Long Season【3/6】
☆
黎明地区。十王堂高等女学校、寄宿舎。
わたしはこの寄宿舎で働いている。
鏑木盛夏が用意してくれた職でもある。
「あ。用務員先生、おはようなのだー」
「え? 先生? あー、うん。えっと。おはよう、朽葉コノコさん」
生徒から挨拶されたりも、するようになってきた。
「嬉しいのだ! 用務員先生から名前を憶えてもらえたのだ!」
「よかったですね、コノコ姉さん」
「メダカちゃんも早く覚えてもらえるようになるといいのだ!」
「えー。恥ずかしいなぁ。わたしはいいですよぉ」
笑顔を貼り付けた顔で、わたしは朽葉さんと一緒にいる生徒の名前を呼ぶ。
「大丈夫。覚えてますよ、佐原メダカさん」
佐原メダカさんは、
「きゃあああああああ! 名前覚えてもらえたあああぁぁ!」
と、嬌声を上げて、飛び跳ねた。
「えっと。わたしに名前、憶えてもらえて……嬉しい?」
一寸、不安になる。
「嬉しいですよぉ」
「やったのだ、メダカちゃん! わたしも鼻が高いのだ!」
「わぁい! 名前覚えてもらえた! わたし、名前覚えてもらえたぁ」
わたしは、
「あはは……」
と、空笑いする。
それに、用務員は〈先生〉じゃないんだよなぁ?
「おっす。おはよう、用務員先生」
「おはよう、空美野涙子さん」
「朝っぱらから廊下のモップ掛けか。用務員先生ってのは、大変なんだな」
「……まあ、ね」
いいとこのご息女が住む寄宿舎だ。廊下もピカピカにしとけよ、って話だ。
さもなきゃ親御さんにしばかれるのは、間違いない。
そのうえで盛夏から、なにされるかわかったもんじゃない。
仕事には励むわよね、そりゃ。
生徒は朝食を取って学校に向かう時間だ。
通学してからの時間じゃ間に合わないので、こうやって朝っぱらからモップ掛けしてるってわけ。
わたしの作業、邪魔っぽいと思うのだが、意外に慕ってくれる生徒さんもいる。
高等女学校……、たぶん、わたしより勉学ができる生徒ばかりなのだろうけどね。
それでも、慕ってくれるのは、素直にわたしも嬉しい。
通学の時間が来て、生徒さんが出払ったところで、わたしは食堂へ行く。
遅い朝食を、わたしも取る。
調理師さんに頼んで、朝からカツレツを食べるわたし、……と、もうひとり。
もう一人の人物は、魚取漁子。
学校お抱えのタイピストだ。
文章系の清書は、だいたいこの漁子に一任されている。
漁子は、黙々とカツレツを食べる。
その真向かいで、わたしもスプーンとフォークを動かしている。
「かぷりこから聞いたわ」
スプーンの手を止め、いきなり、話しかけてくる魚取漁子。
「鏑木と痴話喧嘩してるんだってね」
「ぶっは!」
吹き出しそうになる。
「違う違う! わたしと盛夏は、そんな関係じゃないから!」
「なるほど。……それと、大杉幸には近づくな。危険すぎる」
「…………ご忠告、ありがとう」
魚取漁子もまた、苺屋かぷりこと同様、〈幼年学校〉出身の人間だ。
かぷりこ、漁子、そして大杉幸。
この三人の間には、昔、なにかあったのだろうか。
確か、〈幼年三妖〉と呼ばれる人物たちがいた話は聞いているが、まさか、ね。
「壊色。話は変わるが、最近、生徒の間で電子の机上ロールプレイ遊戯が流行っているのだが」
「電子の遊戯? ああ。コンピュータ・ゲームね」
「蒸気計算機にゲーム基盤を接続してプレイするゲームなのだが。彼女らがゲームで使うため、学校の蒸気計算機の演算処理能力が、落ちている」
「処理速度が落ちてるのかぁ。わかった。寄宿舎に戻ってきたら注意しておくわ」
「悪いな、壊色」
「どーいたしまして」