第八話 どらごんと祝福とズッキーニ
鈴木ドラゴン京一郎の所属は園芸部である。
とはいっても園芸部に所属しているのは彼ひとりだけなので、花壇などの造成には華道部と家政科同好会が協力している。
『今日はズッキーニを栽培しようと思います』
麦わら帽子を頭に載せて、ドラゴン京一郎が家政科同好会の面々に説明する。華道部の部員たちもジャージ姿で控えていた。
『まず畑の土を整えます』
くわ、と顎を開いてドラゴン京一郎は微細な破砕振動波を音声として吐いた。小石や雑草の根や有害とされる微生物、それにハエやアブなどを含む害虫類のみに破砕振動波は作用した。
小石は摩砕され、雑草や害虫それに微生物は分子レベルに分解される。破砕の際に生じた熱が土壌を再度殺菌し、数分でほっこりした黒土の畑が誕生する。
『次に、種を埋めます』
土中に指を差し入れて程よい深さの孔をあけ、ドラゴン京一郎がズッキーニの種を埋める。土をかぶせてから30秒後に、埋めた場所から元気よくズッキーニの芽が現れた。
『そうしたら散水しつつ収穫を』
ドラゴン京一郎が専用のブリキの如雨露にて水を撒けば、恐るべき勢いでズッキーニの茎と葉が成長し、花が生まれる。華道部は慣れた手つきで蕾の花を摘み、家政科同好会は花も実も回収する。
収穫用のカゴが、出荷用の箱が、どんどんズッキーニで埋まる。
農家と肥料メーカーと農薬企業に正面から喧嘩を売る勢いで、小一時間が経過した頃には文字通り山ほどの収穫を得た。
『以上で本日の園芸部活動を終了します』
「ありがとうございましたー」
収穫した野菜の大半は、市内の孤児院や老人ホームに届けられる。
これも家政科同好会の活動の一環であり、こうした野菜の栽培はドラゴン種が人間社会で生きていくために課せられた労役のひとつである。
『後は趣味で土をいじりますね』
ドラゴン京一郎の言葉に、はあいと家政科同好会は答えリヤカー4台に収穫物を積み込む。華道部も形の良い花を選んで持っていく。
ドラゴン京一郎は役目を終えたズッキーニを地面より引き抜き、一か所に茎と葉と根を集めて重ねた。
葉と茎と根に、有害な物質が蓄積している。
実に毒は宿っていない。
そうなるように植物が頑張り、ドラゴン種の力がそれを支えた。ここに倒れ伏す草木は百キロ四方の汚染を一気に引き受けた勇士の遺骸である。
草花に心があるのか、ドラゴン京一郎は知らない。
しかしドラゴン種の力を借りて、この草木が大地と水の汚染を少しでも何とかしようと生命を尽くしたのをドラゴン京一郎だけが知っている。
ドラゴンが低く吠える。
有害なものも、無害なものも、すべてが光の塵に変換されて消える。
黒土だけとなった花壇を眺め、鈴木ドラゴン京一郎は翼を広げて空を飛び帰宅の途についた。
【登場人物紹介】
・華道部の皆さん
別名「鈴木ドラゴン京一郎の鱗をなでなでする会」。花を愛するドラゴンとか尊いよねという共通認識で、ドラゴンの頭に花冠を載せた写真を掲載したり、花一輪を前脚で器用に摘まんで花占いをしている動画を撮影して定期的に展覧会を開催している。同好の士たちが県内に相当数いるのが確認されている。
・家政科同好会
幼馴染の渡辺夏子も所属している。主な議題は「鈴木ドラゴン京一郎の偏食を治そう」というもの。動物性たんぱく質をあまり好まないドラゴン京一郎だが、普茶料理(いわゆる肉や魚の味や食感を植物素材で再現した精進料理の一種)は喜んで食べるのを突き止めた業績が認められて次年度から部活動として昇格することが決定している。
・ドラゴン種の責務
超越種が人間社会で暮らすための幾つかの制約。
人間社会がそれを強いているわけではなく、自主的に行っているとされる。ドラゴンによる環境汚染除去能力は凄まじく、重金属はおろか放射性物質すら無害化できると言われている。そのためドラゴン種は破壊と浄化という一見すると矛盾めいた力を司る聖獣と考える宗教家もいる。