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第65話 奴隷市場

 刀夜は朦朧(もうろう)とした意識の中で石畳の上に倒れていた。もう間に合わない……


 仕方が無いことなのかと彼の頭の中に諦めが浮かんだとき、目の前を何かがひらひらと飛んでいた。


 蝶々だ。


 それは虹色に輝き、光の鱗粉を振り()き、道の奥深くへと飛んで一定の場所でずっと飛んでいた。


 刀夜は痛む体に鞭を打って立ち上がる。そしてまるで引き寄せられるように蝶々の元へとふらつく足で歩む。近寄ると蝶々はまた進み、距離が空くと止まる。刀夜が近づくとまた進んだ。


 刀夜は蝶々を追いかけつつも意識が徐々にはっきりとしてきた。残念なのは暴行を受けた傷の痛みもハッキリとしてきたことだ。だが意識が戻れば痛みはまだ耐えられる。


 そして目の前を飛んでいる蝶は、薄れた意識が見せた幻では無いと理解をした。


 蝶はやがて小さな広間にでた。4階建ての建物に囲まれた場所だ。建物の窓には明かりを灯している部屋はなく薄暗く不気味な場所だ。


 気がつけば蝶々は姿を消していた。


 あの蝶は自分をここへ導くために遣わされたのだと刀夜は確信した。なぜなら彼の眼前には探し求めていた奴隷馬車があったからだ。


 豪華な馬車のみに明かりが灯されている。そして怒鳴り声が聞こえた。


 突如ドアが勢いよく開き、みすぼらしい姿の少女が転げ落ちてきた。冷たい石畳の地面に這いつくばるようにして涙を流している。


 髪は茶色だ。刀夜が見たあの少女でもなければ仲間でもなかった。見知らない少女だ。


 開いたドアから漫画のように左右に(とが)った髭を生やし、どこのサーカス団長なのかと思えるような服を着た男が体半分を出している。


「ええい、いつになったらこの程度事を覚えれるのだ! この役立たずめが!」


 団長のような男は水入ったガラスの水入れを少女に投げつけた。水入れは少女の背中にあたり水をぶちまけると石畳に当たり音をたてて割れ散る。


 その時、奴隷馬車の間からあのピンク髪の少女が飛び出してくる。


 体には麻袋色のような薄汚い服を着てロープのような紐を巻いている。手足には手錠が噛まされおり、動くたびにジャラジャラと不快な音を立てていた。


 彼女の姿を見た刀夜の心臓が割れそうなほど大きく跳ねた。


「おい、お前! ソイツを馬車に連れていけ、そして直ぐに準備をしろ、もうすぐ出番だぞ!」


 そう言い放つと団長のような男は馬車に戻ってドアを乱暴に閉めた。


 ピンク髪の少女は倒れている少女を気づかい手を差しのべると優しく上半身を起こした。倒れていた彼女は手足や額を擦りむいて血を流している。


 ピンク髪の少女は彼女の背中に回るとキョロキョロと辺りを警戒しだす。刀夜は思わず反射的に身を潜めてしまうが、一体彼女は何を警戒したのだろうか。


 ピンク髪の彼女は誰もいないと判断したのか、傷ついた少女の背中に手をかざし、小さな声で何かモソモソと(つぶや)きだす。


 するとピンク髪の彼女の手が光った。小さな魔方陣のようなものが見える。


 魔方陣、そうあれは魔方陣だ。漫画やアニメで見たことのあるものと全く同じだ。そして驚いたの事に倒れていた少女の怪我がみるみると治っていく。


「ま、魔法だと!?」


 刀夜はプルシ村の村長から聞いた魔法の事を思い出した。この世界には治癒魔法と生活魔法が扱える魔法使いがいると。


 怪我をしていた少女は何が起きたのかわかないらしく、傷が治ったことに不思議そうにしていた。そしてピンク髪の少女に連れられて馬車の奥へと消えいった。


 刀夜は仲間のことなど忘れて目の前で起きた事にただただ驚いていた。あるとは聞かされていたが、漫画やアニメ、映画の中にしか無いことが目の前で起こったのだ。


 ぼうっと見とれていた刀夜の肩が突然捕まれる。


「おい、貴様、ここで何をしている?」


 肩を捕まれた振動で傷口が痛み、どっと冷や汗がでた。


 刀夜は痛みに耐えきると肩を掴んだ男に顔を向けるた。そこにはまるでホストのような衣装を着た男が立っている。


 だが体つきはがっしりしており、厳つい顔はどちらかと言えばボディーガードのような印象がする。その男の後ろにも同じような風貌の男が立っていた。


「何をしていたのかと聞いているんだ!」


 刀夜が答えなかったので男はさらに声を荒立てる。


「……セリ会場の入り口を探していた」


「なにぃ、セリだと!?」


 ボディガードの目の前に立つ男は明らかに旅人の姿容であり、しかも異人だ。とても奴隷を必要としているように見えない。


「見せ物小屋じゃねぇんだぞ」


「分かっている。でなければこんな面構えにはならんだろ?」


 刀夜は長いほうの髪をかきあげて顔をみせた。彼の左顔面はゴロツキどもに殴られて腫れあがっており、痛々しい面となっている。


 すでに洗礼を受けたこの男が、それでもなおここへ来たことに訳ありなのだと理解した。


「金はあるんだろうな?」


 男に問われて刀夜は鞄から小袋を取り出す。男が中を確認すると金貨が10枚入っている。刀夜は金を分散して隠し持っており、彼に渡したのはその一部だ。


 男は小袋から金貨を一枚取り、ポケットに納めると残りを刀夜に投げ返した。


「入場料は金貨1枚だ。入口はこっちだ」


 男のいう入場料の金貨1枚は正式なものである。この男が立場を利用してすくねた訳ではない。ここのルールは厳格に定められており、奪ったりすれば男のほうが処刑されてしまうのだ。


 刀夜は警戒しつつその男についていく。すでにセリは始まっている時刻を大きく回っている。


「今日、売られた奴隷で俺のような黒い髪で黒い瞳のヤツはいなかったか?」


 刀夜は男に訪ねた。店の男は直ぐにこの男は仲間を探しているのだと分かった。


「いや、そんな奴隷は見ていない。そんなヤツに出会ったのは目の前にいるお前だけだ」


 だが刀夜はその言葉を脅迫かと誤解する。例え街の中とはいえ、このような裏路地ならば捕まえて奴隷にすることも可能だろう。刀夜は探すことで精一杯となっていたためそこまで思考は回っておらず、いまここに来てようやくその危険性を感じた。


「俺を捕まえて売るか?」


 刀夜の足が止まる。


「そんな事はしない。金を持っているヤツは誰であろうと客だ。裏には裏のルールってのがある」


 店の男は刀夜から入店料金をすでにもらった以上は彼にそのような手出しはできない。金を払った以上は異人だろうがこ汚なかろうが客は客として対応しなければならない。


 もっとも、これほどボロボロの客が来たのは店の男の知るかぎりでは初めてのことだ。息子、娘を返してくれと泣きついてくる奴は何人かいる。無論金など持ってはいないからその場で追い返されるか袋叩きに合う奴が殆んどだ。


 店の入口の前についた。二階建ての建物のようだが、店の玄関はまるで洞窟の入口のように加工してある。それに草のつるがからまり、年季が入ったかのような演出までしている。まるで地下帝国へにでも案内されるかのようだった。


「どうする? お目当は居ないぜ、入るのか?」


 店の男は扉のノブに手をかけて刀夜に最後の確認をとった。仲間の事は男の言うとおり、居ないのかも知れない。だが刀夜はあの奴隷の少女のことも気になって仕方がなかった。


「入るよ」


 店の男は無言で部屋のドアを開け、まるでドアボーイのように礼儀正しく入るよう促す。


 部屋の中は小さなホールのようになっている。階段状に斜行した床に取り付けられている座席は豪華で広い。


 客席側はかなり暗くて周りの客の顔は見えにくいほどだ。対して舞台側は淡いライトではあるが明るくなっている。


 その舞台には男の奴隷が五人、手足に錠前をされてパンツ一丁で立たされている。内、一番端の男は一歩前に出ており、今まさにその男のセリの最中である。


 立ち並んでいる男達の中に日本人はいなかった。立ってるのはボウズ頭の肌が茶色い異人らしき男が3名、金髪で街の住人と同族と思われる男も2名いた。


 刀夜は驚く。同族ですら商品の対象なのかと。自警団の男が何故怒ったのか、街の連中が口をつぐんだのもこの当たりに秘密があるのではないかと嫌悪感を抱いた。


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