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白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話  作者: 二本角
第三章 永久の路を往く者
38/74

お見合い2

土曜日仕事、日曜ゴルフからの本日投稿(実質月曜日!!)


「月宮、健真?」


 久路人の前に現れた男は、そう名乗った。

 月宮。久路人と同じ苗字を。


「あなたは、月宮一族の・・・?」


 久路人は警戒心を滲ませつつ尋ねた。

 京によく聞かされていたのだ。月宮一族という血族が神の力にかけてきたおぞましいほどの執念を。

 他の霊能者の一族と関わることがあったとしても、月宮にだけは近づくなとも。

 

「はい。私は月宮本家の出です」


 しかし、警戒する久路人に対して、健真の様子は平坦そのものであった。

 目の前に一族の悲願である力を宿す者がいるにもかかわらず、まったくそれを意識したように見えない。

 久路人としては、いささか拍子抜けだ。


「本日は故あって霧間との付き合いが深い我々の一族がこの屋敷を訪れる用がありまして。ですが我々の要件はそう急ぎではなかったので、先に久路人さんの用事を優先した形になります」

「そ、それは・・・も、申し訳ありませんでした」

「いえ・・・本当に、我々の件は大したものではないので。むしろ、こうして貴方と会える機会に恵まれた分幸運だとすら思っています」


 そんな久路人を尻目に、やはり何の感慨を見せることなく健真は己がここにいた理由を語る。

 「そういえば、さっきも八雲さんが元々来る用事があったと言ってたな」と思い出しながら、久路人は先客の予定を潰してしまったことを謝るが、やはり健真がそれを気にした様子は全くない。というよりも・・・・


(この人・・・表情がすごい分かりにくい)


 久路人は目の前の相手が人形だと錯覚しかけた。

 いや、月宮家使用人のメアは人形だが結構感情が分かりやすいのを考えると、違う表現をすべきだろう。


(人形っていうか、抜け殻?・・・・なんか、最近似たような感じの何かに会った気がするんだけど・・)

「時に、久路人さん。少々お話をお伺いしても?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そうですか。ではまず・・・・」


 久路人の中で何かが引っかかったが、それを思い出す前に健真が口を開いたので、意識をそちらに向ける。


「失礼ながら、我々は独自の伝手で白流市の内部を調査しておりました。そして、貴方についても、調べられる限りを調べさせてもらいました」

「それは・・・」


 いきなり何を言うのだろうという疑問が久路人の頭の中に浮かぶが、それに気付いた様子もなく、あるいは気付いていてわざと無視しているのか、健真は続ける。


「その上で、問いたいのです。あの街での貴方の暮らしぶりに、不満はなさそうでした。それが何故、こんなにも急に、護衛の一人も連れずに家出をしたのですか?」

「・・・・・」


それは、八雲も疑問に思っていたことだ。

彼女の場合は率直に聞かず、カマをかけようとしているうちに久路人の言葉と境遇から勘違いして自己解決していたが。


「端的に申し上げますと、私は貴方を疑っています。それくらい、貴方の行動は不可解だ。今の月宮にとって、霧間に何かあっては困るのですよ」

「・・・・なるほど、わかりました」


 困ると言いつつも、表情にも声音にもなんら変化のない健真はストレートにそう聞くが、彼のいうことは至ってまともである。勘違いで納得した八雲がおかしいのだ。それがわかっているために、久路人も正直に答える。


「僕が家を出たのは、雫、いえ、護衛を勤めてくれてきた妖怪と距離を取りたかったからです。僕の側に、彼女と別れなければならない事情ができてしまったので」

「・・・なんとも、常識外れな答えですね。要は、喧嘩別れをしたと?妖怪と?」

「喧嘩別れかは分かりませんが、喧嘩はしましたね。それが家出の原因かと言えば違いますけど」


 こともなげに言う久路人だが、彼自身に自分がおかしいという自覚はない。

 霊能者だろうが一般人だろうが、人間は妖怪を恐れるもの。それが霊能者たちにとっての常識だ。それと照らし合わせると、妖怪と殺しあいではなく喧嘩をしただの、自分の方が悪いだのと言うのは異常である。しかし、久路にとっては紛れもない真実だ。


「信じがたい話ですね。人間にとって、妖怪とは恐れ嫌うモノ。喧嘩別れをする前に、喧嘩できる仲にすらなれないのが普通だというのに。前々から護衛のことを嫌っていて、隙を見て逃げてきたという方がまだ理解できる」

「なら、僕たちが普通じゃなかっただけでしょう。少なくとも僕の方から雫を嫌うなんてことはあり得ません。僕に言えるのは、僕のせいで雫から離れなきゃならなくなったってことだけです」


 外面こそ普段通りだが、久路人は内心で苛立ちを感じていた。

 自分から家出をしたとはいえ、それでも自分たちのことをどこまで知っているかも分からない者に雫を嫌っていたなどと思われていい気分になるはずもない。


「ふむ・・・嘘をつくならもう少しマシな嘘をつきますか。貴方の暮らしぶりを見るに、日々の待遇に不満があったとも思えない。人間関係の悪化は、突発的な家出の理由としてありふれている。人間が妖怪と心を通じ合わせていたことに目をつぶれば、筋は通っています。色々と貴方は規格外のようですし」

「なんと言われようとも、さっき言ったことが真実です」

「なるほど・・・・まあ、家出をした理由はわかりました」


 相変わらず人形じみた表情のままだが、建真は一応久路人の言い分に納得したらしい。しかし、それで満足したという訳ではないようだ。


「しかし、それでは根本的なことがわかりません。どうして今になって、それまで上手く付き合っていた妖怪と喧嘩などしたのですか?貴方の方から離れなければならない理由とは何なのです?」

「っ!!」


 健真の口から放たれたのは、今のささくれだった久路人の心を逆なでする言葉だった。

 そのストレートな物言いに、今度は目に見えて久路人の表情が歪む。


「・・・それを、あなたに言う必要はありますか?霧間じゃなく、月宮のあなたに」

「先ほど申し上げたように、今の月宮と霧間は非常に縁が深い関係ですので。そして、霧間の息女はともかく、霧間家も知りたがることでしょう。私も彼らも、安心が欲しいのですよ。『ああ、なるほど。こんな理由でこちらに来たのならば理解できる』という、納得できる保証がね。そして、霧間に伝わるのならば月宮にも伝わるでしょう」

「・・・・・」


 先ほどと同じように、健真の言うことには筋が通っている。 

 この場で最も異常な行動を起こしたのは久路人であり、そんな彼の望みを叶えて匿う用意のある霧間がその真意を知りたがるのは当然のことだ。獅子身中の虫を自ら迎え入れることなど、誰だって避けたい。

 そんな正しい理屈と、久路人の中にある感情がせめぎ合い、久路人はしばし黙りこくるも・・・


「遅かれ早かれ、私が貴方の事情を知るのは確定事項です・・・・貴方が霧間に事情を話せばね。まさか、庇護を望んでおいて、そこに至る理由は腹に隠し持ったままでいる、なんて恥知らずな真似はしませんよね?貴方は、とても真面目で規範を尊ぶ性格と聞いていますが」

「・・・わかりました」


 久路人の性格は健真の言う通り基本的に真面目で、誠実だ。

 健真の言うことは、久路人を煽る上で非常に効果的だった。諦めたように、あるいは腹をくくるように息を吐いて、久路人は健真に向き直る。


「僕と雫は、契約を結んでいました。『僕の血を与える代わりに、雫が僕を護衛する』っていう契約です。それが嫌だったんです」

「・・・それは、護衛の妖怪がすぐそばに居続けるのが嫌だったという意味ではないのですよね?」

「はい。僕は、その契約で雫が戦って、傷つくことが嫌だった」


 久路人はその内心を語る。雫はもちろん、京にもメアにも話したことがない心の内。


「理解できませんね。貴方は、そういう契約を結び、妖怪もそれに同意したのでしょう?ならば、それを気にするのは傲慢な話です。貴方の霊力に溢れた血という対価を得る代わりに貴方を守る戦いに身を投じることを決めたのは、その妖怪の意思だ。貴方が口出しすることではないでしょう?」

「・・・それは、そうかもしれません。でも、僕は雫に傷ついてほしくない。僕のせいで傷ついてほしくないんです」

「それならば、あの白流にある屋敷に引きこもっていればいいでしょう。わざわざあの要塞のような場所を出て、腹に一物抱えた他所の霊能者の家を頼る必要などないでしょうに。貴方の方から離れなければならない理由としては、弱いですね」


 取調室で容疑者を詰問する警官のように、健真は表情を変えないままに久路人の事情を分析し、その矛盾点を指摘する。


「・・・それは」


 話していて、自分でも説得力が足りないという自覚があったのだろう。

 そのまま、久路人は下を向いていたが、やがて何かを決心したかのように顔を上げた。


「・・・健真さん、今から言うことを霧間の偉い人たち以外に言わないって約束。いえ、契約はできますか?」

「・・・・構いませんよ。これでも、私は月宮家では立場がある方なので、私さえ事情を知っていればそれで充分です」


 健真はそう言うと、着ていたスーツの裏地に手を入れ、折りたたまれた紙を取り出した。


「契約書ですか?用意がいいんですね・・・」

「立場上、霊能者と契約を結ぶことはよくあるので」


 感心したかのように驚く久路人に、健真はなんてこともないというように答え、白紙にボールペンで何事かを書いていく。久路人が目で追うと、それは先ほどの久路人が言った条件そのままが書き込まれていた。その条件を設定する代わりに、久路人は理由を話さねばならないとも。


「これで、私への縛りは設定しました。今から貴方の語る喧嘩の理由について、私は一切口外しません。霧間については、貴方からじかに伝えてください。こういったことのメッセンジャーになるのは好きではないので」

「わかりました」


 健真が差し出した霊力の滲んだ朱肉で捺印をすると同時に、契約が完了し、その強制力が働く。しかし、そんなものがなくとも、久路人は喋っていたかもしれない。王様の耳がロバに変わった童話のように、久路人も無意識に己の気持ちのはけ口を望んでいたから。そうでなければ、月宮本家の人間と会話を続けようとは思わなかっただろう。


「僕の血には、妖怪を狂わせる力が、妖怪を洗脳する力があるかもしれないんです」

「ふむ?」

「血を得やすくなるように、血を持つ僕に媚を売るようにさせる、僕を好きにさせるような力が」

「・・・・・」


 久路人の説明に、健真は初めて興味深そうな視線を向けた。

 その眼に宿った、どこか怪しげな光に気付かないまま、久路人は続ける。


「昔、ある妖怪に襲われたときに言われたんです。僕の血は、妖怪にとっては極上の酒のようなものだと。雫は、その酒に酔っているだけなのではないかと」


 久路人の脳裏によみがえるのは、ススキ原で対峙した狐の怪物。



---汝の血がな?あの蛇を狂わせておるのではないか?と言う話だ



 あの言葉は、あれからずっと久路人の中に残り続けている。


「健真さんがさっき言ったように、契約で決めた通りに雫が戦って、その結果で雫が傷つくっていうのなら・・・すごく嫌ですけど、まだ納得はできたかもしれません。あなたの言う通り、家に籠ることを選んだでしょう。でも、雫が僕を守りたがる理由に、僕の血で狂ったからっていう理由があるのなら」


 そこで、久路人の瞳に火が点いたかのような輝きが宿る。


「僕は、僕を許せない。好きな女の子の心を弄んだうえに、僕のために戦いたがるように仕向けるなんて、絶対に嫌だ!!」

 

 それは、不退転の決意の証。

 しかし、その光はすぐに萎むように消えていった。久路人にとって、己の最悪の予想が、すでに現実のものとなっていたからだ。久路人は俯きながら話す。


「そして、もう雫は取り返しのつかないところまで来てしまっている。今の雫は、僕が死んだら自分も死ぬと本気で考えているみたいなんです。どう考えてもまともじゃない。これ以上、血をあげちゃいけないんですよ。だから、僕は契約を守る必要がなくなるように、僕の血を遠ざけるために、ここまで来たんです」


 「これが、僕が家出した本当の理由です」と久路人はしめくくり、顔を上げて健真を見て・・・


「素晴らしい!!」

「え?」


 ガシッ!!


 そんな擬音が聞こえるかのように、健真は久路人の手を握っていた。


「素晴らしい!!ああ!!なんて素晴らしい愛だ!!!惜しむらくはお互いの気持ちがすれ違っていることだが、それでも尊いものだ!!!大切な想い人のために、苦汁を飲んで離れる!!!ああ、とてもでないが真似できない!!!なんて辛い決断だろう!!!それを選択し、ここまで来た君に、ボクは心から敬意を捧げよう!!」

「え?え?あの、ちょっと?」


 健真の瞳には、ドス黒く禍々しい輝きが宿っているように見えた。

 それまでの能面のような表情や態度からの豹変に、久路人は恐怖を覚えて身を引こうとするも、骨が軋むほどの力で久路人の手を握る健真を振りほどけなかった。


「いやぁ!!納得がいった!!!納得したよ!!!最初に使い魔から連絡を受けた時は本当に驚いた!!なんで白流市から君が出てくるんだっ!?ってね!!本当に肝が冷えたよ!!!ここで君に何かあったら本当に大変だからね!!!一体全体どんな理由でそんな危険を冒して他の家の人間と会いに行くんだっ!?彼女とは一体何があったんだ!?なんて疑問で脳みそが吹き飛びそうだったけど、そういう理由なら納得・・・・」

「・・・雷起!!!」


 健真は先ほどから何やらまくし立てているが、早口すぎて聞き取れない。

 そのあまりにも異様な言動をする健真から距離を取るために、久路人は身体強化を自身に施してやっとその手を振りほどく。


「なんなんですかあなたは!?さっきから何を言ってるんです!?」

「何を言ってるかだって!?それはもちろん・・・・ああ」


 そこで、ようやく自分のやっていたことに気付いたのか、健真は己の手を見下ろした。それと同時に、狂気を感じさせる表情も元に戻る。


「・・・大変失礼しました。何を隠そう、私は恋バナに興味がありまして。貴方の語る理由が琴線に触れたので、つい」

「・・・・・・」


 仮面のような表情でも、狂気の滲んだ表情でも似つかわしくない「恋バナ」という単語が飛び出して来るも、久路人は警戒を止めない。久路人の中で、月宮健真という男が要警戒対象となっているらしい。


「どうやら、警戒させてしまったようですね」

「・・・当たり前でしょう。さっきの様子を見てなんとも思わない人なんて早々いないと思います」

「そうですか・・・では、私はこれでお暇しましょう。さきほどの理由は、大いに納得のいくものでしたから」


 そして、健真は久路人に背を向けて部屋の出口に向かって歩き出し・・・・


「ですが、最後に一つよろしいでしょうか?」

「・・・何です?」


 建真は、部屋を出る直前で足を止める。

 健真の一挙一動を見逃さぬように注視していた久路人は、わずかに間を空けて質問を促した。

 ここで「嫌です」と言ったら、もっと面倒なことになりそうだったから。


「先ほど、護衛の妖怪が、「貴方が亡くなったら自殺する」というようなことを言ってたと仰っていましたが、それはどのような経緯で気付かれたのですか?昨日白流市で異変があったと聞きましたが、そこで?」

「いえ、気付いたのは、今日の午前中です。雫が電話でそのようなことを言っているのを聞いたんです」

「それはなんとも物騒な話ですね・・・一体何の話をしていればそのような流れになるのですか?」

「え?確か・・・」


 久路人は少しの間記憶を振り返るために集中した。

 久路人はあの時、雫が自分に黙ってどこかに電話しているのを初めて聞き、思わす盗み聞きしてしまったのだ。今の雫は久路人の血のせいで狂っているためにあり得ない可能性であるが、もしも久路人以外の男とこっそり会話していたら、彼は家出を止めて一生引きこもっていたに違いない。幸いというか、案の定というか、話の相手は女性だったが、久路人の聞いた限りでは・・・



ーーアンタたちの経緯は分かったわ。けど血の盟約をもしやるんなら、覚悟はできてるんでしょうね?あの久路人って子が死んだら、アンタも死ぬことになるのよ



「確か、血の盟約を結ぶと言っていました。その契約を結ぶなら、僕が死んだときには雫も死ぬ。だけど、雫はそれをなんとも思ってなくて・・・」

「それはおかしいですね」

「え?」


 話しているうちにその時のことが鮮明に蘇り、久路人の表情が再び罪悪感で歪む。しかし、それを妨げるように、建真はこれまでのように矛盾を指摘した。


「貴方は、血の盟約についてどれ程のことをご存じですか?」

「えっと、あまり詳しくは知らないです。吸血鬼が使う高等な眷属を作る術ってくらいのことしか」

「・・・その情報だけでも、おかしいとは思わないのですか?」


 出ていきかけた足を回し、建真は改めて久路人に向き直った。その顔はやはり仮面のようだったが、今はどことなく呆れているようにも見える。


「おかしいって、何がですか?」

「貴方は言ったはずだ。貴方の血が、その護衛を狂わせていると。血を得るために、貴方に対して強制的に好意を持たせるようにしていると。それならばおかしい。よく考えてみてください。今の貴方は冷静さを欠いている」

「考えてって、事実として雫は僕のために死んでもいいって言ったんですよ!?そんなのまともじゃ・・・」

「汚水が一滴でも混じったワインは、もはやワインではない」


 自分がまともな思考をしていないと暗に言われ、久路人は気色ばんだ。

 雫が久路人のためなら命など惜しくないと言ったのは紛れもない事実であり、久路人にとって、それはまともな思考で導かれる答えではない。ならば、狂っているのは雫であり、自分ではない。そんな考えのもとに反論するも、建真は唐突に例え話を始めた。


「何を言って・・・」

「月宮久路人。貴方は己が人の身から外れても、人外の血が混ざり込んでも、その血がそれまで通りであると思いますか?」

「あ・・」


 久路人は、スッと、冷水を頭に浴びせられたような感覚がした。

神 の力は妖怪にとって極上の味を持ち、霊力を増強する効果がある。だがそこに人外の血が混じったらどうか?少なくとも、純度が下がるのは間違いない。

 建真の言う通り、久路人は昨日の喧嘩や午前の雫の決意を聞いて、持ち前の冷静さを失っていたのだ。それが今、急速に元に戻りつつあった。


「神の力は、極めて清浄な力であり、繊細なバランスを保った上で貴方の中にある。そして血の盟約も含め、人外と化す方法はヒトならざるものを己のなかに取り込むことが必須です。そうして貴方が人外となったとき、元の性質が残っているとは考えにくい」

「それは、確かに・・・でも!それならなんで雫はっ!!」


 今まで正しいと思い込んでいた考えが、突然穴だらけで不確かなモノになったのだ。

 当然、その考えの上に建っていたモノもほころび始める。


「それは分りません。それを知るのは、その妖怪だけでしょう。私から言えるのは、貴方の考えは、血を欲する者が取る行動としては不自然だということだけです」

「・・・・・・」


 久路人は、その言葉に返事をしなかった。否、自分の全てを、頭を回転させることに費やしていた。


「何故だ?なんで、雫は・・・・」

「貴方だけで考えても、答えは出ませんよ。できるのは憶測を並べたてるだけ。答えを知りたければ、直接その妖怪と、すべてを包み隠さず話し合うほかありません。心を読む力でも持っていない限りはね」

「話し合う、か。でも、僕は・・・」


 久路人にとって、話し合うという言葉は遅すぎた。

 久路人はもう、ここまで来てしまったのだから。

 

「遅すぎると言うことはありませんよ」

「え?」


 しかし、そんな久路人を健真は否定する。

 健真は、久路人ではなく、部屋に設けられた窓を見ていた。正確には、窓の外に広がる空を。


「・・・さすがは大妖怪。忘却界の中でも中々の素早さだ。ボクが道案内をしようと思っていたけど、いらなかったみたいだね。ここに気づけたのは、愛の力かな?それとも別の何かか?いずれにせよ、素晴らしい」

「あの、どういうことですか?」


 窓の外を見ながら、それまでとは異なる口調で独り言のように口を開く健真に久路人は問いかけるも、健真は応じることなく踵を返した。


「それでは、今度こそ、私はお暇しますよ。願わくば、貴方がたの誤解が全て溶けますように」

「え?あの?」

「あと、貴方の中にはまだ疑念が残っているようですので、私ももう少しこの地に留まりますよ。少しばかり痛い目にあうかもしれませんが、授業料ということで。本当に危なくなったら助け舟くらいは出しましょう」

「え?ちょっ・・・それってどういう意味・・・」


 久路人の呼びかけにも足を止めず、健真はそのまま部屋を出ていった。

 久路人は慌てて追いかけるも、廊下にはその姿はすでに無かった。


「いない・・・・」


 久路人が健真を視界から外したのは、ほんの数秒だ。

 しかし、その間に健真は煙のように姿を消してしまっていた。

 しばらくそこで廊下を見つめていた久路人だったが、すぐに我に返ったように、誰もいない廊下に向かって頭を下げた。


「何だかわかりませんでしたけど・・・・あなたのおかげで大事なことに気づけたと思います。ありがとうございました、健真さん」


 声が届くはずはないが、不思議とこの台詞が聞かれているような気配が、久路人には感じられた。

 そして、久路人も廊下に背を向けて、部屋の中に戻る。


「さて、と・・・」


 ほんのついさっきまで、激情やら混乱に支配されていた頭は、どういうわけかスッキリとクリアになっていた。答えこそでなかったが、初めて自分の中にあった本当の悩みを吐き出せたことがよかったのかもしれない。いや、それよりも、長らく久路人の中に憑りついていた焦燥感と罪悪感の元を断つきっかけに気づかせてくれたことだろう。自分はこれまで、ずっと勘違いをしていたのではないか?思い込みをしていたのではないか?ということに。


「もしかしたら、雫は・・・・」


 そのまま久路人は、思考の渦に落ちていく。

 どのような意図があったのかは定かでないが、これまでの会話で取り戻した冷静さを以て、今までの自分と大切な少女の間にあったすべてを洗い出す。


「・・・いや、そうだね。やっぱり、話し合って聞くしかない。今の僕じゃあ、推測しかできない。そうだ、『遅すぎるということはない』、か」


 そして、その結論は健真が告げたものと同じだった。

 座り込んでいた座布団から立ち上がり、出口の方を向く。


「八雲さんに、謝らないとな・・・」


 そして、健真のように部屋を出ようとした。

 そのときだった。



--ブチリ



「え?」


 何かが、千切れる音がした。

 それと同時に・・・

 

「今、何が・・・?何だ?何が起きたっ!?」


 何が起きたのか分からない。

 だが、間違いなく良くないことが起きた。

 全身が、心が悲鳴を上げている。


「何だっ!?これ!?もしかして、今のはっ!!」


 何かが千切れた。

 今まで自分に繋がっていた大切な何かが。

 10年以上、自分と、大切な少女を繋いでいた何かが。


「これはっ、雫との契約がっ!?」


 雫と出会った日に、京を介して結んだ契約。

 久路人の血を与える代わりに、雫は久路人を守るという契約。

 久路人と雫を繋いできた、太い鎖の内一つ。それが今、『断たれた』。

 そして、それに気付いた瞬間。



『さあ、お主の身体を渡してもらおうか。その、神の血と力ごとのぉ』



 醜悪な老人の声が、久路人の頭の中にねじ込まれた。

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