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『水の生成』によるスケッチ

作者: 黒森牧夫

 不安の毛布を頭からすっぽりと被って、怯えて隅っこに縮こまって身を固くしている様な不安定な動きが、身じろぎがあった。二呼吸程の間、背景ノイズだけの押し殺した様な沈黙があり、それからまた警戒した疑念が、未知のものに対する漠然とした恐怖が動いた。一、二度痙攣でも起こした様な局所的な引付けがあり、それと同時に幾つもの新しい形が押し合い()し合いし乍ら生成し、自らの緊張が最小限になる平衡状態の始源を求めて、支点を持たない危なっかし気な足取りの儘、開放へ、開放へと駆け上がって行った。それらは縺れ合い乍ら場所の占有権を賭けて争い、やがては周囲の圧力に屈して次々と内破を始め、まだ形であることには変わりは無いが、以前程遊びのある張力を持ってはいない、よりバラバラの形達となって、破滅しつつある先細りの半狂乱を振り撒き乍ら、一心に上昇を続けて行った。そしてその後を、取り残された小さな形達が、断続的に、絶対構造の同じである抵抗を受け乍ら追い駆けて行った。非連続的な動きの余韻が、まだ残る沈黙の中で、ガラガラ蛇の尻尾の出す音の様な、地味ではあるが間違え様の無い威嚇の響きが、はっきりとした一定の規則性を持って鳴り渡った。それからまた二呼吸ばかり間があり、それからまた今度はやや大き目の動きが幾つも固まって現れ、開放へ向かった。また威嚇の音が続き、その後を、その顔色を窺う様にビクビクした小さな動きが長く列を作って続いた。静かな恐怖が盛り上がって周囲に溶け込んで行き、形の動きではなく威嚇の音と同じ方向を基準として延べ広がって行った。熱湯か毒虫か、何か酷く危険なものにうっかり触れてでもしまったかの様な慌てた収縮があり、貝の様にぴったりと固く口を閉じた儘、ノイズさえもが口を噤んでしまった頑なな沈黙が、周囲を一身に引き寄せ、固体にも似た形を作った。

 小さく、頼り無気で、如何にもようやっとおこぼれで存在を赦されたと云った風情の形が数個、また数個と、未だ循環的な規則性を表すには至っていないものの、それまでとは何かが違う様な予感を孕み乍ら、平衡状態を求めて運動して行った。それらの一体何が違うのか、それまでには無かったどんな力がその動きに秘められているのかは、暫くの時間を置いて、もっと大きな尺度で眺めてみなければ見い出すことは出来なかった。認識を誘うものはあっても誘われるものの無い孤絶した世界に在ったので、それまでとは階層の異なる尺度で生成しつつある、或いは生成しつつあると世界に夢見られているところのその動きは、まだ知と非知の、存在と非存在とのあわいに漂いつつ、理解されることを峻拒するかの様な閉塞的な力強さで以て、その方向性の有無によって世界を分断しようとしていた。認識されたならば定めしその濃度が問題とされる連続した差異の上に存在している無数の輝点が、何か謀でも企んでいるかの様な、必然に任せて行軍する力の凝集体の様な隠蔽され抑圧された怒りを伴って、何時しかひとつの流れを形作って行った。再び威嚇の音が轟いたが、今度はそれは全く角度の異なるその動きの中から押し分ける様にして現れ、世界にほんの一時ではあったが新たなる次元を創り出させた。原因、とまでは言わないとしても、恐らくはそれがきっかけだった。流れには相変わらず規則性は無かったが、その持続それ自体が新たな形を創り出し、その流れに恐るべき力を与えていた。認識する者が無かったので、その流れが流れているのか、それともその流れを取り囲む周囲の空間全ての方が移動しているのか、それを判断する手立ては無かった。その空間をぎっしりと埋め尽くした尋常ならざる物質は、自然は真空を嫌うとの格言の通り、一分の隙も無く存在で在るもの全てを満たし、独占し、専制し、圧倒的な力で存在せざるもの全てを捩じ伏せていた。

 暫く身の毛も弥立つ様な悍ましい動きがあり、更に戦慄させられることに、邪悪さを懐に秘め匿した笑いさえもがあった。折り重なる様に蓄積して行くj意志と、それに比例する様にして増大して行く悪意は、粉雪の様な何気無い風を装い乍らも、飢えた山猫の執拗さで自分の存在にしがみつこうとした。破滅の細片が形の向かう先から音も無く、しかし着実に降り積もって来て、それに呼応する様に反対側から悲鳴とも歓声ともつかぬ妄りがましい唸りが立ち昇って来た。流れは場の支配権を握った歓びを隠すかの様に、その力を撓め、底意ある確信犯的な笑みをこっそりと浮かべ乍ら、その不恰好で落ち着きの無い上昇を止めようとはしなかった。破滅と呻きとが或る地点で出会うと、それは溶け合うことこそなかったが混じり合い絡み合い、互いの領域を侵犯し合い、不穏な冷たい熱を一面に放散した。空ろな殻に閉じ込められていた空白がその雰囲気の中で窮屈そうに身を捩り、獣の期待を以て破裂と散開の訪れを待ち受けた。

 時間の経過につれて次第にその存在が明らかになって来た譫言めいた規則性が、未だその正体のはっきりしない構造を成していることを、世界は知りつつあった。残酷な事実が呈示され、不可避的に無数の殺戮の可能性への準備が着々と進められ、無慈悲な産声が夢見られる段階を過ぎて目覚めの朝を迎えるのを待ち焦がれていた。恐怖の気配以外何もかもが停止してしまった様だった。外へ外へと向けて発散するエネルギーが、情報として深く瞑想的な内省に沈み込んで行き、誰にも聞かれることの無い溜息を滑り出させた………。

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