白流怪奇譚2
怖い話が読みたいです。
なんというか、日常の怪談というか、さっくり読める短めのヤツで。
もし知ってる人いたら教えてください。
きっかけは、僕が人間をやめて初めて迎えた朝に遡る。
二人で目覚めた朝、雫の要望通りお姫様だっこで雫を風呂場まで連れて行った後のこと。
「ふぅ・・・さっぱりした」
「僕にとっては生殺しもいいとこだったけどね・・・」
「ふふんっ!!昨日さんざん私をいじめてくれた罰だよ・・・っていうか、今は本当にちょっとキツイかな。まだ痛むし。普通ならもう治ってるはずなんだけど、やっぱり久路人につけてもらった傷だからかな?」
「さすがに雫がそんな状態のときに襲ったりしないって・・・」
風呂場に雫を置いて、『じゃあ、僕はこれで』と退散しようとしたところを有無を言わさず浴槽に引き込まれ、そのまま互いの身体を洗いっこすることになった。
とりあえず角や尻尾は邪魔だったから二人とも人化の術を使ったのだが、雫は相変わらず身体がまだ痛むとのことで、僕は雫の眼に毒としか言いようのないあられもない姿を目の当たりにしながらも、鋼の理性で昨日散々暴れた愚息を抑えつけなければならなかったが。
「でも、久路人のソコ、今も辛そうだよね。大丈夫?さっきはああ言ったけど、口とか手でなら別に・・・」
「・・・すごい魅力的な提案だけど、やめておくよ。絶対にそれだけで我慢できそうにないし」
「ならいいけど。じゃあ、続きは夜ね!!さすがにそれまでには治ってるだろうし」
「本当に大丈夫?確かに僕自身すごいムラっとはしてるけど、それでも雫に無理させてまでとは思ってないからね?」
「大丈夫!!ムラムラしてるのは私も同じだから!!」
「・・・嬉しいけど、大声で朝からする会話じゃないよね、コレ。おじさん達に聞かれたら何て言われることやら・・・」
そうして、まるで人間を卒業したこと、いや、二人の気持ちが通じ合ったことでそれまで抑えつけられていた欲求が爆発したような僕らが、その日の夜も熱く過ごすことを約束した時だった。
--ゾクッ
全身に悪寒が走った。
「・・・っ!?雫!!」
「うんっ!!」
離れの出口から本家に繋がる廊下に出たところで、僕たちは二人そろって臨戦態勢になった。
僕が黒いマントと刀を作り出すのと同時に、雫も紅い薙刀を構える。
「はぁっ!!」
「やぁあああああああっ!!」
--ギンッ!!
それぞれの得物が、飛んできた幾本ものナイフを叩き落す。
ナイフはその1本1本がすさまじい切れ味と強度を持った一級品の術具であり、喰らえば今の僕たちでもすぐには癒えない傷を負っただろう。
そんなナイフが明確な殺意を孕んで僕らに襲い掛かってきた。
「・・・・・」
そして、その下手人が僕らの前に姿を現す。
「どういうつもりですか?」
「お前は普段からおかしいところもあるが、それなりにいい関係を築いてこれたと思っていたのだがな・・・なあ」
僕たちは、二人そろってその名を呼んだ。
「「メア(さん)」」
「・・・・・」
長年僕たちの世話をしてくれた月宮家の使用人兼一応僕の義理の母は、顔を俯かせて反応する様子はない。
いや、よく見ればその肩は震えていた。
時折まったく理解できない奇行に走るメアさんだし、正直僕らのことに大して情を持っているかどうかと言われれば自信のない人であるが、それでも僕らに襲い掛かるのにはためらいがあったということだろうか?
その震えは、どうしようもない理由で僕らを手にかけなくてはならなくなったが故の感情の表れなのかもしれな・・・
「黙れ淫獣ども」
「・・・え?」
「・・・は?」
メアさんの内心を考えた僕の耳に届いたのは、罵声だった。
その唐突に発せられた冷え切った声音に、僕と雫は固まった。
「『どういうつもりか?』だと?よくもまあ、このワタシの前でそんな口がきけるなクソガキども。覚悟しろよ?ナニとアワビ切り取ってバーナーで溶接してやるよ!!」
「「ヒっ!?」」
思わず、僕らは二人とも情けない声を上げた。
あげられたその顔に浮かんでいたのは、笑顔だった。
だがその額には人形だというのに青筋が走り、唇はヒクヒクと痙攣している。
メアさんが震えていたのは、悲しみでも迷いでもなく、物理的に僕らを殺せそうなほど濃密な怒りだったということに、今更僕たちは気が付いた。
「ワタシと京が必死こいて働いている時に呑気に盛りやがって・・・京の建てたこの月宮家への蛮行をそっくりそのまま返して・・・」
全身からいくつもの少女の顔が浮かんだ赤黒い不気味なオーラを出しながら、メアさんが再びナイフを構えた。
そのまま体勢を低くし、今にも飛び掛かろうとする獣のように力を溜めてその刃を振るおうと・・・
「その辺にしとけ」
「・・・京」
突然響いた声に、メアさんの殺気が萎むように消えた。
赤黒い影のようなモノも、それと同時に空気に溶けるように見えなくなる。
いつの間にか、すぐ傍に見知った顔が、現在絶賛お怒り中のメアさんの夫であり、僕の養父であるおじさんが現れていた。
「お、おじさん、助かっ・・・」
「セックス禁止」
「え?」
なんだかよくわからなかったが、窮地を救ってくれたおじさんに礼を言いつつ駆け寄ると、帰ってきたのは要領を得ない言葉だった。
その意図を聞こうとしておじさんの顔を見てみれば、そこに浮かんでいたのはこれまで見たこともないくらい冷たい視線と無表情で・・・
「久路人と雫、セックス禁止な」
「「は?」」
先ほどから起きている展開に着いていけなくなった僕らは、揃って呆けた声を上げたのだった。
-----
「端的に言うと、だ・・・」
月宮家母屋の居間にて、僕と雫は正座をしながらおじさんの話を聞いていた。
あの後、本気で怒ったおじさんの気迫に呑まれて二人とも大人しく付いてきたのである。
あんなに怒ったおじさんを見たのは、中学の頃に雫にそそのかされて二人で訓練をサボった時以来だった。
そして・・・
「お前らのセックスで現世がヤバい」
「え?」
「気でも狂ったか?」
おじさんの唐突な一言を、僕と雫は理解できなかった。
「・・・貴方様がたは、今の屋敷に何も感じないのですか?」
「何もって・・・何を?」
そんな僕らにいくらか冷静になったメアさんも加わるが、やはり意味が分からなかった。
「・・・お前たち、最近ご無沙汰なのかもしれんが、だからといって妾たちに当たるのは止めろ。そりゃあまあ、すぐ近くでイチャつかれたらイラッとするのは分らんでもないが?お前たちと違って妾達は付き合いたてでホヤホヤのホットな関係で、盛り合うのはもう自然の摂理なのだ。いや、お前たちが羨み、嫉妬するほどラブラブなのは申し訳なく思わなくもないがな?昨日あんだけ愛されるとは思ってもいなかったし、妾も正直愛されすぎて困っちゃってるところだがな?それは久路人が妾のことを好きで好きでたまらないから仕方のないことなのだ。メアも古臭いツンデレなんぞやめてさっさと・・・」
「京。対神兵装使用の許可を。全身ミンチにしてホルマリン漬けにしてやるよクソ蛇」
その意図はないのだろうが、艶やかな顔で穏やかな笑みを浮かべつつ、完全に挑発としか思えない口調の雫に、メアさんはすぐさま殺気を出して応える。
「気持ちはわかるが抑えろメア。いや、マジでぶっ殺してやりたいのは分かるけどやめろ。ここで俺たちと久路人たちがやりあったら今どころの騒ぎじゃ済まねーぞ」
「くっ!!」
「今どころの騒ぎって、一体何が起こってるのさ・・・」
おじさんにせよメアさんにせよ、こんなに怒ったり焦っているのは初めて見る。
あの台詞の意味はわからないが、これは本当にとんでもないことが起きているんじゃないかと覆い始めてきた。
「おい久路人に雫。メアも言っていたが、よ~くこの屋敷の様子を探ってみろ」
「?はい・・・」
「まったく何だと言うのだ・・・」
そうして、おじさんに言われるままに周囲を探ってみる僕と雫だったが・・・
「あれ?」
「む?」
そこで、違和感に気が付いた。
「結界が、ない?」
「いや、あるにはあるが・・・随分と不安定というか、脆くなっているな?」
今僕たちがいるこの月宮家には、常に強力な結界が張られている。
それは僕という神の血を持つ爆弾を保護するためでもあり、それ以前に霊地たる白流を管理する拠点を守るためでもあった。
その動力源は、この現世でも珍しい霊脈が開いた土地であるからこそ利用できる豊富な自然の霊力であり、そのエネルギーが切れることなどまずありえない。
だが、今はその結界が大きく弱体化しているように感じられるのだ。
「結界でなく、屋敷の設備全体にも大きなダメージが発生しております。トラップの類は全滅。一部の術具も機能停止。挙句、街全体を覆っていた結界も昨晩には崩壊しました・・・今は我々が復旧しましたが、それでも予断を許さない状況です」
「そんな・・・なんでそんなことに」
「お前ら、隣街でのこと忘れたわけじゃないよな?」
「・・・なるほど。そういうことか」
おじさんの言うことに、雫は納得した様子を見せる。
一拍遅れて、僕も気が付いた。
「隣町で忘却界が壊れたのと同じ・・・人間をやめた僕と雫の霊力が大きすぎたのか」
「そういうこった」
僕が一時的に人間を止めた時。
隣町を覆っていた現世を覆う大結界である忘却界が壊れた。
それは、人間でも妖怪でも神でもないナニカになった僕と雫の力が、結界で抑えきれないほどに強かったからだ。
あの時と同じ現象が、昨日の夜に起きたのだろう。
「今はお前ら二人とも人化の術を使ってるからいいが・・・ヤる時ってのはどうしても昂るもんだからな。ましてや、その相手が強いパスで繋がった相手なら猶更だ。ヤるたびに直した結界を壊されたらたまったもんじゃねぇし、なによりだ」
おじさんは、そこで窓の外を見た。
今は北川の窓が開いており、ここからは裏庭がよく見える。
「危うく『白竜門』が開きかけたからな。昨日は操間のヤツにも連絡して、常世側からも調整しなきゃならなかったんだぜ」
「白竜門・・・」
「この街に封じられている大穴だったか」
「もしも大穴が開いたらどうなるかなんて、考えなくても分かるだろ?」
この白流市は僕が生まれる前から常世と現世を繋ぐ穴が空きやすい霊地だ。
なぜそんなに穴が空きやすいかと言えば、霊脈の入口があるということもあるが、その昔、ある存在が常世から現れた際にできた大穴があるかららしい。
大穴とは常世に繋がる穴の巨大版で、格の高い妖怪でも通れるようなモノを指すが、大穴の付近は常世との距離が近く、中小の穴も空きやすいのだという。
大穴がもしも開くことがあれば、七賢並みの力を持った化物が常世の奥深くからやって来る可能性もあり、白竜門も厳重な封印がされているという。
『お前が近づくと万が一があるかも』ということで、僕はその封印の場所まで行ったことはないが。
そしてその封印が、昨日の僕らの行為で開きかけたというわけだ。
「そういうわけで、お前らしばらくセックス禁止な」
なるほど、おじさんの言うことが理解できた。
そりゃ、僕らの行為を止めようとするわけである。
そうなれば、常識やルールの順守、世界の安寧をモットーとする僕としては頷くしかないのだが・・・
「ごめん、無理そう」
「お前たち、妾と久路人に発狂して欲しいのか?」
それはできそうにもない相談である。
「さっきまで雫と風呂場にいたんだけど、その時からもうなんか身体がおかしいというか・・・」
「今は妾の身体の調子が少し悪いから無理だが、そうでなければ朝から2ラウンドに突入していただろうな。正直、妾も結構キツイ」
「久路人、お前さっきからなんか座ってる時に姿勢がおかしいと思ったら・・・」
「どこの同人誌の設定ですか?」
「面目次第もございません・・・」
こうして正座をしている僕だが、実はさっきから小刻みに体勢を変えていたりする。
すべては己の戦闘態勢に入ったままの愚息のせいである。
どうやら雫も同じようで、先ほどからモゾモゾと内股を擦り合わせていた。
「多分、これでしばらく雫とできなかったら、本当に頭がおかしくなると思う」
「・・・パスを完全に繋いだばっかだからか。お互いがお互いを求めてどうしようもなくなってるって訳かね・・・俺も覚えがないわけじゃないが」
「それでも、我々の時はこれほど周りに被害を及ぼすようなことはありませんでしたけどね」
「しょうがねぇ・・・こうなりゃ専門家を呼ぶしかねぇか。アイツなら、この家の周りだけならにこいつらの力に耐えられる結界も張れるだろうしな。よし、お前ら」
僕らの様子を見て呆れたようにため息を吐いたおじさんは何事かをボソボソと早口で呟くと、やおらに立ち上がった。
「今からお前ら、街のパトロールに行ってこい。帰ってくるまでには結界の手配をしとく」
「え?パトロール?」
「今からか?街を覆う結界そのものは復旧しているのだろう?」
「復旧はしていますが、それまでに時間をかけすぎました。労力を白竜門に割いた影響で、結界構築までに小規模から中規模の穴が多数開いています。というか、この辺りの霊脈までイかれた影響で、結界そのものが不安定なのです。今この瞬間も穴が空いていてもおかしくありません」
「今は昼だからそこまで妖怪も殺気だってないが、それでもいつ人間を襲うかわかんねーからな。これまでは現れたのは大体久路人のところに来たが、今のお前は身体に霊力押し込めるようになったし、気付いていないヤツもいるだろ。そういうのを何とかしてこい。俺たちはその間、霊脈とか結界の調整やっとく」
「わかった。そういうことなら責任とんないとね・・・」
「まあ、妾達のせいで人死にが出たら久路人の精神衛生上よくはないしな。よかろう」
こうして、僕と雫の二人は多発する穴からあふれ出る妖怪をなんとかするために町中を駆けずり回ることになるのだった。
-----
「まさか、霊脈の異常で雫の姿が他の人に見えるようになってるとは思わなかったけどね」
「まあ、夜だけみたいだけどね」
「本当に良かったよ。昼まで見えてたら、僕の心がまともでいれたかどうか・・・」
「なんというか、久路人ってめっちゃ束縛強いよね。私には丁度いいくらいだけど」
そんなこんなで今晩もパトロールの最中である。
道路を雫と二人で並んで歩いているが、今の雫の恰好はシンプルな白のワンピースに、青いカーディガンを身に着けている。
忘却界のように白流の結界にも妖怪などを隠ぺいする効果があるが、その効果は今不安定になっている。それに加えて霊脈の異常による土地の霊力増加によって、そこに住む人間の霊力も一時的に上昇しているらしい。それによって、今の雫は妖怪の力が強まる夜限定とはいえ普通の人間にも見えるようになってしまっている。普段の白い着物姿ではあまりに目立ちすぎるのだ。
一応、雫の行動を気にされなくなるような術具はあるのだが、まだ変化して間もない僕らは霊力のコントロールに若干の違和感があり、ふとした拍子に壊れてしまうので装着はしていない。
「ところで雫。一応パトロールなんだから、腕を組むのはちょっとアレじゃない?僕は嬉しいけどさ」
「それなら別にいいじゃん?中規模の穴から出てくるようなのなんて、片腕どころか両手両足使えなくても倒せるんだし」
そうして道を歩く僕らだが、実はさっきから雫が僕と腕を絡めてきているのだ。
時間的に人通りはほとんどないが、ちょっと恥ずかしい。
それに・・・
「いや、戦闘のこともそうだけど、その、理性的に。さっきから色々当たってる・・・」
雫の大きくはないが形の良い柔らかな果実が、腕に当たっている。
服越しだから感触はそこまででもないが、色々刺激が強い。
「当ててるんだよっ♪えいっ!」
「っ!!」
そこを指摘すると、雫はさらに体を密着させてきた。
温かな感触と、薄い花のような香りが強まって、自分の体温が上がっていくのを感じる。
「ふふんっ!!久路人、今すっごいドキドキしてるでしょ?わかるよ。心臓の音が聞こえるもん・・・寄り道してご休憩しちゃう?」
「それは流石にダメだよ。っていうか、この辺にそんな建物ないし。というか、ほら、着いたよ」
「あ、本当だ。ちぇ~、いくらなんでもこの中でするのは私も嫌だしな・・・」
「こんな他の人に見られそうな場所でヤるのは絶対なしだから」
そんな風に雫とイチャつきながらも歩みを進める僕らの前に、パトロールポイントのある建物が見えてきた。
「うわ・・・今日も人間が来てるよ。夏だからって暇なヤツ多いな~」
「ここ、結構話題になってる心霊スポットみたいだからね。特に最近は・・・」
そこにあるのは、小さなビルだった。
ビルとはいっても、ところどころ崩れかけた立派な廃墟というヤツだ。
入口の扉は封鎖されているが、ビルの裏口に回ると、そちらは施錠されていなかった。
少し耳を澄ませてみると、中から複数の足音が聞こえ、時折懐中電灯の灯りが反射するのも見える。
季節柄、こういう心霊スポットに人が来やすいのだろう。
本来こういう廃墟に入るのは幽霊に関係なく崩落や不審者が根城にしている可能性もあるのでよくないことだが、中にいる面々はその辺を無視しているらしい。
だが、彼らはその代償を払うことになる。
なにせ・・・
「本物も出ることだし」
--ぎゃぁぁぁあああああああああああっ!!!!?
僕が呟いた直後、ビルの中から野太い悲鳴が聞こえた。
ここは郊外にポツンと建っている建物のため、近所迷惑にはならないだろうがやかましいことだ。
僕はため息を吐きながら裏口のドアに手をかける。
「行こっか、雫」
「はーい」
雫の元気のいい返事を聞きながら、僕らはビルの中に入った。
-----
「うわっ・・・埃っぽいなぁ」
「人がいるからだろうね。いつもより舞ってるみたいだ・・・っと」
先に入った連中が歩き回ったからだろう。
建物の中は埃が舞っていた。
鬱陶しかったので風を軽く起こして開いた窓や壁の隙間から外に放り出す。
その直後、黒い小さな影が物陰から飛び掛かってきた。
「蛇炎」
「グギャッ!?」
頭から小さな角を生やした、細い手足に異常に膨れ上がった腹を持つ妖怪は、雫の手から生み出された炎によって瞬時に灰になる。
小学生低学年くらいの大きさの生き物をあっという間に焼き殺せるほどの炎だというのに、周りに燃え広がる様子は全くない。
「う~ん・・・やっぱり炎はまだ違和感あるな」
「でも、もう大分慣れたんじゃない?最初は威力の調整ミスして裏庭が火の海になってたし」
「あの時もメアには怒られたなぁ・・・久路人も一緒に怒られてたよね」
「ああ・・・僕もあの時は裏庭の土を全部吹っ飛ばしちゃったからね・・・」
雫と雑談をしながら先に進む。
ここにはもう何度も足を運んでおり、中の構造はほとんど把握している。
加えて、出てくる妖怪も小規模の穴から出てくるような知性の欠片もない雑魚ばかりだ。
警戒は絶やしてはいないモノの、過剰に構えるのはむしろ効率が悪い。
そして、そうこうしている内にさっきから聞こえていた足音が近づいてきた。
「はぁっ、はぁっはぁっ!!」
「なんだよ!?なんだよアレぇ!?」
「オレが知るかよ!!いいから早く逃げんぞ!!追いつかれた何されるか・・・ヒィイイイッ!?」
「あ、こんばんは」
ちょうど階段の踊り場に差し掛かったところで、若い男3人が降りてくるところに出くわした。
聞こえていた足音の数と一致する。
他に入り込んでいる人はいないようだ。
「おい!!何いきなり止まってんだよ!!」
「早く進め・・・って、誰だお前!?」
「あなたたちと同じで、廃墟探索に来たんです。そんなに驚いてどうしたんですか?」
いきなり闇の中から現れた僕に驚いたのか、走ってきた面々がぎょっとした顔で動きを止める。
落ち着かせようと思って挨拶をしたのだが、あまり効果はないようだ。
「・・・・・」
雫は目の前の連中と会話をする気がないのか、僕の背後に隠れていた。
僕の服の裾をニギニギと握ったり離したりしているが、どことなく苛立っているように思える。
『せっかく久路人と二人きりで夜の街をデートしてたのに・・・コイツら邪魔』というような感じのことを考えているのだろうと、なんとなくわかったが。
「そこどけよ!!後ろからヤバいのが来てんだよ!!」
「おい待て!!こいつ、使えんじゃね?」
「そうか!!こいつに押し付ければ・・・」
僕が雫の様子を気にしていると、男たちは顔を見合わせて素早くやり取りをしていた。
断片的に聞こえる内容からすると、僕を囮にするつもりらしい。
僕としてはむしろそっちの方がやりやすくて助かるのだが・・・
僕の彼女にとってはそうではなかったようだ。
「・・・・・」
シンと空気が冷え込んだ。
男たちの顔が、目に見えてさっきよりも濃い恐怖の色に染まる。
いつの間にか、雫が僕の背後から、僕の隣に立っていた。
その身体からは深紅の霊力が立ち上っており、影からこちらを伺っていた小物の妖怪が、それに触れただけで消滅した。
「久路人、こんなゴミども助ける価値あるの?」
「価値があるのかどうか決めるのは僕じゃないよ。学会の決めたルールだ。それによると、異能を知らない人間を、僕たちは人外から守らないといけない」
雫の言うことは僕も分からないでもないが、彼らは一般人だ。
ならば、人類と人外の融和を目指す学会のルールにのっとって、力を持つモノには守る義務がある。
そして、今の白流に妖怪が多発しているのは僕らのせいであり、僕らにはそれによって発生する被害から人々を守る責任を果たさねばならない。
「・・・はぁ。わかったよ。おい、そこの有象無象ども」
雫も頭では分かっていたのだろうが、感情的に気が進まなかったのだろう。
けれども納得はしたようで、雫は一歩前に進む。
その身を包むオーラが、少し遅れて追従した。
「久路人に厄介ごとを押し付け、己だけ助かろうとするなど、普段ならば妾から手を下してやるところだが、此度は妾にも一因がある。その幸運に感謝するがいい」
「「「ガッ!?」」」
雫の姿を目にした瞬間、男たちは動くことができなくなっていた。
生き物の本能として、逃げたい、背を向けたい、目を離したいと思ったことだろう。
しかし、それすら叶わない。
雫という猛毒の発生源を視界に入れてしまった彼らに、行動の自由は許されていないのだ。
「寝てろ」
「「「・・・・・」」」
雫が語気を強めて言葉を発した瞬間、鼓膜を介して毒気を流し込まれた彼らはあっという間に意識を失った。
そして・・・
「貴様もだ・・・」
『ア、アア・・・』
僕らがそこで立ち往生をしている内に、男たちを追いかけてきたナニカも到着していたらしい。
階段の上から、長い髪の毛でモップのようになった毛だらけの女のようなモノが、雫を見て固まっていた。
恐らく、ソレは中規模の穴から出てきたそこそこの妖怪なのだろうが・・・
「不愉快だ。仮にも雌に属するモノが、妾の久路人を視界に入れるなぁっ!!」
『ギアアァァァアッ!?』
雫の眼が紅く輝いた瞬間、ナニカの身体が燃え上がった。
悲鳴を上げられたのはわずかな間で、やはりさきほどの小者のように、すぐさま灰になったが。
「フン・・・行こっ、久路人。こんな埃っぽいところ、さっさと見回って出たいし」
「うん、そうだね」
そうして、僕らは寝転がっている男たちに術具を使い、周りを氷と砂鉄の壁で囲った後、建物を一巡してそこを後にしたのだった。
-----
「しかしまあ・・・」
「?どうしたの?」
あのビルを出て、それからさらにいくつかのポイントを回った後。
自然に腕を絡めながら、僕らは家路についていた。
時間的にもうすぐ朝で、ほとんど徹夜だが、人間を止めたこの身体には大して影響はない。
そんな中、僕はポツリと呟いた。
「いや、今日も人が結構いたよなって」
「本当だよね。なんでこんな夜遅くにああいう場所に行くかな、もう!!」
ここ最近は夏ということもあり、肝試しに行く人が結構いるのだ。
あのビル以外にも、他のスポットでも同じような連中を見かけた。
対処法もやはり同じようなモノだったが。
「久路人的にはどうなの?ああいうヤツら。廃墟とかそういう場所に許可なく入るような連中だし、あんまり好きじゃないでしょ?」
「そりゃあね。思いっきり私有地に勝手に入ってるようなのはよくないことだし。妖怪に襲われように行ってるようなものだから控えて欲しいとは思うよ。でもね・・・」
そこで、僕はここ最近胸に湧き上がる不思議な感情を口に出す。
「普通の人を助けるなんて、あんまりやってこなかったんだなって。今回のことは僕のマッチポンプだけど、これまでここに現れたのは全部僕の方に集中してたからさ」
「・・・人助けできて嬉しいってこと?」
「ありていに言うとそうなのかな?いや、本当にどの口が言ってるんだって話だけどさ」
「ふーん・・・」
雫の言うように、最近の僕は不思議な充足感を得ていた。
その原因を作った僕にそれを言う資格はないだろうが、人外に襲われる人間を助けることは、嫌いじゃない。
どの人も記憶をいじくって僕らのことは忘れてもらうし、助けた直後に不審な眼で見られたり怯えられることがほとんどだが。
「む~・・・」
「雫?」
考え事を終え、ふと横を見ると、雫が不機嫌そうな顔をしていた。
僕が疑問に思っていると、眉をひそめたまま、雫は口を開く。
「じゃあさ、久路人は私がピンチな時にそこらの人間が襲われてたらどうするの?言っておくけど、両方助けるってのはナシで」
「それなら雫一択だけど?」
「それって、後で後悔しない?」
「しないよ。僕の中の一番は雫だから。現世の人間全部集めても、比べる意味もないくらい」
「・・・ふん。ならよし」
僕がほとんど反射で質問に答えると、雫は喜んでいるような、けれども素直に喜んでいるのを顔に出すのは癪だというような複雑な顔をしてから、フイッとそっぽを向いた。
「もしかして、嫉妬してくれたの?」
「・・・久路人が私以外の有象無象を気にかけて、私に意識を割く時間が減るのが嫌なだけだよ。でも、私が一番だって言うなら許してあげる・・・ちゃんといつでも私の傍にいてくれるの前提でね」
「だったら大丈夫だよ。僕は雫の傍から離れないし、他の人を助ける時でも雫に意識は向けてるから」
「・・・・///」
返事はなかったが、暗闇の中でも雫の耳が紅くなっているのは分かった。
僕の腕をかき抱く力が強くなる。
今の僕らに、言葉は不要だった。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言のまま。けれども、なぜか心地よい沈黙を味わいながら。
夏特有の湿気の多い夜の中を、僕と雫は並んで歩くのだった。
なろうでもランキング入ってみたいし、評価お願いします!!




