一三話
ソアラは、俺が料理している姿を直接は見てはいない。ずっと布団に籠っていたからな。
しかし、音や匂いなどでなんとなく“火を使って料理をしている”ということくらいは、雰囲気で分かっていたはずだ。
なのに、火を起こした形跡がどこにもない。それは何故なのか?
つまりはその謎を知りたい、ということなのだろう。
「それは……まぁ、説明するより現物を見た方が早いか……ちょっと待ってな」
ソアラに一言断ってから、俺はチェストボックスの中からさっきまで使っていたフライパンを取り出した。
洗っていないので、少し汚れているが、そこは我慢してもらおう。
「今回ご紹介する商品はこちらっ! マジック・フライパン!
なんとこのフライパン! 火を起こさなくても加熱調理が出来るという、画期的な商品なんですっ!」
と、俺は一つのフライパンを手に、某テレビショッピングに出て来る妙にテンションと声が高い社長のモノマネで説明してみた。
「火を起こさなくても料理が出来るんですか!? それはすごいですねっ!!
……ところで、スグミさん? 声、どうかしたんですか?」
はい、元ネタ知らない人にモノマネとか無意味だよね。うん、知ってた……
「オホンっ、ちょっと喉の調子がな……まぁ、論より証拠。使うから見てな」
「はいっ!」
俺はいろいろ無かったことにしつつ、手にしたフライパンの取ってをキュっと握る。
“アクセス”
頭の中で接続コマンドを入力すると、視界に……
“アイテム【マジック・フライパン】へのアクセスを確認。MPの供給を開始しますか? Y/N”
という文字が、ARウインドウとして表示された。
『アンリミ』において、魔剣や魔道具といわれるマジックアイテムの中には、装備すれば勝手に効果を発揮する物と、MPを供給することで、初めて効果を発揮する物との二種類が存在していた。
このマジック・フライパンは後者である。
で、そうしてオン・オフ管理式のアイテムは、接続コードというものを入力することで、MP供給モードへと移行し、初めて使用可能な状態にすることが出来た。
なので、俺はY、つまりイエスを選択。MP供給量は弱。あくまで説明のためのデモンストレーションであるため、火力は必要ないからな。
手の平から、何かチリチリとした感覚があったのも束の間、フライパンから熱気が感じられるようになり、フライパンに残ってたソースから小さく湯気が上り始めた。
「あっ、温かくなり始めましたっ!」
「もっと高温にも出来るけど、今はこんなもんでいいかな……」
効果を見てもらったところで、MPの供給をカット。無駄に加熱してソースを焦げ付かせても、後の掃除が面倒になるだけだからな。
俺は仄かに温くなったフライパンを、テーブルの上に置いた。
「魔力の流れを感じましたけど、このフライパンって魔道具なんですか?」
魔力……か。俺が消費しているのは正確にはMPなので魔力ではなく精神力だ。
『アンリミ』でいう魔力とは、ステータスの項目の一つであり、魔術における攻撃力の指標のことだ
しかし、ソアラにはMPも魔力と同じものとして感じられているようだな。
細かく説明するのも面倒なので、魔力という事にしておこう。
にしても、流石はエルフ。魔力とかそういった力の流れには敏感なようだ。
「そうだな。なんなら一度、使ってみるか?」
「いいんですかっ!」
もの凄く物欲しそうな顔でソアラがフライパンを凝視していたものだか、ちょっと進めてみる。
と、ソアラは待っていましたとばかりに、フライパンの取っ手をハシっと掴んだ。
「まずはそう、取っ手の部分を握って、魔力を少しずつフライパンに流すイメージで……急に大量の魔力を流すと一気に過熱するから要注意な」
「任せてください。なんてたって、私エルフですから。魔力操作なんてお手の物ですよ」
その自信が示す通り、あっという間にソアラはマジック・フライパンの扱いを習得してしまった。
「いいですね、これ。このフライパン一つあるだけで、家事がどれだけ楽になることか……正直、凄く欲しです」
一通りフライパンを弄り倒したあと、何かうっとりとした目でフライパンを凝視しながらソアラがため息交じりにしみじみ言う。
「んな、大げさな」
「大げさなんかじゃありませんよっ! 薪を用意するのに、どれだけの手間が掛かると思ってるんですかっ!
手頃な木を切り倒して、じっくり時間を掛けて乾燥させて、それを使える大きさになるまで何度も割って……それでようやく薪になるんですよっ!
冬には暖房用の薪だって必要になりますし、料理に使う分を節約出来れば、その分薪割りをしなくて済むんですっ!
たまに手に豆とか出来て、潰れたりすると凄く痛いんですよ、あれっ! そのこと、スグミさんはちゃんと分かっているんですかっ!」
「お、おう……なんかすまんかった……」
なんか知らんがソアラの逆鱗に触れたらしく、すげー剣幕でめっさ怒られた。
まぁ、薪割りが如何にきつく辛い重労働かを懇々と説かれても、現代人の俺には中々に分かり難いんたけどな。
こちとら薪割りなんぞ、小学校のキャンプ実習でちょっとやったことがある程度なんですもの……
「なら、こいつを量産して売りにでも出したら、俺は億万長者にでもなれるかね」
なんとなく場の雰囲気がよろしくなかったので、流れを変えようとそんな軽口を言ってみる。
実を言うと、このマジック・フライパンは『アンリミ』の既存アイテムではなく、俺が独自に製作したオリジナルアイテムだ。
『アンリミ』ではプレイヤーの技量さえあれば、こうした独自アイテムの生成が可能なのである。
まぁ、俺みたいにこんなしょうもないものを自作するプレイヤーは少なかったけどな。
大体は剣や防具を作るのが普通だ。
俺とて、知り合いに“料理する時に、竃に火を入れるのが面倒だから、簡単に料理が出来るアイテムが欲しい”と頼まれたから作った代物であり、これはその時の試作品の一つだ。
とはいえ、これがあれば遠征先でうっかり食料アイテムを切らしてしまった時などに、現地調達した素材で食料アイテムを生産できるので便利に使っている。
今のこの状況が、まさにそれだな。
余談だが、最初に作ったのはカセットコンロのような、加熱する台だった。
しかし、作っているうちに、台の上に何を乗せて加熱するくらいなら、いっそホットプレートの様に、初めから鍋やフライパンが加熱するようにすればいいんじゃなかろうか? という考えに至って生まれたのが、このマジック・フライパンであった。
これなら、コンロとフライパン、とか、コンロと鍋のように2アイテムを必要とせず、フライパン、鍋、それだけで完結して使用することが出来る。
所持アイテムの削減にも繋がり、正に一石二鳥なのである。
ちなみに、クライアントからは大変ご好評を得ており、同シリーズにマジック・鍋とマジック・圧力鍋が存在する。
「なっ!? これ、もしかしなくてもスグミさんが作った物……なんですか?」
「ん? ああ、そうだけど?」
と、俺がそう答えるとソアラが目をまん丸にして驚いていた。なんか俺、おかしなこと言ったか?
そして、ソアラはまたフライパンを凝視して固まってしまった。
で、少しして……
「もしかして、スグミさんってどこかの王国に仕えていた宮廷魔工技師だったりするんですか?」
と、そんなことを尋ねて来た。
魔工技師……たぶん、マギクラフターのことだろうな。
『アンリミ』でいう魔工技師とは、主にマジックアイテムなどを専門に作るプレイヤーの総称である。
確かに、俺はこういったマジックアイテムを制作はするが、それが本職というわけでもないので、少し違うかな。
「いや、ただの放蕩者だよ」
「そう……ですか……
スグミさんのいた所では、こういった魔道具は誰でも作れたりするのでしょうか?」
「流石に誰でもってことはないかな。ただ、この程度の物なら、作れる奴はそこらへんにゴロゴロ転がっていたよ」
『アンリミ』の総プレイヤー数が何名なのかは知らないが、魔剣や魔盾、魔鎧などが作れる魔工技師は結構な人気職なので、それなりにはいたはずだ。
「スグミさんが居た国は、凄い所……なんですね。
この国……いえ、この大陸において、こうした魔道具を作ることが出来るのは、先ほどお尋ねした宮廷魔工技師くらいなものなんですよ」
ソアラの話しによると、その宮廷魔工技師も作るのは主に武具が専門で、俺が見せたマジック・フライパンのような民生品は皆無なのだという。
稀に、太古に栄えた魔導文明の遺跡から、マジック・フライパンの様な民生品マジックアイテムが出土することもあるらしいが、殆どが研究用に国に保管されていたり、仮に売りに出されていたとしても、目玉が飛び出るくらい高額だったりと一般人の目に触れることはない、ということだった。
俺のマジック・フライパンも、ソアラはそうした古代遺産の一つだと思ったらしい。
「ちなみに、他にはこんなのもあるぞ」
そう言って、俺はチェストボックスから、マジック・鍋を取り出して見せた。
「これは……お鍋、ですか?」
「そう。お鍋です。その名もマジック・鍋! マジック・フライパンと同種の調理器具だな。
ただし、マジック・フライパンと違って、魔力を保持する機能が付いているから、一度魔力を充填すれば、火力を一定に保ったまま過熱し続けてくれる優れものだ」
「なっ、なんですって! そ、それじゃあ、もう火加減を調整するために竈に張り付いている必要は……」
「ないんですっ!」
「そ、それじゃあ、火力を強くし過ぎて慌てて薪を抜く必要も……」
「ないんですっ!」
「というか、そもそも薪をくべる必要が……」
「ないんですっ!」
「そ、そんな……そんな……で、でも、こういうのって作るのにすごく高価な素材が必要になったり……」
「いいえっ! 銅と銀だけですっ!」
銀を使っているのは、供給されたMPを保持させるためと、魔術の発動効率を上げるためだ。
銅は魔術との親和性が低く、マジックアイテムなどの媒体としてはやや不向きなところがあった。
例えば、MP1の供給に対して、出力が0.5くらいに落ちてしまうのだ。
しかし銀なら、1に対してほぼ1のリターンがあり、また、銅にはないMPを保持する特性を持っていた。
ちなみに、ミスリルなど魔術効率が高い金属だと、1の供給に対して1.5とか2くらいになる。
ぶっちゃけ、価格を無視するなら、全部銀で作ってしまった方が楽なくらいだ。
熱伝導率も、さり気に銅より高いしな。
「そ、それじゃあ! 作るのに凄く難しい技術が使われていて、作るのが大変とか?」
「俺なら割と簡単に作れますっ! 寝ながらでも作れます! 片手間で作れますっ!」
「なっ、なんてものをスグミさんは作り出してしまったのですか……」
そう言って、ソアラが膝から崩れ落ちていった。
「んな大げさな……」
「大げさじゃないですよっ! もし、もし、こんな調理器具がこの世に存在するなんて世の奥様方が知ったら、この秘宝具を求めて血で血を洗う抗争に……いえっ! 戦争が勃発してしまいますよっ!」
「んなアホな……」
「スグミさんは、奥様方の執念を知らないから、そんなことが言ってられるんですよ……」
私は何も知らない、私は何も見ていない、と呪詛のように呟くソアラ。
一体何が、そこまで彼女を恐怖へと追い詰めるのか……
なんて、その日はそんな、深夜のアメリカンな通販番組ゴッコをしているうちに、夜がゆっくりと更けていったのだった……