作戦会議
無言投下生存報告
「「う~ん・・・」」
月宮家敷地内にある離れ。
その二階に位置する久路人の自室にて、久路人と雫の唸り声が響いていた。
2人はちゃぶ台を囲んで険しい顔をしており、その視線はちゃぶ台の上に置かれたノートに向かっている。
ノートには、こう書いてあった。
『第15回対京・メアコンビ作戦会議』
「なんで勝てないのかなぁ・・・」
「最近は結構いい線いくようにはなったと思うんだけど、それでも勝てないんだよね」
最近の夕飯時には、月宮の母屋にて京たちも交えた反省会を行っているが、ここで話し合うのは京たちに知られたくない内容。
すなわち、秘策を考え合う作戦会議である。
「じゃあ、ここでいつもの振り返りね」
「私たちが手に入れた新しい力についてだね」
久路人がノートをめくると、そこにはびっしりと細かい字でページが埋められていた。
雫が覗き込んで言ったように、そこに書かれているのは2人が今の姿になってから手に入れた様々な力について。
2人は自身の力を改めて見つめなおすことで、新しい戦い方ができないか考えているのである。
①『属性』
「僕は雷に加えて、土と風。後は、『薬』の力か」
「私は水に火と風、それに『毒』だね」
2人が今の姿になってから扱える属性が増えた。
それによって、戦い方も多彩になっている。
「けど、おじさんたちにはあんまり意味がない」
「属性相性があの2人には通じないからね。全部術具で対策されているし。有効なのは・・・」
「僕の薬と、雫の毒だね。やっぱり、この二つを軸にして攻めるべきか」
属性は増えたが、それが京たちに有効打になっているかと言えば、微妙なところだ。
基本五属性に属する攻撃は対策もしやすく、京たちは術具でほとんど無効化してしまう。
だが、極めて珍しい性質を持つ久路人の薬と、雫の毒は有効だ。
『龍属性』とも言うべき久路人と雫の持つ強大な霊力であるが、久路人には他の霊的な存在を超強化する薬の力。
雫には、万物を侵す猛毒の力が宿っている。
久路人の力を受ければ、術具であるならば暴走して自壊し、雫の力を喰らえばそのまま腐食する。
もっとも、京にも神の力が宿っており、この短期間で久路人たちの力を解析しつつあるのか、最近では少々効きづらくなっているのだが。
「でも、他の属性だって役に立たないわけじゃないよ。確かに攻撃には使えないけど・・・」
「強化に使う分には便利だしね。僕の黒鱗外套に、雫の白鱗纏。弱点属性は完全にカバーできるし、物理攻撃にも強い」
久路人は、ノートに書き込んである文字列を指差しながら言った。
②『術・術技(身体能力)』
雫は前々から術をメインで扱っていたが、久路人は人間だったころには肉体が霊力に耐えきれず、霊力を属性攻撃に変換する術を使うことができなかった。
だが、人外の身体を手に入れてからはその制限もなくなり、自由に術を繰り出せるようになったのだ。
これにより、相手が霊体のような物理攻撃を受け付けない敵にも攻撃手段を獲得できた。
まあ、結局京たち相手に攻撃系の術はほぼ無意味だったが、それでも久路人が前々から使用していた黒鉄を土属性の霊力を変換することで賄えるようになった。
もしもかつての葛城山のように、手持ちにほとんど黒鉄がない状況でもすぐに補給可能だ。
そして、そうして作り出した黒鉄を用いた『黒鱗外套』という新たな防御用の術を開発し、雫もそれに触発され、『白鱗纏』を編み出した。
久路人は元が人間であったために人外の再生能力だけに頼るのでなく、防御も重視していたからであり、雫としても自身の命が久路人と繋がっている以上、久路人はもちろん雫自身の身も守る必要が出てきたからだ。
この防御の術は物理的な防御力はもちろん属性攻撃への耐性も高く、黒鱗外套は雷と土、白鱗纏は水と炎を帯びているため、重ね掛けすれば同じ属性の雷、土、水、炎に対して有利に立てる。
さらには、術に含まれる属性による強化も発動しており、雷による反応速度の向上、土による肉体そのものの硬度上昇、水による再生能力向上、炎による筋力上昇が適用される。
ただし、久路人には黒鱗外套の強化、雫の場合には白鱗纏の強化は効果を発揮しない。
「この身体になってから、前に使ってた身体強化用の雷起が使えなくなったんだけど、あれは使えなくなったって言うよりは・・・」
「人外の身体には、元々強化の術がかかってるようなものだからね。私も前まで強化なんてしようと思わなかったし」
強化系の術は、それなりに繊細な霊力の操作を要する。
そのため、人間しか基本的に使わない術なのだが、そもそも妖怪には使う必要性がないのだ。
雫がこれまでにそういった術を使う発想がなかったのも、それが理由である。
「今ではもう慣れたけど、この身体のスペックって人間の姿でもとんでもないよ。いくら走っても疲れないし、霊力を限界まで放出してもなんともないし、これまで使ってた術技の威力も比べ物にならないくらい上がってる」
「そりゃあ、人外の身体だもん。私と同じになったんだよ?強いに決まってるし、簡単には怪我なんかしないよ」
改めて自身の身体に目を向ける久路人に、雫は『ふふん』と嬉しそうに笑う。
雫は、久路人が自分と同質のモノになったのだと感じられるときは機嫌がよくなる。
自分と久路人が永遠を歩いていけると実感ができるからだ。
もう久路人が今の姿になってからそれなりに時間が経っているが、それは今でも変わらない。
「でも、強化なしだと身体能力は雫の方が強いじゃん。なんかそこは悔しいんだけど・・・」
「それは元々私が妖怪だったからでしょ。私の方が強いって言っても誤差みたいなもんだし、気にしなくてもいいんじゃない?」
身体能力が向上したのは久路人だけではなく雫もだ。
さすがに伸び具合は久路人の方が圧倒的に上であったが、それでも最終的に雫には届かなかった。
試しに腕相撲をして久路人が負けた時、久路人は大層悔しそうにしていた。
一方の雫は、『久路人って、物理的には私より弱いんだ・・・っていうことは押し倒しちゃえば』と、なぜか胸の内から湧き上がる暗い興奮で胸を躍らせていたが。
ともかく、2人の身体は以前よりも大きく強化されており、腕力や脚力、スタミナを始めとして、耐久力や再生能力も人間からかけ離れたレベルになっている。
そこから繰り出される術技も相応に強くなっており、久路人たちが身体の扱いに慣れるにつれ、メアも攻撃をさばくのに神経を使うようになってきた。
また、術にしても反動をほとんど気にする必要がないというのは、戦闘継続に難のあったこれまでの久路人からすれば大きなアドバンテージだ。
今の身体になってから、2人が新しく編み出した術や術技は多く、攻撃から防御、強化、回復まで幅広くカバーしている。
「黒鱗外套以外にも移動用の術技とか、合わせ技も考えたよね」
「あ~、雷霆万鈞とかね。あれくらいの術だと、さすがに京たちも本気で防御してたね」
「それも、僕と雫のパスが繋がったからか」
「うん。これは本当に便利だよ。私たちの強化がすごいのもパスが繋がってるからだし」
③『パス』
肉体・精神・魂の三要素を強く結びつけた者同士の間に存在する霊力の繋がりをパスという。
霊力による糸のようなものであるが、第三者が干渉することはできず、空間・時間的な隔たりがあっても途切れない。
この繋がりが断たれるのはパスを結んだ2人の死によってのみである。
パスには、ある程度までの霊力の共有、耐性の共有、属性の共有、強化の共有、思考の伝達、さらには共鳴による霊力の増幅といった効果があり、物理的な距離が短いほど影響は大きくなる。
京との戦いの中で、久路人が雫の、雫が久路人の属性を使えたのはこのパスによるものだ。
他にも、半妖体での武器を用いた近接戦闘用陣形や、合成術構築のための遠距離戦用陣形を使う際にも大いに役立っている。
「おじさんたちが強いのも、パスが強く繋がってるからなんだろうけどね」
「近ければ近いほど強くなるし、合体してるなら私たちよりもすごい効果があるだろうしね。私たちも合体できればなぁ・・・違う意味での合体なら毎晩してるけど。合体っていうか、連結?」
「雫って、たまにすごい下ネタ平然と言うよね」
京とメアが今の久路人たちよりも強い理由の一つに、パスの強さがあるだろう。
物理的な距離がほぼ0の京たちはパスも強く、その分連携は久路人たちを上回る。
カタログスペックならば久路人たちと京たちに大きな違いはないはずなのだが、追いつけないのはコンビネーションの差によるものもあるのだ。
「未来の視界を共有できたり、2人で時間を止めることもできるのに、それもおじさんにはバレちゃってるんだよなぁ」
「自分の戦闘能力を完全に捨てて、全部メアに任せた上でサポートしかしない・・・言葉にすると情けない感じだけど、あの戦い方があの2人にとって一番効率的ってことだよね」
「だったら僕たちも、ぴったりの戦い方を見つけなきゃってことだよね。パスを強くするようなやり方をすればいいってことなのかな?」
「いつも手を繋いで戦うとか?でも、片手が塞がってるのはマズいし・・・うん。でもまあ、要は私と久路人の繋がりが強くなればいいってことだよね!!それなら、今日もいっぱい繋がろうね!!久路人!!」
「よくこの流れからそこに持ってくね・・・・・」
以前のヘタレ具合から見違えるほど積極的になった雫に軽く感動しつつ、二度目の下ネタに呆れたような顔する久路人であるが、雫の提案は修行の上でも非常に効率的だ。
パスは物理的な距離が近いほど効果を増すが、それ以上に心理的な距離の近さの方が大きな影響を持つからだ。
まあ、雫にとってはそんなことはただの口実であり、単純に久路人とイチャつきたいというのがほとんどであるが。
むしろ、打算でそういった行為をするような関係ではパスを繋ぐことすらできはしない。
「・・・この話合いが終わったら、お風呂行こうか」
当然、すでに極太のパスを繋げている久路人が断るはずもない。
雫がここまで積極的になれたのは、そういう関係となって『久路人ならば絶対に断らない』という信頼を確固たるものにすることができたからだ。
それが自身のすべてでわかる久路人の心に、単なる劣情などではない温かなモノが湧き上がっていた。
そんな久路人に呼応するように、雫は満面の笑みを浮かべる。
「うんっ!!じゃあ、さっさと終わらせちゃおうっ!!次々っ!!」
「そんなに急かさなくても・・・それじゃあ、次は魔眼についてだね」
④『魔眼』
「はっきり言って、魔眼はまだまだ使いこなせてない気がするよ。はっきり覚えてないけど、頑張れば前に使えた『月読』くらいのことはできると思うんだ」
「強い相手には効きづらいけど、それを差し引いても上手く使えてないって感じだよね」
久路人の尋常ならざる集中力と分析力が強化された結果、数秒先の未来を視ることが可能となった『瞬眼』。
雫の元々持っていた、万物を凍らせる瞳が強化された果てである、時間すら止める眼差しの『零眼』
どちらも時属性という極めてレアな属性の術を宿した魔眼であるが、久路人も雫も使いこなせているとは言い難い。
霊力の大きい相手は世界に対する影響力も大きいため、時間・空間系の術で干渉しようとした場合には、その存在を停止させることによって生じる影響を霊力で負担せねばならない。
よって、強敵相手には効果が薄いのだが、それ以前の問題として魔眼の力に振り回されている感覚があるのだ。
「見通せる時間が一秒先だったり、五秒先だったりとかムラがあるし、使った後に反動というか、ギャップが気持ち悪いんだよね。車酔いみたいな・・・」
「私もだよ。止めてられる時間がランダムだし、勝手に発動する時もあるし」
時や空間に干渉する術は基本的にどれも高度である。
そして、久路人たちの持つ属性が基本五属性に属するのに対し、魔眼に宿った属性は時。
言うなれば、眼だけが身体から独立した、これまでとはまったく異なる新たな器官になったようなものなのだ。
「時間停止の能力が手に入ったと思ったのにこれだもん。あ~あ、せっかく時間停止モノの再現ができると思ったのに」
「・・・それ、時間止められるの僕と雫のどっちなのさ?」
「とりあえず、魔眼はまだまだ訓練がいるね。実戦で使うには不安定すぎるよ」
「いや、雫・・・まあいいや。うん」
久路人のツッコミをさり気なくスルーする雫に、久路人は追撃を仕掛けようとするが、諦めた。
なんとなく藪蛇になりそうな気がしたのだ。
「おじさんが言うには魔眼は『陣』を使えるようになるための練習になるってことだけど、これじゃあ先は長そうだなぁ」
「陣、ねぇ・・・」
陣という単語で、雫はつい昨日の様子を思い出した。
「使われてみて思ったけど、やっぱり反則だよ、あんなの」
「反則・・・まあ、おじさんたちの陣は本当にすごかったね。僕たち2人とも龍の姿だったのに、一方的にやられちゃったし」
⑤『半妖体・龍形態』
「僕らも半妖体の扱いはだいぶ慣れたし、だからこそ龍の姿で戦ったけどダメだったよね」
「っていうか、龍の姿は使った後怒られたしね。『こんな所でそんなもん使うなって!!』」
「それはそうなんだけど、いざという時使えないんじゃ意味ないしなぁ・・・」
「結局、龍の姿は強いけど、現世だと逃げる時しか使えないってなったけどね」
つい昨日の訓練で、久路人と雫は最大の攻撃力を発揮するために、『龍』の姿になった。
精密な霊力の扱いを得意とする人間形態、身体能力と霊力操作のバランスがとれた半妖体、そして最も扱える霊力の量が大きく、身体も強大なのが妖怪としての姿である『龍』だ。
だがその分コントロールが難しく、何気なく放つ霊力だけで付近の結界にダメージを与えてしまう。
ましてや、最大火力である『ブレス』を撃とうものなら、周辺への被害は月宮家の結界があっても甚大だ。
だからこそ、京たちは別の世界を構築する陣である、『デウス・エクス・マキナ』の行使に踏み切ったのである。
その結果、久路人と雫は何もできずにコテンパンにされ、『こんなもん忘却界の中どころか霊地の結界でも使えるわけねーだろ!!できてもいざって時の脱出用だ!!』と説教を受けることとなった。
もしも再び龍になる時があったとしても、それは自分たちの旗色が悪い時であり、その純然たる人外のスペックのすべてを逃走に費やさねばならない状況である。
「陣なんてとんでもない術使う京たちには言われたくないけどね」
「結界の最終系っていうか、別の世界を造る術だしなぁ・・・」
ノートに書かれた内容を一通り見直してから、改めて自分たちの目標である『陣』に話が移る。
今のところ久路人と雫は陣を習得するために修行をしているが、昨日体験した京とメアが構築した陣がすさまじいシロモノだったからだ。
「世界全体を機械に見立てて、取り込んだ相手をパーツとして組み込む」
「パーツになったら、与えられた機能しか果たせなくなる・・・昨日の僕たちは、ただの『的』だった」
京とメアが使用する陣、『デウス・エクス・マキナ』。
その効果は端的に言うなれば、敵のすべてを暴き、読み込み、解析し、意のままに組み替えるというものだ。
作り出した世界を機械とし、招いた相手に部品として何らかの役割を与える。
そして、その役目を押し付けられた相手は、それに絶対に逆らえない。
久路人と雫はこの能力によって、陣の中でただの『的』にされ、『的は思いっきりぶっ壊されるのが仕事だよなぁ!!』という言葉と共に一方的に攻撃を受けて敗北したという訳である。
機械を舞台、部品を役者に置き換えれば、その在り方はまさに『機械仕掛けの神の意』。
設計者にして脚本家である京とメアの設計図(筋書き)通りに、強制的に大団円を迎えさせられることになる。
あくまで、京とメアにとっての大団円であるが。
『神格持ちには、同じ神格持ちしか勝てない。陣も、陣でしか破れない』
それは、修行が始まってから京に教えられた、この世界のルール。
世界の管理者たる神に近い位にいる者は、基本的に同じ位にいる者でしか勝てない。
陣の中に閉じ込められたとしても、己の中に確固たる『芯』があれば、『自分の中』という『陣』まで侵されることはなく、逆に押し返すことも不可能ではないという。
「「はぁ・・・」」
久路人と雫は、揃ってため息を吐いた。
今日も振り返りをしてみたが、現状でも一部の属性や術、パスによる強化など、有効打になりそうなものはあれど決定打にはなっていない。
それは、2人が神格に至っていないからだ。
恐らく、京たちは今の久路人たちが戦術やら策を弄して自分たちに勝ちにくることは期待していない。
あくまで、2人が神格に至り、陣を習得して真正面から打ち破りにくるのを待っている。
しかし、修行が始まってしばらくが経過した今でもその糸口すら掴めていないのだ。
そもそも、仮に自分たちが同じように神格に届き、陣を使えるようになったとして、あんなものに勝てるようになると言うのか。
勝てるヴィジョンも見えやしない。
「「はぁぁぁ~・・・」」
この2人にしては珍しく、否、あれだけ一歩的にやられてしまえば当然かもしれないが、先行き不安になってしまっているのである。
京に負けたところで命を取られることはないが、旅団ならばどんな目に遭わされることか。
これまでも久路人の血を目当てに多くの妖怪と戦ってきたが、旅団幹部ともなれば、あの九尾を上回る激戦になることは間違いない。
「「・・・・・」」
自分の命は、自分1人だけのものではない。
世界で一番、自分自身よりも大事な恋人のものでもある。
その存在が脅かされるなどあってはならないし、それを考えただけでもいてもたってもいられなくなる。
けれども、そのために何をすればいいのかもわからなくなってしまっているのだ。
「それにしてもさ・・・」
「ん?」
しばらく重い沈黙が続いた後、久路人はポツリと呟いた。
「僕たち、よく九尾に勝てたよね」
陣から転じて思い出すのは、あの九尾との戦い。
京とメアの陣を経験した後だからこそわかるが、陣というのは術者の意のままにできる空間であり、神格を持った存在でもない限り太刀打ちできるものではない。
だというのに、相性が良かったことや、九尾の慢心、さらには世界の管理者である神の介入による力の暴走があったとはいえ、相手のホームグラウンドである陣に取り込まれた中で勝利したのだ。
今考えると、奇跡としか言いようがない。
あの瞬間、久路人は世界のルールに例外を作ったと言えるだろう。
「九尾の陣・・・天花乱墜だっけ。う~ん」
しかし、雫は浮かない顔をしていた。
「どうかしたの?」
「あ、うん。えっとね、これは京とメアの2人と戦ったから思うんだけど・・・」
雫は、陣について考えている時に気付いたことがある。
九尾の珠乃、七賢の京とその従者たるメア。
この3人は皆神格に至っており、陣を使うことができた。
そして、彼らの使う陣を経験したからこそ感じたこと。
「あの九尾の陣、不完全なモノだったんじゃないかなって」
「え?・・・いや、それは僕らに耐性があったからじゃないの?現に、幻術はどうにかできても分身1体と戦うだけでもギリギリだったし」
九尾の珠乃が展開した陣、『天花乱墜』。
その効果は、幻術と分身の強化。
中に取り込んだ者に強烈な幻覚を見せる他、自らの分身に本体と同等の力を持たせることができる。
久路人と雫は幻術に完全に近い耐性を持っていたために、何もわからぬままに一方的に倒されるようなことはなかったが、それでも分身との戦いは厳しいものがあり、弱り切ったところを本体に襲われた際にはほとんど抵抗もできなかった。
もしも幻術に耐性のない者が取り込まれれば、デウス・エクス・マキナのように何もできずに倒されてしまうだろう。
久路人としては、天花乱墜もまた凶悪な陣であったという印象である。
「ううん。そんなうわべのことだけじゃなくって・・・なんていうのかな?あの陣には、大事な『芯』が欠けてたような気がするの」
しかし、雫にはあの天花乱墜には、京とメアのデウス・エクス・マキナに比べると根本的に何かが足りないように思えていた。
「う~ん・・・九尾は1人でおじさんとメアさんは2人がかりだったからとか?」
「それは・・・当たってるけど、全部じゃないと思う。単純に霊力が多いとか少ないとかの問題じゃなくて・・・なんていうか、京たちの陣からは『こうしたいっ!!』っていう意志が伝わってくるんだけど、九尾からはそれがなかったっていうか・・・あ~、もうちょっとで言葉にできそうなんだけど」
「あ~・・・そう言われると分かる気がする」
雫がウンウンと喉に小骨が引っかかったような顔で唸る中、久路人は雫の言いたいことをなんとなく察した。
京とメアのデウス・エクス・マキナに取り込まれた時、久路人は感じたのだ。
『バラバラになるまで調べ尽くす』
『破片の一つに至るまで、識り尽くす』
それは、狂的なほどの欲求。
『何か』を、原子レベルどころではなく細かな所まで切り分け、解析し、掌握したいという渇望。
その上で・・・
『取り除いてしまいたい』
『何か』の中から、また別の『ナニカ』を排除したいという執念を。
きっと、取り込んだ者に役割を与えて強制させるなど、その副産物にしか過ぎないのだろう。
彼らが望んでいるのは、その名の通り、『ご都合主義な結末』なのだ。
それに比べれば、天花乱墜からはそうした渇望のようなものは感じられなかった。
効果にしても、凶悪ではあれど元々術者が持っている能力の強化にとどまるなど、地味と言えば地味である。
「おじさんとメアさんが具体的に何をしたいのかまでは分らなかったけど、2人がどんなことを望んでいるかってことは何となくわかったもんなぁ・・・おじさんとメアさんだからこその陣っていうか」
「あ!!それだっ!!」
「え?」
雫は、『あっ!!』と声を上げた。
「それだよ、それ!!あの天花乱墜は、京とメアみたいに『2人』で使う陣なんだよ!!術者が足りてないからなんだ!!」
「それってさっき僕が言ったけど、単に2人がかりって意味・・・じゃないよね?」
「うん!!・・・あ、そう言えば久路人には言ってなかったっけ。あのね、あの九尾には・・・」
そこで、雫は久路人に九尾の最期について話した。
九尾が、誰かと共に人生を歩いていたかったことを。
自分にとっての久路人のような、大事な男がいたのであろうことを。
そのことを知っていたからこそ、雫は違和感を覚えたのだ。
京とメアからは2人の執念が伝わってくるのに、九尾にも大事な片割れがいたというのに、その想いが伝わってこないのはおかしいと。
そして、話を聞き終わった久路人はなんとも言えない表情になった。
「あの九尾に、そんな人が・・・」
「うん。死ぬ前にうわごとみたいに呟いてたから、嘘じゃないはずだよ。多分、私たちみたいにパスを繋ぎきる前に死に別れたんだと思う。それできっとあの陣は、その人間と一緒に使って完成するモノじゃないかなって」
久路人にとってあの九尾は、突然襲い掛かって雫を傷つけた上に、自分に呪いの言葉を植え付けてくれた憎き敵である。
あの呪いのせいで、雫と結ばれるまで随分と遠回りをしてしまった。
しかし、遠回りをしたからこそ、今ぐらいに深い深い絆を雫と結ぶことができたとも思っているし、そもそも雫が自身を人外化させるきっかけを作ってくれた存在であるとも言える。
そういう意味では、感謝している部分もなくはない。
その上で雫の話を聞くと、どうにも形容しがたい感情が胸に浮かんでくる。
それが同情なのか、あるいは『自分が九尾の立場であったら』という共感なのかはわからなかった。
けれども・・・
「・・・・・」
「久路人?」
久路人は、雫の方を見た。
なんとなく、雫の顔をよく見て見たくなったのだ。
雫は小首をかしげながらも、視線を合わせてくる。
「いや、僕は運がいいなって。僕は、こうやってちゃんと雫と一緒にいられるからさ」
「・・・うん。私も、同じことを考えたよ」
九尾とその片割れは、添い遂げることができなかった。
九尾は独り取り残され、現世を彷徨うことになった。
愛する者のいない世界で生き続けるなど、自分には、否、自分たちには不可能だ。
もしも九尾と同じ立ち位置であったとしたら、パスが繋がっていなくても、自分たちのどちらかが死ねばもう片方も後を追うか、壊れてしまうに違いない。
あの九尾も、そうして壊れていたのかもしれない。
片割れとパスが完全に繋がってはいなくとも、心を通じ合わせていたのならば。
それを考えれば、文字通り生死を共にする仲にまでたどり着けた自分たちは、なんと幸運なことであるか。
九尾が完全に朽ち果てる直前に、雫も同じように思ったものだ。
『自分たちは運が良かっただけだった』のだと。
しかし、これから先はどうなるか分からない。
自分たちには未だ、お互いを守り抜けるだけの力が足りていないのだから。
「・・・世界に変容を望む意志」
久路人はその言葉を思い返す。
「陣を使えるようになる条件だっけ?」
「うん。おじさんが言ってた。今の僕たちに必要なのは、作戦とか技とかじゃなくて、それなんだと思う」
「・・・私もそう思う。そうだよ、さっき九尾のことを考えててわかった。私たちも、京とメアみたいに、2人一緒の願いを持ってなきゃいけないんだって」
久路人と雫は、なまじ1人で陣を使っていた九尾と戦っていたために、陣とは自分だけの意志で構築するモノだと考えていた。
しかし今までの話から、必ずしもそうではないと気づいた。
月宮久路人と水無月雫の2人は、今や限りなく同じに近い存在だ。
ならば、抱える願いも、その願いを元に造られる陣も、同じモノになるに違いない。
肉体、精神、魂の三つで結びつき、今の姿に至った時のように。
「とは言ってもな・・・」
はっきり言ってしまうと、今の久路人に大それた願いなどない。
いや、自分と雫の平穏を壊そうとする敵がいるというのなら、考えたくもないことであるが雫に手を出すような不届き者がいるのならば、そいつらを跡形もなく粉微塵にしてやりたいという想いはある。
しかし、世界を変えてやろうなどというようなスケールの大きいものではない。
久路人は、今の生活に満足してしまっているのだ。
ずっと好きだった女の子と晴れて結ばれて、同じモノになった。
そしてこれからもずっと、共に永遠を歩いていけるのだから。
「・・・・・」
「雫?」
ふと、反応がないと思った久路人が雫を見ると、雫は顎に手を当てて何事かを考え込んでいた。
そして、小さく口に出す。
「世界に願う、世界を変える、か・・・」
小さな声だったと言うのに、なぜかその台詞は響いて聞こえた。
「ねぇ、久路人」
雫は、やけにゆっくりと首を動かして、もう一度久路人を見た。
「久路人には本当に、世界を変えたいって願いはない?」
「え?」
いつの間にか、雫の紅い瞳はドロリと粘りを帯びて濁っていた。
その唇はニィと三日月のように釣り上がり、笑みを作っている。
そのまま雫は呆然とする久路人のすぐそばまでにじり寄ってきたが・・・
「なんてね」
すぐにパッと距離を取ると、今度は晴れやかな、柔らかい笑みを浮かべる。
「今日ももう遅いし、今はこれくらいにしない?明日もまた修行があるんだしさ。ね?お風呂入ろうよ」
「え?遅いって言ってもまだ・・・ああいや、そうか。うん」
突然の雫の変化に面くらいながらも、久路人は時計を確認するが、針は午後の九時を指している。
まだ宵の口といったところではあるが、直後に雫の言いたいことを察した。
ついさっきに、久路人は雫と絆を深める約束をしたばかりなのだ。
「まあ、見直したいことは確認したし、願いにしたって、今ここで考えてわかるものではないだろうしね・・・」
「うんうん!!早く行こうよっ!!」
話の流れを無理矢理切ったような感覚がしなくもないが、夜のお楽しみを心待ちにしている雫ならばそう不思議な行動でもない。
よっこらせと立ち上がる久路人の腕を、雫はギュッと抱き寄せた。
薄くとも柔らかな感触に腕が包まれ、久路人の中に麻薬のような多幸感が満ちる。
「じゃあ、今日もしっかり洗ってあげるね!!口とか〇〇〇〇とか×××使って!!」
「・・・ベッドに行く前に風呂場で寝ないようにしないとね。前はそれで起きた時に体が痛かったし」
「いざとなったらウォーターベッド作るから大丈夫だよ」
少々公衆の面前では言えないような単語を交わしながらも、久路人と雫は歩き出す。
毎度毎度理由は少々異なるが、この作戦会議が終わった後は大体似たような感じになる。
今晩もまた、いつもと変わらぬ日常通りに過ぎていくのだった。
-----
(多分、もうすぐ私たちは神格に届く)
風呂場までの短い距離を歩く中、久路人の腕を描き抱きながら、雫は胸中で呟いた。
その中身は、半ば確信に近いモノ。
雫には、京たちの言っていた自身に眠る『世界に変容を望む意志』というものが、朧げであるが分かったからだ。
(九尾・・・欲望、執念、執着)
それは、先ほどまでの会話を交わす最中に見えてきたものだ。
片割れを失いながらも生き続けた狐の話。
あの狐と戦った時のことを思い出すたびに、胸に蘇るかつての気持ち。
それが、雫にとっての道しるべとなった。
残念ながら、久路人は気が付けなかったようだが・・・
(まあ、そこはしょうがないかな?そういう経験は、私に比べたらずっと足りてないだろうし・・・でも)
雫には分かる。
久路人と雫はほとんど同じモノだ。
肉体の強さも、魂の質も、何より心の在り方が。
久路人の中にも、自分と同じ想いが埋まっていることが。
日々の暮らしの中でも、その片鱗は見えているのだから。
ならば、何も心配はいらない。
むしろ、楽しみですらある。
(久路人は、いつ気付くかな?私の口から言うのはつまらないし。独占欲ムラムラな久路人は、見てていろんなところがキュンキュンするけど、わざと・・・なんて絶対に嫌だし。でも、久路人が気付いたら、その時には・・・フフフっ!!)
「雫?」
そこで久路人は、雫の顔を見た。
雫が腕を抱く力が、少し強くなったような気がしたのだ。
「なんでもないよっ♪」
「?そう?」
やけに機嫌が良さそうな雫を不思議に思いながらも、久路人は脱衣所の扉に手をかける。
離れは母屋ほど広くはない。
ゴールになど、あっという間にたどり着いてしまった。
「よしっ!!じゃあ、久路人っ!!脱ぎ脱ぎしよっか!!下着は私が預かるから!!」
「・・・いや、洗濯機が目の前にあるんだからそこに入れようよ。それに、下着じゃなくて、その・・・本体の僕がいるんだから取っておく必要はないでしょ」
「え?何?もしかして久路人、自分の下着に嫉妬してたりする?」
「・・・まあ、僕の目の前で、顔を埋めながら思いっきり匂い嗅いでる所見るとモヤっとするのは確かだよ」
「ふ~ん、そうなんだ・・・なら、今日は止めとくよ。それにしても、久路人って本当に独占欲強いっていうか、嫉妬深いよね。私よりすごいんじゃない?」
「さすがに雫より上っていうのは・・・同じくらいでしょ?」
「ふふふっ!!そうだね。私と久路人は、同じくらいだよね!!ふふっ!!」
「?・・・っ!!」
先ほどからやたらとハイテンションな雫に疑問符を浮かべる久路人だが、雫が自身の着物に手をかけ、下着を脱ぎ始めたところでそんな疑問など吹き飛んだ。
ギン眼になって、恋人のあられもない姿を脳内に焼き付ける作業に集中する。
そんな久路人の刺すような視線を心地よく感じながら、雫は思う。
(もしも、もしも久路人も気が付いたら・・・その時は)
今再び、瞳の中と笑みに湿った熱と粘り気を持たせつつ、続ける。
(私の、本当の理想が叶うかもしれない)
その歪んだ表情と心の中の独白は、浴槽から漂う湯気に紛れて消えていくのだった。




