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Without A Doubt【3/3】




 下宿・西山荘に帰る途中で、降りしきる雨。

「チッ。洋傘持ってくるの、忘れたわ」

 小雨から、本降りへ。

 暗い空。夜の肌寒さと、わたしを打つ雨。

 瓦斯ランプの街灯のもと。

 わたしは紙巻煙草に〈苺屋キッチン〉のマッチを擦って、火をつける。

 一服吸って、紫煙を吐き出す。


 空は暗い。

 夜だから?

 雨だから?

 それとも、見上げるのがわたしだから?


「全部がくだらないわ。くだらない」




「くだらない? ええ。あなたはくだらない人間だわ。あちしだってくだらない人間よ。ひとはみんな、等しくくだらない。くだらないゆえに、愛しい」


 雨が遮られる。


 スッと洋傘を差し出してわたしを雨粒から守ったそいつの方を振り返る。


 声の主は、鏑木盛夏。


「傘、忘れたようだから持ってきたわ。どうぞ、くだらない人間さん」

 そう言って、クスリと笑いをかみ殺す盛夏は、いじわるだ。


「いじわるね、盛夏」

 ストレイトに口をついてしまう。

「どういたしまして。若い苦悩を抱えてるあなたをあちしは放っておけないわ」


「……嘘つき」

「そうね。嘘かもね。すべては、嘘かもしれないわ」

「茶化さないでくれないかしら」


「今朝、あんなことがあったばかりですもの。でも、安心したわ。雨に打たれながら煙草を吸ってるようなら、大丈夫ね」

「風花ちゃんに怒られるんじゃないの? わたしとこんなところでこんな会話をしていたら」

「それはどうかしらね」

「どういう意味?」

「あちしと風花の絆は、あなたとのそれとは違うわ、壊色」

「それで片付く問題?」

「片付くんじゃないわ。片付けるのよ」

「はぁ。訊くんじゃなかったわ、こんなこと。あなたはいつだってそう。自己完結していて、わたしには盛夏がなにを考えているのか、ちっともわからない」

「わかってほしいとも、思ってないわ。誰にも」

「誰にも? 愛しの風花ちゃんにも?」

「ええ。そうよ。それに、壊色が風花を〈ちゃん付け〉するのも、なんだかおかしいわ」

「どういう意味よ、それ」




「こういう意味よ」


 軽くわたしの頬に、くちづけをする盛夏。



「バカ……」


 わたしがそう言って視線を逸らすと、盛夏は、

「世界に終わりが来ないようにするのがあちしの使命。でも、世界の終わりはすぐそこで待っている。珈琲でも飲みながら、〈終わり〉は、あちしたちを静かに待っている」




 虚無感を抱いているのは、盛夏も同じなのかもしれないな、とわたしは思った。

 だからわたしも、わたしの方から、盛夏の唇に自分の唇を重ねる。



 洋傘で街灯を遮り、わたしたちは、長い長い、くちづけをする。



 わたしと盛夏は、いつまで経っても、この虚無感から抜け出すことはできないのかもしれない。

 だからこその、長い長い、くちづけだった。




〈了〉

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