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Trampled Under Foot【4/4】




 土蜘蛛が出自の、わたし。

 故郷は、〈和の庭〉斜陽地区からずっと北東にある、東の国。

 東の国に住まうは、皆、東国人あずまうど

 この地は、古来より〈東下り(あずまくだり)〉する場所の、もっと先。


 京の〈みやび〉に対し、東の〈ひなび〉。


 そのひなびた東の国にある、〈多賀郡館〉が、灰澤先生の本拠地だった。

 先生の長刀・蜘蛛切の二代目にあたる短刀・蜘蛛切は、鏑木盛夏に託された。


 多賀郡の御屋敷通がある黎明地区。

 時代は変わろうとしているなぁ、と思いながら、わたし、夢野壊色は、幼き日の思い出を回想していた。


 ……カフェー〈苺屋キッチン〉で、紙巻煙草の紫煙を吐き出しながら。

「景気が良いのは、いつまでかな」

 わたしが言うと、隣で座っている苺屋かぷりこが背中を叩く。

「景気が悪い顔してるのはおまえだろ、夢野壊色!」

「痛っ。背中を思い切り叩かないでよ」

「わりぃ、わりぃ」

「しかし、最近、暗くしてたのは、確かだよ」


 長袖の下で巻いた、手首の傷のことを考え、左手首を、右手で掴む。

 よし!

 まだわたしは、生きている。


「文学同人活動、始めたんだってな、壊色」

「なんで知ってるのよ、かぷりこ」

「いや、有名だぜ、用務員先生さん」

「その名で呼ばないでよ」

「『二つ名』があるなんて、有名人過ぎるぜ、壊色。水館バーサス江館だ、って一部で騒がれてんぜ」

「江館と競合する気はないんだけど……」

「文芸雑誌『新白日』か。『文芸江館』派の対抗馬として見られて、気分はどうだい」

「うーん、実感わかないなぁ」


 そうだった。同人活動を始めたのだった。

 人間、いろいろあるなぁ、と思う。


「わたしは、誰かに足元を踏まれていたような人生だったよ」

「誰かって、誰だよ?」

「さぁね」

「キザだねぇ、壊色」

「かぷりこに言われたくない」

「寄宿舎は、まだ修築工事、終わらないのか」

「そうだね。奇しくも『新白日』の同人のメンバーが、私塾・鏑木水館に集っているよ」

「じゃあ、同人雑誌の会合、やり放題じゃん」

「そういう言い方も、出来るな。奴らは泊まり込みだし、水館に」

「楽しくなってきた」

「期待はしないで、さらりと読んでほしいな」

「さらりと、ねぇ」



「カフェーで油を売っている場合でもないな。帰らなきゃ、下宿に」

「原稿ですか、用務員先生?」

「だからやめろってば、その呼び方」

「あはっ。いいじゃん」

「じゃ。お勘定」

「はいはい」



 わたしはちょっと、暗くなりすぎているのかもしれない。

 頭を切り替えて、次の時代に備えよう。

 吉野ヶ里咲の思想、あれはそれ自体が爆弾なのではなく、吉野ヶ里咲を起点とした、いわばそれが起爆剤になる可能性を、わたしは感じる。

 吉野ヶ里が呼び寄せるであろう波紋は、この国のパラダイムをシフトさせてしまうだろう。

 そして、反動がやってくる。

 土蜘蛛は、「なにかを狙っている」。

 そのなにかが、爆発、暴発しないよう、わたしや盛夏は動くべきだろう。



「今ならまだ、間に合うかもしれない」



 手提げ洋燈を手に持ち、帰路の途中、わたしは考え続けた。

 答えは、でなかった。

 まだ、輪郭さえつかめないのだ、〈異形のなにか〉を。




〈了〉

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