ノードス伯爵
セインスは咄嗟の事で動揺していたため、慌てて後ろに飛び退いた。
だが、セインスの後ろは崖である。
セインスは悲鳴を上げながら、崖を転がるように落ちていく。
「ふむ。殺し損ねたが、ここから落ちて生きてはいないだろう。あとは負傷しているクローム夫婦にトドメを刺して、クローム家は消滅と。グフフ」
と、品の無い笑いをするパイド騎士。
パイド騎士軍の助力により、この戦線は死守出来た。
だが、クローム騎士軍は、あまりにも大きな代償を払ってしまった。
散り散りに逃げた、クローム騎士軍の兵士達が拠点に戻って来たときに見た光景は、大怪我で気を失っているクローム騎士夫妻に、トドメを刺すパイド騎士の姿だった。
「パイド騎士! いったいなぜっ!」
クローム騎士軍兵士が、パイド騎士に詰め寄るが、
「ちっ、見られたか。お前達、コイツら殺せ! クローム騎士軍兵は全員戦死したことにする!」
と、詰め寄った兵士に剣を叩きつけながら、パイド騎士が命令した。
「はっ!」
と、パイド騎士軍の兵士が答え、次々とクローム騎士軍兵士に襲いかかる。
そうして、クローム騎士軍の生き残りの兵士は、パイド騎士軍の兵によって、殺されていく。
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「クロームが逝ったか……」
あの日から2日後、報告を聞いたノードス伯爵が、悔しそうに呟いた。
「はい……間に合いませんでした。申し訳ございません」
大きな体を小さく縮こませ、茶色い頭を下げたままのパイド騎士に、
「いやパイド、お前のせいでは無い。むしろ私のせいなのだ。クロームならば持ちこたえると思い、援軍を出すのが遅れてしまったのだから」
ノードス伯爵の言葉に、パイド騎士は、
「いえ、我が騎士軍の移動速度がもう少し早ければ……」
と、頭を下げたまま言った。
口元がニヤリと笑っているが、下を向いているので、ノードス伯爵には見えなかった。
「とにかく今は、クロームの息子、セインスの事だ。まだ見つかっていないのだろう?」
と、ノードス伯爵がパイド騎士の、茶色い頭を見つめて聞いた。
ノードス伯爵は、面倒見の良い伯爵で、自分の派閥の貴族を家に招待しては、交流を深めていたので、セインスの顔も人柄も知っている。なので、余計にセインスの事が心配だった。
「それが……隈なく探しておりますが、未だ発見できません。あの辺はゴブリンやオークも多いので、もしかしたら……」
と、語尾を濁すパイド騎士。
実際、パイド騎士はセインスを探したのだ。確実に口封じをするために。
だが、セインスを見つけることは出来なかった。
「怪我でもしていたら、オークに襲われたらひとたまりも無いか……」
と、ノードス伯爵が落胆する。
「申し訳ありません」
とパイド騎士が言うと、
「クローム騎士の爵位と家は、私が一旦預かる! セインスがもし生きて帰って来た時、我が家から騎士の爵位をセインスに返す事にする」
と、力強く言ったノードス伯爵。
パイド騎士に、引き続き国境の防衛と、生き残ったクローム騎士軍の兵を探す任務を与え、戦線に帰らせた。
ノードス伯爵は、自分の執務室にあるソファに身を沈める。
先ほどまで座っていた、パイド騎士の温もりが僅かに残っていた。
「クローム……セインスとティアの結婚、二人で見たかったなぁ」
そう呟いたノードス伯爵。
ティアとは、ノードス伯爵の末娘であり、セインスより3歳年下の10歳になる利発な子である。伯爵と同じく金色の頭髪に、青い瞳。顔付きも伯爵によく似ていることから、特に可愛がっている娘である。
ノードス伯爵は、自身に武の才が無いため、騎士達を厚遇していたが、中でもクローム騎士とは、特に気が合ったし、セインスの事も気に入っていたから、娘のティアとの結婚を伯爵の方から持ちかけ、クローム騎士もセインスが成人した時、それを望むなら断る理由は無いと答えていた。
実際、セインスとティアはとても仲が良く、ティアはセインスの事を慕っていたので、5年後くらいにはと、ノードス伯爵は考えていた。
「ティアに、なんと言えば良いのだろう……」
ノードス伯爵は、そう呟いて表情を曇らせた。