さちや その2
現在のタイのバンコクからチャオプラヤ川を北方に
上ったところにソンタム王(ボーロマラーチャー1世)
が治める王都アユタヤがあった。そこには日本人町が
栄えていた。
尊敬するタイ王国のみなさまのご多幸を祈りつつ。
さちや その2
さちやは王宮から日本人町の住まいへの帰
り道、チャオプラヤ川から別れた細い運河の
小さな橋を渡ったところで異変に気付いた。
いつもは、母と共に王宮から下がってくるの
だが、今日は母はまだ用事があり、さちや一
人だ。王宮を出てからつけている者がいる。
それは、いつものことであったが、違うのは
静かでしかもただならぬ殺気を感じた。
父の教えに、忍びは人目に付くところで技
を仕掛けてはならぬ、常に衝突を避け、攻撃
されても最低限の防御に勤めよ。というもの
であった。
「来る」
後ろから中国刀で男が斬りつけてきた。さ
ちやは身を軽くしてぎりぎりにかわした。一
撃目をかわされた男は頭から振りかぶり斜め
に切り込んできた。さちやにはスローモーシ
ョンのように動きが見えた。男の正面にいた
さちやは男が剣を振りかぶった瞬間に右側に
いた。小刀で手を切り落とすこともできた。
小手を打つか指を傷つけるかして剣を落とす
こともできる。首を斬り命を奪うこともでき
る。しかし、さちやは何もしなかった。運河
沿いの中国人商人の商家の横手である。その
商家の屋根から矢が飛んできた。それはさち
やを襲った男の剣を持つ右肩に突き刺さった。
中国服の娘が屋根から舞い降りた。
「何事か」
福建なまりのタイ語が響いた。男は逃げて
いった。
「大丈夫か」
さちやは言う。
「はい。ありがとうございます」
中国服の娘が言う。
「礼はよい。王宮に仕えるものと見た。気を
付けて行くがよい」
さちやが名を訪ねると
「レイだ」
さちやが思うに商家の娘が中国武術を習い
だしたところとみた。年はさちやよりふたつ
三つ上であろう。武術を誰かに習っているの
か聞いたところ客人に習っているとのこと。
降りてきた屋根に飛び乗るかと思われたがそ
うはせずに運河沿いの荷捌き用の入り口へ消
えた。
王宮では、さちやは武術ができないのでは
ないか、という噂で持ち切りだった。宦官の
長が王女の警護役につき、試合をやって決め
る事にした。もちろん真剣ではない。それぞ
れが、獲物を選んだ。相手はレイだ。さちや
は短刀が一番得意だが、杖術の杖に似た棒に
した。レイも棒を選んだ。2度打ち込んだほ
うが勝ちと決められた。さちやは2手で決着
がつくと考えた。レイは上段からきれいに振
り下ろした。さちやは相手の右にかわると同
時にレイの小手を打った。真剣であれば手を
斬り落としている。
「えい」
忍びの戦闘では声は出さないが、わかりや
すくするために声を出した。仕切り直し。レ
イは上段からきれいに振り下ろした。さちや
自らの左に向き直りレイのうなじを打った。
真剣であれば即死であるが棒を形だけあてた。
「えい」
レイは武術はさちやの相手にはならなかっ
た。父の教えによれば、全て一手で相手の戦
闘力を奪うのが忍びの術である。刀は抜刀と
同時に斬る。手裏剣は相手が気が付いた時に
は喉元に刺さっていなければならない。
さちやの思惑通り2手で決着がついた。だ
が、宦官の長はニ打目は後ろから斬りつけて
いるので反則だといった。
「宦官さま。後ろからではなく、横から打撃
しております」
宦官の長はレイの勝ちである。王女の警護
役は後ろから斬りつけるような卑怯ものには
まかせられない。さちやは用済みであると告
げて去った。はじめからさちやを王宮から追
い出すための仕掛けであった。
その日の内にさちやの母も王宮から下がっ
てきた。王宮内では中国人商人の影響力が増
し日本人傭兵の影響力を排除しようとする動
きがあった。もとはと言えば、王宮には宦官
はいなかったが、中国人商人の献上品として
来た。いつの間にか、女官たちに取り入り、
一人しかいないにも関わらず「宦官の長」と
自称し、王宮の奥向きの事をあれこれ取り仕
切るようになっていた。さちやは、父を亡く
し、母共々働き口をなくした。暮らしが成り
立たなくなるのは目に見えていた。そして、
父が誰に、なぜ、殺されたのか釈然としない
ままであった。さちやと母は父の日本人傭兵
仲間から山田長政に願い出て山田家の奥向き
の下働きをすることになった。程なく、さち
やが山田家の奥の小さな庭の掃除をしている
と。
「さちやであるな。大儀じゃ。そちの父には
世話になった。無念でならぬ。そなたの父を
打った者もおおかた見当がつく。王宮内の権
力闘争じゃ。そなたがおのこであれば仇討を
させてあげたい所じゃ。今はそのようなこと
は考えずに母と共に安穏に暮らすことじゃ」
「ありがたき幸せ」
「そなたも、父から多少忍びの術を授かった
と聞いておる。吾の目となり耳となり、時に
は手足となって吾の戦の手伝いをしてくれぬ
ものか」
「願ってもない事」
「若い故、危険なことはせんで良い。情報と
いうものは網を張っておけばおのずと入って
来るものだ。さちやにこの小さな庭の手入れ
を全て任せる」
山田長政であった。体躯ががっしりとした
浅黒く元からアユタヤの人のような日本人離
れした風貌であったが、言葉に王宮に出入り
している者の趣があり、さちやに親しみと懐
かしさを抱かせた。
山田長政はさちやの耳元で何事かささやき、
さちやはうなずいた。
著者紹介
別紙
・住所:静岡県在住
・氏名:小堀 マサユキ(コボリ マサユキ) 及び、
小堀 ユウコ(コボリ ユウコ)
・年齢:不詳
・職業:システムエンジニア 及び、専業主婦
・電話番号:080-5407-5805
・Eメールアドレス:スマホ,kokokom0092@gmail.com
PC, kokoko092@gmail.com
※連絡はスマホメール優先でお願い申しあげます。