第86話 刀夜の処刑
日が傾き出した頃、リリア達が買い物を終えて帰ってきた。
「刀夜様、ただいま帰りました。すぐにご夕飯の用意しますね」
リリアは買い物で皆と打ち解けて一緒にご飯をするのが楽しみであった。買い物のときに知り得た話を刀夜にしたくてウズウズとしている。
だが刀夜の返事がない。
「刀夜様?」
リリアはランプに火を灯して作業場へと入るが、そこに刀夜の姿は無い。どこへ行ったというのだろうかとリリアは急に不安に刈られて心臓の鼓動が早くなった。
たまらず大きな声で彼の名前を何度も呼ぶ。
ベッドメイキングをしていた皆はリリアの声で異変を感じとるとその手を止めた。
「リリアちゃんどうしたの!」
リビングにいた舞衣と美紀が一番最初に作業場に飛びこんだ。
「刀夜様がいないんです」
「トイレか外じゃないか?」
後から入ってきた晴樹はそう言いつつも何やら只ならぬ雰囲気を感じとっていた。何か作業部屋の様子が違うような気がしたからだ。
「トイレには居なかったよ」
トイレを済ませた梨沙が何事かとキョトンとして後ろに立っている。
「なんか刀夜君がいないんだって」
遅れてきた梨沙に美紀が説明をした。だが梨沙は子供じゃないのだから大丈夫だろうと楽観視する。
「外にでもいっているんじゃないの? それかまだ買い足りなかったとか」
「でも荷車は私達が使っていたわよ」
そのときリリアが新しいレンガに何か付着しているのに気がついた。黒いシミのようなものが点々と付いている。それを指で触ってみるとヌルリとした。
「これは……血?」
リリアの顔から血の気が引いてゆく。よく見回せば血はあちこちに飛び散っており、作業台の道具が地面に落ちて散乱している。明らかに誰かが乱闘した後だ。
「ま、まさか……」
リリアの思い当たる節は一つしかなかった。奴隷市場で刀夜に恥をかかされたあのピエロの男。
やはり危険な男だったのだと恐怖した。リリアはガタガタと震えだしてその場にしゃがみこんでしまう。
「リリアちゃん?」
舞衣が彼女の肩を掴んだ。
「た、助けに行かなきゃ……」でもどこへ?
「……オルマー、そうだオルマーとか言っていた」
立ち上がって飛び出そうとするリリアの腕を掴んで美紀が止める。
「どこへ行くの?」
「刀夜様が、刀夜様が危ない! 私の、私のせいで……」
「危ないってもしかして、揉めたってアレのこと!?」
リリアは頷き涙を拭いた。
「あたし刀夜様を助けたいんです!!」
「リリアちゃん……」
美紀はリリアの気迫に負けそうであった。
「だったら龍児達にも力を貸してもらおう。人数は多いほうがいい」
「そうね、じゃあ皆で行きましょう」
舞衣は梨沙の提案が良いと思った。龍児達はおそらく最初の宿屋に違いないと予測し、向かうことにした。
◇◇◇◇◇
「この糞ガキ! 無駄に抵抗しやがって!」
罵声にランプの淡い光が揺らいだ。薄暗く冷たい石畳の上に刀夜は倒れていた。男達に暴行されて顔は晴れ上がり、鼻と口から血を流している。
刀夜の前にまるで筋肉の塊のような男が執事の服を着て立っていた。さらに両脇に男と同じ服で上着を脱いでいる男が二人。
二人とも服の上からでも分かるほど鍛えあげられた体をしている。一人は頬が痩けていて腕に無数の傷痕を持っている。もう一人は長身で颯太と同じホウキ頭に黒くて丸いサングラスの男、今は外している。
だがこの二人をしても執事の男のほうが100倍は強そうであり、実際に闘ってみて強かった。刀夜の柔術も握力も、まったく通じなかったこの男に刀夜は見覚えがあった。
「オ、オルマーの……配下……か……」
奴隷市場でピエロの男に付き添っていたハゲ男だ。
「気安くあのお方の名前を呼ぶな!」
執事に蹴られ、刀夜は石畳の上を転がった。
家の扉を叩いて突然入ってきた男たちに刀夜は抵抗した。だが多勢に無勢、しかも執事がいれば他の二人なぞ要らないだろうと思えるほど執事は強かった。
あっという間にボコボコにされて、目隠しをされるとここに連れてこられた。
「あのお方に恥をかかせて楽に死ねるなんて思うなよ」
執事が顎で合図をおくると脇の二人が刀夜の両腕を掴んで立たせた。力なくだらりとする刀夜のボディに丸太ののような拳が突き刺さった。
刀夜は血の混じった胃液を戻し、呼吸ができなくなって悶絶する。容赦のない破壊力に気を失いそうであった。
だが男はそんな刀夜の頬を叩く。
刀夜は咳き込む。
「おねんねには早いぜ」
さらに二発三発と太い拳が火を吹く。
刀夜の意識が飛ぶとバケツの水を浴びせられる。
執事は床に倒れている刀夜の指を一本持ち上げた。
「どうした、家の時の威勢はどこへ行った?」
刀夜は男を睨み返す。
「そうこなくっちゃな」
ボキリと嫌な音が部屋に響くと刀夜の絶叫が谺した。
その後、何度か刀夜の絶叫が鳴り響き……静かになった。
「じゃぁな、明日も遊んでやるぜ」
執事が部屋を出ていこうとしたとき刀夜の口が開いた。
「――まだだ………………」
刀夜は息絶え絶えで反撃した。その言葉は執事の逆鱗に触れる。
「ああッ!? なんか言った糞ガキ!」
執事の顔は歪み、怒りを露にする。
そして倒れている刀夜の髪を引っ張りあげた。
「言ったさ……お前のご主人様は……人を見抜く力も……ねぇってな」
「上等だ。てめぇは拷問部屋行き決定だ」
「その程度で……傷ついたプライドが……癒せるとは……実に安いな……」
執事は刀夜の頭を石畳叩きつけた。
そして再び髪を引っ引っ張りあげる。
鼻血が止めとなくボトボトと滝のようにこぼれ落ちる。
「――お、俺なら……堅実的なもので……返してみせる……欲しがるものを…………」
その言葉を最後に刀夜は再び気絶してしまった。
「欲しがるものだと……」
「おい、ハンスどうする?」
取り巻きの一人が執事に伺った。
「どうするもないカリウス様に報告だ」
ハンスと呼ばれた執事は刀夜の最後の言葉を気にした。主が欲しがるもの……本当に主の利益になるものなのかと迷いが生じる。当のカリウスには大きな悩みを持っている。
この男はその解決方法を知っているとでもいうのだろうか……
それを確認するまでは迂闊に殺すわけにはいかなくなった。




