声が聞こえる
誠は疲れていた。とにかく体が怠くてどうしようもない。それもその筈、この1週間というもの殆ど寝ていないのだ。確かに仕事は忙しい。それなりにストレスもある。だが、この体調不良は決してそのせいではない。
ひと月位前から、誠は不思議な声が聞こえる様になった。初めは気のせいかと思ったが、それは日に日に酷くなり、ここ1週間は一日中誰かの声を聞いているのである。ずっと続いているこの不快感に嫌気がさすが、誰かに相談したくても、こんな可笑しな話、信じて貰える筈も無い。たまに「一体何なんだ?」と、ひとり自分に怒鳴って気を紛らわすしかなかった。
しかし流石に今日はもう限界だと思った。兎に角、体に力が入らない。もう仕事がどうこう言っている場合では無い。厄介な症状を抱えているのだ。休みを取って病院へ行かなければならない。ただ、それでも精神科に行くのは、やはりかなり抵抗がある。そこで心療内科に行こうと思った。「予約が無いと駄目なのか?」つい独り言が付いて出た。それで駅前にある病院に電話を掛けてみた。すると運よく、キャンセルが有り10時なら診療可能と言われた。それでその時間に予約し、9時半に家を出た。そしてゆっくりと歩いてそこへ着いた。
受付で番号札を貰い、待合室の長いすに腰を掛けた。予約制という事もあり、待っている人はそれ程多くない。ただ、殆ど全ての人が下を向いていて、揃って表情は暗い。皆それぞれに深刻なと言うより、ある意味異常な状態にあるのだろう。暫く待って誠の番号が呼ばれた。そして診察室に入る。
カジュアルな装いに身を包んだ医師が優しく微笑みながら、
「その椅子に掛けてください。」と言った。
心療内科の医者は白衣を着ないのか?ふとそんな事を考えながら、勧められた椅子に座った。
「どんな事にお困りですか?」
問いかけも普通の病院とは違う様だ。
「あの、、変だと思われるかもしれませんが、、、何か頭の中で色々な声が聞こえるんです。」
「声?どんな声ですか?」
「その時その時違いますが、、その、、。」何を慌てているのだと思う程、言葉に詰まる。
「ゆっくり答えてくださっていいんですよ。」
「あ、はい。あの、、何をしていても、誰かが声を掛けてくるという感じなんですが、。」
医師に問われるままに誠は、このひと月の間に聞こえた声のエピソードを一つ一つ話し始めた。