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Structure【4/6】




 朽葉コノコは、夢を見ていた。

 それは、ぽかぽかと暖かい草原の中、蜜とミルクの流れる川が通り抜ける、幻想郷だった。

 何日間、過ごしただろうか。

 夜は、星が瞬いていて、綺麗だった。

 その星々を、仲良しなみんなと草原に腰を下ろして眺める。

 しあわせだった。

 ここには、怖い人もいないし、怖いこともなかった。

 みんな、笑顔だ。

 ここにいればしあわせが続く。

 それは確実のように、コノコには思えたし、ここにいるほかのみんなもそう思っていると、確信が持てた。


 コノコは貿易港の街で育った。

 珈琲の香りが立ち込める家に育った。

 そこはしかし、怖い場所でもあった。

 笑顔は奪われた。

 だが、遠く離れて帝都に来て、いろいろあったが、寄宿舎に入ったら、友達がたくさんできた。

 コノコは、勉強ができる方ではなかった。

 つらいことも、高等女学校でたくさんあった。

 でも、それを支えてくれる友達が、できた。

 つらいことを乗り越える〈しあわせ〉。

 それと、この蜜とミルクが流れる川の草原の〈しあわせ〉を天秤にかけた場合、どっちがしあわせだろうか、と少し思った。


 違和感がある。


 耳元で、〈あやかし〉である〈土蜘蛛〉が囁く。

「ここを離れたら、しあわせも離れていくのだぞ」と。

 本当だろうか。

 本当のさいわいは、なんの疑問も試練も持たずに、ニコニコ笑顔で暮らすことなのだろうか。

 土蜘蛛がささやきかける耳元がざらつく。

 土蜘蛛の声は、コノコにとって、〈ノイズ〉になった。

 歪んだ声の、土蜘蛛の出すノイズ。

 みんなには、聞こえないのだろうか。

 あたりを見回す。

 ノイズを意識しだしてから見たみんなの瞳。

 瞳孔が開いている。

 放心状態で、ふらふら草原を徘徊しているだけ。

 楽しい会話だと思っていたものは、実際にはコミュニケーションが成立していない、すれ違いに気づかない心が生み出した産物だった。

 ここにいるみんなは、一緒にいるようで、そのじつ、自分の殻に閉じこもり、自分に都合のいいように周囲の物事を捻じ曲げて理解しようとしているだけだった。



「こんなの、しあわせなんかじゃないのだ!」



 コノコは叫んだ。

 空間に、亀裂が入る。

 亀裂は、幻想郷の空間を引き裂いた。


 ……コノコは、亀裂の外へと、吸いだされるように、追い出された。


 気づくとそこは、寄宿舎の寝室の中だった。

 机上ロールプレイの電脳網の糸が、こめかみに貼りついていた。

 コノコはそれを、引きちぎる。

 部屋の外から、うめき声が聞こえる。

 寄宿舎は今、〈瘴気〉で覆われている。

 そんな実感があった。

 廊下を歩く足音さえしない。

 無数のうめき声が聞こえるだけだ。


 そこに、木材を蹴り飛ばして破壊する音が、響いた。




「〈千筋のちすじのいと〉ね」

「千筋の糸?」

「あー、もう、わからずや! 壊色、思い出しなさい! 〈土蜘蛛〉の糸の一種よ!」

「でも、それは『まつろわぬ人々』としての『土蜘蛛』じゃなくて、あやかしとしての土蜘蛛が操る糸では?」

「今、壊色が動けるようになったのは、わたしが〈術式〉で糸を切ったからよ」

「風邪の強化バージョンだったこれは」

「そう。〈千筋の糸〉は、〈血筋の意図〉でもある。あやかしの土蜘蛛の、血筋の、意図。それは、絡めとって巣に貼りついたところを捕食する本能よ」

「糸を切って、意図を消して、滋養強壮で立ち直った、っていうのね、わたしは」

「急ぐわよ、壊色。あなたの力が必要よ」

「わたしの? 向かう場所は?」

「十王堂高等女学校の寄宿舎。クビにならなかったの、不思議だとは思わない?」

「確かに」

「不可視である〈千筋の糸〉が絡まっているのよ。血筋の良いご息女様たちの『血筋』が、『意図を持って』絡まっているの。複雑に絡まっているから、あなたの力が必要よ」

「わかった」



 これは。

 用務員先生と、そして、鏑木水館の塾長の声だ。

 緊張感に満ちた声。

 脳内から直接、声が聞こえる感覚。

 これが、〈千筋の糸〉の電脳網……。

 コノコは、瘴気で重くなった身体を、動かす。

 なかなか動かない。

 だが、歩き出せた。

 本当のしあわせを掴むには、努力をしなくちゃならない。

 しあわせは、誰かに与えられるものばかりじゃない。

 自分から動かないで得たしあわせなんて、いつ消えるかわからない、〈虚構〉なのだ。


 コノコは、ふらつく手で、部屋のドアを開ける。

〈虚構の春〉から、抜け出すために。



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