第8話 容赦無用
刀夜は二階にあった荷物を回収する。
大半は文具や体操服だが、救急セット、水筒やペットボトル、裁縫セットを発見したことは貴重だ。他にも機材のケーブル類、机、椅子、折れたホウキ……とにかく片っ端から回収した。
そのせいか下にいたクラスメイトから顰蹙を買うが何が役に立つかなど誰にも分かるはずもない。刀夜にしてみればもう一度登るなどと非効率なことは避けたい。
だが血がべったりと付いた椅子などは下にいるの者にしてみれば『気持ち悪いから要らない』の一言だった。
刀夜が二階から降りてきたとき、その姿に皆は言葉を失う。刀夜の衣服や手足は血でどす黒くなっており、上の惨状が如何程かを物語っていた。
「や、八神君大丈夫なの?」
智恵美先生が心配して訪ねる。
「ああ、大丈夫だ。俺の血じゃない。大半はもう固まっていたんだが、溜まっていた所はどうもな……」
智恵美先生が心配していたのはそんな事では無かったのだが、彼の受け答えで彼女の危惧したことは大丈夫だろう判断した。
全くもってどんなメンタルを備えているのかと呆れ返る。
「刀夜、着替えたほうがいいよ」
晴樹が先ほど回収した体操着を片手に着替えることを進めた。刀夜はその言葉に頷くと晴樹に連れられて校舎裏へとむかう。そこでペットボトルの水で体を洗って体操服へと着替えた。
「サッパリした」
そう言って戻ってきた刀夜の言葉に、皆は精神的に大丈夫なのかと疑念の抱いたのがバカらしくなり、ため息が出た。
この男の心は鋼鉄か何か固いものでできている。もしくは頭のネジが数本飛んでいるに違いないと思うことにした。
だが刀夜とて人である。
二階での作業は実は精神的にかなり苦痛だったのだ。だがそれがいか程のものなのかは二階の惨状を知らない者にわかり得るはずもなく、刀夜自身もそんな感情を表に出したくはなかった。
◇◇◇◇◇
刀夜は一息ついてから上で見たこの地の光景を皆に説明した。地面に枝でおよその地図を描いてみせる。何より皆が注目した街の存在だ。
「街? 街があったの八神君」
智恵美先生の顔から笑みが溢れた。そして多くの生徒が街について騒ぎ出す。
「恐らく。かなり遠かったので陽炎のようにしか見えませんでしたが、あれは中世のお城……そう城壁のような物でした」
「じゃあ人がいるの? あたしたち助かるの?」
鎌倉梨沙は自慢の染めた長い金髪を指で払って刀夜に聞く。
「人は見ていないし、人が居るとは限らない。最悪、本当に陽炎ということもありえる」
刀夜の回答は希望に沸き上がっていた皆に水を差すこととなった。
「八神君、何でそこでソレ言うかなー空気読もうよ~」
葵が落胆する。今の皆に必要なのは目的や希望であり、それが生きる活力となるのだ。なのでそこは嘘でも構わないから『助かるのだ』の言葉ぐらいあっても良いじゃないかと。
「ホンと何よそれ、役に立たないわね」
梨沙は辛辣な言葉を刀夜に投げかけた。これには刀夜はさすがにカチンと来たようで彼女に言い返す。
「俺は見たものをそのまま伝えただけだ。勝手に期待されて嘘つき呼ばわりされたくないからな。それに大して何もしていない『役立たず』にとやかく言われる筋合いもない」
「なッ……そ、それは私の事言っているの!?」
「お前以外に誰がいる?」
晴樹は顔に手を当ててやってしまったと頭を抱えた。刀夜は爺さんゆずりの頑固者でプライドが高いことを晴樹は嫌と言うほど知っている。
そのせいで晴樹ともよく言い合いをしたことがあるが、口論で負けるのはいつも晴樹だった。
「いい度胸ね、このオタク野郎が、あたしに喧嘩売ろうっての?」
不良でケンカっぱやい梨沙の威嚇に刀夜の目付きが変わる。だが晴樹がそれを見逃さない。刀夜は相手が屈強な男でも女子でも『敵』と見なしたら容赦しないタチだ。慌てて間に入って止めに入った。
「ま、まって鎌倉さん。ソレ以上は駄目だよ」
「ど、どいてよ三木君。いくら三木君の親友でも許せないわ!」
その言葉に含まれる彼女の感情を刀夜は聞き逃さない。以前から何処と無くそうではないかと思っていたことが確信に変わった。
そして不気味な笑みを浮かべて彼女に止めを刺しにかかる。
「三木『君』だって? いつも他人を見下して『あんた』とか『お前』とか、クラスの連中の名前なんぞ覚えているかすら怪しい癖にハルにだけ『君』だって?」
「な、な…………」
梨沙は顔を真っ赤にして言い返す言葉が出なくなってしまう。よりによってこんな男に胸の内を知られてしまったばかりか、彼の前で暴露されてしまったのだ。
「刀夜! 怒るよ!」
晴樹は今度は刀夜に怒ってみせた。
梨沙の口元が震え、強く拳を握ると片手で顔を隠して校舎裏へ走り出してしまう。
皆の前にいるのが耐えられない。なにより彼の前でこれ以上の醜態を見せたくない。
「鎌倉さん!」
心配になった智恵美先生が彼女の後を追いかけてゆく。
彼女が涙を流していたのを刀夜は見た。やり過ぎてしまったかと反省はしつつも、最初に喧嘩を吹っかけたのは向こうなのだから自業自得だと自身を納得させる。
だが晴樹が怒っている。
刀夜にとって唯一無二の親友である晴樹を敵にするのは良くない。彼に謝ろうとしたとき、大きな人影が刀夜の前に立ち塞がった。