十話
今回は、ほぼほぼ設定の説明だから読み飛ばしてもいいかも・・・
元々、洞窟の奥の調査は予定していたので、予め輝晶石ランタンをチェストボックスから二つ取り出していた。
その一つはテーブルの上に、そしてもう一つはインベントリの中である。
俺は、インベントリにしまってあった一つを取り出し、点灯。ランタン片手に、俺は洞窟の奥を目指す。
『アンリミ』なら、洞窟ダンジョンには必ずといっていいほど、ケイブスネークやケイブバットといったモンスターが生息していた。
どちらも大して強くはないが、大規模な群れを作るためとにかく数だけは多いことで有名なモンスターだ。
ここも同じとは限らないが、用心だけはしておいた方がいいか……
強くはないといっても、本体クソザコナメクジな俺である。黒騎士などの戦闘人形なしでは、一匹にペロっとされただけでも軽く死ねるレベルだ。
ケイブスネークやケイブバットは、人位の大きさがある。そんな大きさのモンスターにガジガジされたらどれだけ痛いか……
ザコだと舐めて掛かってはマジで死ぬ。
木に脛をぶつけた時の痛み、そして、ソアラが負っていた腕の怪我を思い出し、背筋がゾワっとした。
死んでからでは取り返しは付かないのだ。気を引き締めて行こう。
しかし、ここでは黒騎士を亜空間倉庫から出せるだけのスペースがない。なので、代わりの戦闘人形を出すことにした。
「ここはいつものあれだな。よしっ! キミに決めたっ!」
特に意味はないが、取り敢えず言ってみる。様式美というやつだ。
俺は亜空間倉庫から一体の戦闘人形を取り出した。
大きさは黒騎士よりずっと小さい。大体、大型犬くらいのサイズだ。
だが、これはあくまで、今がしゃがんだ姿勢のためであり、直立して立てば小学生の低学年くらいの高さにはなる。
外観は、マッシブな黒騎士と比べると、全体的に線が細く、またその手足は胴と比べて奇妙なほどに細く長い。
その見た目を一言で言い表すなら、中世の甲冑を着こんだチンパンジーといった感じだ。
この戦闘人形の銘は、エテナイトという。銘が示す通り、サルをモチーフにした戦闘人形だ。
一応、こいつにも制作当時の別名があるのだが、思い出そうとすると……うっ、頭がっ!!
というわけで、現在は絶賛封印中である。
体形がサル型であるということもあり、直立歩行は可能ではあるが効率は悪い。こいつの基本は、あくまで手足を使った四足歩行である。
手を移動に使ってしまうため、“何かを持って行動する”ことは苦手だが、本物のサル同様、手足をすべて使った移動能力は二足歩行型の黒騎士とは比べ物にならないくらいストロークが長く、動きも早い。
【傀儡操作】が持つスキルの特性上、性能が人形の大きさに依存するため、総合的な能力は圧倒的に黒騎士が上だが、事、機動力に関してだけは、サイズが格下でありながらほぼ同等の性能を有している。
むしろ、環境によってはそれを上回るほどだ。
このエテナイトは、黒騎士が利用出来ないような洞窟や森林などの、閉所空間や障害物が多い場所における戦闘を目的として作った戦闘人形なのである。
主な武装は、両腕部側面に取り付けられた横に飛び出す方式のカタールが、それぞれ一刀ずつの計二刀。
手の平に内蔵された、魔弾発射装置エナジーショットが各一門の計二門。
これは、MPを消費してすることで、エナジーボルトという魔弾を発射する装置だ。
射程が短く、威力も低い。また連射性もない、と使いどころは難しいが、それでもプロ野球選手の全力ストレート並みの威力はあるので、牽制としては十分な性能を持つ。
最後に、足に装備された鋭い鉤爪が一爪ずつの計二爪。の、以上である。
また、特殊兵装として、発光器、暗視機能、熱感知機能、望遠機能、反響定位機能、などが完備されている。
武器がすべて内蔵式なのは、手を移動に使って攻撃に使えないことと、そもそも体の構成上武器を振り回す戦いが得意ではないためだ。
高速機動によるすれ違いざまの一撃、からの即離脱。このヒットアンドアウェイ戦法がエテナイトの基本戦術となる。
先の大男との戦いでこのエテナイトを使用しなったのは、黒騎士ほどの圧倒的な膂力を持ち合わせていないからだ。
エテナイトの重量は、大体50キログラムと黒騎士と比べると十分の一もないうえ、【力】も40相当しかない。
これでは、あのクラスの【力】を持つ大男に掴まれでもしたら、離脱は困難なものになってしまうのは必至だ。
エテナイトは特殊な金属によって作られているので、奴程度がエテナイトを破壊することは無理だろうが、それでも行動不能にされてしまうのは致命的だった。
もしそこに援軍でも来ようものなら、文字通り手も足も出なくなってしまう。
そのため、誰かを守りながら戦う防衛戦にエテナイトは使えなかったのだ。
まぁ、あの程度の奴にエテナイトを捕まえられるとも思えないが、用心しておくことに越したことはない。
ちなみに、黒騎士は見た目通りの重金属の塊なので、フル装備時の重量は軽く1トンを超える。
「んじゃ、行くか」
俺は、エテナイトを先行させて奥を目指す。
手持ちのランタンだけでは光量が心もとなく視界が悪いので、【視覚共有】でエテナイトと視覚を同期化させる。
俺の視界が、エテナイトが見ている光景と二重写しになった。
そのうえで、暗視機能、熱感知機能、反響定位機能もオンにする。
肉眼よりも鮮明化する風景、その上に被せるように表示されサーモグラフィによる熱源映像、そして、エコーロケーションによってグリッド表示された地形マップ。
うむ、完璧だ。これだけよく見えるなら、手持ちのランタンもいらないどころか、目を閉じていても問題なく歩けそうだな。
まぁ、一応ランタンは持っておくし、目も開けておくけど。
エテナイト内蔵の発光器は今回は使わない。この状態で発光器まで使うと、視界がホワイアウトして逆に何も見えなくなってしまうからな。
よし。これで、どこに何が潜んでいるかまる分かりだ。
【視覚共有】は、二つの視界が重ね合わせになってしまうため、使い難くいスキルだといわれている。
だが、レベルを上げることで、同期した視界を加工することが出来るようになることは、あまり知られていない。
俺はエテナイトからの視界を、自分の本来の視界の半分にして二分割にする。
こうすれば、視界が重複せず二つの視界を同時に確認することが出来るのである。
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「ん? なんだこれ?」
洞窟をしばらく進むと、エテナイトの視界に何かが映った。
熱感知画像では、確かにそこに熱源があるのが分かる。だが、肉眼で見てもそこに何かが居るようには見えなかった。
ランタンで照らしても、見えるのはただの岩肌だ。
熱源のサイズは成人男性くらいあるぞ。結構デカいな。何かが居るのは間違いない。
しかし、何がいるのかはさっぱりだ。
試しに【身体解析】を使ってみると、確かな反応があった。
【力】値が大体40前後の何かがそこに居る。
先手必勝。
何が居るのかは分からないが、放っておくわけにはいかんだろう。
俺はエテナイトを操り、手の平をその熱源へと向けると魔力をチャージしてエナジーボルトを発射。
飛び出した魔力弾が壁にぶつかると、ドムっというおよそ岩とは思えない鈍い音が鳴り、ぼとりとそこから何かかが剥がれ落ちてきた。
地面に転がったのは大きな蜥蜴だった。
なるほど、こいつが岩肌に擬態していたのか……
知らずに前を通ったら、上からガブリ、てか。
蜥蜴は蜥蜴で、待ち伏せがバレたのが気に入らないのか、俺に向かって牙を剥きシャーシャーと威嚇を繰り返す。
そちがその気なら、よろしい。ならば、戦闘だ。まぁ、最初から逃がすつもりはないんだけだけな。
俺はエテナイトのカタールを展開させ、臨戦態勢を取る。と、一瞬にして高速で飛び出し、蜥蜴の横をすり抜ける。
一拍遅れて、蜥蜴の頭がポトリと落ちると、切り口から間欠泉のように血が噴き出した。
まさに電光石火とはこのことだ。
しかし……
部位欠損に、血飛沫か……それに、死体が粒子化しない。
もしかしてとは思ってはいたが、予想通りの結果に少しゾっとする。
本当にここは異世界……なのか? だとしたら、どうして俺が……
……いや、今は考えないようにしよう。
とにかく、今は洞窟の調査が最優先だ。
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黒騎士にエテナイトなどの戦闘人形を前面に押し出し、自身は安全な後方に居ながら敵を倒す。
それが俺の、“人形使い”の戦い方だった。
ただ、それだけを聞くと、実に強そう聞こえる“人形使い”だが、実際はそうでもない。
むしろ、『アンリミ』では究極のネタ職業と言われていたくらいだ。
厳密には、【傀儡操作】というスキルがネタ扱いを受けていた、という方が正確だろうか。
実のところ『アンリミ』に剣士や魔術士、僧侶や格闘家といった明確な職業というのは存在しない。
代わりに、無数に存在するスキルをプレイヤーが好みで所得し、それが最終的にそれぞれの職業という形に落ち着くのだ。
例えば、【筋力向上スキル】や【剣術スキル】などを取得した者を“剣士”と呼んだり、【魔力向上スキル】や【魔術スキル】を取得した者を“魔術”と呼んでいた。
【剣術スキル】と【魔術スキル】を取って“魔術剣士”とか、【盾スキル】と【治癒術スキル】それと【重鎧最適化】などを取った“聖戦士”といったような者もいた。
俺の様に【傀儡操作】というスキルを所持して、人形を使って戦う職を、一般的に“人形使い”と呼んでいたのだ。
この【傀儡操作】が、ネタと呼ばれるのにはそれなりの理由があった。
まず、スタート時の能力が極めて低いこと。
【傀儡操作】は、操れる人形のサイズがスキルレベルに、そして能力が大きさに依存している。
要は、大きな人形を操るためには、高いスキルレベルが要求され、人形が大きくなればなるほど強くなる。ということだ。
まぁ、ここまではよくある話だ。
しかし、裏を返せばスキルレベルが低いうちは、人形も小さく、そして弱い、ということでもあった。それこそ、取得したばかりの頃では、最雑魚のモンスターすら単独では倒せないほどに、だ。
また、自分の思い通りに人形を操れる、と聞けば聞こえはいいが、これが案外難しいこと。
基本ラジコン操作のため、初心者では向きによる左右の間違いがよく発生するのだ。
自分から見て右が、人形にとっての左。当たり前のことだが、初心者が最初にぶつかる壁がこれだった。
いくら【視覚共有】で人形と視覚を同調するスキルがあるとはいえ、自分本来の視界と人形の視界が、一つの視界内にダブって見えてしまえば、かなりの熟練者でもなければ使いこなすのは難しいだろう。
むしろ、誤操作の原因になっていたくらいだしな。
まぁ、自身の視界を塞いで、人形の視界に集中すれば何とかなるのだが、【傀儡操作】の操作有効距離は一〇メートルと短く、そんな状態で戦場の近くで目を瞑り、ぼぉっと突っ立ていることが如何に危険かは、説明の必要すらない。
この操作範囲が狭いというのも、【傀儡操作】の欠点の一つだった。
一度に複数体の操作が可能とはいえ、その場合は両手に別々のコントローラーを持って二つのラジコンを同時に操作する感覚に近いため、両方とも前進、といった単純な動きならともかく、複雑な動きは到底無理。
そもそも、性能の低い人形では二体用意したところで戦闘の役には立たないしな。
そして、極めつけが武器である人形が、一般的な方法で入手出来ないことだ。
簡単にいえば、剣や槍、斧のように武器屋で売っているわけでもなければ、モンスターを倒した時のドロップなどで入手出来るわけでもない、ということだ。
稀に、プレーヤーが個人製作したぬいぐるみや人形が、趣向品としてプライベートショップに並んでいたり、ガチャの景品として入っていたりはするが、少なくとも黒騎士のような戦闘向けのものではない。
武器となりえる人形は、すべて自作するしかないのだ。もしくは、作れるプレーヤーにお願いするかだな。
自作する場合は更に地獄だ。
まず、人形を作るためのスキルが必要になる。金属加工に木材加工、場合によっては骨加工や革加工なんてスキルも必要になる。
クラフトボックスで簡易レシピ製作も出来ないため、素材を集めて後は自動でポン、とも行かない。
リアルでプラ板からモデルをフルスクラッチする技術か、3Dモデルの図面を引く技術か、どちらかは必須だろう。
自分で作るにせよ、誰かに頼むにせよ、人形作りは一からの……いや一すらない、ゼロからのスタートなのである。
美味しいごはんを食べたければ、まずは良い田んぼから。まるでどこぞのアイドルのようではないか。
ちなみに、自慢ではないが、俺の使っている人形はすべて俺のお手製である。
こんなんだから、“人形使い”は修行僧と言われるのだ。
これなら、似たようなスキルである【土人形創造】の方が万倍は役に立つ、とよく比較されていた。
【土人形創造】は、文字通りゴーレムを召喚し使役するスキルだ。
ゴーレムは人形と違い、簡単なAI制御で自立行動するため、術者は“戦え”とか、“私を守れ”といった単純な命令でゴーレムを操作することが出来た。
しかも、レベルが上がれば使役できる種類も数も増えていく。
トップランカーともなれば、一度に千体ものゴーレムを使役して戦うことも可能なのだ。
また、ゴーレムも【視覚共有】が有効で、かつ操作に距離の制限がないため、小型のゴーレムを制作し危険な場所……例えば、敵地に送り込んだり、見通しの悪いダンジョンで先行させたりといった、戦闘以外での利用法も多岐に渡る。
ゴーレムの強さは術者の能力に関係なく、召喚したユニット(ソルジャーゴーレムやナイトゴーレムと、ゴーレムにも種類がある)毎に固定なため、常に安定した戦力を、それも使い捨て可能な兵士としてMPが続く限り大量生産できるというのだから、それだけで十分に脅威的なスキルである。
スキルレベルが低くても、最初からそこそこの能力のゴーレムが召喚可能なのも魅力の一つとなっていた。
いくら召喚してからの活動時間に制限がある、とか、一切のHP回復手段を受け付けない、とか、多少のデメリットがあるとはいえ、それを補って余りあるメリットが【土人形創造】にはあった。
ちなみに、【傀儡操作】はスキルを使用している限り、毎秒でMPが消費されていく。それに、消費量は大きさに依存するので、大きければ大きいほど消費は激しくなる。
仮に、黒騎士と同サイズのゴーレムを比較した場合、MPの秒単価はゴーレムの方が圧倒的にコスパが良い。
そのため、【傀儡操作】は【土人形創造】の完全下位互換スキル、という認識で定着していた。
それ故、【傀儡操作】を取得するのは情弱なバカか物好きだけなんて評されるくらい、ボロカスに言われていたものだ。
俺はどちらかというと後者、物好きの方だな。