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白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話  作者: 二本角
第三章 永久の路を往く者
34/74

説教

ウジウジパート続行。

正直作者もイライラするぜ!!二人が向き合うまで、あと少しだけど、そこまでが遠い・・!!

あと、今週は忙しいので更新は無理かも

 夏の早朝。

 白い朝日が朝靄を切り裂いて降り注ぎ始め、鳥の鳴き声が響く。

 夏休みを楽しむ子供たちには、ワクワクする一日の始まりを予感させるだろう。思わず外に飛び出したくなるに違いない。

 しかし、月宮家のある一室は、外のさわやかな空気とは無縁であった。


「・・・・・・」


 窓を締め切った真っ暗な部屋の中で、雫はベッドに横になっていた。


「・・・・・・」


 白い着物が寝転がったことで少しはだけ、キメ細やかな艶かしい柔肌がさらけ出されているが、それを気にする様子もない。


「・・・・・・」


 その顔は能面のようで、紅い瞳は仮面に嵌まるガラス玉のごとく美しいが、無機物と言われても信じられるほどに生気がこもっていなかった。今の雫を人形だと言ったら、それを疑わないのは難しいだろう。元々の人間離れした端正な容姿もあって、初めからそういう姿勢になるように計算された芸術品に見間違えられても無理はない。もっとも、彼女を鑑賞できる者は誰もいなかったが。



「・・・・・朝」


 やがて、やっと一言を呟いた。

 目線だけが部屋の時計に向くが、それだけだ。全く動く気配がない。

 普段ならば、この時間にはもうこの部屋にいないはずなのに、だ。


「久路人・・・・」


 ポツリと、名前だけを呟く。

 大好きな人の名前。

 いつでも隣にいたいと思う人の名前。

 離れたくないと思う人の名前。

 行こうと思えば、1分もかからずに会いに行ける人の名前。

 だが・・・


「・・・・・」


 生気の抜けた表情のまま、雫は動かなかった。

 否、動けなかった。


「私・・・」


 その脳裏に巡るのは、昨日の吸血鬼との戦い。


「最低だ・・・」


 そして、その直後に自分が言い放った一言だ。

 昨晩、逃げるように家の中に飛び込んで、そのまま布団にくるまったが、その間にもずっと耳の中に残る言葉。

 枯れるほどに涙を流し、皮膚がこそげるほどに目を擦っても頭の中に響く声。



--久路人は、私に守られてればいいんだよ!!


 

「私の方が弱かったのに、役に立たなかったのに、守ってもらったのに・・・」


 昨日の戦いで、不調なのは久路人のはずだった。

 だが、実際には雫の方が動けなくなり、逆に久路人は自身の霊力異常を克服し、真祖と化した2体を屠って見せた。その間に雫にできたことと言えば、ただ茫然と気だるい体で地べたに座り込んで見ているだけだったくせに。護衛としての役割を果たすどころか、逆に守るべき人間に守られたくせに。あの場は、久路人が言うように、久路人のやり方こそが正しかったのだ。

 あんな八つ当たりなんて、口が裂けても言ってはいけなかったのに。


「私に、あんなこと言える資格なんてあるわけないのに・・・・!!」


 そもそも、それ以前の問題で、久路人の調子が悪かったのは雫のせいなのだ。

 今もまだ、久路人の中には、久路人の知らないうちに人間を止めさせる因子が残っている。

 そのことだけでも、自分に何かを言う権利など消し飛ばしてしまうというのに。


「うううううううぅぅぅ・・・・・っ!!!!!」


 ジワリと雫の眼の端に涙が浮かぶ。

 心の中は、自分を責める言葉で溢れていく。

 その手が白磁のような肌から肉をえぐり取ろうと動くが、傷をつける前にピタリと止まる。

 そうだ、本来なら、もうこの部屋を出なければならない時間なのだ。


「ここでクヨクヨしてるくらいなら、もっと他にやることがあるでしょうが・・・!!」


 そこで、雫はベッドから抜け出して立ち上がった。

 ゆっくりと部屋のドアまで歩き、ドアノブに手をかけ・・・


「・・・・・・」


 スルリとその手が滑り落ちた。

 そのままペタンとその場に座り込んでしまう。


「ダメ・・・・」


 この部屋から外に出ようとする気力が、底が抜けたかのように消えていく。

 どうしても、考えてしまうのだ。


「無理だよ・・・」


 あの時のどうしようもないくらい愚かな言葉を。

 それがもたらした結果を。

 ああ、そうだ。

 絶対に、もう・・・


「私・・・・」


 この水無月雫という護衛失格の役立たずでグズで無能でどうしようもないくらい卑しいカス妖怪なんて。


「久路人に、嫌われたっ・・・!!!」


 ボロボロと、大粒の涙が次から次に溢れてくる。

 顔を両手で覆ってみるも、指の隙間から流れ落ちて、床に水たまりを作っていく。


「私、どんな顔して久路人に会えばいいか、わかんないよっ!!」


 謝らなければならない。

 昨日のことを、何もかも。

 久路人を守れなかったこと。

 久路人に守らせてしまったこと。

 何もできなかったこと。

 そして、最低の八つ当たりをしてしまったことを。

 そうしなければならないのだ。

 なのに・・・


「怖い、怖いよ・・・」


 昨日は、荒れ狂う心の暴風が誤魔化してくれた。

 八つ当たりが元ではあったが、間違ったことばかり言ったわけではないという自覚は今もある。

 だが、今の雫に、昨日のような真正面からの口喧嘩などできる気概はなかった。

 思い出してしまうのだ。これまで敵にしか向けられていなかった、あの冷たい表情と言葉を。



--久路人に、これ以上嫌われたくない。



 その想いが、今の久路人に会うことを拒絶する。

 久路人の眷属化を始めたころは、嫌われるのも覚悟できていたつもりだったが、とてもでないが耐えられない。

 あの戦いの前と後で、2回も拒絶された。1回目はまだよかった。久路人が自分を本当に心配してくれたから。だが、2回目はダメだ。なぜなら、久路人のその心遣いを踏みにじったようなものだから。

 久路人にあんな仕打ちをしてしまったのだ。

 もう、取り返しがつかないくらいに嫌われてしまったに違いない。


「私、私っ・・・!!!」


 今の雫には、ただうずくまって泣くことしかできなかった。

 昨日の吸血鬼との戦いと同じように。

 ただただ惨めだった。

 結局、自分には何もできないのだと突き付けられているようで。

 事実、何もできなくて。

 いっそ、このまま消えてしまいたいとすら思うほどに・・・


--コンコンコン・・


 唐突に、ノックの音がした。

 

 

「っ!!」


 反射的に、雫はドアから離れた。

 雫が人化するまでは、部屋から出られない雫を出すのは、たった一人だけが担う役割だった。

 失礼があってはいけないと、雫の方から部屋の扉を叩くまでは、決して入ってこなかった。

 人化してすぐは、着替える必要もないのに服を着崩して待っていたのに、結局一回も勝手に部屋に入って来ることはなかった。

 そんな少し神経質なくらい律儀なところも、雫には愛おしくて・・・


「く、久路人・・・・?」


 雫は、恐る恐る、消え入りそうな声でその名前を問いかけた。

 普段ならば、久路人の方から部屋に来てくれたら喜んだだろう。

 だが、今は無性に怖かった。

 震える声でドアの向こう出ていった声への返事は・・・


「雫様、私です。メアです」


 それは、雫がよく知る、この家の主に仕える従者の声だった。


「なっ!?メア!?何故ここにっ!?」


 本来ならば、ここにいるはずがない者の声に、雫の中にある鬱屈とした気分が少々薄れた。


「貴方は昨日ずっと部屋で眠っていたようでしたからね。気が付かなくとも無理はありませんか。そのあたりのこともお話しましょう」


 いつものように抑揚のない、機械のような声。

 この従者は、主のことが関わらない限り、基本的に感情を表に出さない。

 だが、心なしか、今日のメアの声音は穏やかなような気がした。


「部屋のドアは開けなくても結構。そのまま、私の話に付き合ってくれませんか?」


 ドア越しに、そんないつもと違う様子のメアは、そう言ったのだった。


「まずは、昨日の事からお話ししましょうか」



---------


「さて、それでは詳しい事情をお聞かせ願います、久路人様」

「・・・うん」


 リーリーと虫の鳴き声が聞こえてくる夏の夜。

 月宮家の居間で、本州の西端からいかなる手段を使ってかものの数十分で駆け付けたメアは、なぜか両頬が赤く腫れている久路人にそう問いかけた。


「ああ。その前に、私がどうしてこの場にいるか説明しましょう。久路人様にも持たせていますが、雫様にも術具を持たせており、それで雫様のバイタルに異常があったことが感知できたため、異常事態と判断しました。ここにいる私はスペアのボディであり、霊力の半分ほどを移譲していますが、本体は京の傍にいます。そして、いざここにまで線路のやら高速道路の上を駆けてきたら既に状況は解決済みだったというわけです」


 そうして、メアは改めて問いかける。


「それで、何があったかご説明していただけますか?ここに、普段貴方様の影のように控える雫様がいないことも含めて」

「っ!?」


 雫のことを問われた瞬間、久路人の表情が歪んだ。

 大好きな少女から平手打ちと、これまでの信念を台無しにするような発言をもらったのは、ほんの一時間ほど前のことだ。

 久路人としてはあまり話したくはない。しかし、話さなければならないこともあるのは理解しているので、細部はぼかして説明する。

 突然吸血鬼と思しき二人組が襲い掛かってきたこと。結界の影響を受けていなかったこと。何度倒しても復活したこと。途中、無理やり自分を追い込んで霊力制御を回復し、真祖とやらになった二人組を撃破したことを。


「・・・・なるほど。由々しき事態ですね。結界をすり抜けて侵入してきたばかりか、その影響も受けない大穴を通れるレベルの妖怪がいるとは」


 メアは珍しく整った眉をしかめながらそう言った。

 京を絶対的な主として信仰するメアにとって、彼の作った術具は完璧な逸品だ。それをいかなる手段を使ったのか、すり抜けるような真似ができる者がいるなど、大変不愉快なことであった。


「この屋敷に着いてから確認しましたが、この街を覆う結界に問題は発生していません。久路人様のお話からしても、そこに疑いはないでしょう」

「え?」


 どういうことだ?と久路人は怪訝な表情になった。

 結界に異常があったから、あの吸血鬼は侵入できたのではないかと。

 だが、メアはそこに答える気はなさそうであった。


「その点については、後程肝心な時に大事な場所にいない役立たずの保護者(京)に確認してもらいましょう。それで?ここに久路人様の護衛である雫様がいない理由は何でしょうか?久路人様の表情を見るに、怪我を負ったという様子ではないようですが」

「・・・・・・」


 久路人は、サッと目を背けた。

 そこを説明するのは、久路人としても避けたかったのだ。

 そんな久路人を見て、メアは珍しいものでも見るかのように目を細めた。


「久路人様がそのような反応をするとは稀有なことですね。もしかしてですが、喧嘩でもしましたか?」

「なっ!?」

「反応が分かりやすいですね。しかし、本当に珍しい。一体どのような理由でそのようなことになったのですか?」

「・・・・雫が、よくわからない理由で怒ったんですよ」


 契約のこともあって追及を逃れられないのを悟ったのか、あるいは、話している内に胸中に溜まった不満をぶちまけたくなったのかは分からないが。

 久路人は、それまでの様子が嘘のように怒涛の勢いで語り始めた。


「いつも、雫は僕を守ってくれている。それは契約だからだ。でも、そのせいで雫が傷つく」


 久路人は語る。これまで胸の中で燻っていた想いを。


「僕は、それが我慢ならない。確かに、契約を守ることはとても大事なことだ。でも、僕と雫は契約だけじゃなくて、約束もしてる。契約なんてなくてもお互いを守りあうって。その約束を蔑ろにするのは絶対に許せない。なにより、雫が傷つくのも嫌だ」


 月宮久路人という青年は、約束を順守する。

 中でも、雫との互いを守りあうという約束はとりわけ重い。それは、久路人が約束を抜きにしても雫という少女を大事だと想っているからだ。最初に雫と結んだ契約とその後に結んだ約束。どちらも大事なもであるが、どちらの方を優先するかといえば、約束の方だ。


「だから、僕は強くなろうとした。雫が傷つかなくても済むようにって。僕が雫を守れるようにって。それに・・・」



--雫は、僕の血のせいで狂っているんじゃないのか?



 今の久路人を悩ませ、力に駆り立てているのはその懸念だ。

 朝のチェックや、日々の言動から、雫が自分に好意を持っていると思うのは久路人の自惚れではないだろう。あの九尾に言われる前までは、「蛇としての本能が抜けてないから」だの「男として見られてないから」だのと思っていたのだから自分はどれだけ鈍感だったんだとも思ったが。

 ともかく、今の雫は、久路人に対して異性として好意を持っているのはほぼ確実だろう。

 だが、その好意が自分の血によって強制的に持たされているのだとしたら?媚を売って、血を得やすくしようという無意識によるものだったら?

 それならば、今後も血を与え続ければ、雫はもうどうしようもないくらいに狂ってしまうんじゃないのか?ならば、雫に血を与えるのを止めなければならない。それには、契約を守る意義を無くす必要がある。

 雫に、守ってもらう必要がないくらい強くならなければならない。

 もちろん、血が狂わせている云々はメアには言えなかったが。


「でも、雫はそれを嫌がった。危ないからって・・・」


 久路人は、高校の修学旅行の後から、それまでよりも過酷な訓練を己に課していた。だが、それで体調を崩してから、雫の厳しいチェックが入るようになり、結局は大幅に緩められたトレーニングしかできなかったのだ。霊力に異常が出てからはさらに顕著になり、ここ最近では体を動かすことにすら難色を見せていたほどだ。


「だけどっ!!」


 そこで、久路人は力強く言葉を切った。


「今日はっ!!僕が雫を守ったんだっ!!雫が途中で動けなくなったから、僕がやるしかなかったっ!!」


 そこに雫はいないのに、まるで目の前に雫がいるかのように、自分の想いを分かってもらいたいとでも言うかのように。


「あの時は、あれが正解だった!!僕自身を追い詰めて!!極限まで追い込んでっ!!葛城山の時みたいに、大逆転を狙うしかなかった!!」

「・・・・・」


 口から唾を飛ばしながらも、熱に浮かされたようにまくし立てる。

 スッとメアの視線が冷たくなったことに、久路人は気が付かなかった。


「なのにっ!!雫はそれを否定したんだっ!!『私に守られてればいいんだよ』って!!意味が分からない!!あの時守ったのは僕で、雫は僕に守られたのに!!」


 それは、久路人の中で燃え上がる理不尽への怒りだった。

 見返りを求めてやったことではない。大事な人を守ろうとするのは当たり前のこと。だが、それを拒絶されるのは納得がいかない。

 久路人は本気でそう思っていた。

 それは、早く雫を自分の血から解放しなくてはならないという使命感もあるのだろうが、あの時雫が言った理由に皆目見当がつかなかった。

 だから今、こうして心の内をさらけ出し・・・・


「僕はっ!!・・・・」

「もういいです」

「雫のことを大切に想って・・・・・え?」


 メアの温度が籠っていない言葉が、久路人の熱弁を猛烈に冷やした。


「どうして雫様がこの場にいないのかは分かりました。ですので、その独りよがり全開の聞くに堪えない自己主張はもう結構です」

「・・・・どういう意味ですかっ!!」


 その言葉を久路人は聞き流せなかった。

 他の事ならば全く構わないが、雫を守ることで「お前が間違っている」などと言われることに、久路人は我慢できなかった。

 だが、そんな久路人に対するメアは・・・


「言葉通りの意味です。何やら熱く語ってくれましたが、久路人様が勝手に暴走した結果、たまたま運よく事態が解決したということ。さらには、雫様だけでなく、京が貴方様を案じる気持ちまで踏みにじっていることに全く気付いていないことはよくわかったということです。こんなに懇切丁寧に解説したのですから、流石に理解できましたよね?」


 その瞳に敵意に近い光を宿しながら、そう言ってのけた。


「メアさんも、僕が間違ってるって言うんですか!!?」

「・・・耳か脳の検査をお勧めします。私はそんな趣旨で発言した記憶はありません。五体満足で今もこうして生きている以上、間違いは犯していないのでしょうから。たまたま、本当に運よくですが」


 普段は京にしか口に出さない、メアの毒舌。

 しかし、今久路人に向けられるそれは、京に向けられるものよりもはるかに冷たかった。

 そしてその毒舌は、久路人を煽るのには充分すぎた。


「ああそうですか!!あなたの言う通り、僕は脳に問題があるみたいだ!!メアさんの言うことがちっともわかりませんよ!!なら、雫が動けない時に、僕はどうすればよかったって言うんですか!?あれ以上の正解があったって言うんですか!?」


 普段の久路人からは考えられないくらいの荒れようだった。

 それくらい、雫を守るために体を張ることは、久路人にとって誇らしい行為だったのだ。

 そして、久路人にとって、あれ以上の手段はなかったのだ。それを・・・


「普通にこの家まで逃げればよかったじゃないですか。そして、我々に電話でも寄越せばよかった」

「へ?」


 メアの返答は、至極あっさりとしていた。


「貴方のお話を聞くに、相手は吸血鬼が2体。大穴を通ることでしか出現できないレベルが2体の上に、待ち伏せされて、狙撃で狙い撃ちまでされていた。その時点で、速やかにその場を離れる選択をするべきでした。どんなに遅くとも、二度倒しても復活した時には、逃げる算段をすべきでしょう。屋敷までそう遠くもなかったですし、どうしようもない状況ならばともかく、貴方たちならば相手の前衛を倒した隙に逃げることくらいはできたはず。それならば敢えて体を張る意味などありません」


 久路人もメアも知らないことだが、ヴェルズが取られて一番嫌な選択肢は、逃走であった。

 あの吸血鬼は血の盟約の関係で同時に2体までしか出せず、手数に乏しい。ヴェルズも全力で妨害するつもりではあったが、遠隔での術の使用には若干のタイムラグがある。もしも死紋蚊の包囲網を超えられたら、血の盟約という「人外へ至る正規ルート」をしっかり見せつけることもできないばかりか、こじれた仲に向き合う切欠すら与えられない。ヴェルズからすればどちらかを殺すこともできず、雫に久路人が逃げるための時間稼ぎで足止めでもされたら最悪だ。彼の思惑が成ったのは、幸運にも呪いを撃ち込む先制攻撃が成功したことと、呪いが効果を発揮するまでの間戦い続けるほどに二人が好戦的であったからだ。


「久路人様も知っての通り、この家の結界は非常に強固なうえに、迎撃用のトラップも多数仕掛けています。今はこの街を覆う規模まで結界を展開していますが、それは貴方が一般人と同じように普通の生活を送れるようにするためです。この家に籠城するのならば、外の結界は必要ありません。相手は外の結界をすり抜けて侵入したようですが、もしもあらゆる結界を超えられるのならば、直接この家に乗り込んできたはずです。入浴中でも就寝中でも、わざわざ雫様といる時を狙う必要などないのですから。それでなくとも、家にいる時に襲い掛かってこなかったことを考えるだけでも、この屋敷の結界は有効だったとことは推測できるでしょう」


 相変わらず、冷たい口調のままで。

 だが、久路人も言われるままではいられなかった。


「で、でも!!もしかしたら、街の人達が人質にされるかもしれなかったじゃないか!!」

「それなら、もっと市街地に近いところで襲うのでは?人気のない郊外に来てから襲撃してきたのならば、向こうもあまり大きな騒ぎにしたくなかったのでしょう。あまりに凶悪性のあることを仕出かせば、それだけ学会からのマークが厳しくなりますから。ですので、貴方たちはさっさと逃げるべきだったんですよ」


 久路人の反論も、すっぱりと切り捨てられた。

 これは雫もそうだが、メアにとって取るに足らない一般人と久路人では価値が違いすぎるというのもあるが。仮に人質がいようものなら、雫が先に殺していただろう。


「これに関しては、久路人様もそうですが、雫様も悪いですね。ですが、久路人様よりずっとマシです」


 そこで、メアは改めて久路人に向き直った。

 その時、久路人は初めて、メアが既視感のある表情をしていることに気が付いた。

 それは・・・・


「貴方は、自分の危険性と自分がどれだけ大事に思われているのか、まるで理解していない」


 雫が、久路人の頬を打った時の表情とよく似ていた。

 

「貴方にもしも何かあれば、この街に貼った結界が丸ごと壊れていたかもしれない。葛城山のように大穴すら空いたかもしれない。そのリスクを考えれば、貴方が体を張る必要はない。それどころか、マイナスです。そうなるくらいならば、雫様に殿を任せて貴方だけでも逃げた方がマシなくらいには」


 その怒りが、自分の大事な造物主()に心配されていること並びにそれに無頓着なことに対する嫉妬がから来ることには気が付かなかったが。


「そんなことができるわけないでしょうっ・・・!!大体!!大事に想ってるとかいうなら、僕だって雫のことを・・・・!!」

「いい加減騎士様気どりはやめろクソガキ」

「っ!?」


 いつの間にか。

 本当にいつの間にか、久路人の首筋にナイフが突きつけられていた。


(反応できなかった・・・!?)

「さっきから守っただの守るだのと調子こいてるようですが、お前が真祖に勝てたのは京の結界による弱体化があったからです。血の盟約による真祖化というのは、陣こそ使えませんが、霊力や身体能力、再生能力は神格を持つ本物の真祖と同等レベルになります。体を焼こうが、灰になってから復活するくらいは余裕です。一時的にハイになっていたからといって、死にぞこないが持久戦に持ち込まれたら勝ち目はなかった。お前は、本当に運が良かっただけに過ぎない・・・・まあ」

「・・・・・」


 久路人にナイフを当てながら、メアは普段と変わらない口調で喋りかける。

 久路人は、メアと護衛の契約は結んでいない。メアがその気ならば、自分はあっという間にあの世行きであるのに、それを心底どうでもいいと思っていそうなメアに恐怖を抱く。


「正直に言って、ワタシにとって、お前が正しかろうが間違っていようが全くどうでもいいことなんですが・・・・」

「・・・・・」


 久路人は、その言葉に返事もできなかった。

 メアの雰囲気は、口ではどうでもいいと言いながらも、その眼は怒りの炎が灯っていたからだ。

 

「『同じ傷ができて嬉しい』とでも言いたげなクソみたいな自己満足は、反吐が出るほど嫌いなんですよ。体を張るのは構いませんが、それならばお前がやるべきだったのは、『心配かけてゴメン』と謝ることであって、守る側の気持ちを馬鹿にすることじゃない。『大事に想ってる』だとか笑わせるな。リスカして気を引こうとしてるメンヘラと同レベルなのに気付いてないんですか?ワタシの大事な主の願いを踏みにじってるくせに喜ぶなよクソガキ」

「・・・・・・」


 「ついでに、雫様の想いもね」と言いながら、メアは取り出したナイフを仕舞う。

 そして、久路人に背を向けた。居間の出口に向けて歩きながら、メアは背後に声をかける。


「散々好きに言いましたが、吸血鬼が街に侵入できたのは我々の落ち度です。そこだけは謝罪しましょう。そして、今日の私の暴言も含め、京に告げ口するかは貴方様の自由です。それでは」

「・・・・・・」


 そうして、月宮家の居間には、何も言えなかった久路人だけが取り残された。


「守る側の気持ち・・・?」


 ただ・・・


「・・・・くせに」


 防音性に優れた月宮家の壁は、その声を誰にも届けなかった。


「雫が、どうして僕なんかを好き好んで守ろうとしているのかも知らないくせにっ!!」


 ドカっと居間にあったゴミ箱を蹴り飛ばしつながら、久路人はその言葉を吐き出した。

 そのこじれにこじれた思い込みを否定できる者もまた、誰もいなかった。



---------


「とまあ、そんなことがありまして・・・」

「言いすぎだ馬鹿者ぉぉおおっ!!!?」


 ドア越しに語られたメアのあまりにもあんまりな言いざまに、雫はそれまでの暗澹たる気持ちも忘れてツッコむのだった。


「む。心外ですね。雫様の言いたくても言えないことを代弁したと思ったのですが」

「だからやりすぎだっ!!確かに守る側の気持ちを考えて欲しいとも思ったし、体を大事にして欲しいのも事実だが、言い方がきつすぎるぞ!!!」


 今、メアは雫の代弁と言ったが、よもや、「『雫様がおっしゃっていたのですが~』などと頭に付けていなかっただろうな?」と本気で心配した。そんなことを言われていたら、関係の修復は絶望的だ。

 今の雫には久路人に対して何かを言える資格などないという気持ちと、久路人の言葉への共感があった。メアの言葉は、大半が雫にもグサリと刺さる言葉のナイフであった。


「大体、久路人の言う気持ちは、妾にも分かる。妾だって、久路人を守るために傷つくことは厭わん。久路人を守れればそれでいいとも思う。傷ついても、それを勲章のように思うかもしれん。まあ、久路人に心配をかけるのならば謝るくらいはもちろんするが。そもそも、あの場で妾が守られるしかなかったのは確かであって、その意味では久路人の方が正し・・・・」

「ああ、その辺は私にはどうでもいいです。あの時は久路人様がムカついただけなので。雫様が心配する気持ちを踏みにじろうが別に構いません。ただ、京の願いを蔑ろにした上にまったく気にしていないことだけは全力でぶん殴ってやりたいくらい腹が立ったんです。まあ、実際に殴るわけにもいかないので、精神的に煽ってやろうと思い、適当に刺さりそうなことを言ってみただけですね」

「お、お前・・・・」


(暴君か・・・)


 雫の内心は、その感想だけに満たされていた。

 『こいつ、自分の都合しか考えてないのか?』と。


「まあ、というわけで、久路人様の自己犠牲癖をどうにかしたいので雫様のところに相談しに来たんですよ。久路人様に何か言い聞かせるなら、貴方が一番でしょうから。いつまでも、京の願いを無視されるようなことをされたら、それこそ私が我を失いそうなので」


 そうして、マイペースを崩さず、メアは当たり前のことを言うようにそうのたまった。


「何がどういうわけなのだ。それに、そう言われても、妾は久路人に八つ当たりを・・・」

「ああ、それと」


 そして、メアは自信なさげな雫を遮るように・・・・


「久路人様の体内に、雫様の血が大量に混入していることについても、説明をお願いしますね」

「!?」


 雫にとって、自らのすべてを崩壊させかねない爆弾を放り投げるのだった。


作者のツイッター貼っときます。更新通知はこれでやると思います。

https://twitter.com/qvhsokxvkihcqui

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