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第1講義 邂逅


 ーー2030年4月1日、午前10時30分頃ーー

 ーー都内某所、大手チェーンの喫茶店にてーー



「例えば俺の後ろの席にオッサンが座ってるだろ?そいつの思考を読むぐらいの事はできる。」

「彼は今、何を思っています?」

「……。時々コチラを見てはお前に欲情している。」



 妻夫木馨は真樹司の後ろの席に座っているオッサンに目と目を合わせてステキな笑みをくれてやった。

 ハゲ散らかったオッサンの興奮はもう止まらない。オッサンの中のムラムラがトランス状態に達し、聞こえるはずのない叫びが真樹司の脳内に垂れ流されていく。

 きっと今、司が振り返ればこの世で最も醜いレベルであろうショタコン中年サラリーマンの恋に焦がれたのぼせ顔を拝めれるはずだ。



「ゲスなオッサンの心を弄んで楽しいか?」

「楽しいですよ?そいつの人生滅茶苦茶にしてお昼のニュース番組のトップを飾らせるとこまでがワンセットですね。」

「俺には不快極まりないね。」



 真樹司は遅めの朝食を取りながら、この少年と話していた。

 少年の名は妻夫木馨。年齢不詳。

 少年と言ってもその風貌から一見少女と間違われてもおかしくはないだろう。

 容姿端麗かつ中性的な顔立ちで腰から伸びるメンズスカートは女性用に見えなくもない。

 まぁこれだけならそーいう『趣味』で終わる話だが、更にその少年、子供でありながらどこか子供げがない。

 サンドイッチを頬張りながら片手にはクリームソーダ。その仕草からも普通の子供と何ら変わりない特徴と言えるが何かが違う。

 思考が成熟しているというか老成円熟というか、早い話が見た目はお子さん、頭脳がおっさんなのだ。

 そして時折垣間見える独特のサディズム。

 これらの特徴を総じて例えるなら、

『ドSな俺(40)が転生して美少年に生まれ変わったので、これからショタコン親父どもを誘惑し制裁していきます。』

 みたいなタイトルのどこぞのなろう小説にありそうな設定と言えば分かりやすいだろうか。

 とは言っても現実に転生などあるはずもなく、世間一般的な目から見れば口が達者なだけの可愛い子供である。

 オッサンをカモにして遊んでるかのような口振りも、真偽は定かでないが冗談の域であろう。多分。



「話を戻そう。あとできる事と言えば念力で相手の思考を操る催眠術とかだな。まぁ洗脳やマインドコントロールと言った方が早いか。」

「イヤん、エッチ。私を洗脳してセ◯クスドールにするつもりですね。このショタコンホモ野郎。」

「小指を咥えたトロ顔でコッチ見るのやめてくれませんかねぇ。するわけねぇだろ。」

「読心術と催眠術、どっちの方が得意なんですか?」

「…読心術。おかげで街を出ればさっきみたいに知りたくもない心の声をどんどん聞かされるわけだ。」

「歩きながら◯ーターつけて絶頂してる人とか見かけたことあります?」

「あーわかったわかった。そうだな…いわゆる性職者のお祈りってのを聞いた経験は俺にはない。」

「性職者のお祈りって…。何を急に子供相手に下ネタに走ってるんですかねぇ。ドン引きです。」

「お前のレベルに合わせて喋ってやったのを俺だけ変態みたいに返すのヤメろや。」

「別に合わせてほしいだなんて頼んだ覚えはありませんが?」

「なんで急に真顔で冷たくなっちゃったかなぁ。嫌悪の表情とかじゃなくてマジで死人みたいな顔になってるのなんでかなぁ。」



 彼の名は真樹司。年齢20歳。

 ごく普通の超能力者だ。

 黒髪に黒シャツ、黒ズボン、どこにでもいそうな人間の特徴だが、ただ一つ切れ長目の瞳の色が鋭く黄緑に輝いているのが異様な雰囲気を漂わせている。

 彼はこの春、ある女性からの紹介で公安警察の仕事に協力する為に都内へ上京してきた。

 その内容は超能力を使った極秘犯罪捜査。

 殺人現場から犯人の残留思念を読み取り事件解決の糸口を図る。または逃亡する凶悪犯をお得意の超能力で捕まえてブタ箱にブチ込む。

 それが彼の仕事。になる予定だ。

 上京し新居への引っ越しを終えた次の朝に馨が訪問しに来て、下らない話ついでに朝食を済ませるためこの喫茶店に流れ込んだのが現況である。

 馨はクリームソーダとカツサンドとミニサラダを頼み司はブレンドコーヒーとハムサンドを頼んだがいまだにどちらにも手をつけていないままだ。



挿絵(By みてみん) 



「つまり貴方は精神感応系を得意としたサイコメトラーですね。話を聞く限りサイコキネシスや念動力は苦手であると。」

「知ったようなこと言いやがる。苦手と言うより漫画やアニメみたいに物を自由自在に操るような便利な念動力、超能力者であってもほぼ不可能だ。念動力ではなく念力でせいぜい相手を金縛り状態にさせるのが限界と言っていい。」



 サイコメトリーは物質の残留思念、又は人間や動物の思考や感情を読み解く超能力の一種である。その要となる超能力者特有の感覚器官をESP(超感覚的知覚)と呼ぶ。そして超能力者の中でも特にそれを得意とする者がサイコメトラーである。

 サイコキネシスとはPKとも言われ主に念力と念動力に分けられる。念動力は手に触れないまま離れた物体を動かせ、念力は他人の意識に干渉できる。司が言うには超能力者といえど使えるのは念力ぐらいだそうだが…。



「再度質問させていただきますが、貴方は何故それ程までの力を持っていながらその力を私欲の為に利用しないのですか?」

「求めるものは少ない方がいい。私欲に溺れずお前の言うように静寂を求めればこの力の限りそれなりに心地の良い生活を送れる。能ある鷹は爪を隠す、と言ったところだ。多分俺の同類達もそれが真に賢い生き方と理解して生きてるはずだ。」

「へぇ同じ超能力者か普通の人間か見分けもつくんですね。」

「当然だ。普通の人間かそうでないかは一目見ればわかる。まるで全く違う生物が人の着ぐるみを着て群衆に紛れて歩いている。そんな感じだ。俺は時々街を歩いてるとそういった同類を見かけることがあった。年に一回、出会うか出会わないか。」



 同類とは超能力者に限らず全ての異能力者のことを指す。

 西暦2030年。春。この世界には依然として多数の異能力者が存在する。超能力者、霊能力者、魔術師、錬金術師。

 真樹司にとって彼らは皆自分と同じ同類である。彼らはかつて科学主義を軸とした人類の繁栄を望む一部の科学者達の偏見によってその存在を否定され今日では皆一様にオカルトのレッテルを貼られているからだ。

 異能の力を持ちながら社会から認められず信用に値されていない人種、それが現在の異能力者達だ。



「同類だとわかっていながらも俺はごく稀に見かけたそいつらに話しかける事はなかった。どうせ関わってもろくな事にならない。面倒事に巻き込まれるだけだ。奴らもそう思っていたのか俺を一瞥した後、素知らぬふりをしてその場を通り過ぎていくのがほとんどだ。能力バトルをするような展開には決してならん。」

「それが賢い生き方、だと?」

「それが当たり前。力は隠してこそ意味がある。力を公言しない限り俺達は人生のイージーモードが約束されているんだ。加えて俺の場合、この春から警察組織がバックに付き社会的地位も揺るぎない。現代において超能力は一般社会の中で他人よりも優位に立つ為のアドバンテージとして使われ、それを自らバラしてしまうような馬鹿はほとんどいない。」



 他人には見えない力を使う事で超能力者は簡単に競争社会を勝ち抜く事ができる。ライバルを蹴落とすことも、好きな女をコチラに振り向かせるのも、何のコネもなく易々と出世することも、他人の頭を操れる超能力者にとっては朝飯前だ。

 だからこそ、その力を公言する事はない。

 逆に力を公言して大勢からの注目を浴びることに何の得があるというのか?顔が知れてかえって動きづらくなるだけである。

 より大きな力を持つ人間ほど賢い生き方というものを理解し人知れず社会の甘い蜜を吸える。

 それが真樹司という人間の人生観である。


 持って生まれた自分の才能について少しだけ優越感に浸りながら、司はようやくコーヒーを口にした。

 軽く相槌をしながらカツサンドを食べ尽くした馨は食べないのならと言わんばかりに司のハムサンドを勝手に食べ始めた。



「さしずめ将来について不安に思う事もこれといってない、と言った感じですか。全くいいご身分なのですねぇ。」

「…。いやそういう訳でもねーよ。最近は少し気がかりな事もある。」



 構わず馨はあっという間にハムサンドを平らげた。

 無理やり詰め込んだせいか頰が膨れ上がりすっかりハムスターみたいな顔になってしまっている。



「最近な、一年に一回見かけるかどうかだった奴等が最近は週に一度、下手すりゃ1日2回ぐらいにまで頻繁に見かけるようになっちまった。何故かはわからないが以前より明らかに異能力者の数が増えつつある。こんな事今までなかったんだが…。」



 明らかに異能力者の数が増えつつある…。

 司はこの小さな変化について少なからず懸念があった。

 いくら思慮深い能力者達の間にある暗黙のルールといえど、その総人口が以前の倍以上に増加したのならルールを破るバカ野郎が現れる可能性も出てくる。

 万が一、超能力者の存在が明るみに出れば司が最も嫌う『面倒事』がやってくる事になるのだ。


 そんな心配をよそにハムサンドを全て呑み込んだ馨は自分のクリームソーダを飲んでいる。

 大事そうにグラスを抱えストローを口に咥え上目遣いで司を見ている。

 未だに後ろでいやらしい目つきをしているオッサンや特殊な趣向を持った方々には堪らない瞬間だろう。

 だがこの少年の性別がまかり間違って女だろうとあいにく司にはショタコンの趣味もロリコンの趣味もない。


 しかしそんな可愛げのある少年の仕草とは打って変わって次に放たれた言葉は意外なものだった。



「フフフフ、司さん。白痴にも程があります。貴方が能ある鷹を気取るなど良い笑い物だ。」

「あ?」

「確かに強力な力を持っているようですが、性格のせいで宝の持ち腐れになっている。些か世情を知らな過ぎるようで、知識も経験値もまるで足りてない。だから現在も漠然とした不安としてでしか物事を測れないのですよ。」

「随分上から目線な事を言ってくれるじゃねーか。あーそうだな。おっしゃる通り、確かに俺の性格の的を得てるし改めるべき欠点なのかもしれない。ただ見ず知らずのガキに諌められる程の問題とは思わなかったね。」

「では何故貴方は自分の生命線とも言える超能力の秘密を見ず知らずの私に話す気になったのでしょう?」

「…どういう事だ?何を言ってやがる…。」

「まだわかりませんか?自分が何故それを喋ってしまったのか。自分が話している相手が誰なのか。わかりませんか?」

「…。」



 ………………!!ガタッ!!!!


 司が急に立ち上がった。


「座りなさい。」


 馨が優しく小さな声でそう告げた。少年は肘をつき、窓の外の街の情景を眺めていた。


「…。」


 断ってもよかった。

 今すぐ会計もそっちのけでこの店から逃げ出してもよかった。

 自慢の念力でとりあえずこのクソ野郎を行動不能にする手もなくはなかった。

 心身ともに焦りきっていた真樹司だが、どうにか思い留まる。

 冷静かつ最善の判断として元の場所に座り直した。

 滝のように冷や汗を流しながらも司は動揺を抑えながらなんとか今の状況を整理する。


『力は隠してこそ意味がある。』

 自分でそう言ったばかりだ。

 真樹司は超能力の公言と他能力者との接触を拒む立場の人間である。

 根底には面倒事に巻き込む事にも巻き込まれる事にも嫌いがあるというこの青年独特の社会に対する心情と身の振り方が存在する。

 まぁその特徴はそっくりそのまま小心者がする処世術とも言える。


 だが今日の彼の言動はその意志とは裏腹に全く矛盾したもので当の本人がそれに気付くこともなかった。

 テスト中、自分の答案のミスに自分で気付けないように、就寝中、自分が夢を見てる事に自分で気付けないように、無意識が認識力を覆い隠し思考を遮った。

 違和感を感じなかった。

 意思決定力も絶望的に欠けていた。

 記憶も曖昧。何故この少年と話していたのか?そもそもこの少年はどこの誰だ?

 そんな大事な事を思い返すことすらなかった。

 まるでマヌケそのものである。


 司はこの少年によって自分の生命線とも言える自らの正体を聞かれるがまま答えてしまっていた。


 それこそが超能力者、妻夫木馨による完全催眠。相手の思考を読みながら自分の念力を飛ばし脳内を操る事で完璧な精神支配が実現する。一度術中にハマれば相手は正常な判断力を失い意思決定の全てを術者に預けてしまう事になる。

 それを得意とした司にとって自分が操られる側になるのは初めての事だった。


 ーー俺は操られていた。このガキによって…。あぁ最悪な状況だな。目が覚めたからといって逃げる事も刃向かう事もままならないとは。ーー


 超能力者同士の交流に極めて疎い司でも、この少年が自分よりも遥かに強力な力を持った超能力者であると理解できた。

 司が無駄な抵抗をせずに素直に席に戻ったのは当然の選択だった。



「まぁ落ち着きなさいな。私は貴方と同じように自ら世界を変えようとするような危ない思想を持った人間じゃありませんよ。加えて自分より弱い者をいじめて楽しむような畜生でもない。」



 化ケ物…。

 超能力者とか霊能者とかそんな人間の範疇で捉えれるレベルじゃない。

 知性を持ち爪を隠し人の皮を被った化ケ物が今そこに座っている。



「考えてもみなさい。公園の蟻ンコを潰して遊ぶ奴なんて他愛ないガキぐらいでしょう?まぁその例えも私の外見にピッタリになっちゃうんですが、あいにく私はそんな無知蒙昧な子供じゃないんです。私にとっては虫も貴方も皆同じ愛すべき生命なのですよ。」

「…言ってる事が本当だとして今俺にしている事は『選別』か何かか?」

「フフ、正気に戻ってからはやけに物分かりがいいですね。いい調子だ。そしてその通り。貴方、私のお眼鏡に叶いましたよ。ワザと術を解いたのは貴方を正式に勧誘したいと思ったからです。」

「勧誘ってのは俺の性格をわかった上で言ってんだな。」

「言わせていただきますが、貴方の言う賢い生き方というのは言い換えれりゃ小心者のソレだ。そして世情から離れ自由気ままに生きてきたツケが今こうして回ってきたのです。私がしなくてもきっと貴方は同じようにツケを払う事になったでしょう。貴方が漠然と不安を抱いていた、近頃増えつつある彼等によって。」



 司には知らない事が多すぎた。

 自分以外の異能力者達のコミュニティーについて。馨から放たれた自分の力を大きく凌駕した念力について。そして…。



「スゥーッ…。わかった。OK。OK。とりあえずはアレだな。俺の事を気に入ってくれたみたいで光栄だ。拒否する権利があるなら今すぐ脇目も振らず全速力でこの店から逃げ出したいところだが自分の立場は十分わきまえてるつもりだ。そこでまぁ、その勧誘ついでに一つ質問をしたいのだがいいかな?」

「えぇどうぞ。」

「俺という人間は超能力者でありながら力の根源というものを知らない。とりあえず先天的に超感覚と念力が身についてたから使っているだけで実のところ手を自由に動かすのとあまり変わらない。だからその…。つまりはお前が使うその力はなんなんだ?俺にとっては自分の力以上に非常識すぎて…。」

「まるで漫画やアニメを見てるようですか?」



 司の目の前でついさっき司が否定したハズのある超常現象が起こっていた。


 司のコーヒーカップが、逆さになったり不規則に回転し続けながらも中身がこぼれる事なくしっかりと宙に浮いていた。


 間違いなくこの少年の仕業。だが幻覚を見せられているわけではない。

 幻覚なら司が得意とする分野であるから多少の理解が及ぶ。

 しかしはっきりと目を覚ましたはずの司の脳内をフル回転させても現実にカップが浮いているようにしか認識できない。

 明らかにそれは物質や物体に影響を及ぼすまでに昇華した強力な念力、念動力、あるいはサイコキネシスと呼ばれる力であった。



「そうですね。例えば私や貴方でもない、ごく普通の人間という生き物はその頭と手を使っていろいろな物質を操れますよね?荷物を持ち上げたり、コーヒーにミルクを混ぜたり、あるいは理科の実験で物質に化学変化を促したりします。そーいう簡単な話です。貴方の力も私の力も原点はこれと同じです。ここで言われている人間の頭が超能力でいうESP、いわゆる超感覚的知覚と言うならば、使う手はPK、いわゆるサイコキネシスですね。そして頭から手に伝える小さな電気信号を念力、実際に手を動かして物質を操るのが念動力としましょう。」



 超能力は主にESPとPKの二つに大別され、それを人間に当てはめればこういう事になる。

 こう考えれば例え一般人といえど人間という生き物は日常的に超能力を使う極めて特異な生命と言える。

 猿が二次関数を解けるだろうか?

 犬にタイピングができるか?

 人間は物事を正確に把握し正しい解を導き出す為の頭脳と、その解から生まれた高度な技術を使用するのにとても便利な腕を持っている。

 想像力と創造力、人間のやる事はそれ以外の全ての生物にとって超常的であり計り知れないものである。

 だからこの星の支配者になることもできた。

 だがそれと同じように超能力者の存在は人間にとって科学を持ってしても解明に至らない程のより優れた生命体と言えないこともない。

 そしてその超能力者である司は同じように今そこに座っている少年の力が計り知れない。



「人間が猿よりも優れているように、貴方はESPという優れた頭脳と、念力という見えざる手で他人を欺く事ができます。加えて私は念動力という貴方にも理解不能な、さらに便利な手で全生命を圧倒しています。つまりこの関係は全て、超能力でいうESPとPKをどれほど理解できているかどうかという事です。」

「理解できりゃ自由自在に扱えるようになるって言うのか。」

「そうですとも。貴方の場合、ESPで他人の頭の中というミクロ物質世界の細かい情報を感覚的に認識してPKで多少の操作もできるようですが、いずれは自由に手を動かすようにマクロな物理現象を起こす事もできるようになるでしょう。PKファイヤー!ザラキーマ!メタモルフォーゼ!死者蘇生!できる事は沢山あります。」

「簡単に言うが人間が科学を持ってしても2000年かけても解明できていない全ての超常現象をどう理解しろって言うんだ。」

「確かに人間は現状、猿を賢くする事すら出来ないですから自分がこれ以上賢くなる方法なんて思いつかないでしょうね。ですが超能力者である貴方なら想像がつきませんか?貴方にはアルベルト・アインシュタインやアイザック・ニュートンにすら知覚する事が出来なかったESPがあるでしょう。もっとも私なら一般人ですら我々の域まで引き上げる術がありますが。」



 異能力者が見る世界と普通の人間が見る世界はまるで違う。

 人類が異能力をオカルトと位置づけその存在を信じなかったのは彼等の目が劣っていたからに他ならない。

 加えて昨今ではもっぱら無機物主体の工作遊びに夢中になりAIやらナノマシンやらの研究ばかりしてる始末。

 実のところ人類は科学を崇拝するもまだまだ化学に疎く、一から新しい生命体を作り出す事すらままならない。せいぜい猿みたいに腰を振りながら交尾をするぐらいしか出来ないのが現状だ。



「我々異能力者達だからこそ知覚し理解ができるのです。我々は遥か昔から表の世界で科学が発展していくとともに、その知識を取り入れ自らの力の秘密を解き明かそうとしてきた。そうしていくうちに超能力、霊能力、呪術、妖術、魔術、錬金術、錬丹術、全ての異能力と科学が一つに統合されるようになり、やがてそれら全てを解明する万物の理論が完成しました。」



 必死に冷静を装っていた司の態度がいよいよ崩れ始める。

 日常を写した店内の中で司だけには世界が違って見えた。

 司にのみ視認できる少年のドス黒いオーラが悪寒となり満ち満ちていく。



「我々の界隈では今、その理論を元にしたある学問が流行しています。知る者と知らない者じゃそれこそ人間と猿ぐらいの違いがありましてね。最近増えつつある彼等というのも、もちろんそれが起因しています。まぁ私はそれら学問の無用な漏洩を防ぎ、然るべき者にのみ明かす管理者の一人なのですが、貴方には彼等以上の才覚があると思うわけですよ。ただ貴方の性格ですから断られると思ってましたがその様子じゃどうやらOKみたいですねぇ。」



 今、世界が大きく変わろうとしている。誰も予想だにしなかった新しい時代が始まろうとしている。そしてその荒波に全人類が巻き込まれようとしていた。


 もはや司にはどうしようもなかった。

 小心者の司は恐怖の念を悟られまいと震えながらも目を背け小さく苦笑いをするだけだった。

 それを他所に妻夫木馨は不敵な笑みを浮かべて司ににじり寄り耳元で静かにこう囁く。



「君を含めた我々こそが人類の進化形態だ。化ケ物学の世界へようこそ!」



挿絵(By みてみん)



『科学が非物質的な現象の解明に挑んだならば、10年間で今までの人類の歴史全てを遥かに凌駕する進歩を遂げるだろう。』

 ーーニコラ・ステラーー



 司のコーヒーは既に冷え切っていた。

指摘箇所あれば承ります。

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