5話 創世神話
アレットは船にいたころからの習慣として、朝日が顔を出すのと同時に起床する。しかしこの日は習慣だからではなく、何者かが感知用の罠として張った鳴子にかかった音で飛び起きた。
魔物除けのお香も撒いてあるので魔物は近寄ってこないはずだが、獣人を含めて人間には効果がない。昨日見かけた人間だろうかと考え、敵であれば先手を取れるように弓を構え、同時に身を守る水の結界を展開する。
「おはようございます!えーと、あなたが昨日モアちゃんと会った人であってます?」
そういって丁寧ながら気安く親しげに話しかけてきたのは、昨日見た獣人とは違う、明るい雰囲気のエルフの少女だった。エルフといえばクールなイメージを持っていたが、この少女は全く違うようだ。
「・・・モアちゃんとは誰ですか。あとあなたも。昨日獣人の女の子は見かけましたけど。」
予想してはいたが、想定は出来なかった人物が明け方から訪ねてきたことに頭が追い付かず、動揺してしまい口調が固くなった。もう何人かいるとは思ったが、あの一目でわかるほどぬぼーっとした獣人の少女とこの明るい少女が結び付かなかったのである。
「よし!ならあなたで合ってますね。私はモアちゃんの相棒のソフィアっていいます。あっ、モアっていうのはモアナっていう獣人の女の子よ。あなたが昨日あった子ですね。あと普通にしゃべっていいですよ。
で、あなたどこから来た人ですか?どんな用事で?なんか目的ありますか?ないなら私たちに協力してほしいんです!」
(いや、怪しすぎるぞ)
ソフィアの表情は敵意を感じさせないニコニコ笑顔だが、風の結界を展開し続け、アレットも戦いになれば勝てるか怪しいと思わせるほどの戦意をたぎらせていた。
自分と同程度の歳と実力の少女―――正確には8歳なので幼女(?)――がいきなり現れたことを現実として認識しづらいが、アレットは船以外の知識が無いため、外はこういうものなのかと心の中で納得した。
「どこからかは知りませんが、流れ着いてです。―――漂流かな。目的は、いまは何もないこの島から出ることです…だ。」
アレットは警戒しながらも口調を自然体に修正して、おおまかな自分の目的を告げた。
「なるほど。それじゃあ私たちと協力しませんか?私たちもこの島から出たいんですよ。いろいろあって仕方なくこの島に来たんですけど、何もなくてつまらないですし。でも乗ってきた船が壊れちゃったから出られないんですよね。」
その言葉を受けて、アレットは幸運だと考えた。
「わかった、なら一緒にこの島から脱出しよう。これでも戦闘と錬金術には自信があるから、なにか必要なら言ってくれ。」
「ありがとう。じゃあ早速だけど、いっしょにこの島のダンジョンを攻略してほしいの」
はるか昔。この世界が何もない暗闇だったころ、世界の中心にはたった一柱の偉大な神がいた。名はすでに忘れられ、何を司っていたのかさえ誰も知らない。しかし一柱で全能だったと伝わる神だ。
何もない場所で何もせず、無限の時を過ごしていたが、ある時突然命を絶った。
ある者は、何の変化もない場所に無限にあり続けることは神でさえ発狂し錯乱するのだといい、またある者は、完成された神は不完全なものを作ることで、完全の先にあるものを目指したのだという。
全能の神の亡骸からは、新たな三柱の神が生まれた。
火、水、風、土、光、闇、生命、時間、空間の9つの属性をつかさどる属性神
空、海、大地といった大自然の恵みと脅威を象徴する自然神
愛、法、戦、知識、芸術、匠、魔術、破壊などの特性を併せ持つ根源神
彼ら三柱の神々を、原初の三神と呼ぶ。
三神は全能の神の意志をくみ取り、協力してこの世界を創造した。
そして三神はこの世界で生きる生命体を生み出すことにした。
始まりに属性神は自分たちの姿を模倣して人種を創り出した。
自然神は自らの姿の一部ずつを模倣し、直属の眷属として龍種と巨人種を創り、人種を含めた生命体の食料として無数の鳥獣と魚を生み出した。
特定の姿を持たない根源神は他の二柱の神の眷属を模倣し、人種よりも自然に近いドワーフとエルフを創り出した。
そして最後に、三神は己の肉体から、命と引き換えに無数の神々を生み出した。
世界とそこに生きるすべての命を創造した神では、生きる次元が高すぎるために、お互いを認識する事すら不可能なのだ。そのため三神は彼らとともに生きるために、自らの力をさらに分割に神々を生み出したのだ。
属性神と根源神からは、それぞれの異なる属性を司り、それぞれの異なる特性を持つ神々が、自然神からは龍種を統べる龍神、巨人種を統べる巨神、鳥獣を統べる獣神が生まれた。
そうして世界は完成した。後の世に神代と呼ばれるその時代は、とても平和だった。人間は神々を信仰し、その頃の龍や巨人は賢く聡明で、山々には十分な獣が群れ、海には豊かな恵みにあふれていた。
しかし、その平和は突然崩れ落ちた。世界の果てよりも遠い場所、異世界から邪悪な神々がこの世界に侵略してきたのだ。
それに対してこの世界の神々も力を合わせて立ち向かった。12柱の大神である、最も力のある9柱の神と最も強い自然神から生まれた3柱が中心となり撃退しようとした。しかし、争いもなく平和な世界に生きていた神々は、卑劣な手段と文字に記すも悍ましいことを繰り返す邪悪な神々に劣勢を強いられた。
しかし、この世界の神々と異世界の邪悪な神々の聖戦の結果は、この世界の神々の勝利で終わった。
単純に神々が殺しあったのであれば、間違いなく負けていただろう。しかし、異世界から侵略してきた神々と、この世界の神々とでは明確に違うものがあり勝敗を分けた。それは人間だ。
この世界の神々が一柱、また一柱と散っていくなか、人間たちは守られているだけではいられないと、戦線に加わることを選んだ。不完全な存在である人間たちは、不完全であるがゆえに神々でさえ見通せない活躍をみせたのだ。
神々は人間が加わっても死ぬだけだと反対したが、懇願の末に最後には人間たちと共に戦うことを受け入れた。神々は熟考の末に、一部の人間たちに加護や祝福を与え存在を昇華させ、神々と戦えるようにして戦線に参加させた。しかし、それだけでは戦局を変えることはできなかった。
そこで神々はステータスシステムをこの世界に組み込むことにした。
ステータスとは、人間が神の祝福を受けることなくその存在を昇華させ、いずれは神にも至ることができる理のことだ。人間は【ジョブ】に就き、【スキル】を覚え、【レベル】を上げ、また新たな【ジョブ】に就く。これを繰り返すことにより同じ種族とは思えないほどに成長するのだ。
ステータスの恩恵を受けた人間は目覚ましい活躍をした。神々に並ぶ戦力が参戦したことにより戦闘は激化したが、度重なる激戦の末に、異世界からの侵略者たちを打倒した。侵略者たちは力を失い、ある者は滅ぼされ、ある者は死に等しい封印にとらわれた。
しかし、残されたのは勝利とは言い難いものだった。
邪悪な神々の魔力はこの世界を汚染した。邪悪な神々が倒れても、世界中に邪悪な神々が創造した魔物が生息するようになってしまった。汚染された土地は魔境とよばれ、魔物にとって成長しやすい空間となり、魔境としての純度が高ければダンジョンさえ発生する。邪悪な神々がステータスシステムを汚染し、魔物にまでステータスが適応されるようになった以上、魔物は無視できない脅威である。
この世界の神々のうち、自然神から生まれた大神はすべて滅び、属性を司る大神も大半が死に等しいほどに力を失った。
世界が不安定になり、生き残った神々は地上で活動できなくなった。神々は人間たちのために様々な奇跡を起こした。
生命を司る神は、人間たちがこの過酷な世界で生きていくために、大神たちの亡骸から新たな種族を生み出し、既存の種族も進化させようとした。
光を司る神は、人間たちが輝かしい世界を忘れずに生きていけるように聖典を残した。
術を司る神は、人間たちがどのように生きていくにせよ、選べる選択を増やすために数々の神具をのこした。
神の時代が終わり十万年余り。それでもなお、この世界は明けない暗闇の中に在る。
「どう考えても危険なダンジョンに行くべきではないけど、行ってみるか。」
この世界の神話が記された本を閉じたアレットは、ソフィアに持ち掛けられた話を思い返してそう結論付けた。
ダンジョンとは邪悪な神々が配下の魔物を短期間で数を増やし、個体としての力も強化するために作り上げた飼育施設であり、術を司る大神の秘術により、人間たちが修行と物資の調達ができるようにされたものだ。
一言にダンジョンといってもその種類は千差万別であり、最弱でも小国を単独で更地にできるほどの魔物が出現する最難関のダンジョンから、最強でも大型犬程度の魔物しか出ないダンジョンがある。他にも普通の洞窟と見分けがつかない形状で階層が一つしかないことも、階層が百を超え一つ一つが雪山や砂漠など環境さえ異なることもある。
この話を持ち掛けてきたソフィアという少女は最低でも自分と同程度の実力だろう。そんな人物が協力を持ち掛けてきたのだから、ダンジョンも相応の難易度のはずだ。加えて単純に魔物が強いだけでなく罠も厄介であると言っていた。軽い気持ちで行くには危険すぎる。
しかし、危険であるだけとも言える。入れば間違いなく死ぬというほどの危険なダンジョンではないだろう。最奥にある宝物庫には興味がひかれるマジックアイテムもあるかもしれないし、それが航海に使えるかもしれない。
加えて、今後人間社会にわたりどのように生きていくにせよ、まず間違いなく武力を生かした仕事に就くだろう。錬金術や歌唱で生計を立てることもできるだろうが、気の向くままに生きることにしたアレットは一か所に長居することであろう、その身一つで魔物を狩る生活が一番手軽だろう。
魔物を狩るならば魔境とダンジョンについて自分で実感しておいて損にはならない。そして何より、ダンジョンには宝箱が湧き、最奥の宝物庫にもアレットが知らないマジックアイテムがあるかもしれない。それが何よりの目的だ。
実際のところ、危険なダンジョンに潜らなくても冒険者としてやっていけるので、アレットの考えは目標が高いというべきか、友達がいない人間が遊びに行くときに過剰なほど準備をしてしまうようなものなのだが。
「あ。そういえば、ルメア様とソルカ様はどうなったのでしょうか。」
アレットは今になって、自分が信仰している神について思い出した。
ストックが付きた。今後は不定期になります。