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白蛇病恋譚~拾った妖怪に惚れて人間やめた話  作者: 二本角
第二章 永遠にあなたと在るために
19/74

前日譚 天花乱墜1

次回より、九尾戦スタート。

「準備は整ったようじゃな」


 葛城山中腹にある神社から少し離れた一角で、九尾はそう呟いた。

 そこは神社の境内にある分社の、そのまた脇にある小道を進んだ先のこじんまりとした広場だ。だが、そこにいるのは九尾だけではない。


「「「・・・・・・」」」

「フン。自分で考えて動いて家を傾けた愚か者め。吾が命を下してやった方がよほど効率が良いではないか」


 煌々と輝く松明の灯りに照らされて、生気の抜けた顔をした人間たちが闇の中に浮かび上がる。時刻は丑三つ時。いかにそこが観光地であろうととうに人がいるはずもない時間であるが、九尾の支配下にある人間には関係がなかった。彼らは己の主の命に従って、九尾の用意した策の最期の仕上げを整えていた。

 彼らの足元には赤黒い液体が滲んだような跡があり、その跡は森の奥の暗がりまで延々と繋がっている。


「さて、霊脈との接続はとうにできておる。ここに敷いた道を通り、霊力は十分に溜まった」


 九尾は状況を口に出して確認する。地面の赤黒い跡は九尾が封印されていた大岩のある場所から伸びていた。あの岩は九尾の封印を司るとともに、霊能者の一族がいることで妖怪がやってくるのを防ぐために張られた結界の要でもあったのだ。その結界は忘却界が展開された後にも依然として残り続け、役目を忘れた一族の代わりにこの地を守り続けてきた。その動力源は封印の大岩がある場所に繋がった霊脈から溢れる霊力だ。もっとも、霊脈が地上に出ているとはいえ、その規模は小さなものであったが、周辺に結界を張るのには十分だった。そして、九尾が解き放たれた後には、その結界を今まで散々サボったツケを払わせるように結界の展開は一族に任せ、その分の霊力は封印で弱った九尾の回復に費やした。そうして、九尾の力が回復した後に、件の少年と蛇がこの地に来るのを知り、封印の大岩から霊力を送る流路を作り、この広場に霊力を貯蓄させた。


「そして、その霊力を費やす「陣」の準備も今整った」

「「「・・・・・・・」」」


 九尾とその支配下にある人間の足元にあるのは、森の奥に続く跡だけではない。人間たちの手には、生臭い臭いを放つ赤黒い液体の入った袋が握られている。袋からは今も液体が滴っており、この広場をぐるりと囲うように線が引かれ、ところどころに崩れた文字のようなものが書かれていた。今まで人間たちが行っていたのは、その文字を刻むための作業だった。術を使用するには、その名前や起きる現象を詠唱という形で声に出して唱え、世界に刻み付けて発動させる方法があるが、九尾が準備したように文字や図で形にするのも有効な方法である。


「明日だ。明日の間にケリを付ける」


 九尾の顔に歪んだような笑みが浮かぶ。それは、自分の野望が叶う一歩手前に近づいたことへの達成感であり、あの気に食わない蛇で遊ぶことへの楽しみから来るものでもあった。


「もうすぐだ。もうすぐで力が手に入る。そうなれば、そうなれば・・・」


 九尾は想像する。多くの人間どもが毒と瘴気に溺れて腐り果てるのを。

 炎に焼かれ、あるいは石となり、永遠の苦痛を味わうのを。

 お互いに疑い合い、足を引っ張りあいながら殺し合う愚かなさまを。

 強大な力で薙ぎ払うのも、奸計を以て嬲り殺すのも、どちらでもよかった。九尾にとってたった一人の例外を除いて、人間などすべて滅ぼしてしまいたい生き物だ。そう、九尾にとっては。

 そこで九尾の笑みが消え、一瞬、ほんの一瞬だけ悲し気な表情になった。


(せい)。汝は吾のやろうとしていることなど望んでおらんのかもしれん。これは吾の自己満足なのじゃろうよ。だがなぁ、吾が未だに汝の後を追わぬのは、汝のせいでもあるのだぞ?ひどい(おのこ)じゃよ、汝は」


 誰とも知れぬ者に恨むような、恋しがるような声音でそう言いつつ、九尾は踵を返した。その影は、森の暗闇に呑まれるように消えていく。


「もしも天国と地獄があるのなら、汝と吾が会うことは、二度とないのじゃろうな・・・・」


 そう、寂し気に呟きながら。


-----------


「わからない・・・・」


 修学旅行3日目の朝、久路人は便座の上でそう呟いた。時刻は朝の6時。なぜかやや久路人から離れた場所に布団を敷いた毛部君と野間琉君はまだ眠っている。


「わからない。わからないよ・・・・」


 久路人は再度同じセリフを呟いた。よほど疑問に思っているのか、珍しく眉間にしわが寄って、ウンウンと唸っている。


「雫は、本当に僕のことをどう思ってるんだ?」


 久路人の口から、疑問の中身がこぼれ出た。昨日の昼から今まで、ずっと久路人の中にある問いである。それというのも、昨日の夕方ごろから雫の接し方が少し変わったからだ。具体的に言うと、押しが強くなった。


「さっきといい、昨日の夜のことといい・・・・」


 昨日も一昨日と同じ理由で風呂を一緒に入ることになったのだが、久路人が相変わらず尻込みしていたのに対し、雫はグイグイ来た。背中を流すのも術ではなく、直接手でやって欲しいと言ってきたり、久路人の前に回り込んで隙あらばタオルをはぎ取って洗おうとしてきた。もはや完全に痴女である。風呂は結局久路人が土下座しかねない必死さで説得したために術でやってもらえたが、その後もひと悶着あった。


「まさか旅行先でも匂いチェックをやることになるとは・・・」


確かに、行きのバスで風呂上がりにもやるとは言ったが、風呂に一緒に入ったのにやる意味はあるのだろうか?ただでさえ入浴中に色々と危なくなったのに、湯上がりの雫が普段とは違う浴衣に身を包んでいる状態でもたれ掛かって来るのだ。しかも、久路人が間隔を空けようとすると顔を赤くしながらも距離を詰めてくるナイトメアモードである。もしも自分の下半身事情を知られたら舌を噛みきる覚悟で、再び雷起を使って匂いを嗅ぐはめになった。そうして、つい先ほども朝のチェックを周りにバレないようにどうにかこうにか終えたばかりである。昨日の夜は五里霧中を展開してから空いている椅子を使えたが、今は寝ているクラスメイトを飛び越えて起こすリスクを考え、霧の範囲を久路人の布団の上に限定して発動させたために、どうしてもくっついてやらざるを得なかった。朝から大分何かが削られたような気がする久路人である。


「そもそも、全然休めた気が・・・いや、結構するな?」


 体力、気力を回復させる代表例には睡眠があるが、これも初日と同様に雫と同じ布団であった。

風呂、匂いチェックに加え、今度はきちんと意識した上での同衾である。顔が熱く、赤くなっていることは見なくてもわかったため、背中を向けて寝ていいか?と聞いてみたのだが、これにはなぜかOKが出たので、結局お互いに背中を向けて寝ることになったのだ。すぐ近くにいる雫の体温やら息遣いやらいい匂いが感じられて、最初は眠れるわけがないと思っていたのだが、意外にもすぐに眠ることができた。というか、普段よりも安眠できたような気がしなくもない。しかし、どうして修学旅行でこんなに旅行に関係ないことで気を病まなければならないのか。


「本当に、普段はこんなこと考えたことなかったのにな・・・いや、普段よりも一緒にいる時間が長いからか?」


 思わずそう呟いてしまうほどに、久路人はこの修学旅行の間に旅行先の風景でも食事でもなく雫のことばかり考えているような気がする。それは久路人の言う通り、一緒にいる時間が長いからだろう。行のバスに始まり、一日目の門前町にホテルの風呂、二日目の湿地の桟橋にやはり風呂と布団。いつもはさすがに風呂や布団は別なので、この旅行中はそれこそ今のトイレくらいしか一人になっていない。そのトイレにしたって、ドアの向こう側で雫が耳を塞いでスタンバっている。しかも、ただ一緒にいる時間が長いだけではなく、そこでの体験も濃厚だ。まさか普段の匂いチェックよりもハードなことをやるとは思わなかった。新しい場所に来たことで、普段とは違う状況や心情になっているからだろうか。雫にポロっと言ってしまった蛇発言だって、湿地に来なければ言わなかったはずだ。


「う~ん・・・・」

「ね~、久路人大丈夫?お腹冷やした?」

「いや、すぐ出るよ」


 あまり長い時間をトイレで悩んでいたからか、ノックの音ともに雫の心配そうな声が聞こえてきたため、久路人は思考を中断してズボンを履きなおし、外に出た。それなりの時間が経っていたため、毛部君と野間琉君も起きているころだろう。しかし、なぜ彼らは昨日僕から離れたところでお互いを守りあうかの如くくっついて寝ていたのだろうか?一昨日のホモ疑惑は彼らなりの冗談だったはずであり、本気ではないはずだ。なのに・・


「まさか、二人はそういう・・?僕に冗談を振ってきたのも、カモフラージュのためか?」

「久路人?」


 「はっ!?」と脳内にピキーンと電流が走り、久路人の中に一つの仮説が浮かぶ。久路人にその気はないが、知り合いがそういう趣味のカップルを作っているのならば、自分に押し付けてこない限り祝福するつもりであった。なお、その二人からはむしろ久路人こそがそちら側だと思われていることには当然気付いていない。


「ねぇ、バラの花のお土産って売ってるかな?」

「・・・・よくわかんないけど、買うの止めておいた方がいいと思うよ」


 取り留めのないことを話しながらも、二人は歩く。

 今日も昨日や一昨日と同じように、普段の日常とは少し違うけれども、穏やかな日になると信じて。


-----------


 修学旅行3日目。

 今日のスケジュールは、山登りである。とはいっても、湿地を歩き回った次の日ということもあり、葛城山はそこまで標高の高い山ではない。目的地は山頂ではなく中腹の神社がある高さまでであり、そこまではロープウェイが通じているため、帰りは楽な予定だ。行の道も緩やかで、コンクリートで整備された道もある。ちょっとキツ目のハイキングと言ったところだろうか。


「昨日に比べたら楽だね」

「うん」

「昨日は延々歩いたもんな。平地でもアレはきついよ」


 なだらかな登りの道を歩きながら、毛部君と野間琉君と話す。池目君と伴侍君は最初は近くにいたのだが、今日はコースが緩いこともあって、女子たちに群がられている内に離れてしまった。あの二人には悪いが、あまりああいう女子グループに混ざりたくはないので、置いて先に行かせてもらっている。


「でも、こういう山の中って結構いいよな」

「登る前は面倒くさかったけど、杉の匂いとかがいい感じだね」

「杉なんて地元にもあるけど、こういう雰囲気ある場所だと違うように感じるよ」


 僕らの地元、白流市はかなりの地方都市であるために手付かずの自然も残っているのだが、やはり観光明地となるだけあってか、山や森もなんとなく雰囲気があるというか、見ていて癒されるものを感じる。


「あと、結構観光客の人もいるね」

「門前町はわかるけど、こんなとこまで来るんだな」

「学生は僕らの高校だけみたいだけどね・・・あ、あんなお爺さんお婆さんもいるんだな」

「姿勢が綺麗な人たちだね~」


 さっきから、荷物を持った観光客と思しき人々とすれ違っている。まあ、時期が時期だからか、あるいは場所のせいか、学生は僕ら以外いないようだが。そして、ちょうど僕らの前方から一組の老夫婦が歩いてくるところだった。すれ違いざまに、会釈して「こんにちわ」と言い合う。僕につられてか、雫も「こんちわ~」と軽めに挨拶していた。


「おお、こんにちは。修学旅行かい?儂らも久しぶりにこっちに来たんでついでに観光しとるんだが」

「あ、はい。結構離れた県から来たんです」

「礼儀正しい学生さんたちねぇ~お爺さん。ところで、貴方たちはカップルか何か・・・」

「「「違います!!!」」」


 突然意味不明なことを言い出したお婆さんに、男三人は速攻で否定した。

 お婆さんは「あらそう?」と不思議そうな顔をしながらも「邪魔しちゃ悪いよ婆さん」と言うお爺さんに引き連れられて、去っていった。


「婆さんや、この、『人間は食べちゃいけない激甘饅頭』って食べたらやっぱり危ないかのぉ?」

「糖尿病になるかもしれないけど、気になりますねぇ、お爺さん」


 そんなことを話しながら歩いていく老夫婦を尻目に、僕らは笑みを貼りつけながらも、どこか張り詰めた空気で先を行く。


「いや~、おかしなことを言うお爺さんたちだったね~」

「ホントホント。すごい元気そうに見えたけど、ちょっとボケてんのかな?」

「もしかしたらそうかもね~」

「「「アハハハハハハ!!!」」」


 男三人で、そう言いながら笑い合う。僕+雫と、毛部君と野間琉君の間にジリジリと距離を空けながら。


(やっぱり、あの二人はそういう・・・・)

((どっちだ!?俺たちのどっちが月宮の彼氏に見えたんだ!?))

「変なの・・・・」


 男3人の心の中では大きな誤解が進行しており、そんな3人を怪訝そうな目で雫は見ていた。

 そうして無事に中腹まで着いたときに、「「「じゃあ、ここからは自由行動だね。僕(俺たち)は行きたいところがあるから!!」」」と言って別れたのであった。


-----------


 葛城山中腹は、コンクリートで舗装された道が通っており、車の往来もある。門前町ほどではないがそこそこの数の出店も開いており、観光客でごった返していた。


「さすがに3日目はお土産屋巡りはいいかな・・・」

「うん。私も今日は人ごみに入りたくないし」

「こう見ると、1日目でお土産買っておいてよかったな」

「あ、でもお昼は食べときたいかも」


 時刻は正午を回ったところだ。今朝に先生方から学生は1000円分の食券を渡されており、この中腹にある店で各自昼食を摂ってくれとのことだった。雫もちゃっかり一枚食券を拝借済みである。ちなみに昼食の後はしばらく自由時間であり、夕方に奥にある神社の観光を済ませた後で下山する流れだ。

 お昼時ということもあって空腹を感じ始めた二人は手頃な店を探して入ることにした。


「いらっしゃいませ~!!2名様ですか?」

「はい」


 雫と連れ立って、久路人は近くにあったうどん屋に入ることにした。こうした店に入るとき、雫は「ある程度」一般人にも見えるように姿を現す。朧げにしか認識できない上に、術具の効果も合わされば、一般人からすると「誰かいる」のは分かるが、結果的にその行動のほとんどが記憶に残らなくなる。もっとも、そうした微妙な力加減は雫としては面倒らしく、外食に行くときくらいしかやらないが。今の雫は髪や眼の色はアルビノカラーだが、服装は久路人と同じく高校の制服を着ていた。

 

「えっと、僕は月見うどんで」

「私は狐うどん」

「かしこまりました!!」


 隅の方の席を選んで座り、注文を済ませて、店を見回すと、中々年季の入った店だ。客もかなり入っており、賑わっている。


「なんというか、老舗って感じだ」

「雰囲気あるよね」


 そんな風に店を見たり、外を歩く観光客を見ながら雫と話していると、しばらく経ってからうどんが来た。これだけ混みあっているとどうしても遅くなってしまうのは仕方ないだろう。


「いただきま~す!!」


 なんとはなしに、久路人は割りばしを持ってうどんをすする雫を見る。久路人から見ればただの美少女なのだが、周りは一向に気にする様子を見せない。自分だけが、この場で彼女に干渉できる。


(なんだろ。なんか安心感というか、悪い気はしないな)


 それは久路人からすると時折感じる何かだった。雫と一緒に日々を過ごしているとたまに湧き出てくる感情。久路人にはその名前はわからないが。


「久路人?食べないの?伸びちゃうよ?」

「ああ、すぐ食べるよ」


 久路人が手を付けないのを不思議に思った雫が声をかけてきたので、久路人も割りばしをパキリと割ってうどんを食べ始める。


「おお、おいしい」

「だね!!ちょっと値段は高めだけど、味の方はっ・・熱っ!?」


 喋りながら食べていたからだろうか。雫の持っていた器から汁が撥ね、手に付いた。


「大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!!ちょっとびっくりしただけだから。でもちょっと勿体ないな・・・れろっ」

「・・・・・」


 雫が、手の甲についた汁を舐めとった。行儀がいいとは言えないが、声を出してたしなめる程の事でもない。けれど、久路人はなぜかその様子から目が離せなかった。その少し赤くなった白い肌と、紅い舌が目に焼き付く。普段は気にもしないだろう。だが、ここ数日の積み重ねもあって、その所作にどうしようもない色気が・・・・


(・・・・・何考えてんだよ僕!!本当におかしいぞ!!!)


 頭によぎった考えを振り払うように無我夢中でうどんをかきこむ。舌を火傷しそうになるも、まったく気にならないくらい顔が熱い。まったく、汁の温度が高すぎるとクレーム入れてやろうか。


「く、久路人?そんなに気に入ったの?」

「お、お腹が減ってたんだよ!!」

「そ、そうなんだ・・・」


 雫としてもここ最近何かがおかしい久路人の様子が気になっていたようだ。だが、昨日で懲りたのか今日の久路人は大人しめだったので、そのことについてはそれ以上は言わないことにしたらしい。けれども、雫はそこで止まるつもりはなかった。


「ね、ねぇ久路人?」

「な、何?」


 やや緊張した面持ちの雫に、先ほどの動揺が未だに尾を引いている久路人。どちらも若干声が震えているが、雫はさらに踏み込む。雫は決めたのだ。蛇ではなく女の子として見てもらうようになる、と。幸いなことに、雫の声の違和感は久路人には気づかれなかったようだ。久路人も平常心ではないからだろう。


「せっかく違うの頼んだし、ちょっと交換してみない?」

「え・・・?」


 そんな雫からの提案に、少しの間思考が追い付かなくなる久路人であった。そりゃあそうだ。同性の友達同士、もしくは小学生の間ならともかく、今の久路人と雫でそういったことは・・・


(そう、これは・・・)

(こ、これは・・・・)

((間接キス!!))


 雫の狙いはそれであった。実を言うと、店に入り、注文をするときにはすでに組み立てていた策である。重要なのは表情に出さないこと。何でもないように、下心などないように振る舞うこと。そうすれば・・・・


「う、うん。いいよ」

(よしっ!!!)


 「かかった!!」と雫は内心でガッツポーズを決める。基本的に受け身がちな久路人ならば、こういった誘いは断らないと踏んだが、思惑通りである。なお・・・


(ここで断ったら、それこそなんか意識してるみたいだし・・・)


 久路人も久路人で先ほどの一幕からのこれであったために、内心は大混乱である。雫の思惑以上に、やる前からすでに意識しているということに、雫も、久路人本人も気付いていなかったが。


「じゃあ、ど、どうぞ」

「よ、よし」


 雫が丼を差し出すと、久路人も自分の丼を滑らせるように押し出した。

 お互いの手前に来た丼を見つめ、「ゴクリ」と唾をのむ。


「あ、あれ?食べないの?」

「う、ううん!!食べるよ!!でも、そう、せっかくだからさ!!同時に食べようよ!!」

「わ、わかった」


 言い出しっぺの雫が食べないので、久路人としても手を出しにくい。そこで、雫は「死なばもろとも!!」とばかりに久路人も巻き込んで箸を改めて手に取った。「「スゥ~」」とお互いに軽く息を吸い、同時に箸を丼に突っ込んで麺をすする。


((味がわかんない!!))


 いざ口に麺を放り込んでみるも、さっきにはお互いに美味しいと思った麺だというのに、味が分からなかった。いや、お互いが美味しいと言っていたというよりも・・・


((さっきまで久路人(雫)が口に入れてた箸を突っ込んでた丼!!))


 そんなことばかりが浮かんで味わうどころではなかったのである。しかし、黙っていては「何事もないように」などという演技もできない。


「く、久路人!どう!?」

「お、美味しいです!!そっちは!?」

「私も美味しい!!」


 思い立った雫を皮切りに、お互いに投げつけ合うかのように感想を言い合う。味なぞわからないくらいに緊張していたが、それでもここで「マズい!!」などと言えるわけがなかった。


「「・・・・・・」」


 それから二人は無言でうどんをすする。雫の策略通りの展開ではあるものの、こうなるとは予想ができなかった。空気は妙な感じになるばかりである。

 とはいえ、男子高校生にとってうどん一杯など大したものでもない。雫も結構な健啖家なので、二人はあっという間に食べ終えて、逃げるように会計をして店を出た。


「・・・・う~ん!!美味しかったけど、まだ入りそうかな~!!ちょっと見て回る!?」

「そうだね!!せっかくだし!!!」


 さきほどまでの空気を振り払うかのように、二人はわざとらしい大声でそう言い合った。雫はともかく、久路人は普通に一般人からも見えているので妙な目で見られているが、気付く余裕もないようだ。

 だが、その誘いは何も空気をどうにかしようとするためだけの方便ではない。腹が膨れたことで、いや、胃袋が刺激されたことで火が点いたのもある。雫はどこか物欲しそうな目で店を見ていた。久路人もうどんだけではやや物足りなかったので、もう少し食べたい気分ではあった。そうして足早に歩き出そうとして・・・・


「じゃ、はい!!」

「え?あ、うん」


 雫が、隣にいる久路人に手を差し出したので、反射的にその手を握る。雫の顔はさっきまでの余韻もあって若干赤いが、一昨日ほどではない。まるで、「手を繋いで歩くのが当然」という意識があるようだった。そういえば、一昨日も最初こそぎこちなかったが、最期の方はお互いに気にすることなく手を繋いでいた。この旅行で色々とあってもう手を繋ぐくらいでは動じないのだろう。


「行こ?」

「うん」


 そう思う久路人も、一昨日ほど緊張はしていない。風呂やら匂いチェックやらさっきのうどんの方がよほどハードであるからだ。だが、エベレストと富士山を比べて「富士山ってしょぼいな!!」とはならないように、手を繋ぐことくらいで雫を意識しないということにはならない。


「あ!!ここでも饅頭売ってる」

「デザートと饅頭って語感がなんか合わないなぁ」


 店に出入りして買い食いしつつも、久路人の中では何かが動いていた。

 今日の朝にも感じた何か。途中で考えることを止めてしまったが・・・・


(雫は僕のことをどう思ってるんだろう。僕はどうしてこんなに雫のことを考えてるんだろう?)


 一昨日はあんなに緊張したのに、今はむしろ雫と手を繋いでいることに落ち着きを感じる。朝よりもずっと冷静に考えることができていた。しかし、そうして落ち着いていたからこそ、そこで久路人は奇妙なことに気付いた。


「あれ?なんかうちの学校の生徒がいないな?」

「本当だね。あれ?久路人の持ってたしおりだと、まだ今は自由時間だよね?」

「うん。そのはずだけど」


 周りには観光客が歩いているが、学生の姿が見えないのだ。

 山を登る際に毛部君と野間琉君も言っていたが、この時期にこの辺りに来る学生はうちの高校くらいなものだが、それでも一人も姿が見えないというのはおかしい。あのうどん屋に入る前にはチラホラと歩いていたのだが。


「なんか変更とかあったのかもしれないな」

「なら、神社に行ってみる?集合場所がそこなんでしょ?」

「う~ん、どうしようかな。他の場所に行ってることも・・・」

「あんた、学生さんかい?」

「はい?」


 不思議に思った久路人が小声で雫と話していると、近くにいた露店の店主が久路人に声をかけてきた。雫はうどん屋を出たあたりで霊力の調整が面倒になったらしく姿を見えなくしているので、久路人にだけ声をかけたようだ。


「あの、どうしました?」

「いや、さっきこの辺りにここいらの元締めの家の人たちが回ってきてね。『学生さんが来たら神社の方へ行くように言ってくれ』って。あんたも行った方がいいんじゃないか?」

「あ、そうなんですか。わかりました。ありがとうございます」


 久路人はそこで店主にお礼を言うと、店から離れて歩き始める。


「何があったんだろ?」

「さあ?でも、携帯にメールを回せば済むのに、わざわざ歩き回って言うなんて変だなぁ」

「そのうちメールも来るんじゃない?」


 そんなことを喋りながら、手を繋いで歩く。

 何か事情があったのだろう、ということで、久路人と雫はそこで出店を回るのを止め、神社に向かうことにしたのだった。



-----------

 

「え~、なにこれ」

「なになに、『ただいま補修箇所があるため立ち入り禁止』?」


 神社に着いた久路人たちであったが、本尊に行く道には看板が立っていた。看板は新しい、というよりもかなり適当な感じで、どうみても緊急で作りましたという風だった。


「本尊に何かあったからこの辺りに集合ってことにしたのかな?」

「それにしては誰もいないみたいだけど・・・」


 見回してみるが、学生どころか他の観光客もいない。まあ、立ち入り禁止になっている個所があるならわからないでもないが、ならばさっきの店主の話はなんだったのか?


「ちょっと近くを探してみようか」

「うん。あっちにも別の建物があるしね」


 雫が指差す方向には、麓にあった神社のような建物があった。本尊とは別にそういったものもあるのだろう。少し離れた場所にあるようで、ここから見えるのは屋根だけだ。後の部分は木立に隠れて見えなかった。


「久路人、メールはまだ来ない?」

「うん。池目君たちにもメールを送ったんだけど、繋がらなくてさ。電源を切ってるみたいだ」

「そういうマナーのところにいるのかな?」

「かもね」


 ここに来る途中にも、久路人は友達にメールやら電話やらをしてみたのだが、電源が切れているようだった。すでに電源を切って欲しいというような施設にでも入ったのかもしれない。


「でも、ここにも誰もいないね」

「うん。本当にどこに行ったのやら」


 しかし、目的地に着いてもそこには誰もいなかった。

 がらんとした境内に、10月の午後らしいオレンジ色の光が差し込んでいる。


「連絡しても繋がらないなら、もうちょっと待ってから探す?歩き回って少し疲れたでしょ?」

「僕はそこまで疲れてないけど、確かに闇雲に探してもなぁ。店主さんたちは神社の方って言ってたし、ここいらで間違いはないはずだしね」


 とりあえず色々と歩き回ってさらに迷うのは避けたかったので、二人は少し休むことにした。


「よっこいしょ」


 久路人は建物の前にある賽銭箱に繋がる短い石段に腰掛ける。歩き回って少し火照った体に、石段の冷たさが心地よい。


「久路人、ちょっと詰めてもらっていい?」

「え?うん」

「えいっ!!」

「おおぅ!?」


 久路人が涼んでいると、雫がずいっと隣に詰めてきた。石段の幅はそこまで広いものではないが、距離を詰めて座るほどでもないはずなのだが。


「し、雫?」

「体冷やしすぎちゃ風邪引いちゃうかもしれないでしょ?」


 急に接近してきた温もりと優しい香りに、久路人の声が跳ねる。

 雫は休みながらも周りを見回そうとしているようで、久路人とは逆の方向を向いていたが、その白い耳が赤くなっていた。


「えっと、やっぱり、誰もいないね・・・・」

「うん・・・」


 周りを見ていた雫がそう言うが、久路人としては耳に入らない。

 うどん屋で間接キスにうろたえ、参道で手を繋いで落ち着き、そして今この場での密着だ。アップダウンが激しすぎてスキーだったらプロ選手でもコケるに違いない。


「「・・・・・・」」


 二人の間に沈黙が訪れる。だが、その沈黙はうどん屋の時のように重いものではない。場の静寂さと景色、隣り合って座るだけという間接キスや背中流しに比べれば控えめな接触が、どこか二人に安らぎを与えていた。

 周りは杉と紅葉に覆われ、境内の中には赤や黄色の葉が落ちて絨毯のようになっている。時折風が吹いて渦を巻くように空に舞っていたが、そこで少し強い風が吹いた。


「わっ!?」


 ザァッと地面に落ちていた葉が舞い上がり、久路人たちの方に飛んでくる。思わず目をつぶってしまった。


「もぅ~!!目に砂入った~!!」

「あはは、びっくりした・・・あれ、雫、頭に葉っぱが乗ってるよ?」

「う~、目が痛い・・・取ってもらっていい?」

「うん」


 さきほどの風で舞ってきた葉が一枚、雫の髪に付いていた。紅い紅葉の葉が白い髪に映え、まるでアクセサリーのようにも見える。「ちょっと勿体ないかな」と思いつつも久路人は雫の頭に手をやって、葉を摘まみ・・・


「ん?」

「あ」


 そこで、目をこすり終えた雫と、久路人の目が合った。唇が触れ合うには全然遠い。しかし、手を繋いでいる時よりも近い。そんな距離だった。


―ドキリと久路人の心臓が大きく鼓動するのが聞こえたような気がした。


(あれ、なんだこれ?なんか、なんか・・・・)


 ドキドキと高鳴る鼓動に、久路人は困惑する。朝にも、ついさっきまでも考えたことがぶり返すが、今の状況はそれをさらに加速させる。血液の流れがもっと奥へと押し込むようだった。もっと奥へ。久路人の心の奥底へ。


(雫は僕のことをどう思ってるんだろう。どうして僕は、雫のことをこんなに気にしてるんだろう。いや・・・・・)


 そこで、久路人はついに疑問の核心にたどり着く。なぜ自分は、こんなにも目の前の少女を気にしているのか、その答えに繋がる扉。


(僕は、雫のことをどう思ってるんだろう?)


 その疑問が浮かんだ時、久路人の頭のモヤモヤが晴れたような気がした。回り道をしていたが、ついに目的地にたどり着いたような、そんな気分。


(少し前までは、友達とか家族みたいだと思ってた。けど違う。おじさんやメアさんには感じたことのない気持ち・・・)

「久路人?」


 不思議そうにこちらを見る紅い瞳。その瞳に映る自分は、何かに気付いたような顔をしていた。


(僕は、僕は・・・・・)


 隣にいる彼女の感触が熱が、声が、視線が、この旅行中だけではない、今までの思い出がその答えを教えてくれているような・・・・


(そうか、僕は、僕は雫のことが・・・)


 自分の心の中に眠っていたソレに、久路人はようやく気が付いた。


「雫・・・」

「久路人?どうしたの?」


 自分の気持ちは分かった。だが、目の前の少女は、果たして同じ気持ちなのだろうか?

 今この場には誰もいない。この場所ならば、この時ならば、久路人には聞けそうな気がした。


「雫は、僕のこと・・・」

「見つけましたよ」

「「!?」」


 突然境内に響いた声に、いつの間にか至近距離で見つめ合っていた二人はシュバッと離れた。まあ、一般人からしてみたらいきなり久路人だけが声をかけられて驚いたように見えるのだろうが。


「く、葛原さん!?」

「何をしてるんですか?周りの人からお話は聞かなかったのですか?」


 葛原はどこか不快そうな表情をしていた。一人だけはぐれた生徒を探し回っていたら、境内で黄昏ていたところを見ればそうなるのも仕方ないかもしれない。


「す、すみません・・・」

「早く行きますよ。みんな待っていますから」

「・・・・雌豚が。せっかくなんとなくいい雰囲気だったというに」


 ツカツカと歩く葛原に続いて、久路人は申し訳なさそうに、雫は不満そうに続く。葛原の足は淀みなく進み、境内の脇にある小道を通っていく。小道とはいえきちんと雑草も抜かれて整えられており、両端には柵も設けられていた。この先にも観光施設か何かあるのだろう。


「えっと、葛原さん、この先に・・・」

「月宮君、一昨日に見た話を覚えていますか?」

「え?はい」


 この先にあるもののことを聞こうとした久路人だったが、それを遮るように葛原は口を開いた。

 一昨日に見た話と言えば、あの怪物を封印した話だろう。確か村人の性格が悪かったような気がする。


「あの話をした後の、私の感想も覚えていますか?」

「え?え~と、村人が馬鹿な人たち、でしたっけ?」

「はい。そうですね。でもね、それは正確じゃないんですよ」

「「?」」


 道の先に、広場のようなものが見えてきた。だが、そこには誰もいない。落ち葉の降り積もった空き地があるだけだった。葛原は迷いなくそこに踏み込んでいき、久路人たちも着いて広場の中に入った。

 久路人たちが広場の中ほどまで来ると、そこで葛原は振り返る。その顔には、隠しきれないような笑みが浮かんでいた。


「私の、吾の感じたことはな、『人間とは愚かな生き物』だということじゃ」

「葛原さん?」

「・・・久路人、下がって」


 不穏な空気を感じ取ったのか、雫は前に出て、久路人を守るように立ちはだかる。葛原は、そんな雫を面白いものを見るように見ていた。


「フン、さっきまで色ボケていた蛇ごときが一端に守護神気どりか。吾の正体にも、策にかかったことにも気づかんとは、滑稽じゃの」

「お前、妾が見えておるのか!?」

「・・・・・・」


 嘲るように、明確に雫を見ながらそう言う葛原に、二人の警戒レベルが跳ね上がる。

 雫は薙刀を作り出そうとし、久路人は周囲に漂わせている黒鉄を呼び出そうと・・・・


「見るは幻、聞くは虚言、動くはただ影ばかり、開け、『天花乱墜』」


 それより早く、葛原が「ナニカ」を発動し・・・・・


-----------


「なっ!?」


 気が付けば、久路人は一人、満月の輝くススキ原に立っていた。


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