ポーション
セインスは、パイド騎士のせいで崖から落ちることになったが、奇跡的に生きていた。
全身打撲と骨折、擦り傷だらけだが、なんとか一命は取り留めたのだ。
(この場所に居ては、パイド騎士が探しに来たらマズイ)
そう思ったセインスは、部下のフェルから貰っていた、ポーションを飲む。
特殊な金属の容器に入れていたので、破損する事なく無事だったポーションを、グイッと一飲みするセインス。
肌身離さず持っていたおかげである。
ポーションとは、エルフが作る薬で、骨折や打撲、切り傷などがたちまち治る薬である。
高価な物なので、普通の兵士は持って居ないが、エルフであるフェルは、ポーションを造る事のできる同族のエルフから安く売ってもらい、セインスにプレゼントしてくれていた。
何故くれたかというと、セインスの初めてを奪ったのがフェルだからだ。
まあ、その話はいつかするとしよう。
ポーションで身体が治ると、急いでその場を移動する。
少しでも、見つからないような場所へと。
小さな洞穴を見つけたセインスは、その中に身を隠した。洞穴の天井から滴り落ちる水滴を飲みつつ、持っていた干し肉を齧り、夜がふけるまで。
夜というより未明という方がよい時間。
セインスは洞窟を出て、隠れるようにして戦場に戻る。
単独で動いていた、見回りのパイド騎士軍の兵士を見つけると、背後から近づいて、相手の口を塞ぎ、森の中に引き摺り込むと、喉元にナイフを突きつける。
「聞かれた事に答えたら、解放してやる。素直に答えるなら一回頷け」
と、背後から拘束したままセンスが言うと、兵士は一回頷いた。
「クローム騎士夫妻はどうなった?」
と、兵士の口から手を離し聞いたセインス。
「パ、パイド騎士様が、自らの手で首を落とされた……」
と、兵士が言う。
セインスは叫び声をあげたくなる衝動を抑えて、
「……残っていたクローム騎士軍の兵士達は?」
と聞いた。
「パイド騎士様の命令で、全て討ち取った」
「その中にエルフの女はいたか?」
フェルの事を聞いてみる。
「いや、エルフは見ていない」
「そうか……じゃあ死ね」
「え? 解放してくれるって……ウッ! ウッ……」
と言った兵士の言葉は、途中で途切れる。
セインスが兵士の胸を何度も刺したから。
肉を貫く感触に、吐き気が込み上げる。
「解放したさ。生きることからの解放だがな」
セインスはそう言って、兵士を横たえると、死体を漁る。
死体を漁って弓と矢と槍、それに僅かな金を手に入れた。
そうして、決める。ここを離れようと。
パイド騎士に見つかれば、次こそ殺されてしまう。自分の腕ではパイド騎士には勝てないと。
両親の仇を取りたいが、今は自分が生き延びる事が、最優先事項である。
戦の絶えない大陸の西側諸国なら、兵になって金を稼ぐのは、そう難しいことではない。
たとえ子供だとしても、弓矢が扱えれば戦力となるからだ。
貧しい農家の三男や四男などは、早くから騎士軍に入っていたりする。
そこで鍛えられ、より給金の多い国軍への入隊試験合格を目指す事が多いが、その多くは成人する前に命を散らす事となる。
国を出るのは、戦中なので無理だろうと思ったセインスは、二つある月の明かりを頼りに、辺りを隠れながらうろつき、死んだ敵兵を発見しては、死体を漁って矢と、それにそれなりな金を手に入れた。
その金で翌朝、戦場から離れた場所で乗合馬車に乗り、東の領地へ向かった。
そちらは今、人族至上主義国家、アストン国との戦の最前線である。
乗合馬車の御者が、セインスの持つ武器を見て、
「騎士軍に入るのかい? こっちでも入れるだろう?」
と、セインスに声をかけてきた。
「こっちで入っていた騎士軍が、壊滅しちゃってね……心機一転で別の地域に行こうかと思って」
暗い表情で答えたセインスに、悪い事を聞いたなと思った御者は、
「腕が良いなら、護衛として働いてくれたら、運賃を半額にしてやるよ」
と、言ってくれた。
セインスはその申し出を、有り難く受け入れて、御者の横に座る。
街道でも、ゴブリンという人型の魔物や、ギガラットという巨大なネズミの魔物が出るし、被害もよく出るのだ。
セインスは、弓矢のセットだけを手に持ち、前方を見つめている。
沈黙が続く中、その沈黙を破ったのは、3匹のゴブリン。
前方の薮の中から、走り出てきたのだ。