第二話 いもうととどらごんと授業風景
不定期に更新し、不定期に改訂します。
鈴木ドラゴン京一郎の背は高い。
校舎内を移動する必然性から身体を縮めてはいるが、それでも座高が1メートルを超えるし、翼もある。結果としてドラゴン京一郎の座席は一番後ろとなり、会議用の折り畳み机が提供されている。
授業中の教室はドラゴン京一郎にとって癒しの空間であった。
時代遅れの白墨が濃緑の盤面に硬質の音を立てながら文字を生んでいく様は、一つの芸術ではないかとドラゴン京一郎はうっとりしながら板書を見つめる。
《おにいちゃん どいてそいつを ころせない》
この国で電脳化が始まった頃に流行ったという川柳がそこにある。
昨年の春に人間国宝がこの川柳を題材とした見事な書を発表して話題になったが、なかなかどうして黒板に殴り書きされた句も味わいが深い。現国教師の字は白墨を用いたものでありながら毛筆のような麗しさがあり、携帯端末で撮影する生徒もそれなりにいるほどだ。
「それでは鈴木君、この句について思うところあれば感想を述べてください」
初老の現国教師が分厚い眼鏡を持ち上げながら、最後列席のドラゴン京一郎を指名する。熱心にノートをとっていたドラゴン京一郎は教科書を手に首を上げ、しばし唸った後に思ったことを口にした。
『家族想いなのは良いですが、ここまで妹を野放図な人間にしたのは問題かと』
お前が言うな。
お前は別に悪くないけど、やっぱお前が言うな。
お前の事だ、お前の。正確に言えばお前の妹が。
教室内の誰もが鈴木花子の暴挙を思い出さずにはいられなかった。
兄ドラゴン京一郎と一緒に登校し、隙あらば教室に潜り込んで同じ授業を受けようとする。重度のブラコンでありながら、世間一般の兄妹感覚であると信じて疑わない性格破綻者の一例とも言うべき人物である。
とはいえ、このドラゴンを身内に持てば仕方あるまい。
昼休みに中庭にて日光浴をする鈴木ドラゴン京一郎の周りには、大小様々な動物が集まって寄り添ってくる。
御近所の老人達が拝みに来る。
怪しい宗教の人が御本尊だとか言って騒ぐ。
竜殺しの名誉を求めて襲撃者も湧く。
お人よしの鈴木ドラゴンは寄り添うものも拝む者も騒ぐ者も湧く者もあまり拒まず、少し困ったように目を細めてじっとしているのだ。
見た目が竜でなければ菩薩の化身と呼ばれていただろう。
そんな事を考えている内に、授業終了のチャイムが鳴る。
現国教師は開いていた教科書を閉じ、見事なサイドスローで教室の入り口に投擲する。
「お兄様、お兄様、クンカクンカクン――ぱぎゃっ!?」
チャイムが鳴り終わる前に乱暴に扉を開けて乱入した鈴木花子の顔面に、実によい角度で教科書が直撃した。
およそ美少女には適さない悲鳴を上げ花子がごろごろと転げ回るが、毎度の事のため誰も気にしない。
「鈴木君、妹さんの躾をもう少し厳しくお願いします」
『色々と、すいません』
いつものように鈴木ドラゴン京一郎は頭を下げ、転げ回る花子を抱えて教室を出た。本当にいつも通りなので誰も特別な感想を抱くこともなく、次の授業の準備を始めた。
【登場人物紹介】
・現国教師
48歳。大学生の頃は野球部に所属し、サイドスローから放たれる低めいっぱいの変化球でリーグ制覇を二度成し遂げた原動力でもある。プロへの転向も期待されたが高校教師になるという夢を叶えた。軟式野球部の顧問と、地元の社会人野球チームのコーチを兼任している。板書の字が非常にきれいで、撮影した写真データが学生の間で高値で取引されているほど。




