Trampled Under Foot【4/4】
☆
土蜘蛛が出自の、わたし。
故郷は、〈和の庭〉斜陽地区からずっと北東にある、東の国。
東の国に住まうは、皆、東国人。
この地は、古来より〈東下り(あずまくだり)〉する場所の、もっと先。
京の〈みやび〉に対し、東の〈ひなび〉。
そのひなびた東の国にある、〈多賀郡館〉が、灰澤先生の本拠地だった。
先生の長刀・蜘蛛切の二代目にあたる短刀・蜘蛛切は、鏑木盛夏に託された。
多賀郡の御屋敷通がある黎明地区。
時代は変わろうとしているなぁ、と思いながら、わたし、夢野壊色は、幼き日の思い出を回想していた。
……カフェー〈苺屋キッチン〉で、紙巻煙草の紫煙を吐き出しながら。
「景気が良いのは、いつまでかな」
わたしが言うと、隣で座っている苺屋かぷりこが背中を叩く。
「景気が悪い顔してるのはおまえだろ、夢野壊色!」
「痛っ。背中を思い切り叩かないでよ」
「わりぃ、わりぃ」
「しかし、最近、暗くしてたのは、確かだよ」
長袖の下で巻いた、手首の傷のことを考え、左手首を、右手で掴む。
よし!
まだわたしは、生きている。
「文学同人活動、始めたんだってな、壊色」
「なんで知ってるのよ、かぷりこ」
「いや、有名だぜ、用務員先生さん」
「その名で呼ばないでよ」
「『二つ名』があるなんて、有名人過ぎるぜ、壊色。水館バーサス江館だ、って一部で騒がれてんぜ」
「江館と競合する気はないんだけど……」
「文芸雑誌『新白日』か。『文芸江館』派の対抗馬として見られて、気分はどうだい」
「うーん、実感わかないなぁ」
そうだった。同人活動を始めたのだった。
人間、いろいろあるなぁ、と思う。
「わたしは、誰かに足元を踏まれていたような人生だったよ」
「誰かって、誰だよ?」
「さぁね」
「キザだねぇ、壊色」
「かぷりこに言われたくない」
「寄宿舎は、まだ修築工事、終わらないのか」
「そうだね。奇しくも『新白日』の同人のメンバーが、私塾・鏑木水館に集っているよ」
「じゃあ、同人雑誌の会合、やり放題じゃん」
「そういう言い方も、出来るな。奴らは泊まり込みだし、水館に」
「楽しくなってきた」
「期待はしないで、さらりと読んでほしいな」
「さらりと、ねぇ」
「カフェーで油を売っている場合でもないな。帰らなきゃ、下宿に」
「原稿ですか、用務員先生?」
「だからやめろってば、その呼び方」
「あはっ。いいじゃん」
「じゃ。お勘定」
「はいはい」
わたしはちょっと、暗くなりすぎているのかもしれない。
頭を切り替えて、次の時代に備えよう。
吉野ヶ里咲の思想、あれはそれ自体が爆弾なのではなく、吉野ヶ里咲を起点とした、いわばそれが起爆剤になる可能性を、わたしは感じる。
吉野ヶ里が呼び寄せるであろう波紋は、この国のパラダイムをシフトさせてしまうだろう。
そして、反動がやってくる。
土蜘蛛は、「なにかを狙っている」。
そのなにかが、爆発、暴発しないよう、わたしや盛夏は動くべきだろう。
「今ならまだ、間に合うかもしれない」
手提げ洋燈を手に持ち、帰路の途中、わたしは考え続けた。
答えは、でなかった。
まだ、輪郭さえつかめないのだ、〈異形のなにか〉を。
〈了〉