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白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話  作者: 二本角
第三章 永久の路を往く者
29/74

現在編1

これより、時系列は未来へ。

冒頭のお見合いについては、2話に挿入した白蛇と彼の一日(連載版)を参照。

お見合い。

 それは、結婚を考えている男女を会わせ、紹介させるイベントだ。まあ、紹介するといっても、事前に写真と釣書という履歴書のお見合いバージョンのような物を送って相手のことを最低限知っておくようなのだが。

 昔の日本では「男は結婚して家を持って一人前」というような風潮もあり、家族どころか職場の人間が相手を紹介することも多かったらしいが・・・

 月宮久路人、19歳。成人前に見合いの申し出がやってきたのだった。


『・・・・して、言い訳があれば聞いてやる。これは貴様の差し金か?京?』


 夕方の月宮家。

 普段の訓練を休んで、久路人と雫は居間にいた。

 雫の手には備え付けの電話の受話器が握られているが、よほど強い力で握っているのか、ミシミシと嫌な音がしている。ちなみにハンズフリーで、会話は久路人にも聞こえている。電話の相手はもちろん、月宮家の主であり、久路人の養父である京だ。霊能者からのお見合いの申し出に、この男が関わっていないはずがないという明確な理由である。


『まあ、落ち着けよ。別に俺から言い出した話じゃねぇ。ただ、保険として・・・・』

『今すぐ貴様のいる場所を教えろ。よほど命がいらんようだなぁ?えぇ?』


 部屋の空気が凍った。比喩ではない。部屋の壁から家具まで、ソファに座っている久路人を除き、部屋に霜が降りていた。不気味なのは、雫の表情だ。雫は笑っていた。しかし、それは大蛇がとぐろを巻いて威嚇しているかのような、刺すような威圧感を感じさせる笑みだった。


『昔から何度も言っておるよなぁ?「妾が久路人を傷つけるようなことはせん」と、何度もなぁ。それを言うに事欠いて「保険」で見合い相手を用意していただと?はっはっは!!数百年生きてきたが、ここまでコケにされたのは初めての経験だぞ?はっはっはっ!!!」


 怖い。寒い。怖い。


 それが今の久路人の心境だった。

 ガチガチと走る体の震えが、部屋を凍らせたことによるものか、雫の放つ殺気によるものなのか判別がつかなかった。多分両方だろう。


「し、雫、もう少し抑え目に・・・・」

「久路人は黙ってて!!」

「はい・・・」


 その寒さとは正反対に内心で烈火のごとく怒り狂っているであろう雫をなだめようとしたが、聞き入れる様子はない。逆にカウンターでこちらが黙らざるを得なかった。今朝封筒を開けた時からこんな感じで、登下校の間に現れた妖怪たちは普段の2倍ほど苦しめられて退治されていた。「雫に守られるばかりではいけない」ということを置いておいても、全身の毛穴から細い氷柱を少しづつ埋め込まれたり、眼球の水分を一気に沸騰させられる様を見せられれば、「さすがにもう早く楽にしてやれよ・・」という意味で久路人が代わりに介錯してやりたい気分になった。今も雫はハリセンボンの如く全方向に神経を尖らせており、とにかくピリピリして機嫌がこれまで見たこともないくらい悪かった。

 しかし、電話越しで冷気も殺気も伝わっていないのが大きいのか、それとも肝が据わっているのか、京はなんら気にした様子もない。


『あのなぁ・・俺だって言ったはずだぜ?「この世に絶対なんてものはねぇ」ってな。事実、九尾みたいな化物だっていただろうが』

『な・・!?そ、それとこれは話が別だろう!?保険を用意するのはまだわかるが、それが久路人の見合い相手と一緒である理由にはなるまい!?』

『ま、それはそうかもな。だが、そもそもこれは俺が言い出した話じゃねぇんだよ。そういう条件で向こうさんが申し出てきたから乗っかっただけだ。保険として、な』

『そ、それだ!!そもそも、そこがおかしいだろう!?妾は現時点で護衛として申し分ないはずだ!!この街を出ない限り、妾だけで充分で、外様を入れるなどデメリットでしかない!!なぜ今になって・・・』

『そこだ。確かに俺は保険として霧間一族との見合い話は保留にしてたが、まだ答えは返してねぇ。向こうが強引に進めようとしてんだろ』

『なんと・・・霧間一族がか』


 京は海千山千の裏社会を歩き、術師たちの総本山とも言える学会の幹部を務めるほどの逸材だ。

 そんな京にかかれば怒り狂った雫との対話など大したことでもないのだろう。その声に動揺は見られず、雫もそんなのらりくらりとした京の様子に気勢を削がれたようだった。「主犯は霧間一族」という情報を保険の有用性を示唆してから告げることで、怒りの矛先を逸らしたのである。九尾の一件で戦力の問題については雫も身をもって思い知らされていたというのも大きい。


『霧間一族って、修学旅行で行った葛城山の近くの名家だっけ?』

『そうだ。だが、見合い話を持ち掛けてきたのは当主の霧間朧じゃねぇ。前当主の朧の親父や他の親族どもだな。あいつは昔一族ともめて仲がすげぇ悪いからな』

『では、霧間リリスもこの件には無関係だということか?』


 雫と霧間朧、霧間リリスには一応の面識がある。

 九尾と戦った後、その余波で大穴が空きかけた際、戦う力がほとんど残っていなかった雫たちの前に駆けつけ、現世にやってきた妖怪の群れを蹴散らしてくれたのだ。その際に連絡先も伝えられており、久路人は後日電話で感謝を告げてたのだが、


「アンタはあの蛇と違って礼儀正しいわね~。本当に京の養子なの?」

「・・・そんなに気にされることはありませんよ。自分たちは学会の一員として当然のことをしたまでです」


 と言われた。ノリの軽いリリスとお堅い朧だが、いい人そうというのが久路人の印象である。

 ともかく、雫と久路人にとっては恩のある相手であり、できることなら争いにはなって欲しくない相手でもある。まあ、雫からすれば久路人を自分の一族に引き込もうとしている、だの下らないことを考えているようなら一切の容赦なく首を叩き落してやるつもりだが。


『聞いてはいないが、まず関係ねぇよ。朧と一族が仲が悪いのも、リリスとの結婚が原因だからな。あの一族は人外を人間の敵だと思い込んでる。なのに当主が吸血鬼を嫁にしたんだ。大方、あの二人への対抗手段が欲しいってところだろ』

『チッ・・・!!胸糞の悪い連中だな』


 霧間一族。

 その一族は、古来より日本の無辜の民を人外から守り続けてきた。故に人外を明確に人類の敵と認識しており、人外との融和を推し進めた学会とは折り合いが悪い。しかし、何の因果か、その当主たる霧間朧が吸血鬼の皇族であるリリスに一目惚れし、一族を半殺しにして婚姻を認めさせてしまったのだ。それで当主とそれ以外の仲がこじれないはずがない。だが、相手は学会の七賢の一人であり、その護衛を務める朧も同等の実力を持っている。霧間一族としては下克上など望むべくもなかった。つい数年前までは。


『狙いはやはり、「神の血」か』

『ああ。久路人が葛城山で見せたあの力。あれはほんの少しの間だけだったが、日本中で観測できたからな。この俺と敵対するってわかってても欲しがるやつらはいるだろうよ。実を言うと、俺のところには久路人に会わせて欲しいって言ってくるやつらもいたしな。全部断ったが』


 3年前に久路人が葛城山で九尾と戦った時のことだ。久路人の中に眠る力に「神」が干渉し、九尾を倒させたことがあった。あのときは陣を破壊し、現世にまで届くほどの攻撃が放たれた。当然、そんな力が現れれば霊能者には丸わかりで、これまでにも実は京のところに「お宅の子に合わせて欲しい」といった話がチラホラと来ていたのだ。まあ、日本は学会との折り合いが悪く、学会の幹部たる京にそういった交渉を持ちかけられる立場の人間は少ないのだが。


『ともかく、そんなわけで俺としてもその話は寝耳に水だ。俺からも霧間一族にはよく言っておくが・・・・久路人』

『え?何?』


 そこで、京は受話器を握る雫でなく、ソファに座る久路人に声をかけた。なお、久路人が寒そうにしていたので久路人の周りだけ冷気を操作して、雫がちょうどいい気温に調整済みである。


『この話、断るかどうかはお前が決めろ』

『えぇっ!?』


「・・・・・」


 その瞬間、部屋の気温がマイナス20℃を下回った。


 キラーパス。

 そんな単語が久路人の脳内に走った。

 雫は受話器を持って電話の方を向いており、久路人から顔は見えない。だが、その手には青筋が浮かんでおり、受話器はピシピシとヒビが入り始めていた。


『ちょ、ちょっとおじさん!!なんで・・・』

『そりゃ、この話がお前宛てに直接来て、お前がそのことを知ったからだ。それに、相手は霧間。日本の霊能者の一族でも名門だ。これまで俺の機嫌を伺いながら恐る恐る来た雑魚どもとは違う。お前が相手でも受け入れることはできるだろ。んで、相手の女も、確かかなりの美人・・・・イタッ!?おい、メア!!いきなりつねるんじゃねぇ!!』


 何やら電話の向こうで従者とふざけ合っている京は置いておいて、久路人は思わずテーブルの上にある釣書と写真に目が行った。写真には、振袖を着て、長い黒髪をストレートに伸ばした凛々しい顔立ちの少女が映っている。



 霧間八雲

 

 年齢は17歳。趣味、特技は剣道と料理。得意料理は和食全般。好きなタイプは・・・・



 ゴッ!!!



 そこまで読んだ瞬間、テーブルが真っ二つに割れた。

 太もも程の太さがあるであろう巨大なツララが突き刺さったのだ。上に乗っていた写真と釣書はツララに貫かれて、床にめり込んでいる。ツララの先端は、写真の顔の部分を気持ち悪いくらい正確にに穿っていた。


「し、雫・・・さん?」

「久路人・・・・」


 なぜか、久路人は敬語になった。敬語にならなければいけないような気がしたのだ。


「えっと・・・」

「断るよね?」

「え?」


 雫はまだ、電話の方を見ていて、久路人には背中を向けている。だが、ゆっくりと、本当にゆっくりと、久路人の方に向き直ろうとしていた。


「お見合いなんて、久路人は行かないよね断るよね行くわけないよね行くわけないじゃないそんな女のところなんて何が趣味料理だそんなところで女子力アピールなんてウザイんだよ和食全般とかフカシこいてんじゃねーよというか17歳ってまだガキだろうが一丁前にマセやがってその胸もどうせ詰め物だろ私より大きいとか認めねー剣道やってるとか言ってんだしどうせ全部胸筋だろ腕だって私と違ってゴリゴリのゴリラアームなんだろ大体久路人は庶民なんだから普通の家庭料理の方が好みだし堅苦しいのも苦手だから名門一族だか何だか知らないけど久路人も息苦しくなるだけでいいことないし行かない方がいいよそうだそうだよそうに決まってる久路人はこの街のこの家で私とずっと一緒にいるのが一番いいのそれ以外は全部バッドエンド直行で・・・・」



--顔を見たら死ぬ


 直感的に、久路人はそう思った。

 動きはゆっくりなのに、顔を見せないままに高速で何やら呪詛のようなものをブツブツと呟くさまは、本能的な恐怖を呼び起こしたのだ。何を言っているのかは正直早口すぎて聞き取れないが、聞こえない方がいいことだろうなと久路人の勘が告げていた。


「い、行かない!!」


 故に、久路人の答えは決まっていた。

 まあ、元より久路人が好きなのは目の前の少女であるからして、雫の態度があってもなくても断るのは確定していたが。


「あははっ!!だよね!!ごめんね、変なこと聞いちゃって」


 久路人が答えた瞬間、雫はそれまでの動きが嘘のように軽やかにターンし、花が咲くように笑顔を浮かべた。どこに出しても恥ずかしくない美少女である。さっきまでダークサイドに堕ちていたのは幻覚に違いない、と床に突き刺さるツララを努めて見ないようにしつつ、久路人は深く考えないようにした。


『・・・たくっ、だから俺が言ったのは客観的な話であって、主観的に言えば一番美人なのはお前・・・って、なんだ、行かないのか』

『ふん!!当たり前だろうが。ねー、久路人?』

『う、うん』


 「ねー」と言って、こちらを見てきた雫の視線が、なぜかスゴイ怖かったと、久路人は後に語る。


『なんか釈然としねぇが・・・まあ、久路人がそう言うなら別にいい。けど、断りの手紙は書いとけよ?俺も伝えておくが』

『おう!!任せておけ!!妾の全力を尽くして、投稿サイトでランキングトップになれるぐらいのお断り文を書いてやるわ!!ではな!!』

(お断りの手紙に評価ポイントってあるのかな?)


 「よーし!!評価10を100人目指すぞ~!!」と言って受話器を置いて墨汁と筆を探しに行った雫を見て、久路人はそう思った。


「しかし・・・・」


 断りの手紙を書くにも、住所は必須である。

 雫のツララに貫かれて大穴が空いた釣書と封筒を慎重に取り出しながら、久路人はちぎれ飛んでバラバラになった写真を見た。


「お見合いなんて、僕にはまだ関係ないよね」


 写真の切れ端を集めて、ゴミ箱に入れながら、久路人はそう呟くのだった。


 ちなみに、幸いなことに、住所の部分は無事であった。


-----------


「ふぅ~・・・・」


 その日の夜、夕食を食べて、いつものように久路人の部屋でゴロゴロした後のことだ。

 雫は強制送還された自室で、面倒ごとが片付いたように一息ついた。


「ふん!!いきなりこんな写真を送り付けてくるような連中だ!!この程度で十分だろう」


 部屋の隅に置かれた机の前で、雫はポイッと持っていた筆を転がした。

 筆の傍には、ついさきほどまで雫が口調とは裏腹に文才の全てを注ぎ込んだお断りの手紙が真新しい封筒に収められている。雫的にも会心の出来であり、WEBに発信できないのが残念なほどだった。

 翌日、「なんでお断りのくだりで霧間の人が異世界転生して魔王に殺されてるの?」と久路人に赤字塗れの添削をされることになるが、それは別の話である。


「まったく、何がお見合いだ・・・・バカバカしい」


 雫はベッドの上にボフッと身を横たえながら忌々しそうに口にした。

 さっきまでは文章を書くのに集中していたために忘れていたが、改めて苛立ちがぶり返したのだ。


「ああ、まったく腹立たしい!!久路人に小汚いハエがまとわりつくだけでも鬱陶しいというのに・・・!!!」


 久路人が他の女に狙われる。

 それだけでも、雫にとってはこれ以上ないほど苛立たしいことだ。だが、それでも久路人が狙われるのは分らないでもないのだ。だって、久路人は雫から見れば100点満点の男だから。だが・・・

 

「どうせ、久路人の血のことしか見てない癖に・・・・・!!」

 

 あの手紙を送ってきたやつは、京も言っていたが久路人の血を、正確には、「神の血」にしか興味がないのだろう。時期を考えても、久路人の力が暴走し、京が各地に訪れるために家を空ける期間が長引いた今送ってきたのだ。そうとしか考えられない。

 それが何よりも腹立たしくてたまらない。それでは、「月宮久路人という男には血しか価値がない」と言われているようではないか!!


「久路人には、いいところがたくさん、本当にたくさんあるのに・・・・!!!」


 雫は久路人のいいところを、その魅力のことならば、一日中語ることができる。

 その自信があったし、事実その通りだった。雫は手を天井に伸ばして、少し考えてみる。


「まず、すっごい優しいところでしょ~。でも優しいだけじゃなくてちゃんと間違ってるって思ったことには叱ってくれるのは絶対にいいところだよね。甘やかされてばかりじゃダメになるに決まってるし、悪いところから目をそらしてちゃ、夫婦は長続きしないって聞いたことあるし」


 雫は一つ、指を折った。


「すごい几帳面で真面目だし、散財とかもあんまりしないのは高ポイント!!家計的にも助かるし・・・あ、でもでも、ただ堅物なんじゃなくて、ノリも結構いいのが話しやすいんだよね!!私がツッコミ欲しいな~って思ったらすぐに突っ込んでくれるし・・・ふふ、将来は私がボケで、久路人ツッコミで芸人コンビ組んでもいいかも!!古き良き夫婦漫才!!って感じで!!ふふふ~!!」


 雫は二つ、指を折った。


「家事とかも、私にだけやらせるのは悪いってきちんと手伝ってくれるし、料理も結構うまいのは当然好印象!!あ、でも「仕込み」がやりにくくなるから、今だけは私に全部任せてくれた方がありがたいかな~。まあ、それも久路人が私の眷属になるまでだけど」


 雫は三つ、指を折った。


「趣味が合うのも結婚して長い間を一緒に生きていくなら欠かせない所だよね!!私も久路人もゲームとかアニメとかドラマとか大好きだし。かなりディープな話しても着いてきてくれるし、推しカプの好みも一緒だし。カードゲームに至っては、私が始めたのに久路人の方が強いし」


 雫は四つ、指を折った。


「あと、顔も私の好み!!そりゃ、雑誌とかに載るようなイケメンって顔じゃないかもしれないけど、それ言ったら私だって元は蛇だし・・・・はぁ~!!普段はすごい優しそうな顔なのに、剣を握ったらシュッ!!って鋭くて凛々しくなるギャップがたまんない!!あの尖った目つきが、すっごいカッコいいんだよね~!!」


 雫は五つ、指を折った。


「何より、あの肉体美!!細マッチョ!!機能美溢れる筋肉!!あの普段着てる服の下に鍛えに鍛えられた肉体があるって考えただけで、もう・・・・・・・うっ!!ふぅ~・・・・」


 雫はもう片方の指を折った。

 正確には、折り曲げて色々ヤッた。


「腕っぷしが強いのも・・・・まあ、護衛としての仕事のことにまで手を出されたら困るけど、頼もしい・・・・う~、でも、いいところなんだけど、危ないことはして欲しくないのにな~・・・・」


 思考を賢者にしてから、雫はもう一本指を折る。


「これはオマケ程度だけど、手先が器用で雷が扱えるって言うのは現代だと反則だよね。術具で電化製品を一から作れる上に電力まで賄えるとか、ハイスペックなんてもんじゃないし。私の水も合わせれば、どこでだって暮らせちゃうもの」


 指を折りつつ、雫は将来のことに思いをはせる。

 久路人は人間社会で暮らすのが難しいであろう自分の将来のことを考え、数年前から様々なことを学ぶようになった。大学で農学部を選んだのもそうだし、京がたまに帰ってきたタイミングで、術具の作成についても教わっている。物を介せば力の暴走もリスクが低く、さらに元から才能があるようで、雷や金属に関する術具についてはあっという間に作れるようになっていた。そこに雫の水属性を揃えれば、久路人と雫は人間社会から隔絶された秘境でも生きていけるはずである。雫もいざという時に食料を確保できるよう、食べられる野草や獣の解体についても勉強し、その辺の鹿や猪で練習してマスターした上に、剝ぎ取った皮をなめして毛皮を加工するところまでできている。最初は久路人も、「そういうのって、免許とらなきゃダメなんじゃ・・」と渋い顔をしていたが、「最近は鹿が増えすぎて困ってるし、猪も人里に出てきたら危ないでしょ」と言ったところ、浮かない顔ながらも納得してくれた。


「いざとなったら、常世に行ってもいいしね」


 何なら、適当な大穴に今から目星をつけておき、常世に渡ってもいい。あそこは弱肉強食の世界であるが、それ故に久路人と雫ならばそこそこ快適に暮らせるはずだ。そう、将来に、自分の眷属となって悠久の時を過ごせるようになった久路人とともに。


「えへへ・・・、将来、将来かぁ・・・」


 異能の力で小さな家を建て、その中で暮らす二人。

 昼間は雫か久路人が狩をし、畑を耕し、久路人が作った術具でご飯を作る。隣り合って座って食べながら、その日にあったことや、明日のことを笑顔で話す、温かい家庭。漫画やアニメは見れなくなるかもしれないが、二人には些細なことだ。だって、一番お互いの好奇心と欲求を満たせる相手が傍にいるのだから。

 そして夜はお互いを欲望のままに求めあい・・・・


「ウヘヘヘ・・・・・おっと、私と久路人のラブラブ新婚生活を考えるのは後で絶対にやるとして、それからそれから~久路人のいい所は・・・・・」


 つい先ほど賢者となっていたからか、その妄想は途中で止めることができた。

 それから、思考を再開し、雫は思いつくままに久路人の魅力を挙げていく。

 指は両手では足りず、両足の指まで折り曲げることになったが、それでも足りなかった。


「ん~!!まだまだあるけど、とりあえずこんなとこかな~」


 それからとりあえずパッと思いつくところまで久路人の魅力を掘り起こし、指が痛くなってきたのでそこで思考を中断した。


「久路人の魅力は、私だけが知ってればいい。私以外の雌に知られるのも嫌。けど・・・」



--久路人がただの物みたいに見られるのは、たまらなく腹立たしい!!



 つまるところ、雫が一番苛立っているのはそこだった。

 久路人に雌が寄ってくるのは嫌だ。久路人は自分のモノだし、他の雌が本格的にターゲットにしてくるリスクを減らすためにも、その魅力は自分だけが独占したい。だが、久路人の血しか見ないで寄って来るのは、もっと嫌だ。恋のライバルなんて陳腐なモノだとは思うが、どうせ完膚なきまでミンチに、もとい蹴落とすにしても、競うのならば久路人の魅力が分かっているヤツの方がいい。物としかみていないヤツなど、ライバルにする価値もない。

 それはどこまでも矛盾した感情だが、恋はそういうものだ。理屈ではないのである。


「そりゃ、最初は私も久路人の力のことしか見てなかったけどさ・・・・」


 雫は、初めて久路人と出会った頃を思い返す。

 あの頃は、自分は本当に弱い妖怪で、久路人の力でかつての力を取り戻すことしか考えていなかった。

 だが、少し一緒にいるだけでも、久路人の特異性、魅力は単に不思議な力を持っていることなどではないことはすぐわかった。だから、仮にもかつては大妖怪であった雫は、心から久路人と友となり、さらに進んで、恋をするようにもなったのだ。


「久路人は久路人で、神の血なんてものだけじゃないんだから・・・・!!」

 

 決してそれだけではないのだ。神の血なぞ、おまけでしかない。むしろ、今の雫にとっては久路人の体を傷つけるあの力は忌々しいものでしかない。

 

「ま、あのお断りの手紙を出せば、全部終わりなんだし、気にするだけ時間の無駄だね。明日も早いし、もう寝よ」


 そして雫は布団の中に潜り込んで、丸くなって眠り始めた。

 また明日も、朝から日課があるのだから。



-----------


「ふん、何が神の血だ、ガキが調子づきやがって・・・・」


 某県某所。

 月宮と呼ばれる山を有する、ある街。

 その麓の街を一人の男が表情を歪めながら歩いていた。


「久雷翁め、今更そんなどこの馬の骨とも知れん男に一族の当主に据えるなぞ、認められるものかよ!!」


 男の名は、月宮健真。

 月宮一族の本家筋の一人であり、現当主である月宮久雷がもうけた幾人もの息子の子供の内の一人、孫である。

 かつて一族を出ていった神童である月宮京に次ぐ実力者であり、京があの異端者ぞろいの学会に身を置く恥さらしとなってからは、次期当主は彼だと言われていた。二百年を生きたという久雷も、流石にもう寿命が迫っていることからは逃れられず、ここまで続いた月宮一族を、正確にはその豊富な人脈と、異能の力を用いて得た莫大な富を継ぐという栄誉を当然のものだと思っていた。ほんの3年前までは。


「あの力が現れてから、一族が皆おかしくなった・・・!!」


 久路人が葛城山で「神の力」を暴走させた時。その力は、月宮一族も感じ取ることができたのだ。

 それからだ。月宮一族の中で、「あの力の使い手こそ、次期当主に!!」という動きが急激に高まったのだ。ついさきほどまでも、「どうやってあの京から引きはがすか?」という答えの出ない下らない問いを当主をはじめとしたお歴々を交えて話し合ったばかりである。


「何が、一族の悲願だ!!そんなもの、今のこの世界で何になると言うんだ!!」


 月宮一族は、神の力を手に入れた男を祖に持ち、一族全員が「天」にまつわるなんらかの異能を有する。しかし、その力の大きさは文献にしか残っていない初代とは比べるのもおこがましいほどに弱く、偉大なる祖の力を取り戻すことこそを、一族の悲願としていた。そのために各地の霊能者から半ば強引な手を使ってでも強力な異能者を迎え入れ、力を高めようとしてきたのだ。そこに、長年追い求めてきた初代に匹敵する力の持ち主が現れたのである。さもありなんといったところだろう。手に入るはずだった当主の座から遠のいた健真には認められなかったが。


「そのガキがもし来たなら、俺が力づくでも追い出して・・・・」


 そうして、その醜い嫉妬と欲を隠さず悪態をついていた時だった。


「やあ、そこの青年!!実にいい夜だね!!」

「あん・・・なんだオマぇぇエえ!?」


 いつの間にか入り込んでいた裏路地から、一人の男が現れたと思った瞬間。

 自分の体の中に、「ナニカ」が入り込んできたのを感じ・・・・


「あ、あ、ああ・・・・・・」

「うん!!ボクのお友達は君の体を気に入ってくれたみたいだ!!まあそこそこの霊力の体に、負の感情!!君の心は、実に入りやすかったと感動しているよ!!これで、君とボクも友達さ!!」


 そして瞬く間に、月宮健真という男の心はこの世から消え去った。


「それにしても・・・・・」


 そこで、男は鍵のかかっていない窓のある家を見るように、辺りを見回した。


「ずいぶんと結界にガタが来ているなぁ・・・・まったく!!不用心なことだ!!悪い魔法使いでも来たらどうするんだ!!ここに来たのがこのボクだったから良かったけど、他のメンバーなら一体何をしていたことか!!この幸運に、世界は感謝するべきだよ!!」


 ウンウンと頷きながらも男は裏路地に入っていく。

 月宮健真は、月宮健真だったモノは、男を見送るだけだ。

 男は再度周囲に目をやり、最後に、月宮の山のある方向を見やった。


「この土地にある力も、ずいぶんと弱弱しい。大本は「あの人」に流れ込んで、土地に残っていた力は残りカスだったのかな?土地に根差した結界を張ったはいいが、肝心の力は補充されない・・なるほど、結界が弱るわけだ!!」


 男の体が路地裏の影の中に収まると、その色が漆黒に染まった。

 ずぶずぶと底なしの沼に変わったかのように、男は影に沈み込んでいく。


「それじゃ!!後のことは追々指示を出すから、頼んだよ!!月宮だけじゃなくて、霧間も色々と面白いことになっているようだからね!!・・・・・おぉっと!!いけないいけない!!また同じミスをやらかすところだった!!お友達になったのに、自己紹介もしないなんて、何度もやるのは人として恥ずかしい!!ボクはもう人間じゃないけどね!!はっはっはっ!!!」


 男は笑いながら、心を侵された木偶に名を名乗る。


「ボクはヴェルズ!!別名を狂冥!!ゼペット・ヴェルズさ!!これからよろしくね!!名も知らぬ青年!!」


 そして男は、自分の名を名乗って消えていった。ただ、その声だけが響いて、少しばかりその場に残る。


「・・・・・」


 月宮健真だった木偶は、「お友達」になったと言われたのに、名前すら聞かれなかった男は、フラフラと歩き出した。最初は人形のように頼りない歩き方だったのが、路地裏を出るころには元のようにしっかりとした足取りに戻っていた。しかし・・・


「承知、いたしました・・・ヴェルズ様」


 その眼に光が灯ることは、二度となかった。

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