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白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話  作者: 二本角
第四章 白流怪奇譚
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白流怪奇譚9

遅くなりまして申し訳ありません・・・やっぱ自分、日常モノ書くの苦手だわ

というわけで、次の話書き終わったら第四章は終わりです。

「君が月宮君か!!初めまして!!俺は片葉一(かたばはじめ)。毛部君たちから聞いているかもしれないが、映研の部長をやっている。よろしく!!」

「は、はい・・・」


 もはや指定位置となった食堂の一角で、僕は映研の部長、片葉さんと向かい合って座っていた。

 差し出された手を握って握手をしたが、その手は意外にもがっしりとしていて、力強さを感じる。


「いや~!!こうして噂の君に会えるなんて感慨深いよ。・・・『粉々になった筆箱』、『水浸しの廊下』、『真夏のつらら』。この辺りの子供や学生の間で有名な噂だが、そのすべてに君が関わっているそうじゃないか。他にも様々な都市伝説が君の周りで起きているっていうし、ずっと会ってみたかったんだ!!」

「そ、そうなんですか」

「チッ・・・随分と馴れ馴れしいヤツだな」


 ブンブンと握った手を振りながら満面の笑みを浮かべる片葉さん。

 そんな彼を、僕の背後に浮かぶ雫は不機嫌そうに睨む。

 だが、雫も大分気は遣っていてくれているようで、毒気はそこまで放出されていない。


((コ゜ッ!?))


 僕の両隣に座っていた毛部君と野間瑠君は悪臭に大ダメージを受けていたが。

 そんな彼らに心の中で手を合わせていると、片葉さんが話しかけてくる。


「それで、君は本当に霊能者なのかい?俺はこれまで自称霊能者には何人も会ったけど、本物はまだでね。君からはこれまで見てきた誰よりも『らしい』感じがするんだ」

「あはは、そうですね・・・確かに不思議な体験をしたことはありますけど」


 相槌を打ちながら、僕は観察する。


「・・・・・」

 

 細みながらも鍛えられた長身に、明るくやや長めの茶髪のセンターパート。。

 顔立ちは中々に整っているほうで、黒ぶちの眼鏡が知的な雰囲気を醸し出している。

 喋り方も明朗で、押しが強いようにも聞こえるのに不快感を抱かせない。

 毛部君と野間瑠君の話通り、性格の良さが伝わってくる。

 この人の場合は、オカルト好きという一風変わったポイントすら一種のアクセントになっている感じだ。

 総じて、男性としてというよりも人間として魅力的な人物と言えるだろう。

 しかし、だ。


(・・・普通の人だ)


 片葉さんからは、目を引くほどの霊力は感じられない。

 結界も反応していない以上、九尾のように霊力を隠しているというわけでもない。

 鍛えられてはいるが、それでも普通の人よりやや運動ができるといった程度だろう。妖怪と鉢合わせれば、抵抗しようが喰われてしまうのが容易く想像できる。

 つまりは、片葉さんは一般人だ。


「・・・どこにでもいるただの人間だね」


 雫も僕と同じ意見のようだ。

 少しの間片葉さんに胡乱気なまなざしを向けていたが、すぐに興味を失ったように離れた。

 最初はかなり警戒していたのだが、間近で見ても何も感じないことからひとまず危険はないと判断したのだろう。

 そして片葉さんはと言えば、僕の背後で白い着物の女が浮遊しているというのに何の反応もないところから、間違いなく雫を見ることができていない。これで演技だとしたら、それこそあの九尾並みだ。


「不思議な体験か!!それはいいね!!ぜひ聞かせてくれ!!この街はとても面白い噂がいくつも転がっているけれど、その当事者から話を聞けるなんて幸運だよ!!いや、毛部君と野間瑠君にも感謝だね。まさか、噂の君が二人の友達だったなんて」

「どうもっス」

「部長には前々からお世話になってましたし、場を設けるくらいなんでもないですよ。むしろ乗ってきてくれた月宮君こそありがとうというか」

「あはは・・・僕も暇だったから。それで、僕の経験した話ですよね?それならまず、子供の頃にトカゲみたいな妖怪に追いかけられたことがあって・・・」

「おお!!」


 そうして、この場を用意してくれた毛部君と野間瑠君も交えて、僕はこの街での体験を適当に脚色しつつ、真実50%くらいの割合で話す。

 片葉さんは目を輝かせながら僕の話に聞き入っていた。

 おもむろに懐から取り出したメモ帳にサラサラと手早くメモを取るほどに熱心に。


「久路人、こいつは普通の人間みたいだけど、これからどうするの?」

(そうだね・・・確かにぱっと見は普通の人だけど、九尾みたいなこともあるかもしれないから、もう少し様子を見るよ)

「は~い・・・あ~あ、退屈だな~」


 メモに意識が移っている内に、僕は雫と素早く会話する。

 今日の目的は、この部長の観察だ。

 今のところはどう見ても一般人であるが、万が一もあるかもしれないので、まだ観察は続けたいところだが、認識されないために会話に加わることもできない雫は退屈そうだ。


(まあまあ。後で埋め合わせはするから)

「本当!?じゃあ、後で一緒にアイス食べたいな!!最近甘いものの店ができたんだって!!」

(そうなんだ。それは僕も楽しみだな・・・)

「当然だけど、二人きりだからね?」

(うん。そのつもり・・・)

「それで月宮君!!キノコの精を追いかけて猪が出てきた後はどうなったんだい!?」

「え?あ、はい。その後は僕が転んで・・・」

「こ、こいつ!!私と久路人がデートの約束してるとこだったのに!!」

(見えてないから仕方ないってば。それにしても本当に雫が見えていない。毒気に反応する様子もない・・・考えすぎだったのかな)


 そんな雫をなだめつつ、メモをとっては続きを催促する片葉さんに語りながら、僕は思いだしていた。


(片葉さんが、誰かに操られてるかもしれないなんて)


 この部長と会うまでの、様々な思惑が絡んだいきさつを。



-----


「おじさんはどう思う?このメール」

「最近のことを考えると、いかにも怪しいと思うがな」

「そうだな・・・」


 月宮家の居間にて、久路人は己のスマホを京に見せた。

 メールの中身を読んだ京は、少しの間顎に手を当てて何がしか考え込む。

 今その場にいるのは京と久路人、そして雫の3人だけだ。

 食堂でメールが届いた後、その場にいた全員で月宮家まで来たのだが、残りの面々は客間でメアに異能の世界について説明を受けているところである。

 仮にも毛部たちが世話になっている人間への疑いということで、彼らの耳に入れないための配慮であった。


「端的に言うと、だ」


 そして、京は口火を切った。


「こいつが完全に白だっていう証拠はない」

「そうなの?おじさんが調べたって言うから、僕は『心配すんな』って言われると思ってたんだけど」

「この部長とやらが、お前の目を欺けるほどの手練れの可能性があるということか?」


 久路人としては、毛部と野間瑠が暴走した事件の後に京によって記憶を含めて調べの手が入ったと聞いていたため、『念のために報告しておこうかな?』程度の気持ちでいたのだが、予想が外れた。


「前にも言ったかもしれねぇが、世の中に絶対はない。雫の言う通り、そいつがとんでもない化物だって可能性も0%とは言えねぇ」

「「・・・・・」」


 世の中に絶対はない。

 久路人と雫にとっても、その言葉には重みがあった。

 九尾の狐に襲われ、吸血鬼に襲撃され、霊能者の名家の当主に体を奪われかけ、その果てに人間でも妖怪でもない存在になった二人には。


「そもそも、ここの土地の結界も万全ってわけじゃない。久路人が生まれる前からここは霊的に不安定な土地だからな。あの吸血鬼みたいに細い隙間を通って侵入してきた何かかもしれねぇし、大きな動きを見せずにただ監視するだけって術がかけられてる場合は、結界でも感知するのは難しい」


 大穴の存在によって白流の地は世界でも指折りの霊地であるが、それ故に管理は難しい。

 荒ぶる霊脈のせいで動力源から歪んでしまえば、結界にも綻びが生じる。

 これまでは久路人の膨大な霊力によってジャミングがかけられていたような状態であり、本当に一部の手練れしか使い魔やらなにやらを仕込むことができなかったが、今はそうではない。

 霊力に乏しい人間や動物の肉体を隠れ蓑に、極小の霊力で組まれた術を隠されれば、察知はほぼ不可能だ。そうした術では人間を操って何かをさせるというのはできないだろうが、その眼を通して情報を抜き取られる可能性はある。

 かつて、野生の狐を使って久路人たちを探っていた九尾のように。


「他にも、本人に自覚がなくて、特定の条件を満たしたときだけ術者とパスが繋がるみたいな術は見つけるのがムズイな」

「確か、あの九尾は使い魔の他にも人間に複雑な幻術をかけてお前をやりすごしたのだったか」

「ああ。術者から離れると術者のことを全部忘れちまうってやつだった。そうやって記憶を書き換える術が仕込まれてないって保証はねぇ」


 普段は何ともなくとも、何らかの条件で術者のコントロール下に置かれるというような術もある。

 そうした術も、実際にその状態になるまでに発見するのは困難だ。


「そうなると、僕らは会わないほうがいいってことかな?」

「いや、逆だ。むしろ会いに行け」


 京の話を聞くに、件の部長が敵である可能性は否定しきれないようだ。

 だが、京はむしろ懐に飛び込むべきだと言う。


「もしや、久路人に囮をしろと言っているわけではあるまいな?」

「雫・・・」


 部屋の中が、一気に氷点下になった。

 部屋の空気に負けないほどの、ゾッとするほど冷たい声を出したのは雫だ。

 雫にとって、久路人を危険にさらすような手を『はい、そうですか』と認められるはずもない。


「まあ、ありていに言えばそうだな。だが当然、安全マージンはとる」


 しかし、京も然るもの。

 雫の毒気を受けても表情一つ変えない。


「確かにここの結界には穴があるが、いくらなんでも今のお前ら二人を倒せるようなヤツを素通しさせるのはほぼありえねぇ。そんなことができるようなヤツなら、もっと目立たずにお前らに接触してきたはずだからな。仮にそんなヤツ相手なら、守りに入ったらドツボにハマる。なのに、ここでビビって手がかりをつかみ損ねたら、そっちの方が後々ヤバいことになりそうだろ?」

「む、それは、そうだが・・・」


 しっかりとした理屈を語られれば、雫としても納得せざるを得ない。

 早期発見を怠って、重大な事態になったがもう遅いというのはよく聞く話だ。


「それに、俺も監視するからな」

「おじさんも?」

「ああ。この街の結界は俺にとっての眼でもある。監視用の術具でも追いかける。そうすれば、万一何かあった場合でも助けに入れるからな。俺とメアにお前ら二人、七賢級が4人もいりゃ、今の現世にいるやつにはまず負けねぇ」

「むぅ・・・しかしだな」

「いや、僕は賛成だよ、雫」

「久路人?」


 なおも渋る雫であったが、そこで久路人が声を上げた。


「おじさんの言う通りだ。リスクを考えすぎて行動できなかったせいで大変なことになったら遅いからね。なにより、僕はおじさんを信じてるから」


 久路人に迷いがないのは、京への信頼だ。

 これまでは、京はなにかとタイミングが悪かった。

 九尾の時は相手が一枚上手だったのもあるが、久路人たちがホームグラウンドの外にいた。

 吸血鬼や月宮久雷の時は、久路人たちの短慮に加えて、京が白流の地を離れていた。

 しかし、今は違う。

 世界中の霊能者を束ねる『学会』の最高幹部、七賢の序列三位が、慢心なく己の陣地の中で采配を振るうのだ。これでダメなら、ここで行動を起こさなくても大して変わりはない結果になるだろう。


「・・・ああ、任せときな。今度こそ、お前らを危ない目にあわせるもんかよ」


 そんな久路人に、京は少し間を置いてから、力強く応えた。


「・・・久路人がそう言うのなら。私と久路人は一蓮托生だしね」

「ま、そもそもここで話したのが考えすぎで、向こうがシロって可能性の方が遥かに高ぇ。お前らに行ってもらうのも念のためってやつだ。あんまり気負いすぎんなよ」

「うん、わかった」


 こうして最終的には雫も賛同し、久路人たちは毛部と野間瑠に事情を説明して場を整えてもらい、件の部長と会うことになったのだった。



 一方そのころ。



「わぁ~!!しゃべる猫だなんて・・・可愛い!!」

「こ、この子も妖怪なのよね?嫌な感じはしないけど・・・」

「久路人様の鎖には、瘴気を抑える効果がありますので。この程度の格の妖怪なら完全に無効化可能です」

「や、止めたまえ、ミス・モノノベ!!ミーはぬいぐるみではないのデス!!ミセス・メア!!止めて欲しいのデス!!」

「「び、美少女にあんなにギュっとされるなんて・・・う、羨ましい」」


 そんなこともつゆ知らず、客室では物部姉妹が猫又のミィを可愛がっていたのだった。

 小動物に対して恨みがましい嫉妬の視線を向ける男二人組には、当然気が付かなかった。

 


-----


 あれから、『ぜひ、君と一緒に妖怪が出た場所を周りたい!!』と言われた僕らは、大学の外に出ていた。


「ここが、そのトカゲモドキとやらに襲われた雑木林か!!」

「はい。正確にはもっと奥ですけどね」


 訪れたのは、さっき片葉さんに話した、昔妖怪に追いかけられた雑木林。

 今の時期は草木が生い茂っているので、林の中は薄暗く不気味だ。


「う~む。雰囲気はある場所だが、別段何か起きる様子はないな」

「いつでも僕の周りで怪奇現象が起きるわけじゃないですからね。むしろ何も起きない日の方が多いですよ」


 奥の方に歩きつつ、僕は片葉さんの会話に付き合って嘘100%の台詞を告げる。


(うわ・・・なんか小さいのがウジャウジャいる)

(この前俺の部屋にもこんなん入って来たなぁ)


 僕のすぐ後ろを歩く毛部君と野間瑠君が辺りを見回して小声で話している。

 彼らの言う通り、この林の中には昔見たキノコの精のような力の弱い妖怪がはびこっていた。

 人間に危害を加えるほどの力もないので退治することもないからたくさんいるのだが、やはり片葉さんが気付く様子はない。


「おい京。やはり、お前が見てもなんともないか?」

(ああ。少なくとも、何かが寄生してるってのはなさそうだ)


 僕のすぐ隣に浮く雫が手に持ったスマホのような術具に話しかけると、そこから聞こえるのはおじさんの声。

 僕と片葉さんが会ったときから、小型のドローンのような術具をひっそりと飛ばし、さらには僕と雫に通信機の術具を持たせ、おじさんはしっかりと片葉さんを監視している。


「直接見ないと分からないこともあるのではないか?」

(舐めんな。今飛ばしてるドローンに組み込んだカメラの同期は100%。霊力のセンサーも結界のバックアップで完璧だ。俺がその場で見てんのと変わんねーよ)


 しかし、そのおじさんが見ても片葉さんから怪しい気配はしないようだ。


「むぅ・・・ならば、こいつは本当にシロということか」

(元からその可能性の方が高かったけどな。まあ、それに越したことねぇが・・・そうだな)

「月宮君!!ここかい?」

「はい。この切株があった所ですね。ここから坂のところで転んで、その時に・・・」

「おお!!」


 雫とおじさんの話を聞きながら歩いていると、道の終わりまでたどり着いていた。

 子供のころにはかなり歩いたと思ったが、さすがに大学生の足なら大して時間もかからない。

 片葉さんはテンションが上がった様子であちこちを見回していた。

 おじさんはそんな片葉さんを術具越しにしばらく観察してたが・・・


(一つ、鎌かけてみるか・・・雫、攻撃してみろ。もちろん、怪我させねぇ威力でな。毒気もかなり抑え目にしろよ)

「む?妾でいいのか?寸止めの精密射撃なら久路人の方が向いていると思うが」

(むしろ当たるくらいの方が挑発としちゃ上等だろ。なら、雷や土より、水の方がマシだ。あいつがシロでも塗れるくらいで済む)

「そうか。わかった」


 おじさんの指示を聞き、雫が片葉さんに指を突き出した。

 その指先に、拳サイズの水の塊が現れる。


「喰らえ」

「うおっ!?」


 ピンと雫が指を弾くと、水は緩やかな放物線を描いて片葉さんの首筋に落ちた。

 突然の冷たさに、思わずと言うように驚いた声を上げる。


「どうしました?」

「い、いや、いきなり水が落ちてきて・・・」

「最近雨も降りましたからね。木の上に溜まってたのが落ちてきたのかも」

「そ、そうかい?しかし、それにしてはかなり大きな塊だったような・・・」


 首をさすりながら頭上の木々を見上げる動作に、不自然な様子はない。


「・・・演技、というわけではなさそうだが」

(真っ当な霊能者なら、お前のクッソ汚ねぇ瘴気が混ざってるかもしれない水なんぞ条件反射で避けるはずだが・・・)

「おい。まさか妾に攻撃させたのはそれが理由か?」


 雫の霊力は毒そのもの。

 今はかなり抑えて撃ったようだが、その水は霊力を持たない者でもなんとなく忌避感を抱くようなシロモノである。

 霊力を感じ取れるのならば、何が何でも喰らわないように本能レベルで対処してしまうほどだ。

 それなのに、何の反応も見せなかった。


(仮に本人にもわからねぇような術がかかっていた場合でも、雫の毒を喰らえば術が歪むはず・・・だが、霊力の揺らぎすらねぇとは・・・)

「え?妾の毒ってそんなことまでできるのか?」

(僕も知らなかったんだけど・・・)

(ああ、言ってなかったか)


 なんでも、幻術やら霊薬やらで人間に細工をした場合、どんなに巧妙にやっても、他人の霊力による干渉である以上、見つけにくくすることはできるが、完全に隠しきるということも難しいらしい。

 そして、今の雫の毒気ならばその巧妙に隠された術にすら影響を与え、破壊もしくは暴走させることができるのだとか。繊細な術ほどシンプルな破壊力を持つ雫の毒に侵されやすく、分かりやすい反応になるという。


(暴走させるってんなら、久路人の薬の霊力でもいいんだがな。毒なら避けようとするだろうし、もっとわかりやすいかと思ったんだが・・・)

「あの、片葉さん、体調は大丈夫ですか?」

「はは、少し水を被ったくらいで大げさだな。けどまあ、少し寒いような気がするかもな?」


 おじさんの言うことには納得がいったが、今更ながらそんなヤバいものをぶつけたのが心配になってきた。

 案の定、片葉さんの顔色が少し青い気がする。腕や首筋には鳥肌が浮かんでおり、身体にも震えが走り始めていた。


(おじさん、これ以上は・・・)

(・・・まあ、ここまでやって反応がないなら、シロってことでいいだろ。とりあえず、お前の霊力を軽めに流してやれ)

「えっと、片葉さん。失礼しますね」

「おっと、済まないね」


 震えのせいかよろけた片葉さんの肩を支え、その隙に霊力を流す。

 雫の毒気は強力だが、僕の霊力なら中和できる。


「おや?なんか急に楽になってきたような・・・」

「でも、さっきは顔色悪そうでしたよ。今日は帰った方がいいんじゃないですか?服も濡れちゃってるし」

「う~ん・・・いささか勿体ないような気もするが、そうするか。しかし、突然の水に悪寒・・・はっ!?これこそが噂の怪現象か!?」

「ただの偶然だと思いますよ。僕の傍で起きたヤツは、もっと派手でしたから」

「そうか・・・残念だ」


 体調が元に戻った片葉さんは、名残惜しそうにしながらも帰ることにしたらしい。

 疑惑が晴れたこともあり、少し申し訳ない気もするが、やはり大事を取って休んでもらった方がいいだろう。


「部長、念のため家まで送るっスよ」

「俺たちの家も近いですから」

「そこまでするほどじゃあないと思うが、そうだな。君たちとはあまり歩いたこともなかったし、丁度いいか」


 毛部君と野間瑠君が、片葉さんに付き添ってくれることになった。

 この二人にもさっきのおじさんとの会話は聞こえていたようで、部長の疑惑が晴れてホッとしたような顔をしている。


「それじゃあ、済まないが今日はここで失礼するよ。また後日、もう一度付き合ってもらってもいいかな?」

「はい、大丈夫ですよ。その時は、また別の妖怪が出た場所に案内しますよ」

「はは、それは楽しみだな。今日は残念だったが、こうして君に会えたのは収穫だったよ」


 そうして雑木林の出口まで来た僕らは、そこで別れたのだった。


「結局、私達の取り越し苦労だったのかな」

「今日一番苦労したのは、体調崩した片葉さんだと思うけどね・・・」

(おい、それ言ったらわざわざ術具で追跡してる俺が一番仕事してんぞ)


 片葉さんたちが見えなくなってから、僕らは周りの目を気にすることなく話す。

 今回は、片葉さんが何かに操られていたり、悪意を持った霊能者である可能性を確かめるための場だったが・・・


「念のため聞いておくが、本当にあいつからは何も感じなかったのか?」

(ああ。食堂から今までずっと見てたが、おかしな気配は何もなかった。最低でも、俺たちに勝てるような霊能者じゃないってのは確定だ)

「なら、次会ったときにはちゃんと埋め合わせしなきゃね。僕らにとっては必要なことだったけど、途中で帰らせちゃったし。今度は、僕がこっそり術でラップ現象でも起こしてみようかな?」

「それなら私も付き合うよ。私がやるなら、やっぱり水の中に引きずり込むとか?それか火の玉でも作るか・・・」

(やるのはいいが、ほどほどにしとけよ?お前らの霊力でやると洒落にならねぇことになるかもしれねぇんだからよ)


 葛城山と違って、最大限の警戒をしていた僕と雫、そしておじさんの3人体制で確かめた以上、片葉さんが一般人なのは間違いないだろう。

 警戒しすぎたかもしれないが、ちゃんと確かめて無実を証明出来て良かったと思える。

 なにせ、片葉さんは友達にとっての恩人だ。

 そんな人に手をかけるような事態は、僕だって望んじゃいない。


「じゃあ、帰ろっか」

「うん」

(・・・・・ああ)


 そうして、僕らもまた、家路につこうとして・・・



--ピコン!!ピコン!!



「ん?」


 僕の携帯のJINEアプリが鳴った。

 メッセージではなく、通話のようだ。


「珍しいね。久路人の携帯に連絡が来るなんて」

(さっきのヤツか、毛部と野間瑠君のどっちかか?)

「いや、違う。これは・・・」


 つい数日前に同じような流れになったばかりだなと思いつつ、携帯の画面を見た僕は驚いた。

 画面をタップし、通話を開始する。


「池目君?」

『ああ、月宮か・・・』


 聞こえてきた声は、中学からの友達である池目君だった。

 しかし、常に生き生きとしていた彼らしくもなく、声には疲れが滲んでいる。


「どうしたの?なんか元気ないけど・・・」

『・・・・・』


 不思議に思って聞くも、返ってきたのは沈黙だった。


『なあ、月宮・・・』

「うん」


 そして、ややあってから、意を決したように池目君は言った。


『お前、幽霊って信じるか?』


-----


「じゃあ、部長もお大事に」

「今日はありがとうございました」

「いや、こっちこそお礼を言うよ。月宮君と会えたのは君たちのおかげだからね・・・しかし、本当に映研を辞めてしまうのかい?」

「あ~、すみません・・・」

「俺たち、どうしてもやりたいバイトがあって・・・」

「ああ、そんなに気にしないでくれ。部活を辞めるのは君たちの自由だからね。むしろ、他のメンバーよりも君たちとは構ってあげられなくてこっちのほうが申し訳ないくらいだ」


 片葉の住む下宿の前で、毛部と野間瑠は頭を下げて別れの挨拶をする。

 雑木林からここまで自転車で来たのだが、道中で二人は映研を正式に辞めることを話したのだ。

 片葉としてはもう少し二人と交流を深めたいところだったが、二人の意志が固いのを察し、引き止めずに送り出すことに決めたらしい。


「次に月宮君と会う時は、俺たちも行きますよ」

「部活には行けなくなりますけど、部長とはまた話してみたいですから」

「それは嬉しいことを言ってくれるね。よし!!それじゃあ、次は映研のメンバーを引き連れてみんなで・・・」

「それは止めた方がいいと思います!!女子を月宮君に近づけるのはマジでヤバいんです!!」

「絶対後悔しますよ!!俺たちも、あいつらも!!」

「そ、そうなのかい?月宮君、そんなに手が速そうには見えなかったんだが・・・」

「そうなんです!!月宮君、ああ見えて高校時代に百人斬りしたこともあって・・・」

「大勢女の子を連れて行ったら、一体どんなことが起きるか・・・」

「君たちがそこまで言うほどか・・・人は見かけによらないな。わかった、次も俺だけで行こう」

「「ぜひそうしてください!!」」

((ゴメン!!月宮君!!))


 次は部長のハーレムも連れて会いに行くという申し出に、自身のトラウマやら雫の身の毛もよだつような毒気を思い出しながら必死で拒否した二人だったが、そのせいで久路人について妙な印象を持たせてしまったらしい。

 心の中で謝る二人だったが、後悔はあまりなかった。


「「それじゃあ、俺たちもこれで」」

「ああ。またな」


 そうして、毛部と野間瑠も家路について、その場を去っていった。


「・・・・・」


 しばらくの間、二人が歩いて行った方をみる片葉だったが、完全に姿が見えなくなった辺りで踵を返し、自分の部屋の扉を開けた。

 部屋の中は、映研の部室と同じように様々なオカルトグッズが置かれているが、それらも京によって回収済みである。

 そのことに《《気が付いていながら》》、何も気にすることなどないかのように、部屋の中にあるベッドに横になる。


「・・・随分と、用心深いものですね」


 窓から部屋の外を眺めながら、片葉は小さく口の中で呟いた。

 未だに自分の跡をつけ、部屋にまで侵入してきた術具のドローンに聞かれないように。


「さすがは七賢の三位。ほぼ無実と分かっても、最後まで気を抜きませんか」


 片葉は立ち上がると、冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出して口に含む。

 その間も、ドローンは一定の距離を置いて付いてきていた。

 その術具は霊力の込められた小型カメラとマイクを内蔵しており、霊能者であろうと容易に気付けないように透明化の術までかけられている。

 その性能の高さに感心しつつも、あっさりと見破った上で気が付かないフリを続け、今日の事を振り返る。


「守りに入ることのデメリットを考慮し、臆さず、機会を逃すまいと罠かもしれない誘いに乗る・・・実に良い判断です。正解だ。ですが・・・」


 そこで、片葉は今日の去り際に言った台詞を思い出した。


「残念だ。実に残念でしたね・・・京」


 口をわずかに笑みの形に歪めつつ、そう小さく呟く。

 それは、一体いくつの意味を持った台詞だったのか。

 しかし、その言葉を聞く者は、片葉の他には誰一人としていなかった。



-----


「ここは・・・」


 霧間八雲は目を覚ました。


「病室、でしょうか?」


 辺りを見回してみると、そこは白を基調とした、明るく清潔な部屋だった。

 八雲も同じく白い病衣を着せられており、ベッドに横になっていたようだ。


「あれから、一体何が・・・」


 身体には怪我はないが、頭は熱に浮かされたように靄がかかっており、記憶が判然としない。

 覚えているのは・・・


「汚らわしい・・・!!」


 あのおぞましい瘴気を放つ、白蛇の化身を思い出し、八雲の美しい表情は醜く歪んだ。

 あの蛇が月宮久路人の心と記憶を破壊し、人外の道へ引きずり込んだ情景を思い浮かべるだけで、その悪辣さと醜悪さに吐き気がこみあげてくる。

 だってそうだろう。

 霊能者だろうが一般人だろうが、まともな価値観を持っていれば人外に堕ちることなど選ばない。

 ならば、月宮久路人があのような憐れな姿になり果てたのは、あまつさえ、その姿に歓喜さえ見せていたのは、あの蛇によって狂わされた以外にあり得ない。

 かつての兄のように。


「やはり、人外は一匹残らず滅ぼさねばなりませんね・・・しかし、ここはどこなのでしょう?」


 どうして自分が意識を失ったのかは記憶にないが、凄まじい熱を感じたのは覚えている。

 恐らく月宮久路人の雷を受けたのだろうとは思うが、そこから一体どうしてこんな場所にいるのか。

 あの場には月宮久雷がいた。彼が敵を取ってくれたのだろうか?もしも負けたのならば、あの邪悪な蛇が気絶した自分を見逃すはずがない。


「とりあえず、この部屋を出てみましょうか・・・」


 そうして、八雲が立ち上がろうとした時だ。


「あ!!起きたんだ!!」


 ガラッとドアが開き、一人の少女が入ってきた。


「よかったねぇ!!ここに運び込まれた時は死にかけだったから、そのまま死んじゃうのかと思ったよ」

「え?あの、貴方は?」

「マリはマリだよ。この屋敷の女主人ってヤツ!!それで、キミは霧間八雲ちゃんで、お客様だね。運んできたのはマリの仲間なんだけど、安静にして置ける場所がここしかなかったんだって」

「は、はあ?」

「キミ、霧間一族でしょ?今は、霧間一族のほとんどが殺されちゃったから」

「なんですって!?」


 奇抜な恰好をしたマリと名乗った少女が、自己紹介と共に現状を軽く説明する。

 しかし、その説明は聞き逃せなかった。


「ど、どういうことですか!?」

「マリもその場にいたわけじゃないから詳しくは知らないけど、キミが気絶しちゃった後、最後に勝ったのは白蛇の妖怪と月宮久路人だったんだけどね・・・月宮君が『僕は霧間家と月宮家にハメられた』って言いだしたの。月宮君は学会幹部と仲が良かったから、それで学会が動いて、その責任を取るために霧間家の当主が一族郎党を手ずから始末しなきゃいけなくなったんだって」

「そ、そんな・・・う、嘘ですよね?」

「信じられない気持ちはわかるよ。でもね、もしもマリの言うことが嘘だったら、キミが起きた時に傍にいるのはマリじゃなくてキミの家族だよね?キミたちが勝っていたならもちろん、負けたキミを助けたマリたちは、キミの味方なんだから。生きているのならそっちに任せるもん」

「あ、ああ・・・」


 八雲の目の前が真っ暗になったようだった。

 自分の全く知らない間に自分の家族が、よりによって最愛の兄の手によって殺されてしまったのだ。

 それが真実かどうか疑う間もなく、茫然自失となるのも無理はないだろう。

 全身から力が抜け、だらりと腕が落ちる。

 その眼からは涙があふれたが、それをぬぐう気力すらわかなかった。


「ねぇ、悔しい?」


 頭上から、小さな声が届いた。


「悔しいよね?知ってるよ。キミは、吸血鬼に騙されたお兄さんを助けるために頑張ってたんだよね?それが、そのお兄さんに家族を殺させることになっちゃったんだもん。悔しくないわけないよね?」


 ぼんやりとした頭のままノロノロと顔を上げると、マリがすぐそばまで近づいてきていた。


「ねぇ、どうなの?悔しくないの?ねぇ・・・」


 手で、顎をクイと上げられる。

 作り物のような蒼い瞳と目が合った。

 そして、その口が開く。


「学会に、人外に・・・蛇とコウモリなんかに、家族を奪われて」

「っ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、八雲の手は稲妻のように動いた。


「悔しいに決まっているでしょうっ!!」


 無意識に、八雲はマリの胸倉を掴んでいた。

 顔と顔が触れそうになる距離で、八雲は己の心の内をぶちまける。


「悔しいっ!!憎いっ!!殺してやりたいっ!!あのクソ蛇とコウモリ女を!!絶対に、絶対にぶっ殺してやるぅぅぅうううううううううううっ!!!」


 最後の方は、マリの顔など見ていなかった。

 その眼に焼き付いていたのは、純朴な青年を堕落に導いた白蛇、そしてすべての元凶とも言える吸血鬼の姿だった。


「兄さんがっ!!学会なんて異端に加わったのはあの吸血鬼に誑かされたからっ!!あの吸血鬼は、今も兄さんの心を弄んでる!!そうじゃなきゃ、兄さんが家族を殺すはずなんてない!!学会の言うことなんて聞くはずがないっ!!久路人さんだってそう!!あの蛇が、久路人さんを壊したんだっ!!人外は人間にとって敵でしかないのに!!私たちを学会に売る理由だってなかったのにっ!!つがいになるなんて汚らわしいことするはずないのにっ!!」


 その顔に伝う涙の質が変わっていた。

 家族を失った悲しみの涙から、その原因へと、仇に向かう憤怒のそれへと。


「殺してやるっ!!絶対に、ぶっ殺してやるぅぅぅうううっ!!!!」

「そんなに、人外が憎いんだね?」

「当たり前でしょう!!人外を嫌わない人間などいるはずないっ!!」


 いつのまにか、八雲はマリを離していた。

 けれども、マリは怒り狂う八雲から離れなかった。

 ただ、静かな口調で問いかけるだけだ。

 そして、その問いへの八雲の答えなど決まりきっていた。


「わかったよ。キミの気持ちは、よくわかった。それだけの憎しみがあるのなら、マリたちはキミを助けてあげる。キミの願いをかなえてあげるよ・・・ヴェル君がキミを連れてきた理由、ようやくわかったよ」

「え?」


 八雲の激情。

 その苛烈な炎のような想いを間近で耳にしたマリは、小さく頷いた。

 スマホを取り出し、素早くタップしてメッセージを送る。

 八雲と言えば、突然の助力の申し出に冷水をかけられたように昂りが収まっていた。


「マリね。キミみたいに人外にものすごぉ~く恨みを持ってる人を知ってるんだ。その人に会わせてあげる。その人に会えば、キミはとても強い力を手に入れることができる」

「え?人に会うって・・・会うだけで、力が?」


 霧間八雲は、己の実力のほどを知っている。

 そして、怨敵の持つ脅威も。

 八雲自身は霊能者としては優秀な方だが、それでも蛇や吸血鬼には到底及ばない。

 力が必要だとは思っていたし、そう考えていたからこそ月宮久路人との縁談を申し込んだのだが、だからこそその話を信じられなかった。


「ん。入っていいよ」

「・・・オ、オオ・・サヌ」


 そんな八雲を尻目に、マリはドアの方を向いて合図をする。

 すると、能面のような無表情の青年が、車いすを押して入ってきた。

 その車いすには、一人の老人が座っている。

 老人も、車いすを押す青年のように感情の全てが抜け落ちたような無表情だ。


「ウ・・・ア、ア・・・ォオオオオオオオオオオオオアアアアアアッ!!!」

「ヒッ!?」


 だが、その眼にだけはギラギラとした刃のようなモノが浮かんでいた。

 八雲を目にした瞬間、その激情がさらに吹き上がり、叫びとなって飛び出した。

 その迫力に、怒りを燃やしていたはずの八雲が思わず気圧される。


「今日も元気だねぇ・・・それじゃ、八雲ちゃん。そのお爺ちゃんの手、握って」

「え?こ、このご老人の手を、ですか?」

「他にどこにお爺ちゃんがいるのさ。ほら、早く早く。大丈夫。人間なら、そのお爺ちゃんは何もしないよ」

「わ、わかりました・・・」

「ユ、ユ、ユル」


 八雲は、マリに促されるまま、すぐ近くまでやってきた老人に手を伸ばした。

 すると、枯れ木のような老人の腕が糸で持ち上げられたように不自然に浮かび上がり、八雲の手に触れる。

 冷たく固い死人のような感触が八雲の手に伝わり・・・


「ユルサヌゥゥウウウウウウウ!!!!!!!!!!」

「がっ!?」


 次の瞬間、老人の叫びと共に、電流のような痺れが八雲の身体に走った。

 まるで自分の頭の中をミキサーでぐちゃぐちゃにかき回されるような痛みと不快感。

 同時に、冷たい何かが入り込んでくる。


「あ、アアッ!!!アアアアアアアアアアアッ!!?」


 たまらず、八雲も叫んだ。

 叫ばないと、気が狂ってしまいそうだ。

 しかし、手は離せなかった。

 老人の手と八雲の手が一体となったかのように離すことはできず、冷たい何かの流入も止められない。

 そして、冷たい何かが入り込めば入り込むほど、八雲の中から大事な何かが消えていくような感覚を覚えた。


(こ、これは・・・何かが、流れ込んでくる!?いや、消えてる!?)


 叫びながらも、直感で、本能で八雲はそれを理解した。

 それは、奇しくも月宮久雷が月宮久路人に仕掛けた企みと同じこと。

 200年の時間をかけ、徹底的に相性を調べ、入念に術を組み上げた上で挑んだ久雷のものに比べるとあまりにも荒々しいものではあったが、本質は変わらない。


(上書きされてる!?私自身が!?)


 他者による、身体の乗っ取りだ。

 しかし、大きな違いもあった。


(騙された!?嫌だ、私は・・・・これはっ!?)


 激しすぎる流れに抵抗する意思すら消えかける八雲であったが、その視界にセピア色の景色が映った。

 

(これは、太古の景色?)


 そこに映るのは、今よりも遥かに過去。

 忘却界が築かれる前。

 人外によって、現世が恐怖のただなかにあった時代であった。

 その映像の中では、いくつもの暴虐があった。

 いくつもの死があった。

 いくつもの悲しみがあった。

 いくつもの怒りがあった。

 妖怪、魔物によって両親を殺された子供がいた。

 恋人を犯され、喰われた青年がいた。

 子供を浚われ、元の顔が分からなくなるほど醜い化物にされた親がいた。


(これは・・・)


 記憶の主は、そんな只中にあっても屈しなかった。

 凍り付いてしまいそうなほどの悲しみと、身を焦がすほどの怒り。

 それを抱えつつも、抗った。

 その奥には、いつだって一つの願いがあった。



--人外に怯えずに済む、平和な世界を



(この人は・・・)



 そして記憶の主は出会う。

 魔道を極めた、書を持つ賢者を旗頭に据えた希望の芽の集い。

 異国の仙人に若き死霊術師、光り輝く白き女騎士。数ある術師たちが集まった。

 記憶の主も剣を手に取って列に加わり、ついに始まるのは化物の王率いる軍勢との決戦。

 悪魔の王、精霊の女王、吸血鬼の真祖、山すら越える巨人の戦士、そして魔の竜。

 戦いは七日七晩続き、そして・・・


(違う。これは、上書きなんかじゃない。受け入れるんだ)


 セピア色だった映像が真っ黒に染まるころには、霧間八雲を襲う喪失感は消え失せていた。

 代わりにあるのは、身体を満たす熱い何か。

 

(だって、この人は・・・)


 月宮久雷と月宮久路人。

 記憶の主たる老人と霧間八雲。

 この二つの関係の違い。

 他者の身体を奪い取るというおぞましい所業であるが、そこにある大きな差異。


(私と同じなんだから)


 それは、『共感』。

 その熱い何かを抵抗せず受け入れる覚悟を決めた時、霧間八雲は生まれ変わった。


「う、おお、ウオォォォオアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 八雲の口から、雄たけびが飛び出る。

 手を握っていた老人の身体が、最後の力を使い果たしたかのように床に沈み込んで、見る見るうちに灰に変わっていったが、それを気にすることはなかった。

 その必要がなかったからだ。

 それは単なる死ではなく、新たな誕生なのだから。

 その叫びは、大いなる者の産声だ。


「はぁっ、はぁっ・・・」

「・・・気分はどう?」

「はぁ・・・ふぅ。ええ、悪くありませんよ」


 叫び終え、汗を滴らせる八雲に、マリは静かに声をかけた。

 その呼びかけに息を落ち着けた八雲は、先ほどの様子が嘘のような落ち着いた声音で応える。

 その身体からは、いつしか瀑布のような勢いで霊力が迸っていた。

 それはまるで、人間が一生をかけて修行に身を投じて手に入る力を何度も重ねたかのような、計り知れない力の柱。

 八雲は、いや、『彼』は、力の漲る拳を握りしめて呟いた。


「この力があれば、できる。これがあれば、叶えられる・・・某の願いを。魔物も、それに与する愚か者どももいない、真なる人間だけの世界を!!」

「そっ。それはよかったよ。おめでとう・・・『勇者』様」


 かつて魔竜を討った英雄たちが一人、『勇者』。

 そして魔物から無辜の人々を救うべく走り続けた『旅団』の初代団長。

 そう謳われる彼は、こうして今再び現世に蘇ったのだった。

 永き時と、幾重もの命を経て、歪み切った願いを胸に。

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妖怪①

妖怪とは、人外の一種。

現世の動物、道具などが常世から流れる瘴気や霊能者の放つ霊力に中てられて変質したモノ。

あるいは、常世に最初から存在していたモノ。

他種族の霊力を喰らって己の力とすることができ、彼らが放つ霊力は瘴気となって人間を侵す。

人間は妖怪を恐れるが、妖怪は人間を恐れない。

しかし、『力こそが正義』と考える傾向が強く、弱い人間を基本的に見下している。

ちなみに、西洋では『魔物』と呼ばれる。

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