一〇一話
正直、俺は舐めていた……いや、バカにしていたといってもいい。
老け顔のヨームの奥さんだ。
エルフだからと絶対に美形とは限らない、というのはヨーム本人が体現していた。だから……こう言っては失礼だが、嫁さんも、まぁその程度だろうと、高を括っていたのだ。
しかし、どうだ?
実際に目の前に現れたのは、白磁の様な白い肌に、腰まで届きそうな長い銀髪、そして木漏れ日の中、たおやかにほほ笑むその姿。
とんでもない美人がそこに居た。しかも、おっぱいがとってもおおきいです。おおきいのです。
大事なことだから、二回言いました。
俺はなぁ、イケメン以上にリア充って奴がが大っっっっっ嫌いなんだよぉっ!
幸せな家庭を築いている奴が、憎い……
そういえば、何処かの某国王によれば、友情とはコボルトよりも弱くて、数ターンで消えてしまうものらしい。その通りだと思った。
俺とヨームとの友情も、どうやらここまでのようだな。
「だって、どう考えてもおかしいだろぉ! お前みたいなオッサン顔の奥さんが、なんでこんな美人なんだよ!!」
「あら、お上手ですこと」
「オイコラァ!! オッサン顔言うんじゃねぇよっ! ってか、何サラっと人の嫁口説いてやがんだゴラァ!!」
「口説いているつもりはないが、思ったことを言っただけだゴラァ!!
何だ? 弱みでも握って脅したのか? それともカネでも積んだか? あぁん!!」
「ふざけんなっ! こちとら恋愛結婚だっつーの!」
「れ、恋愛……結婚……だと……? そんなっ! そんな馬鹿なぁ
っ! こんな、こんなおっさん顔なのに……恋愛結婚……」
衝撃的な一言に、俺はただただ膝から崩れ落ちるしかなかった。
こんなオッサン顔でも、恋愛出来るなんて……そんな……そんな……
「おい……なんか急に変なこと言い出したぞ……大丈夫かこいつ?」
「ああ……スグミさんがおかしいのは何時ものことなので、平常運転ですね」
「マジか……」
「それじゃ、そろそろお茶の準備をしようかしらね。ソアラちゃん達も手伝ってくれる?」
「はい、勿論」
俺は間違ってねぇ……間違ってねぇ……
間違っているのは……間違っているのは……そう、世界の方だ。
こんな間違った世界をそのままにしておいていいわけがない。正しく……正しく修正しなくては……修正するにはどうすれば……
「……そうか、世界を滅ぼせばいいんだ」
「おいっ! スグミがなんかスゲー物騒なこと言い出したぞっ!」
「ああ、お気になさらずぅ~」
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
ふぅ~、ココロが落ち着くんじゃ~。
ずずっと、イーダさんが淹れてくれたお茶を啜って人心地着く。
危うく暗黒面に完全に落ちてしまったが、まぁ、なんとか帰って来ることが出来たので良かった良かった。
シュコーシュコーと音が鳴る、黒いヘルメットを被らなければいけない体になるところだった。
イオスからは、話しを聞くだけだったからまだギリ耐えられていたが、流石に実際に目の当たりにすると、豆腐メンタルな俺では一瞬で精神が崩壊してしまった。
ぶっちゃけ、俺の持つ人形とスキルを総動員して、如何に効率よく世界を滅ぼすか本気で考えてしまっていたからな。
あぶないあぶない。
「おい、さっきのは何だったんだ……」
俺の隣で、俺と同じ丸太に座っているヨームが不信感丸出しの顔で、そう聞いて来た。
「いやなに、ちょっとした持病でな。俺は幸せな家庭を築ている奴を見ると、つい世界を滅ぼしたくなる衝動に駆られるんだよ。まぁ、気にするな」
「気にするなって……気になんだろ、普通。てか、その頭の病気はとっとと治した方がいいぞ?」
「頭の病気とか失礼だな! これは心の病だっ!」
「自慢気に言ってんじゃねぇーよ」
「こちとら二七年間、彼女なんて出来たことすらなんだぞっ!
お前みたいに、美人な奥さんがいて、利発そうなお子さんまでいる人生の勝ち組みたいな奴には、俺の心の痛みなんて分からねぇだよっ!
この、“顔面敗者”のくせにっ!」
「顔面敗者とはなんだコラァ!」
「愛が……愛が欲しいとです……グスっ」
「……スグミ、お前……」
何かを悟ったのか、ヨームの怒りの形相が忽ちに憐れみを帯びた表情に変わる。
そして、そっと俺の肩に手を置いた。
チクショー……同情なんていらないんだよぉ……
「スグミ様もどうぞ。私の手製ですので味の保証は出来ませんがよろしけば」
そう言って、俺の前にイーダさんが何を持ってやって来た。
そういえば、そもそもイーダさんは作業員に差し入れを持って来たんだったな。
「あっ、これはご丁寧にどうも」
「テメェ……」
で、今までのヨームとのやり取りなどなかったかのように、さらっと受け取る俺。
隣でヨームが何か呟いていたが、知ったことではない。
受け取った小さな皿の上に目をやると、そこにはつぶつぶとした黒い団子状のものが一つ。
なんか、スゲー見覚えのある形をしているんだが……
「こいつはギーハっつー、昔からある菓子だ。見た目は悪いが味は保証するぜ」
俺がこの物体……ギーハを見て固まっているのを見て、見た目を気にしているとでも思ったのだろう。
まぁ、確かに見た目は泥団子のようにも見えるからな。
ヨームはそう説明し、安全な物だと言わんばかりに自分の分のギーハを手で鷲掴むと、もしゃもしゃと齧り付いて見せた。
一応、木で出来たナイフの様な物が付いてはいたが、使う気はないらしい。
ちなみに、ソアラとアイラちゃんあとヨーダちゃんは、今は大人しく仲良く横並びで丸太に座って、イーダさんお手製のギーハをもぐもぐしていた。
「いや、俺の故郷に似たような食べ物があってな……、それとそっくりだったからちょっと驚いていただけだ。
その、よかったら作り方とか材料を聞いてもいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
ヨームに聞いたつもりだったのだが、返事をしてくれたのはイーダさんだった。
「この黒い部分はズキアという豆を、蜜で甘く煮詰めた物を適度に磨り潰した物になります。
ズキア自体が赤黒い色をしておりますので、煮るとどうしてもこういう色になってしまうんですよ。
中にはお米を丸めた団子が入っていまして、その団子をズキアの餡で包んだのがギーハになります」
はい。おはぎですね。分かりました。
なんだ? エルフ村に来てからというもの、和食と同じような物をやたらと見るんだが……
「なるほど。では、頂きます」
ヨームに倣い、俺も手掴みでおはぎ……ならぬ、ギーハを頬張る。
んっ! これはっ!
ひと口齧ると、口の中に柔らかな甘さがさっと広がった。
砂糖の様な強烈な甘さとは明らかに違う、自然な甘味。
和三盆的なサムシングを感じるな……
ごはんの部分に塩でも振ってあったのか、僅かに感じる塩味が、細やかな甘みを見事に引き立てていた。
叫びながら口からビームを出すほど美味いわけではないが、心に沁みる味だ。
全然味は違うのだが、何故か昔、ばあちゃんがよく作ってくれたおはぎのことを思い出した。
「で、どうだ? 味はその故郷の料理っての似てるのか?」
俺が口の中の物を飲み込んだタイミングで、ヨームがそんなことを聞いて来た。
「ん~、故郷の料理つっても、地方や作る人によって味なんか全然違うからな。
一概に同じとも違うとも言えないが……うん、美味いことは間違いないな」
「お粗末様です」
俺の言葉にイーダさんがぺこりと頭を下げる。
俺は自分の言葉を証明するように、残っていたギーハを食べ尽くすと、指に付いていた餡をペロリと舐めた。
その後、三〇分程の休憩も終わり、イーダさんとヨーダちゃんは帰宅、男達は作業を再開した。
俺もさっき引っこ抜いた切り株を、黒騎士で小さくバラす作業を行う。
黒騎士で切り株を上へと放り投げ、落ちて来る前に二振りの大剣でシュパパパっ。はい、一瞬でバラバラである。
一度に二つの切り株を処理していたので、こんなことを数回もするうちに切り株の処理は終了。
あらかた片付いたところで、やたら周囲が騒がしいことに気が付いた。
何かと思い振り返ると、そこには何故か多くの子供たちが遠巻きに群がって、俺のこと……いや、正確には黒騎士のことを見て騒いでいる様だった。
「なんぞあれ?」
「どうやら、ヨーダが周りにその騎士人形のことを話したみたいでな。一目見たさに、こんな所まで来たようだ」
何とはなしに呟くと、近くで作業に当たっていたヨームがそう教えてくれた。
そういえば、休憩時間に黒騎士でヨーダちゃんやアイラちゃんを肩車したりして遊んでいたっけな。
「なるほど」
「で、すまんがこっちのことはもういいから、あの子達の相手をしてやってくれんか?
正直、これ以上作業現場に近づかれると、流石に危ないからな。放置して誰かが怪我をした、では目も当てられん」
「俺はいいが、そっちは大丈夫か?」
「問題ない。お前の力が必要な大きな作業はもう終わっている。残っているのは細々としたものだけだ。
それに、普段は俺達だけでやっている作業だぞ? そう気にするな」
「了解。んじゃ、あのガキんちょ共を連れてここから離れるとしますか」
「頼む」
ということで、ここからは土木作業員ではなく、テーマパークのマスコットとして働くことになった。
「スグミ」
「ん?」
去り際、ヨームに呼び止められて足を止める。
「今日はすげー助かった。あんがとよ」
「ああ、何かあればまた声を掛けてくれ」
「ああ、その時にな」
そうしてヨームと別れた俺が、子ども達へと向かって移動を開始すると、子ども達から大きな歓声が沸き起こった。
すげー! だの、かっこいい! だのだの。
おう、俺の力作だからな。もっと褒めてどうぞ。
集まっているのは殆どが男の子のようで、ちらほら居る女の子は、少し遠くからおっかなびっくりといった感じでこっちの様子を伺い見ていた。
「どうしたんですか? スグミさん?」
俺が近づくと、ソアラがそう声を掛けて来た。
どうやら、子ども達がこれ以上工事現場に近づかないよう引率してくれていたらしい。
「ヨームが、作業の邪魔になるからガキんちょ共をどっかに連れて行け、だってさ」
「ああ、ですよね……でも、この子達、どうしてもスグミさんの人形が見たいって聞かなくて……」
ソアラがほとほと困った、といった感じでため息を吐く。
「だから俺が来たんだよ。この近くに広い場所はないか? そこでこの子たちの相手をしてやるから」
「そうですか? それなら……はい。着いて来てください」
と言って歩き出すソアラの後に着いて行く。
当然、俺が歩くと、俺を追従させている黒騎士も移動するので、その後ろに子ども達が列をなして着いて来た。
まるでカルガモの親子の様だな。
少し移動すると、広場といえる程ではないが、少し開けた場所に出た。
というわけで、ここでガキんちょ共の相手をすることにした。
ちなみに、剥き出しの大剣が危険なので、現在は外して亜空間倉庫の中である。
相手をする、とはいっても大したことはしていない。
ヨジヨジと黒騎士をよじ登ろうとするのを、好きなままにさせたり、片手でぶら下げて持ち上げたりと、そんな感じだ。
一言でいえば、人型のジャングルジムといった感じか。
中には、黒騎士の頭頂部まで登り仁王立ちする猛者も出て来たが、そいつはご褒美に足を掴んで逆さ吊りにしてやった。
人形とはいえ、頭を踏みつけるとはいい度胸だ。
泣いて嫌がるかと思ったら、キャッキャッ言って喜んでいた。
……子どもってのはタフだね。
終いには、調子に乗って黒騎士の脛をゲシゲシと蹴り出す不届き者が現れたので、お仕置きに少し高めの“たかいたかい”で、大体地上5メートルくらいまで放り投げてやった。
流石にこれは泣き叫ぶだろうと思ったのだが、地上へと生還すると、楽しかったからもう一度やれと、また脛を蹴り出した……
……ホント、何処の世界でもガキんちょ(オス)はタフだねぇ。
恐怖ってのを知らんかの? こいつらは……
むしろ、それを見ていたソアラの方が顔を青くしていたくらいだ。
大丈夫。落すなんていう凡ミスしないから。それに、喩え落としたとしても、即死さえしなければHP回復ポーションで回復出来るのでなんの問題もない。
……ないよな?
とまぁ、そんな感じで子ども達の相手をしているうちに、すっかり日は傾き暮れて行ったのだった。




