第90話 背後の蠢き
朝食を済ませたあと刀夜は晴樹の肩を借りてリリアと共にボナミザ商会に来ていた。
「あるわよ」
「え?」
刀夜は女将の一言に間抜けな声を出した。女将は店員を呼んで鋼を持って来させる。テーブルの上に多量の鋼が置かれると刀夜は仰天した。
「あ、あり得ない……」
「どうした、これじゃないのか?」
刀夜の驚きの言葉に晴樹が反応する。
「これで合っているが、純度が桁違いだ。普通、良質な鋼はこの塊の中から1割取れれば良いほうなのにこれは全部が鋼になっている!」
女将は刀夜の驚きように不思議がった。
「あらぁ、そうなのぉ~」
「ばかな、一体どうやって作ったんだ!?」
刀夜の疑問に女将が答えた。
「詳しくは知らないけど。一昨日これを持ってきたのは賢者マウロウ・ベンハーとその弟子よ。何でも魔法研究で作ったものとのことだから、古代魔法で作ったのじゃないの?」
「古代魔法……いや、もう魔法って何だよって感じだ……何でもアリなのかよ」
刀夜が頭を悩ませるのを晴樹もわからないでもなかった。
「確かに、これって魔法と言うより錬金術みたいだよね」
「錬金術って何よ?」
刀夜達の話についていけない女将がやや不機嫌そうにする。
「ええっと、確か~石から黄金を作ったりする技術だっけ?」
晴樹はうろ覚えで答えると、刀夜が「まぁ、微妙に違うがそんな所だ」と答えた。
「はァ? そんなこと、できる訳無いじゃない」
「私もいくら古代魔法が凄いとは言え、マナの法則を越えるようなことは無理かと……」
「しかし、この純度で鋼を作るなんて……」
しかし彼女達のいっていることも分かる。錬金術なんぞ存在するのであれば金貨があのような価値になるわけがないのだ。
刀夜は玉鋼をじろじろと見ていて違和感を感じた。
「これ錬金術で作ったのだとしたら、なぜ玉鋼の形なんだ?」
「え? どういうこと?」
「錬金術で変換したなら、元の材料の形をしていてもいいはずなのに、これは溶解して作られている。そんな形だ。もしかして普通の製造過程で魔術で純度を高めたのか? それなら魔術でも可能なのか?」
刀夜は興奮気味にリリアを見たが、リリアは古代魔法には疎かった。だが生活魔法に似たようなものはあるのであり得るかとも思った。
「そ、そうですね。そのくらいの魔法なら、その蓮根とかよりは現実味があるかと……」
刀夜が一人で納得していると女将は苛立つ。
「ちょっと買うの? 買わないの?」
「買う、全部買わせてくれ」
刀夜達はボナミザ商会から荷車を借りて押していた。だが刀夜はぶつぶつと呟いて不満げな表情をしていた。
「やはり納得いかないな……」
「何が納得いかないんだい?」
晴樹が訪ねたときだ。突如「よぉ、また会ったな」と声を掛けてきた二人組が近づいてきた。
「現れたな、納得いかないその1が……」
声をかけてきた主は自警団のブランとアイギスであった。
「何ですかブランさん。もしかしてつけ回してます?」
「いや、会いにきたのだよ。面白い話を耳にしたのでね」
「ですが我々は急いでますので。また後日、聞かせて頂きましょうか」
「歩きながらで結構ですよ。何でもオルマー家と問題を起こしたそうじゃないか」
刀夜は痛む体を悟られないよう振る舞う。
「随分と情報が早いですね。まるで見てきたかのようなモノの言いようだ」
「いやいや、仕事柄そういった情報の取得はお手の物でしてな。特に注目している相手に関しては」
「注目しているのは私ですか? オルマー家ですか? 逸れとも両方ですか?」
「オルマー家のほうだよ」
「オルマー家が何かしたのですか?」
「それは君のほうが詳しいのでは? 酷い仕打ち受けたのなら告発も可能だぞ」
刀夜はその質問の意図は読めなかったが、いま無駄に事を荒立てられて折角の計画が狂うのを嫌った。
「どうやら、何か誤解されているようですが、私は何もされてませんよ」
「ほーう。ではどこでオルマー氏と出会ったのですかな」
「彼の屋敷です」
「奴隷市場で会っていませんか?」
カリウス・オルマーとは奴隷市場で合っているが彼はマスクをしてピエロのような姿をしていた。立場上表に出せないのであろうが、おかげでシラを切ることができる。
「いいえ、見ていませんね」
「脅されているなら我々が護衛しますよ」
「――ブランさん」
「何でしょう?」
「私はオルマー氏から剣の制作依頼を受けただけです。彼からはそれだけです」
「…………そうですか。ま、何かあればご連絡下さい。では……」
「ええ、何かあったときは頼りにします」
ブランは歩みを止め過ぎ去っていく刀夜を見送った。
「なんなの、あの人。刀夜は狙われてるの?」
事情を知らない晴樹が訪ねるが刀夜は適当に流した。
刀夜は何者かの手の平で踊らされている感じがしてならず、思考をすべてそちらに回した。ブランの絶妙な登場。リリアへと導いた蝶。そして今回の都合の良すぎる玉鋼。
3度も奇跡が起こればそれはもう奇跡ではない。さらによくよく考えてみればヤンタルでの妙な動機に襲われこともブランが巡回コースを外れた一件に酷似している。
「裏で手を回している奴がいる……それも魔術師だ」
刀夜の中でそれはもう確信に変わっていた。
だが一体なんのために、理由を知るには情報が足りない。その事が更に刀夜を苛立たせる。




