声は何処から?
初めにその声が聞こえたのは、ひと月前のある日の事だった。連日の残業で帰宅はいつも深夜。家に帰るや否やベッドに倒れこみ泥の様に眠る。そして意地悪な目覚ましの音で無理矢理起き出し、そのまま出勤する。そんな日々が10日位続いていただろうか?
その朝ベットから出るのが辛くて、思わず独り言を言ったのだった。「まったくやってらんねぇよ、いつまでこんなのが続くんだ!」『そうよ、疲れも限界よね?今日は休んじゃえば?』誰かにそう言われた気がした。だがその時は、自分の思った事がそのまま 出て来ただけだと思い、何も気にせずそのまま出勤した。ところが、その日からそれが毎日続く様になったのだ。
日に寄って聞こえるフレーズは少しずつ違った。『本当に頑張ってるよな。』とか、『無理し続けるとその内体壊すぞ。』とか、『会社辞めちゃえば?』など。
始めのうちは、ただ疲れ過ぎているだけだ、単にコントロールが効かず、自問自答しているだけだ、と無理にでも思いたかった。そして『気にするな、その内に消える。頑張れ!』と自分を叱咤激励しながら会社に通い続けた。だがそれでは済まなかったのである。段々と、言い方も声もそれぞれに勝手に変化し、全く違うものになっていったのである。怒っていたり、 優しかったり、 男女入り混じり、若かったり、かなりの年配であったり、。
今では一日中誰かに話しかけられている。食事をしていると、『それ美味しそう、私も食べたい。』だの、『それじゃ足りないからお代わりしろ。』だの。
仕事中でも、『もっと要領良く出来ないのか?』や、それと反対に『責任のあるお仕事、お疲れ様です。』やら、『いつも応援してます。』など。好き勝手な事を言われ続けているのだ。
「このままでは狂ってしまう、いや、俺はもう既に狂っているのか?」声に出して言ってみたが、何も変わらない。
そしてそれはとどまるところを知らず、夢の中でも放って置いてくれない。いつでも話しかけてきて、会話を余儀無くされるのだ。当然眠れる訳も無かった。そうして誠はとうとう疲れ果ててしまったという訳であった。
これらを何度も何度も言葉に詰まりながら言い終えると、医師は静かにこう言った。
「お話は良く分かりました。それでは催眠療法を試してみましょう。」
誠は初めて聞くその言葉に唖然としたのであった。