン”にでも改名するか? なんて、下らないことを考えているうちに、開けた道へと出た。
ようやっと街道に辿り着いたみたいだな。
「ふぅー、これでまずは第一目標クリア、ですね」
今まで黙って付いて来ていたソアラが、溜息一つそう言った。
ただ付いて来るだけとはいっても、やはり緊張していたのだろう。
「それで、ここからどうやって街を目指すんですか? スグミさんには、何か考えがあるみたいでしたけど……」
ソアラには街道を目指すとは言っていたが、そこから先、肝心のどうやって街を目指すか、については単に、俺の人形で移動する、としか説明していなかった。
しかし……
「なぁソアラ。予定を少し変更してもいいか?」
「? どういうことですか?」
「さっき賊たちの話を盗み聞ぎしていて分かったことなんだけど、どうやら奴ら、街道でソアラのことを待ち伏せしているらしいんだよ」
道中の賊の話をいくつか盗み聞きした結果、詳しいことまでは分からなかったが、どうにも奴らに俺のことがバレっているぽい節があった。
おそらく、昨日戦ったあの大男辺りから漏れたのだろう。
で、逃げるなら地理的に、遠くの故郷であるエルフの里に戻るより、近くの街を目指すだろうと踏んで、待ち伏せしている様なのだ。
ここで見張っていたあいつらは、もし俺たちがエルフの里側に逃げた場合の保険、ということだ。
それが分かったところで、プラン自体に変更はない。あくで、俺たちはこのまま街を目指す。
結局、俺もソアラもここからエルフの里までの正確な道が分からない以上、無暗に移動するのは無謀に過ぎる。
いくら街道が通っているはいえ、何が起こるか分からないからな。
それに、街の中に入ってさえしまえば、人の目もあることだし賊もそうそう簡単に襲っては来れないだろう、という思惑もあった。
ただ……
「このまま突っ切って行ってもいいんだが、折角集まっているみたいだから、街を目指すついでに賊でも狩って行こうかと思ってな。
それに、奴らを放置してまたソアラの様な被害者を出すのも忍びないし」
当初の予定では、街に住むエルフに協力を求めると共に、警察機関的な所に賊の討伐依頼も頼むつもりだった。
それを自分でしてしまおう、というだけの話しだ。
「えっ、でも……スグミさん、戦うのは極力避けようって、そう言ってませんでしたか?」
言ってました。しかしそれは、決して戦うのが怖いと臆病風に吹かれたわけでもなければ、必要以上に人を傷つけたくないとか偽善じみた理由でもなんでもない。
単に、“多勢を相手にして戦うには環境が悪い”のと“探すのが面倒”だったからだ。
森という、障害物が多い環境下では、俺の主力である黒騎士をいつでも亜空間倉庫から取り出せるとは限らない。となると、必然的に戦闘の主力はエテナイトになってしまう。
しかし、エテナイトでは一対一の戦闘、もしくは今までのような暗殺じみた戦い方ならなんとかなるが、多対一の大規模戦闘となると役不足感は否めなかった。
ならば、最初から黒騎士を出して移動すればいいのかというとそうでもない。
良くも悪くも黒騎士は目立ち過ぎる。あんなのを連れて歩いた日には“私たちはここですよっ!”と、宣伝して歩いているようなものだ。
向こうが気づいてくれる分、探す手間は省けるが、逆にこれではいつ何処から攻撃されるか分かったものではない。
それに、黒騎士の戦闘スタイルは巨大な大剣の二刀持ちだ。
広い場所で多勢を相手にするのは得意だが、閉所で立ち回るには黒騎士自身も得物も大き過ぎた。
それでも賊程度に後れを取ることはないと思うが、だかといってわざわざ戦い難い不利な環境で戦いたいとも思わない。
だが、相手が待ち伏せをしていると分かれば話は別だ。しかも、場所は街道。
馬車が二台通るのがやっとの大きさしかないが、それでも黒騎士を操るには十分な広さがあった。
下っ端の話しでは、見張りに出した以外の賊が全員そこに集まっているというのだから、一網打尽にするにはこれ以上にないチャンスである。
なにより、こっちから探す手間がないのがいい。
ということを、ソアラにさらっと話して聞かせた。
「ソアラだって、追手がいなくなった方が安心出来るだろ?」
「それはそう……ですけど……でも、大丈夫なんですか?」
「大丈夫。大丈夫。大丈~夫」
ソアラが心配そうに尋ねてくれるが、まぁ、問題ないだろう。
ソアラの話しでは、賊は全員で十数人くらいらしい。ただ、この数字はソアラが“そう感じた”程度の数であり、彼女が実際に確認した人数というわけではなかった。
つまり、信憑性がまるでない数字なのだ。ソアラの懸念はここだろう。
もしかしたら、それより人数がずっと多いかもしれないのだ。それこそ、三〇、四〇いてもおかしくはない、ということだ。
こんなことなら、賊の一匹二匹生け捕りにして、構成人数を聞き出せばよかったと今更ながらに思う。が、後の祭りだな。
とはいえだ。昨日戦った大男程度の強さなら、たとえ三〇、四〇いたとしても黒騎士の敵ではない。
それに、いくら多いといっても百や千もいるわけでなし。楽なものだ。
まぁ、たとえそれだけいたとしても、勝つ自信はあるけどな。
「ということで、ここからは敢えて徒歩で行こうと思う。ついでに黒騎士も出して向こうさんにさっさと見つけてもらおうか」
一応、ソアラには俺より絶対に前に出ないように言い含めてから、俺たちは街道を堂々と進んで行った。
ちなみに、黒騎士とエテナイトの二体同時操作は面倒なので、黒騎士の頭の上にエテナイトをしがみ付かせ移動することにした。
エテナイトの方は片付けてもよかったのだが、まぁ、エテナイトにはエテナイトにしか出来ないこともあるからな。
邪魔にならないなら、出しておいても問題はないだろう。