一〇二話
時間も時間ということで、ガキんちょ共を解散させ、ソアラの家に戻ると、そこに居間で茶を啜って寛いでいるイオスの姿があった。
「ようやく戻って来たか……」
俺を見るなりそうぼやくイオスに、何か用だったのかと尋ねると、どうやら族長、つまりソアラのばぁちゃんが俺に会いたいと言っているらしい。
「わざわざ待ってなくても、俺の居場所なんて分かってるんだから、呼びに来ればよかっただろうに……」
「勿論行ったさ。だが、お前は畑仕事を手伝っていただろ?
族長からも手が空いていれば呼んで欲しい、ってことだったからな。戻って来るのを待つことにした、というわけだ」
なるほど。あの場所にイオスも来ていたのか。全然気づかなかったわ。
「しかし、待てど暮らせど戻って来る気配がなくてな。いい加減こちらから呼びに行こうかと思っていたところだった」
「なんかすまんな。畑仕事自体は随分前に終わっていたんだが……」
と、畑仕事の後、群がるガキんちょ相手に遊んでいたことを話した。
「……そんなことまでしていたのか。下の者達が世話になったな。
何分、この村には大した娯楽がないからな。皆、目新しい物が面白かったのだと思う」
「別に構わんさ。大した手間でもないし、俺もそれなりに楽しかったしな」
「そう言ってくれると助かる。では、行こうか」
というわけで、俺はイオスに着いてソアラの家を出た。
行くのは俺とイオスのみである。
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で、族長の家にて……
俺がまず通されたのは、ただただ広い広間だった。
感覚的には集会場とか、道場? みたいに、人が大勢集まれるような場所だ。
そこの奥に一段高くなった場所があり、そこに一人のおばちゃん……と呼んだら怒られそうな微妙な歳の女性が座っていた。
この女性が、この村……オファリア村の族長であり、ソアラのばぁちゃんでもあるオーラさんだ。
名前は道中、イオスから聞いた。
出たな、“ラ”の系譜。
ちなみに、イオスにそのことをそれとなく聞いたら、エルフでは女児が生まれたら名前の語尾に“ラ”を付けることが多いのだそうだ。
日本でいう、静子とか薫子みたいな、〇子みたいなものらしい。男児の名前には、これといった決まった言葉はないみたいだった。
オーラさんは一見すると、四十代程の小柄な女性だ。
ただ、ソアラの年齢を考えると外見通り、ということはないだろう。そもそも、エルフだし。
だとすると、本当の年齢は大体五〇半ばか後半、といったところか。それでも、祖母というにはかなり若いか。
俺は、勧められるままオーラさんの正面に座らされ……
「まずは、大恩ある方を呼び付けるようなまねをしたこと、深く謝罪申し上げる」
開口一番。そう言って、オーラさんが、土下座とばかりに深く頭を下げた。
あまりに唐突のことで、言葉を失う俺。
「本来であれば、儂から礼に伺うのが筋というものなのだろうが、如何せん足を悪くしていてねぇ。碌に動けぬ身故、こうして、ご足労を願った次第」
「そういうことでしたら、別にお気になさらず。大した手間でもありませんし」
「そうかい? すまないね。
では、改めて。此度は、孫娘ソアラの命を救って頂いた事、心より感謝致す」
そうして、再度、平身低頭。
「いえいえ! そちらも、あまりお気になさらずっ!
今回はたまたまの事ですし、それに他の皆さんからもお礼は言われているので……」
正直、根っからの小市民である俺としては、こうも会う人会う人に頭を下げられるのは、どうにも居心地が悪くていけない。
「お若いの、皆が感謝しとるからと、儂が礼を言わなくていい道理などありゃせんよ。
人とは礼節の生き物。礼を失えば、それはただ知恵ある獣でしかない。例えばそう、ソアラを攫った奴らのようにな……っと、いかんいかん。
歳を取ると、つい説教じみていけないねぇ」
言われてそりゃそうか、と思った。
みんながお礼を言ったから、じゃあ自分は言わなくていいよね? というのは何か違う気がするからな。
オーラさんは別に間違ったことは言っていない。どちらかというと、俺がただ、このやたらヨイショされている状況に、まったく慣れていないだけだ。
にしても、だ。ここでもまた若いと言われるか……まぁ、オーラさんに比べれば小僧なのは間違いないと思うけど。
「……いえ、間違ったことは仰っていないかと。ただ、俺が人から感謝されることにあまり慣れていなくて……」
「そうかい? なら、恩人にこれ以上煙たがられても適わんから、これくらいにしとこうか……
おっと、そういえばまだ名乗っておらなんだな。
儂はオーラ、ソアラの祖母にしてノマドの母。そして、ここオファリアの当代の族長を務めとる……ちゅーか、務めさせられとる」
させられてる、か……
言い方からすると、押し付けられたって感じかな?
「俺はスグミといいます。その……さらせれている、といのは?」
「なに、本来の族長は儂の夫が務め取ったんだがね。
数年前、森に野草を採りに行ったら、四腕熊に出くわしてそのまま喰われて押っ死ちにおったわ。
まぁ、今際の際に奴も熊コロを締め落としたようじゃから相打ちかの。
ほれ、玄関んとこにデカい熊の剥製があっただろ? あれが儂の夫、グリズリーを喰い、グリズリーが締め落とした四腕熊だよ」
ああ……あったな。そんなの。腕が四本ある謎の熊の剥製。
玄関入ったらドンっ! って感じで置かれれてビックリしたわ。
あれ、体長3メートルくらいあったような気がするんだが……
立ったら黒騎士よりデカいんじゃないか? それを締め落とすって……
ヨームといい、ソアラのじいちゃんといい、エルフってのは基本武闘派なのか? むしろ、ノマドさんの様な線が細いタイプが少数派なのか?
てか、名前! おじいちゃんの名前!
ただの偶然だろうが、熊って……熊が熊と戦って、相打ちになったって話しなのか、これは?
「それ以来、御鉢が儂に回って来おっての。やりたい言う奴もおらんで、儂がしぶしぶ引き継いどるんよ」
「おばあ様。おじい様のことをそんな笑い話のように話さないでください」
と、丁度その時、奥から一人の女性が手に湯呑を乗せたお盆を持って姿を現した。
それも、飛び切り美人の、だ。
年齢は二十代前半、というった感じか。少なくともソアラよりは年上だろう。
楚々とした立ち姿に、腰まで伸ばした銀色の髪が、歩く度に左右に揺れてキラキラと輝いて見えた。
出る所は出る、引っ込む所は引っ込んでいる、所謂、ボンっ! キュッ ボンっ! スタイルに神々しさすら感じた。
一見、穏やかそうなその容姿も、今は若干鋭い視線でオーラさんを睨んでいた。
「聞かれたから話しただけさね」
「それでも、話し方というものがあるでしょう」
「ふんっ! 危ないから弓か鉈くらいは持って行けっちゅー、儂の忠告も聞かず、“鍛え抜かれたこの肉体こそが武器っ!”とか、訳の分からんことを抜かして熊に喰われたバカ者なんぞ、この村が潰えるその時まで笑い話として語り継げばええわい」
おぅ……イッツ、脳筋肉スタイル……
「もう、素直じゃなんですから……前、失礼しますね」
「あっ、はい」
そう言って、女性が俺の前に膝を突き、お盆の上に乗っていた湯呑を俺の前へと差し出した。
「粗茶で申し訳ありませんが、宜しければどうぞ」
「これは、ご丁寧にどうも……」
「ご紹介が遅れました。私は族長オーラの孫、ヴォーラと申します。村ではおばあ様の補佐の様なことを務めてあります。以後、お見知りおきをスグミ様」
そう言って、ヴォーラさんが俺へと向かって丁寧に頭を下げてくれた。
なんだか仕事がデキる女オーラが出ていると思ったら、秘書さんでしたか。
俺の中では、女性秘書ってなんだかやたら仕事が出来るイメージがあるんだよね。
「ああ、スグミと言います。こちらこそよろしくお願いします。
ただ、その“様”付けは止めて頂きたいかなと……
何分、根が小市民なもので、こうケツの辺りがムズムズするというか、落ち着かないんもんで」
「ふふっ、そうですか。ソアラの恩人からの願いとあれば無碍には出来ませんね。
それでは、スグミさん……で、どうでしょうか?」
「ええ、まぁ、そんな感じでお願いします。えっと、オーラさんのお孫さんということは、もしかしてヴォーラさんはソアラとは……」
「はい。従妹の関係になりますね。私の父が、ソアラの父のノマドさんの兄に当たりますので」
ああ、やっぱりか。
一目見た時、別にソアラと似ている、というわけではなかったのだが、何処か雰囲気的に似ているものを感じたのは、気のせいではなかったらしい。
「遅れましたが、ソアラのこと、本当にありがとうございました」
と、オーラさんに続いて、ヴォーラさんにも頭を下げられらた。
その後、まぁ、世間話なんかも交えつつ、オーラさんが俺がソアラと出会った切欠や、イオスと出会う前のことを詳しく聞きたいというので話すことになった。
主に、俺が見慣れない黄色のポータルに飛ばされたところから、ソアラと出会って賊をとっちめた辺りのことを中心に話した。
勿論、ゲームのことには一切触れていない。話したところでややこしくなるのは分かり切っているからな。
その後のことは、大体イオスも知っているはずなので割愛だ。
で、俺からの話しを大方聞き終わった後……
「ふむ。金色に輝く光の柱……かい。
まるで、昔から代々伝わる“光の御柱伝承”のようじゃな……」
と、オーラさんがぽつりと呟いたのだった。
ストックが付き申した・・・
次回からは二、三日おきの更新になります。




