一六話
「ご馳走さまでした」
「はいはい。んじゃ、食い終わったところでちゃっちゃっと出発の準備な」
まだ名残惜しそうに、フォークをチュパチュパ、チュパカブラしているソアラからフォークをブン捕り、食器類を片っ端からチェストボックスの中に叩き込む。
もたもたしていたら、皿まで舐め出しそうな雰囲気だったからな。
で、手始めに……
「まずは着替えからだな」
「着替え、ですか?」
そう言って、ソアラは自分の格好を見下ろした。
ソアラは攫われた時の服をずっと着せられていた様で、所々破れていたり血がこびり付いていたりと、とにかくボロボロだった。
靴、というかサンダルなんぞ、底が剥がれてパカパカしている始末だ。
まぁ、賊が攫ってきた人の面倒なんて、見てくれるわけないか。
何にしても、今のままではとてもではないが人前に出られるような姿ではない。
「これから町に向かおうっていうのに、そんな格好じゃ一緒にいる俺の方が不審者に見られ兼ねない」
「それはそうかもですけど……でも、私これしか服がありませんし……」
申し訳なさそうにソアラはそう言うが、実のところ俺に良い考えがあった。
俺は亜空間倉庫から、新たなチェストボックスを取り出し中身を漁る。
「そこは大丈夫だ。確かこの箱の中に……あったあった」
箱の中に目当ての物を見つけて、取り敢えず適当に出してはベッドの上に並べて行く。
「うわぁ……綺麗な服……」
俺が取り出したのは、アバター用の衣服アイテムだ。どれもこれも、見たい目が艶やかな女性ものである。
「さぁ、この中から好きな物を選ぶといい。まだまだあるから、気に入ったものが無かった言ってくれ。出すから」
「えっ……でも、こんな高そうな服……お支払い出来るお金なんて、私、持っていません……」
「別に今更ソアラからカネを取ろうなんて考えてないよ。欲しい物があればあげるから、好きに選びな」
こんなもの、俺が持っていても無用の長物だしな。
これらはすべて、ログインボーナスやデイリーミッション、無料ガチャなどから入手した景品の数々だ。
要は、無料で手に入れたアイテムなのである。
『アンリミ』のアイテムには、武器、防具、消耗アイテムは勿論、家具や衣服、アクセサリーなどなど、多種多様な物が存在している。
ただ、衣服アイテムだけは少し特殊で、このアイテムには基本、大きく分けると男性向け女性向けの二種類が存在していた。
ま、まぁ、『アンリミ』は各種方面に配慮された非常に自由度の高いゲームなので、所謂“男性専用”とか“女性専用”といったアイテムは存在していない。
だから、男性アバターでも、女性向けのアイテムを装備すること自体は可能であった。
……例えば、男性アバターでビキニアーマーを着る、とかな。
たまにいたんだよ。街のど真ん中で、筋肉ムキムキマッチョマンがマイクロビキニアーマー着てうろうろしていたことがさ……いろんな意味で目の毒だった。
アレ、現実でやったら即タイーホだからな?
その所為か、ガチャなどのアイテムの抽選では、自分がどちらのアバターを使用していようとも、両方のアイテムが出現する仕様になっているのだ。
つまり、何が言いたいかというと、これらのアイテムは運営からの配布物であったり、抽選の結果であって、決して、俺が趣味で集めていた、というわけではない。わけではないっ!
一応、こういった衣服アイテムの中には、一部ステータスにプラス効果が付く物があり、高い補正効果を持つアイテムなら高く売れるが、残念ながらこれらの服にそこまで高い効果はなかった。
しかし、そのまま売ったところで二束三文だし、解体して素材アイテムに換えたところで大したアイテムにもならない。
だからといって、自分で着ようと思うような、奇抜な趣味を持ち合わせているわけでもなかったので、俺にとっては非常に扱いの困るアイテムであった。。
ならば捨ててしまおうかとも思ったが、折角手に入れたアイテムだ。捨てるのもそれはそれでなんだか勿体ない。
で、結局こうして使う宛もないのにチェストボックスの肥やしになっている、というわけだ。
べ、別に、たまに着てみて、鏡の前でポーズとか取ったりなんてしてないんだからねっ!
ほ、ホントダヨ?
「で、でも……こんな綺麗な服をタダで頂くわけには……」
散々っぱらタダメシは食べては来ても、流石にタダで物を貰うのには何か抵抗があるようで、ソアラは困った顔で難色を示していた。
良心の呵責、とかそんな感じかな?
「よし、分かった。んじゃこうしようじゃないか」
「はい?」
「対価として俺にチューするか、感謝しつつ服をタダで受け取るか。好きな方をソアラに選ばせてやるよ。
あっ、勿論チューは口になっ! 口にっ! ぶちゅーっとお願いしますっ!」
「感謝して服を頂きますっ!」
即決だった。
思い通りに交渉を進める基本は、選ばせたい選択肢より劣悪な条件を提示して、無理やり二択を迫ることだ。
こうなると、喩え嫌でもマシな方を選択してしまうのが、人の心理というものである。
“カレー味のウ〇コ”と“ウ〇コ味のカレー”、どちらなら食べられるか? みたいな話だな。
俺はどっちもお断りだがなっ! 断固拒否する!
まぁ、そうさせたかったので思い通りといえば思い通りなんだけど……
猛烈に拒絶されて、お兄さんはなんだかちょっぴり寂しいんだゾ。
と、いうわけでソアラが選びに選んだのは若草色の肩出しブラウスと、同じく若草色のミニスカートだった。
ブラウスの方は、胸元に小さなピンクの花びらがワンポイントで誂えられているのがなんともオシャンティーな感じで、スカートの方は白のニーソックス付きだ。
ただ、なぁ……
女性の買い物は長いというが、選ぶのに一時間も掛かるってのどうなのよ?
結局、箱の中身全部ぶちまけることになったわ……
だが、それだけの苦労はした甲斐があったかな。
今からこれを着たソアラの姿が目に浮かぶ。おおっ! 絶対領域が眩しいぜっ!
両方とも緑系で統一しているということは、ソアラは緑が好きなんだろうな。
赤とかピンクとか青などなど、色鮮やかな物がある中、迷わず緑ベースでコーデしてたからね。
ちなみにだが、『アンリミ』は諸々の規制の関係上、スカートの下はすべてスパッツである。スパッツなのであるっ!!
大事な事なので、二回言いました。チクショウメっ!
「んじゃ、次は武具関係な」
「武具、ですか?」
「ああ。ぶっちゃけ、俺は防衛戦は苦手なんだ。一方的に蹂躙するのは得意なんだけどな。
だから、常に俺がソアラを守ってやれるとは限らない以上、いざという時のために、ソアラ自身にも最低限の自衛手段を持っておいて欲しいんだよ。
それに、そういった護身用の武具があった方が、ソアラだって安心だろ?」
「それは……そうですけど……」
「ソアラって何か得意な得物ってあるのか? エルフだと弓とか魔術が得意そうな印象あるけど……」
「あ、はい。弓は得意です。エルフの中では、狩りが出来ない者は何時まで経っても半人前扱いですから、みんな一生懸命弓を練習するんですよ」
「へぇー」
「あと、精霊魔術も得意です」
精霊魔術か、それはなんともエルフって感じだな。
でも、精霊魔術かぁ……
『アンリミ』では、攻撃も回復も両方こなせる万能魔術という立ち位置だったが、結局どっち付かずの中途半端でいらない子判定受けていたんだよなぁ。
ここでも同じ、とは限らないが。
ん? 待てよ? ここでちょっとした疑問が沸きあがって来た。
「なぁ、魔術が使えるなら、逃げようと思えばいつでも逃げられたんじゃないのか?」
捕まった時は確かに突然だった。しかし、精霊魔術が使えるなら、隙を見て逃げ出すチャンスはいくらでもあったんじゃないだろうか?
いくら使えない子といわれても、腐っても魔術。
相手があの程度の奴らなら、ソアラの練度にも寄るが一方的に完封することだって不可能ではないはずだ。
少なくとも、わざわざ捕まったままでいる必要はない。
「それは……」
俺がそう問うと、ソアラは悲しい顔をして首に嵌められている枷に手を触れた。
「この首輪には、抗魔鉱が使われていているんです……」
こうまこう? なんぞそれ? オイシイノ?
ソアラは深刻そうにそう語るのだが、『アンリミ』では聞いたことのない名前に、どう反応したらいいものか正直困る。
「ごめん。こうまこうってナニ?」
「ご存知ありませんか? 抗魔鉱は、魔力結合を阻害し霧散させてしまう鉱石のことです。
この抗魔鉱が近くにあると、魔力がまとまらなくなって、魔術がうまく発動しなくなってしまうんです。
それに私の使う精霊魔術は、私個人の魔力とは別に、精霊さんの力も借りて行使するのですが、その精霊さんたちはこの抗魔鉱から発する特殊な力を特に嫌います。
これがあると、絶対に力を貸してくれないんですよ……」
なるほど。ただの首枷かと思っていたら、そんな特殊能力があったとは……
たかだか人攫いの分際で、準備だけは周到だったてことか。小癪な。
実は、この首輪。ソアラを助けた際に、さっさと破壊してしまおうとしたのだが、殊の外首にぴったりくっついている所為で、黒騎士のごつい指ではうまく破壊出来そうもなかったのだ。
なんというか、スキーグローブを着けたまま、薄っぺらい辞書を一ページだけ捲る感覚というか……
首輪を破壊したら、ソアラの首もポッキリ折れてしまいました。では、話にならないからな。
かといって、エテナイトでは力不足……
ならばと、【形状変化】で形状から変えてしまおうとしたのだが、なぜかうまくスキルの効果が発動されず、仕方ないので、取り敢えずそのままにしていたのだ。
しかし、なるほど。【形状変化】がうまく機能しなかったのは、その抗魔鉱が影響していたからかもしれないな。
ん? ちよっと待てよ? パート2。
魔術が使えないと言っていたわりに、マジック・フライパンは使っていたよな?
そのことが気になりソアラに尋ねてみたら、抗魔鉱は“魔力が魔術に変化するのを妨害”するもので、魔力自体にはなんら影響を及ぼさないというのだ。
いまいちよく分からなかったが、モーターと電池の間にバカデカい抵抗挟んだら電流なんて流れない、みたいなものだと受け取った。
いくら電池が確り発電していても、その電力がモーターに届かなくては意味がない、ということだな。うん。
余談だが、電池と聞くとなんだか電気を溜めているように思えるが、実際は溜めているのではなく化学反応を利用して発電しているのだ。
だから、電池の本質は超小型の発電機なのである。余談終わり。
「なるへそ。それじゃ、取り敢えず魔術方面は一旦保留。弓をメインに装備一式揃えてみようか」
というわけで、ソアラの装備品を一通り揃えてみました。
まず、メインウエポンに“エナジーボウ”を選択。エナジーボウは実態を持たない、非実態弓だ。
本体は腕輪型をしたアイテムで、この腕輪に魔力を流すと、魔力で形成された弓を作り出すことが出来る。
供給する魔力量によって、形状を自由に変化させることが出来るため、速射重視の短弓から、威力重視の長弓と思いのままだ。
普段はただの腕輪にしか見えず、一見武器を持っていないように見えるため、相手の虚を突きやすいという点でこの武器を選んだ。
こういう暗器的な性質は、いざという時役に立つ。
また、魔力を矢へと変化させたエナジーアローを射出するので、矢の消費を気にせず使えるのも大きな利点だ。
弓というのは、いってしまえば矢という名前のカネを投げる武器なので、結構なカネ食い虫なのである。
その代わり、一射ずつに魔力を消費するのだが、そこは魔力の多いエルフであるソアラとは相性が抜群に良かった。
ちなみに、威力を増減させても元が非実態物であるため、弦を引く力などは一切変わらない。
変化するのは、消費する魔力とチャージ時間だけだ。
ソアラは【器用さ】と【敏捷性】と【魔力】が比較的高いことが分かっていたからな。
『アンリミ』では、【魔力】の数値の一定値が魔力にボーナスとして加算される使用になっていたため、【魔力】が高ければ、合わせて魔力も多いことになる。
あくまで『アンリミ』の仕様なので、ここでも同じとは言い切れないのが不安ではあるが、まぁ、本人も魔力には自信があると言っていたので信じることにしよう。
次に、メイン防具。
ソアラから、重くなく体の動きを阻害しない物がいい、という要望があったので、“クリュキスの胸当て”を勧めてみた。
クリュキスとは、『アンリミ』における慈愛と恵みを司る神の名だ。この胸当ては、そのクリュキスの加護を受けた物である。
防御力は軽装備故にそこまで高くはないが、常時【身体速度向上】と【自然治癒力向上】の二つのステータス上昇効果が発動されている。
加えて、脚には“天馬のブーツ”をあしらってみた。
流石にパカパカしたサンダルでは、碌に動けないだろうからな。
天馬のブーツは、【敏捷性】にステータス補正プラス10%の効果があり、また、魔力を対価に短時間だけ空中に不可視の足場を作り出すことが出来る、という特殊効果を有している。
空を駆ける天馬を模した能力だ。
で、サブ防具にシールドリングをチョイス。
これもまたエナジーボウ同様、腕輪型をしたアイテムで、魔力を流すと半透明な防壁を展開することが出来るという代物だ。
大型の物理盾ほどの防御力はないが、基本的に盾を装備できない弓手職には心強い防御アイテムである。
どちらの腕にどれを装備するかはソアラ次第だな。
片方に二つ装備してもいいし、分けてもいい。
ちなみに、これは物理盾を装備し難い大剣使いや、もしくはあまり装備したくない二刀流などのハイスピードアタッカーも御用達のアイテムである。
まぁ、トップの奴らは、シールドリングの二つは上のグレードのアイテムを装備しているがな。
次。
首輪が目立つので、これを隠すために首周りの装備は必須だ。
というわけで、“ハーフエルブンマント”を追加。ソアラがエルフだけにベストチョイスだろう。色も丁度緑だしなっ!
ハーフエルブンマントは名前の通り、通常のマントの半分ほどの丈しかない、どちらかというとショールに近い物だ。
物理防御力は雀の涙だが、高い属性耐性を持っており、また、“ウィンドヴェール”という、物理攻撃からのダメージを一度だけ完全無効化する特殊効果を持っている。
ただし、一度効果を発動してしまうと、次に効果を発動するまで一時間のクールタイムが発生してしまうので、過信は禁物だ。
それに、物理攻撃なら、即死級の一撃もかすり傷も等しく“一回”になってしまうので、発動状態には常に気を配る必要がある。
まだ発動していないと思って生身受けした、既に発動済みだったでゴザル、では笑えない。あくまで、保険程度と思っておいた方がいいだろう。
途中、近接戦闘における攻撃手段がないことに気づき、“ソニックダガー”を追加。ソニックダガーは、振ると短距離だが風の刃を放てるダガーだ。
ソアラも、長剣は使ったことはないが、短剣程度なら使えると言っていたから大丈夫だろう。
ただ、これまた能力使用時に魔力を消費するので、使いどころは本人に任せるしかないな。
で、最後におまけで“風精霊の髪飾り”を付けた。
【敏捷性】と【器用さ】にプラス5%の効果があり、低確率だが攻撃時に風属性の追加ダメージが入る“風精霊のきまぐれ”という特殊効果が付いている。
これを選んだことに特に理由はない。強いていうなら、ソアラに似合うだろうなぁ、という完全な俺の趣味である。
全体的に“風”に関するアイテムが多くなってしまったが、これはソアラがエルフだからという俺の先入観のせいかもしれないな。
俺の中では、エルフ=風なのだ。
俺はそれらの装備をソアラに押し付けると、一旦洞窟を出ることにした。
生着替えを見たかった、というのが本音だが、実行したらただの下衆野郎になってしまうからな。
俺は基本紳士なのであるっ! 変態が付かない、紳士だ!
ソアラはこれらの装備を受け取るのに随分と渋っていたが、“ソアラを助けた謝礼及び、飲食した食べ物の代金その他諸々、利子付けてご両親に請求”するのと“装備を黙って受け取る”のとどちらがいいか尋ねたら、装備を黙って受け取ってくれた。
ちなみに、受け取らなかった場合は、強制的に前者にすると告げてあった。
うんうん。ソアラはきっと、両親思いの良い子なんだろうね。良きかな良きかな。