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白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話  作者: 二本角
第三章 永久の路を往く者
37/74

お見合い1

明日はゴルフなんで、今日投稿。

最近カクヨムでも連載始めました。

ハーメルンともども評価とかくれれば、この先作者がどれほどゴルフに駆り出されることになろうがエタることだけはしなくなりますよ!!


ハーメルン:https://syosetu.org/novel/229714/

カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/1177354054889407214


 寝耳に水、青天の霹靂とは、まさに今のような状況を言うのだろうと霧間八雲は思った。


「初めまして、月宮久路人と申します。本日は急な申し出を受けていただき、誠に感謝いたします」

「こちらこそ初めまして。霧間八雲と申します。申し出のことは気になさらないで下さい。偶々私もこの屋敷に来る用事があったので」


 目の前で姿勢正しく頭を下げながら非礼を詫びる青年に、柔らかな笑みを浮かべながらそう返す。

その言葉に嘘はない。その日には元々月宮久雷と近々行う計画のために打ち合わせをする予定だったからだ。そのために霧間本家で準備を終えて白流市方面に向かっていたところに、突然久路人から電話がかかってきたのである。契約によって月宮久雷と情報を共有する義務のある八雲が久雷に伝えたところ、大幅な計画変更が行われ、本日にすべてを決行することとなった。久雷によるとあらかじめ準備は整っているとのことだが、彼もまた降ってわいたこの好機にずいぶんと驚いていた。


「ところで、白流市とは別に月宮という一族がいるので、久路人さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。えっと、それじゃあ僕は・・・・」

「私のことも、八雲で構いません。確か、兄とお知り合いなのですよね?」

「はい。とはいっても、声のやり取りしかしたことはないんですけどね」


(こういうことを、運命とよぶのでしょうかね)


 久路人と話しながら、胸中で呟く。

 八雲と久雷にとって、今まさに久路人の力を手に入れよと神にお膳立てされているようだった。


(兄さんは前のように父上と母上が抑えている。月宮京は昨日の騒ぎを治めるためにしばらく手が離せない。月宮メアも久雷翁曰く霊力切れで動けない・・・・後問題なのは久路人さんに憑いているという蛇くらいだけれども・・・)


 八雲の感覚に、強力な妖怪がいる反応はない。

 というよりも、今二人が話している場所に、気付かれずに人外が入って来ることは不可能だ。


「それにしても驚きました。いつの間にか隣街にこんな場所ができていたなんて・・・」

「ここは、元々父の個人的な知り合いが持っていた屋敷なんです。その方は霊能者ではなかったのですが、それを最近譲り受けることになりまして。白流もまた日本有数の霊地ですから、万が一を考えて結界を張ってあるのです。数日前に、久路人さんのお宅にも書状を送ったのですが、まだ届いていなかったようですね」

「え?そうなんですか?・・・・確かに、そんな手紙は見ていないですね」


 八雲が語ったのは、久雷の用意したカバーストーリーである。今二人がいる土地を買ったのは久雷であるし、書状についても本当に数日前に送られ、そして、不幸にも(・・・・)配達ミスで紛失してしまったという記録まで残っているが。

 さらに、久雷はどういった方法なのか不明だが特殊な結界を張っているようで、目の前にいる久路人の力も抑え込んでいる。白流市にある月宮家も久路人の力を抑えつける効果があるが、それと同系統のものなのだろう。


(ともかく、護衛の蛇がいないのは好都合だけど・・・気になりますね)


 元よりこの電撃的な見合い話そのものが怪しい。

 そう思っているのは、久路人だけでなく霧間、そして月宮側も同じである。

 月宮久雷もまた裏の意図があることを勘ぐってはいたが、それでもこの機会を捨てるのはあまりにも惜しい。そこで、虎穴に入らずんば虎子を得ず、の精神で受けたという経緯である。


(護衛も連れずに一人だけで来た・・・自分の価値を分かっていない?いえ、流石にそれはないでしょう。考えられるのは、やはり我々の動きに気付いた月宮京による罠の可能性・・・・鎌をかけてみますか)


「それにしても、久路人さんは御一人で来られたのですか?てっきり月宮京殿が付いておられると思っていたのですが?」

(この質問に特におかしい点はない。元々見合いの話を保留にしていたのは月宮京。霊能者の家どうしの見合いに、一人だけ寄越すなどという真似そのものが不自然なのですから)


 霊能者同士での婚姻というのはよくある話だが、そう言った場は一族同士での結びつきを強める意味が強く、当人だけでなく一族の者も来るのが普通である。他にも、万が一裏切られた場合を想定して、護衛としての意味も込める場合も多いが。現に、八雲も霧間家から戦闘に長けた面々を十数人屋敷内に控えさせているし、久雷が連れてきた月宮家の手の者もまたほぼ同数が潜んでいる。


「いえ、今日は僕一人だけで来ましたよ。見合いの話については僕に裁量があると告げられていたので」

「そうなのですか・・・しかし、聞くところによると久路人さんは妖怪に狙われやすいとか。この屋敷ならば安全でしょうが、お帰りの際にはこちらから護衛を付けましょうか?」


 何か含むものがあるのならば、何らかの理由でこちらの提案を断るだろう。逆に、伏兵がいるのならば受けた上で闇討ちを考えているかもしれない。八雲は久路人の言い分や反応で、どういった意図があるのか探ろうと思ったのだが・・・


「・・・護衛」

(・・・?)


 久路人はポツリと呟くと、物憂げな顔になった。

 そのあからさまな様子の変化に、八雲も内心で首をかしげる。何かの腹芸かとも思ったが、その纏う雰囲気は重く、心から憂鬱な気分になっているように見える。そもそもそのように見せることに何の意味があると言うのか?

 八雲の中でいくつもの思考が渦を巻いては消えていく途中で、久路人はおもむろに俯いていた顔を上げた。


「八雲さん、そちら側も色々と考えていることがあるとは思うのですが、僕の話を聞いていただいてもいいですか?・・・僕が、この見合いの話を申し入れた理由についてです」

「・・・・どうぞ。私も気になっていましたから」

(これは・・・ストレートに来ましたね。隠し事ができないタチなのでしょうか?いえ、それ以前にどうにも様子がおかしい。何かに追い詰められたような、焦燥感に駆られているような顔。強力な妖怪と戦う前にも、同じような顔をしている者たちを見たことがある)


 八雲は最初の電話を聞いていないが、受けた者によるとずいぶんと切羽詰まったような声だったという。

 そう、まるで・・・・


(何かから逃げてきたような・・・)


 八雲の中で何かの点と点が繋がりそうな予感がした時、久路人は決定的な言葉を告げる。


「大変失礼なお話なのですが、僕は八雲さんとお見合いをするために来たのではないのです。僕は、今日で月宮の家を離れるつもりでここに来たんです」

「!!」

(これは・・・まさか!!)


 その瞬間、八雲の中でもう一つの可能性が頭をもたげた。

 それは、自分たちをけん制する罠以外の可能性であるが、これまでの月宮久路人という青年からは考えられなかったこと。だが、一般人の視点で見れば当然とも言えることだ。


「僕には、護衛を務めてくれていた妖怪がいました。僕は、彼女から距離を取りたいのです。そのために、霧間の家を頼りたいんです」

(やはり・・・・ああ!!なんということでしょう!!)


 久路人の言葉を聞いて、八雲の中で可能性が確信へと変わった。それとともに、ある感情が芽生える。

 その感情のままに、目の端に涙を浮かべながら、八雲は思わず久路人の手を取った。


「勿論です!!そう言うことでしたら、我々が手を惜しむことはありません!!全力を賭して、貴方を守って見せますとも!!」

「へ?」

「さぞや辛かったでしょう!!いえ、こんな言葉を外野から投げ掛けることすらおこがましいかもしれませんね・・・・ですが、もう大丈夫ですから!!」

「は、はぁ?」


 その感情は、憐憫と言った。


(そう!!最初に思っていたではありませんか!!久路人さんのことも救って見せると!!)


 久路人は突然の八雲のオーバーリアクションに驚いているが、八雲がそれに気付くことはなかった。

 彼女の中では、久路人が家を出る理由に心から共感できたからだ。

 久雷と契約を交わす前にも霧間家は情報収集を行っており、久路人が置かれているであろう厳しい状況を察していた。


(妖怪と学会の手の者に常に監視される生活。普通の精神をしていれば耐えられるはずもありません!!)


 妖怪が発する霊力は瘴気と呼ばれ、人間の魂にとって猛毒であるために、人間は妖怪を本能的に恐れ、嫌悪する。それは、幼いころから刷り込みを施そうが早々変わるものではない・・・・まあ、久路人や八雲の兄である朧は瘴気の影響を受けない数少ない例外なのだが、八雲がそれを知る由はない。


(久雷翁の話では、つい昨日に白流市で何らかの異変があったとのこと。月宮メアが忘却界の中を突っ切って駆け付けたことからもそれは明らか・・・恐らく、久路人さんも逃げるチャンスを伺っていたのではないのでしょうか?昨日の異変で、久路人さんを監視する妖怪や結界にダメージがあり、その隙を突いてここまで来た・・・・これならば、つじつまが合う!!単身で他の霊能者の一族が急拵えで用意した屋敷に乗り込むなど、罠にしてもリスクが高すぎますもの!!)


 はっきり言ってしまえば、八雲の考えは的外れな勘違いである。しかし、実際の行動を見ると異常なのは久路人の方なのだ。八雲がそう思い込むのも無理はない。


(しかし、そうなると・・・)


そして、そんな勘違いを抱えたままに、八雲は微かに表情を歪めた。


(我々のなんと浅ましいことか・・・自らの野望のために辛い思いで日々耐えてきた久路人さんを騙し、神の力を奪う算段でいる。結局は久路人さんを背後から操っていた月宮京と変わりはない)


 霧間八雲という少女は、基本的には善人だ。人々を守るために女だてらに剣を手に取り、異能をもって妖怪と戦えるほどの正義感を持ち、辛い境遇にあった人間の力になりたいと思う優しさもある。ただ、その善性が人間にしか向かないだけで。

そんな彼女にとって、今の騙し討ちのような状況は心苦しいものであった。


(今さら、月宮本家との契約を反故にはできません。久路人さんから力を奪うことは確定です・・・・)


 霊能者どうしの契約というのは、非常に大きな意味を持つ。特に家の名をかけた契約を破ることは極めて重い罪とされる。既に彼女は霧間の名を背負って契約を交わしており、これを変えることはできない。


(ならば、そのぶんを誠意をもって返すしかありません)


 それは彼女の真面目さが導きだした答えだ。

 神の力を奪ってしまうしかないのなら、奪った分を久路人を守ることで返す。


(考えようによっては、神の力を取り除くことは久路人さんの救済でもある。あれさえなければ妖怪に狙われることもなくなるでしょう。そうなれば、後は霧間谷で匿えばよろしい。契約によってあの吸血鬼がいなくなれば、霧間谷は守るのにうってつけですからね)

「あの?八雲さん?」

「はい?・・・あっ!?申し訳ありません!!私ときたら、少々先走ってしまって!!とにかく!!霧間は久路人さんの申し出を歓迎いたしますよ」

「そ、そうですか、ありがとうございます・・・・あの、ところで」

「?」


 盛大な勘違いの末にであるものの、八雲は霧間本家の霊能者としても、善良な人間としても久路人を受け入れることに決めた。それは久路人としても望んでいた通りであり、きちんと礼を言う。しかし、その様子はどうにもしどろもどろであった。八雲の反応もあって、今の状況はいささか落ち着かないのだ。なにせ・・・


「その、手のことなんですが」

「?・・・あぁっ!!?」


 遠慮がちに久路人は声をかけた。

 見合いの相手とは言え、涙を浮かべた顔で手を握られ続けたら困惑もする。

 久路人にとって重大な場面であるのは確かだが、八雲の行動でその内面にある緊張は霧散していた。


「ご、ごめんなさい!!」

「い、いえ・・・」


 少しの間、場に気まずい空気が流れた。

 久路人は女の子(雫)と手を握った経験はあるが今回は知らない相手であるし、八雲は初めてだ。八雲は美少女であるし、男からのアプローチも幾度となく受けてきたが、家の事情もあってすべて断っている。


「あ、そ、それにしても、八雲さんはかなり剣をやりこんでいるんですね?」

「え?はい、そうですが・・・・そういう久路人さんも、かなりのものですね」


 そんな空気を払しょくするためか、久路人は釣書にも書いてあった趣味を思い出す。先ほど手を握られたときにわかったのだが、八雲の手は美しいが、剣を握る者のたくましさも内包していた。剣を振るのは己も同じであり、共通の話題を振れば話が弾むだろうと思ったのだ。自分の目論見は叶ったとはいえ、これからお世話になる相手なのだから仲良くしておいて損はないという打算もある。

 八雲もまた、久路人の手の感触から同じことに気が付いたようだった。


「はい。家にいるときはよく訓練をしていたので」

「訓練、ですか?」


 それは、八雲にとっては意外だった。

 月宮京にとって、久路人は飼い殺しにしておきたい存在のはずだ。久雷からの話で、街の中を自由に行動できるようにしていたと聞いてはいたが、それは久路人のストレスの解消やご機嫌取りのようなものだと思っていた。しかし、訓練は都合が悪いはずだ。戦う力を持たせてしまいかねないのだから。


「ええ。何かあった時に、自分で自分の身を守れるようにと」

「具体的には、どのようなことを?」

「そうですね・・・・小さい頃は使用人の人に手ほどきをしてもらう形だったんですが、そのうちに雫・・ああ、護衛の妖怪との実戦形式でした」

「え!?護衛の妖怪って、確か蛇の大妖怪という・・・だ、大丈夫だったんですか!?」

「?まあ、実戦形式でしたから危なくなるようなことは何度かありましたけど・・・・服をダメにされかけたことは何度もありましたね。なぜか服をよく狙われたので」

「く、久路人さん・・・・!!!!」

「?」


 八雲の白い肌から血の気が引き、体が震え始める。

 それを見て久路人は怪訝そうな表情になったが・・・・


「なんて、なんておぞましいことを・・・・久路人さん!!これからは、もう妖怪に怯える必要はありません!!!霧間が、いえ、この私がお守りしますから!!!忘れることは難しいかもしれませんが、私がついています!!!」

「え?あ、はい」


 久路人はこれまで京以外の霊能者と関わることもなかったために知らないことだが、雫レベルの大妖怪というのは今の現世では霧間ほどの名家が一族一丸となって策を練って戦ってようやく勝てるかどうかという強さだ。しかも、日本の霊能者はそもそも妖怪というのは根本的に人間に仇なす存在であって、和解など不可能と思い込んでいる。そんな彼らが、神の力を使いこなせていない久路人がそんな化物を相手にしてまともな訓練になると思うはずもない。ならば訓練とは何か?


(久路人さんの手、それに首の辺り、よく見れば傷だらけです!!許せない!!こんな真面目そうな人をいたぶって訓練などという言葉で偽るだなんて!!きっと、剣の腕も、生き残るために死に物狂いで身に着けたのでしょう、騙されているとも知らずに・・・!!!しかも、服を狙う?そんな強姦魔のような真似までしていたなんて!!!なんという下劣な!!!)


 と、このように大妖怪のストレス発散のための、拷問まがいのお遊戯と思い込んでいた。もちろん、久路人は「訓練」という言葉に踊らされて、玩具兼性欲のはけ口にされる憐れな犠牲者である。

 これには事前の情報で「護衛の妖怪が久路人の貞操を狙っている」と冗談まがいの噂を聞いていたことも大きく影響している。タチの悪いことにそこだけは真実であった。


(このお見合いは、久路人さんを霧間、月宮本家で囲うための場でしたが・・・・こんな事情があるのならば、放ってはおけません!!霧間としても、対外的な難癖を避けるために、久路人さんのことは私の夫として迎え入れる予定ですし、何より久路人さんも兄さんと同じ妖怪どもの犠牲者。今度こそ、私は守って見せる!!その心も救って見せましょう!!そして、久路人さんを傷つけた人外を、すべて消し去ってやる!!!)


 騙しているという負い目と、その凄惨な久路人の生い立ちへの同情から、八雲は改めて決意する。

 政略結婚とはいえど、妻となる者としてこの憐れな青年を守り、人外に凌辱された心を癒すのだと。

 兄の、久路人の尊厳を奪った人でなしどもをこの世から殲滅してやると。

 ・・・・朧のことも含め、ほぼ八雲の勝手な思い込みであったが。


「久路人さん!!!」

「は、はい!?」


 突然の大声を出した八雲に、珍獣を見るような目をしていた久路人は驚きながら返事をする。


「貴方は、もう十分辛酸をなめました。もう、傷つくことはありません。後は、私たちに任せてください。人に仇なす妖怪どもを一掃してみせますから!!」

「はぁ。まあ、人間を襲うような妖怪は僕も許せませんが」

「!!」


 これまでのやけにハイテンションな口調で語られるよくわからない決意の数々であったが、「古のルールを破って現世に侵入して人間を襲う人外」というのは久路人にとってもルール違反者であり、殲滅の対象だ。やっと理解できる言葉が出てきたので、久路人も思わず反応してしまった。そしてそれが、八雲をさらなる迷走に駆り立てる。


(これはっ!!・・・ああ、そうか。考えてみれば当然のこと。屈辱を受けて、そのまま泣き寝入りで済ませてしまうことなんてできるはずもない!!久路人さんの中にある復讐の刃はまだ折れていないのですね。久路人さんは、私と同じなんだ)


 色々と勘違いのままに明後日の方向に進む八雲であったが、その心中に、久路人に対する強い親近感が湧きつつあった。大事な兄を吸血鬼に穢され、先祖代々の土地を土足で踏み荒らされた。その恨みが、今の八雲を動かしているのだから。

 そして、そんな自分と同じ志を持つ者が夫となるのは、八雲としては幸運であるとすら思える。


(神の力を抜きにしても、その境遇に、身のこなし、お顔の方もまあ、悪い方ではないですし、何より私と同じものを追いかけていること・・・霧間本家としても、私個人としても家族として、背中を預ける者として迎えるのに申し分ありません)


 八雲は、目の前の青年を自分の夫する覚悟を固める。

 すぐにでもその想いを伝えたくもあったが、これから月宮久雷が何がしかの方法で神の力を奪う予定だ。それを伝えるのはすべてが終わって、自分たちの企てを謝ってからの方がよいだろうと八雲は考えた。


「久路人さんの想いはわかりました・・・ですが、今は傷を癒す時です。久路人さんが万全の状態になったその時にこそ、私の隣に立って戦ってください。心よりお待ちしていますから!!」

「はい・・・」


 やはりよくわからない反応が返ってきたが、なんだかもう面倒くさくなってきた久路人はとりあえず返事をするのだった。



--------


 「それでは、久路人さんを匿うことを霧間本家に伝えてきますので」と言って、八雲さんは部屋を出ていった。


(なんか・・・変な人だったな)


 一言でいえば、それに尽きる。

 最初は向こうも僕のことを疑っているようだったが、僕が家を離れると言ったとたんにあのテンションだ。こちらの目的が叶ったのはいいが、あんな子がいる家に匿われて大丈夫だろうか?


(いや!!ここまで来たらもう退けない!!元々飼い殺しにされるつもりで来たんだし、ちょっと変な子がいるくらいで済むなら大分マシだ!!)


 僕の目的は雫から離れるためにお見合いを利用して霧間家に逃げることだったのだが、当初は血を抜き取られるだけのタンク扱いでもいいと思っていた。しかし、あの反応を見るに、待遇はかなりよさそうではある。


(けど、雫以外の女の子と話すのなんて、いつ以来だろう・・・・)


 先ほどの会話を思い出す。

 正直にって、僕は雫以外の女子があまり得意ではない。

 トラウマというほどでもないだろうが、雫が初めて人化したときのことを思い出すと今でも憂鬱な気分になる。実を言うと今日も八雲さんに挨拶をする段階からかなり緊張していたのだ。家出するときの覚悟と八雲さんの妙な反応である程度やわらいだが。


(変な人だったけど、結構強そうだ)


 姿勢に歩き方、霊力を見ても、中々の腕前を持つ霊能者だろう。そして・・・


(なんというか、美人だったな・・・)


 釣書の写真を見た時から思っていたが、八雲さんは美人だ。

 濡れ羽色の長く艶やかな髪を首の後ろでひとまとめにし、腰まで流している。整った顔立ちに、髪と同じ色の切れ長の瞳には理知的な光が宿っていた。身長は僕よりも少し低いくらいだろうか。女子の平均よりやや高いと言ったところだったが、体のある部分については平均を大きく上回っていると思った。雰囲気も落ち着いていて、僕より年下の高校生であると信じられないくらいだ。


(でも、やっぱり僕としては・・・・)


 黒髪も大和撫子らしくて良いものだが、やっぱり眩く輝くような銀髪が好きだ。

 黒い瞳は見慣れて落ち着く色だが、それ以上に紅玉のような瞳の方が好きだ。

 背は、もうちょっと低い方がいい。

 性格も、大人しいよりは朗らかで明るい方が話しやすい。

 体のある部分は・・・・・


(って、何考えてんだ僕!!!失礼すぎだろ!!!せっかく向こうが僕の頼みを聞いてくれたっていうのに!!というか・・・・)


 僕は、そこで一度大きく息を吸って、吐いた。

 僕の中に残り続ける理想の女の子のイメージを、それとともに体の外に出すように。


(僕は、あの家から、雫から離れるためにここに来たんだ。もう、忘れるんだ・・・)


 それは、土台無理なことかもしれない。

 これまでの人生で、物心ついたころから一緒にいた大好きな女の子のことを忘れるなど。

 けど、やらなければならない。それが、これからお世話になる霧間への最低限の礼儀だろう。

 もう一度深呼吸をして、心を落ち着ける。別のことを考えて、少しでも思考を別の方向に逸らすようにしよう。


(でもとりあえず、落ち着いたらおじさんに連絡はいれないとな・・・)


 雫のことは、早く忘れるべきだ。しかし、その前にやらなければならないこともある。

 勢いでここまで来てしまったが、これがバレたらおじさんたちが大きく動くだろう。霧間家相手に大ごとを起こしそうな気がするし、だまし討ちの形になってしまったが、連絡は入れなければならない。


(きっと、すごく怒るだろうな・・・怒られても仕方のないことをしてるからしょうがないけど。でも、もう止まれない。止まるつもりもない)


 改めて、覚悟を決める。

 そうだ、僕はやると決めたんだ。

 すべては・・・・


「雫を、傷つけないようにするために・・・・」


 想いを口に出す。

 そうすることで、己の中にある迷いだとか弱気を消し飛ばすように。

 その名前を口に出すだけで目頭が熱くなる感覚がするけども、気のせいだと言い聞かせて。

 手が震えて、思わず目元に行きそうになるのを歯を食いしばって堪えながら。

 

「僕は、雫を・・・・」

「・・・少々、よろしいでしょうか久路人様」

「っ!?」


 突然、背後から声がした。

 それとともに身の毛のよだつのような寒気がして、僕は全力でその場を飛びのく。

 目の中に水が溜まる感覚も、手の震えも嘘のように収まっていた。


(気配が、ぜんぜんしなかった)


 僕の感覚はかなり鋭敏な方だ。幼いころからの訓練の成果でもあるが、普段から感覚を強化する術を使っているのもあるのかもしれない。しかし、そんな僕でもその気配は感じ取れなかった。

 

「・・・・・あなたは」

「失礼、驚かせてしまいましたか・・・・ノックはしたのですが、返事がなかったもので」

「それは・・・こちらこそ、失礼しました」


 後ろにいた男は、髪も黒く、しっかりとした身なりをしているが、どこかおじさんに似ているような気がした。

 しかし、僕はそんなに深く考え事をしていただろうか?


「では、改めまして・・・私は」


 そして、男は名乗った。


「月宮健真と申します」



--------


 同時刻、白流市内の月宮家にて、雫はある部屋のドアの前に立っていた。


「スゥ~・・・・ハァ~・・・・・」


 息を大きく吸って、吐く。

 少し前から、雫はずっとこの動作を続けていた。


「言うんだ。メアにも、リリスさんにも背中を押された。それだけじゃない。妾が、私自身が望んでいることなんだから」


 少し寝て、目が覚めてから、雫は家の中を見回った。

 そして、久路人が部屋以外にいないことを確認すると、久路人の部屋の前に来た。

 寝る前に決めていたのだ。少し休んだら、すべてを話すと。

 自分がこれまで犯してきた過ちも、これから自分が久路人に願う望みも、すべてを打ち明けるのだと。

 それを決められたのは、メアとリリスの言葉があっただけではない。


--久路人と、思いっきり色んなことを話してみたい!!話して、知って欲しい!!私が望んでいることを!!久路人に歩いてほしい道を!!


 それは、今まで雫の中で燻っていた願いだ。

 雫を人間の姿へと導いた望みの一つ。今まで、幾重もの恐怖と不安に蓋をされていた想いだ。

 確かに、昨日喧嘩したばかりの久路人と話すのは怖い。覚悟はしていたはずなのに、嫌われるのが怖い。

 それでも、一度自覚した想いは熱く雫の中で燃え盛る。


「ふぅ~・・・・」


 息を吐く。

 改めて、心の中に残り続ける恐怖と迷いを体の外に出すように。


「スゥ~・・・・」


 息を吸う。

 自分の中で燃える炎を、さらに激しく燃やすように。


「・・・・よし」


 どれほどの時間が経っただろうか。言葉と共に、吸い込んでいた息を吐き出す。

 その手は覚悟が決まったのか、震えはない。

 ノックはしない。もしも返事が返ってこなかったら、そのまま引き返してしまいそうだったから。

 雫はドアノブへと手をかけし、回した。


「久路人!!入るよ!!!」


 そして、もう幾度も目にした部屋の中に足を踏み入れ・・・・


「あのね!!私、今日は久路人にいっぱい話したいことが・・・・・あれ?」


 そして、気付いた。


「久路人・・・・いない?」


 自分の愛する青年が、とっくに家を後にしていたことに。

 自分に何も言わず、どことも知れない場所へ


「久路人っ!!!!」


 気づけば、雫も家の外に飛び出していた。

 そして、そのまま駆ける。

 探す当てなど、何一つないままに。



--------


「さて、準備は整った」


 一人の老人は、静かにそう言った。

 老人がいる部屋は、久路人がいる部屋の真下にあった。屋敷の地下に拵えられたその部屋には老人だけでなく、十数名の人影が佇み、念仏を唱えるようにブツブツと何かを詠唱している。その足元にはこれまた複雑な文字を敷き詰めて描かれた円が描かれており、人影はその円周上に等間隔で並んでいた。


「霧間の小娘がなにやら早々に話をまとめてしまったが、まあいい。健真のヤツめが足止めをしておるからの」


 老人、久雷は耳に着けたイヤホンから上の部屋での会話を盗聴していた。霊力を介した術を使わないのは、万が一探知されることを恐れてだ。この屋敷には月宮久路人と彼の護衛である大蛇に徹底的に狙いを絞った結界を構築してあるためにいざ戦闘となってもこちらが大いに有利であるが、なるべくなら戦闘は避けたかった。


「なにせ、これから儂のモノになる身体じゃからのぅ・・・!!!」


 久雷の顔に醜悪な笑みが浮かぶ。

 八雲に語った、神の力を奪うというのは嘘ではないがすべてではない。天属性の膨大な霊力を無理矢理奪ったところで辺りが消し飛ぶほどの暴走を引き起こすだけだ。それでは意味がない。


「神の力も、それを振るう肉体も、すべてを手に入れる。神の力を手にしたところで、この体では扱えん。ああ、本当に、この老いた身体が朽ちる前に見つかってよかったわい。これぞまさしく神の思し召しよ」


 久雷は、運命という言葉を今この時だけは信じていた。

 すべてが、自分に神の力を振るうように道を整えているような気すらしていた。

 そんな沸き立つような気分のままに、久雷は持っていた杖を振り上げる。


「さあ!!始めようではないか!!天の力も、現人神の肉体も、そして神との謁見を!!」


 その声と共に、地下室に描かれた文字の一つ一つが、鈍く輝き始めた。



--ピシリ



 どこかで、何かがひび割れる音がした。

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