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白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話  作者: 二本角
第一章 白蛇と彼の出会い
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前日譚5

「ぬぅぅううううううう!!!」


 土地の余りがちな田舎特有の、無駄に広い庭で一匹の白蛇がうなり声を上げていた。


「ぬぬぬぬうううううぅぅぅぅ!!!」


 もっとも、蛇に発声器官はないためその声は心の中だけで出していたが。

 最近では、久路人がトレーニングや異能の修行でヘトヘトになった後を狙って、庭で人化の術の練習をしているのだが、一向に成功する様子がない。


「ぬぅ、何が足りんというのだ」


 雫はひとしきり唸った後に独りごちた。

 心の中で愚痴を垂れるが、その答えは分ってはいる。


「思い描く人の姿、もしくは願い・・・だが、願いはこれ以上ないはず」


 人化の術に必要な物は具体的なイメージか人の姿で何をなしたいかという確固たる願いだ。

 久路人の好みがわからないので姿のイメージはできていないが、願いだけは分りきっているはずなのに。


「友として、久路人を庇い、守る。相手が妖怪であろうが、人であろうが」


 それが自分が人の姿で願うこと。

 妖怪が相手ならば今の姿で問題ないが、人が相手ならばちゃんとした言葉を話せるようにならなければならない。大切な友人を守るための手段として、人化の術が必要なのは間違いないはずなのだ。


「なんだ、なにが足りていない?」


 数多くのドラマで美人と言われる女優を見てきた雫ならば容姿の整った人間の女性を思い描くことはできるため、具体性には欠けるが全く人間の姿の自分を想像できないわけではない。

 イメージ不足は願いの強さで補うことができる。そして自分の「友を守りたい」という願いは間違いなく心の底から来るもののはずであって・・・・


(なぜだ? なぜ「嫌だ」と思った?)


 まただ。また自分は自分の願いに疑問を持った。


「妾が人化の術に取り組んできたのはおよそ4年。いかに適正が低いとはいえ妾の格ならばとっくにできているはずなのだ」


 だが、それでも人の姿になるに至っていない。

 人化の術を使おうと己の願いを強く思う度に、「これではない!!」と心が叫ぶのだ。


(まさか、妾は・・・妾は、久路人を疎ましく思っているのか?守りたくないと思っているとでもいうのか?)


「そんなはずがあるわけなかろうがぁああああああああああ!!!!!!!」

 

 自分の中に汚泥の中から沸く泡のように浮き出た疑問を吹き飛ばすように強く念じる。


 そうだ、それだけはあり得ない。

 もしも違うのならばいつも久路人を見ていて思うこの気持ちは何だというのか?



 喜んでいる久路人を見ると自分も嬉しくなる。


 ほとんど見たことがないが、怒っている久路人を見た時は恐れると同時に、怒らせた原因に苛立ちを抱いた。


 怯えていたり、悲しんでいたら全力で傍について慰めたくなる。


 一緒に遊んでいる時に笑いかけられると、思わず自分も笑ってしまう。


 願わくばいつまでも傍にいたい。


 そして・・・・・


(あの人間の雌どもがうろついてる時は、頭をかち割ってやりたいぐらい憎らしい!!)


 そこは自分の、自分だけの場所だ!!

 

 久路人のことを何も知らず、噂につられて物見遊山で来た程度の連中ごときが近づいていい場所では断じてない!!


 あまつさえ、久路人の笑顔を削るように追い詰めるなど、百度殺してもなお足りぬ!!


 ああ、そうだ、足りない。それだけでは満たされぬ。

 

 妾も、いや、「私」もあの人間どものように・・・・・

 

 

 まるで心の中にある火山が噴火を起こしたかのように湧き上がる熱い何か。

 この感情が偽りであるならば、自分はこの世の何も信じることはできない。

 ならば、ならば・・・・


「一体何が足りないというのだ!!!!」


「まず足りないのは、夜間に野外で大声を出さないようにするお淑やかさでは?」


「ぬぉう!?」


 完全に不意打ちだった。

 返事など返ってくるわけもないと思っていた雫はまたまた大声で驚く。

 振り向くと、そこにはいつの間にか紫がかったポニーテールの女中が立っていた。

 雫と目が合うと、嫌みなほどに美しい姿勢で会釈をする。


「お食事に来られないのでお迎えに上がりました」


「・・・久路人はどうした?」


 自分を結界の貼ってある屋敷の中を通って食卓まで運ぶのはいつも久路人の仕事だった。

 そのつもりがあるかは知らないが、その役目を奪おうとするメアに苛立たし気に問う。


「本日はもうお休みなっておられます。今日の訓練でもどこか精彩を欠く動きでした。疲労がたまっているのでしょう」


 何の気負いもなくそう言ってのけるメアに、さらにいら立ちが募る。


「それを知っていながら、お前は何とも思わんのか?」


「私の役目は主とこの屋敷、そして久路人様の護衛ですが、久路人様の優先順位は3番目でございます。なにより、久路人様の護衛はすでにあなたがどうにかすることでは?」


「妾は妖怪だ。人の世について学びはしたが、この姿ではできることにも限度がある」


「久路人様の件について、我が主は静観する姿勢を見せております。ならば私も従うのみ。それに、人の噂も七十五日。放っておけば周囲も飽きるでしょう。いちいち対応していては優先順位1位と2位の警護に差し支えがありますので」


「・・・貴様、今日はずいぶんと作り物のお人形らしいではないか」


 淡々と言葉を重ねるメアはまさしく人形のようだった。普段久路人や京を交えて話す時とは、まるで異なる。その口調は、護衛順位3位だと抜かしているのとは対照的に、久路人のことなど大して気にもかけていないようであった。


「久路人様にはなるべく愛想よく接しろと命令されておりますが、あなたの扱いについては特に指定されておりませんので」


(ああ、癪に障る・・・)


 仮にも同じ家に住む久路人に対する関心の薄さに苛立つ。

 ここ最近の人間どもや人化の術がうまくいかないストレスが、雫に思念の口を開かせた。


「はっ。それはそれは大した忠臣ぶりだな。所詮は作り物のからくりに、慈愛の心を期待した妾が馬鹿だった。お人形が忠誠を捧げるのは、そうなるようにお前に仕込んだご主人様にだけ・・・っ!?」


 刹那、雫はその場を飛びのいた。

 ほんのつい先ほどまで雫がいた場所に、銀色に輝くワイヤーが伸びて、地面に突き刺さっていた。


「そちらこそ、今日はずいぶんと饒舌ですね。自分だけの心があるのに自分のことにも気づけない度し難い間抜けのくせに」


「貴様・・・」


 雫の視線の先にいる人形の眼には、さきほどまでの様子が嘘のように「本物」の怒りが滲んでいた。

 しばらく蛇と人形はにらみ合っていたが、やがてため息をつくと、メアはワイヤーを己の指に格納する。


「お前は、ワタシと京の事情を知らない。故に今回のことは聞き逃しましょう。ですが・・・・」


「・・・・」


 ビィィンと一瞬でメアの爪が伸び、雫の眼前で止まる。


「次はない。蛇風情がワタシの主を賢しらに愚弄するんじゃない」


 そう言うと、メアは踵を返した。


「少々お待ちを、今から久路人様を起こしてお迎えに上がらせますので」


「待て」


「・・・まだ何か?」


 立ち去ろうとするメアを、雫は呼び止めた。

 無表情で、しかしなぜか、恐ろしく苛立っていることが分かる顔で、メアが振り向いた。


「・・・・・」


 先ほどのやり取りと、これまでに見たこともないメアの様子を見て、雫の苛立ちは消えて冷静さが戻っていた。

 そして、冷静になった自分の中が告げるのだ。「こいつは自分の知りたい答えを知っている」と。


「まずは謝罪しよう。ここ最近のことで、頭に血が上がっていた。お前と、お前の主を侮辱したことを謝る」


「・・・・・」


 どこか不機嫌そうだったメアの雰囲気がやわらぎ、代わりに怪訝そうな視線が雫に向けられる。


「そして、恥を忍んで聞きたいことがある。お前は「自分のことも分かっていない間抜け」と言ったな? 教えてくれ、妾は何に気づいていないのだ?」


「頼む」と蛇の姿ではあるが、頭を下げて雫は頼み込んだ。

 そんな雫の様子を見てメアは・・・・・


「はぁ~~、あほくさ」


 額に手をやり、クソでかいため息をつきながらそう言ってのけた。


「なぁ!? 貴様、妾がどんな気持ちで・・・!!!」


「ああ、失礼。あなたにだけではありませんよ。先ほどまで威嚇までした私自身も含めて阿保らしいと言ったのです。まさかこんな漫画にありそうなテンプレな悩みを抱えてテンプレな展開になっているとは。まったく、二次元と三次元を混同するなという話です・・・・」


 そう言うメアはついさっきまでの苛立ちが嘘のように、人形とは思えないほど気の抜けた表情だった。

 そんな表情に、雫も毒気が抜かれる。


「よくわからんが、まあいい。して、てんぷれな悩みとは何だ?」


「貴方、一応アニメとかもよく見てましたよね? そういった作品によく登場するような状況という意味ですが・・・・答えは教えません」


「なっ!? 貴様、ここまで引っ張っておいて・・・」


「はいはい、二度目の似たような反応ご馳走様です。何も意地悪で言っているんじゃなくて、こういう悩みは貴方自身で気づかないと意味がないんですよ」


「妾が自分で気づかないと、意味がない?」


「はい。仮にここで私が教えたら、貴方はきっと後々になって後悔するでしょうね・・・・ですが、まあ、ヒントくらいならいいでしょう」


「ヒントだと?」


「ええ、ヒントです。ヒントだけですが、ほぼ答えと言ってもいいかもしれませんね」


 そこでメアは気の抜けた表情を消して、真剣に雫と向き合った。

 雫も、そんなメアと目を合わせると、メアは口を開いた。




「貴方は久路人様とこの先ずっと「友達」で止まって満足できるのですか?」




「・・・・・!!!」


 さぁっと一陣の風が吹いた。その風にあおられるように、雫も答えを返そうとする。


「何を言うかと思えば、そんなもの、答えは決まって、決まって・・・・・」


 何をわかりきったことを、と返そうとするも、雫は答えに詰まった。

 メアの問いに対して、スッと心に浮かんだ答え。

 それをストンと雫の心の中に嵌ったが、口に出すことはできなかった。

 それを口に出してしまったら、今まで続いてきたものがすべて壊れてしまいそうな気がして。


「おい、待て。まさか、それは・・・・」


「さて、その答えについて考えるのは貴方自身です。貴方も、これ以上私に口を出されたくはないでしょう?」


「では」と言って、今度こそその場を立ち去ろうとするが・・・


「待て」


 再度、雫は呼び止めた。


「何ですか? 天丼ですか? 芸能人でも目指すならあなたの沸点の低さを鑑みるにやめておいた方がよいかと」


「沸点が低いは余計だ!! お前は、久路人を起こしに行くつもりだろう?そんなことをしたら久路人が可哀そうだろうが。お前が妾を食卓に連れていけ。妾は腹が減った」


「私でよろしければ」


 立ち去ろうとしたメアは、雫の前でかがんで腕を差し出す。

 雫は差し出された腕に巻き付いた。


「ふん、久路人の体の心地よさとは雲泥の差だな」


「貴方、自分がとてつもなく変態的なことを言っているという自覚はありますか?」


 一匹と一体は歩き出した。


「なあ、もう一つ聞きたいことがあるのだが、よいか?」


「先ほどの答え以外で私に答えられることでしたら」


 そのように話す雫とメアの間の空気には、先ほどまでの重苦しさはなかった。


「お前、普段の口調は散々だが、京のことが好きだろう?」


 それは、雫からの意趣返しだ。

 自分の中をひっくり返すようなことをしてくれたお返しだ。


「ええ、好きですよ」


 しかし、その答えは至極あっさりと返ってきた。


「・・・ずいぶんとはっきり言うではないか。その割に、ひどくこき下ろしているように思えるが」


「私にも色々と事情があるのです。それは、あなたの事情が解決した後に気が向いたら教えて差し上げますよ。ただ確かなのは私が京を愛しているということ。ただし・・・・」



 それが(わたくし)のものなのか、あるいはワタシのものに由来するのかはわかりませんが。


「・・・・・・」


 それきり、一匹と一体は黙って無駄に広い敷地を歩き、家の入口の近くまで来た。


「なあ、最後にもう一ついいか?」


「いいですよ。でも、これから先私は貴方のことを「一生のお願い(キラッ)」を連発するタイプと認識しますね」


「お前、無駄にかわい子ぶるのが上手いな・・・・まあいい、今度のはなんてことのない話だ」


 雫はそのまま語り続ける。


「今日の献立はなんだ?」


「本日の夕食はサイコロステーキでございます」


「そうか、それは早く食いに行かなくてはな」


「ええ、誰かさんのせいでそこそこ時間が経っておりますので、少々急ぎましょうか」


「ぬぉう!? お前、室内を走るなぁ!?」




 こうして、一匹と一体の夜は過ぎていく。


 蛇の心の中に、大きな変化を巻き起こしながら。

 だが、蛇はまだそれに気づかない。気づいてはいけないと思っている。

 気づいてしまったら、自分も、久路人すらも変えてしまいそうな気がするから。

 





 なお、この日より、蛇と人形はそこそこ和やかに話すようになった。

 夜な夜なメアの私室でメア秘蔵のコレクションの論評が行われるようになるが、それはまた別の話である。


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