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第47話 壁ドン

「アタシは――」


 梨沙は屈辱だと顔を歪めてホテルを出ていこうとするが、すかさず美紀が梨沙の腕に抱きついて止めた。


「梨沙は美紀と一緒ね」


「ハァ?」


「夜は長いのよ。アタシを一人にする気ぃ~。話相手になってよぉ!」


 梨沙は困惑する。仲良くなってきたとはいえ美紀と二人でずっとお喋りなどできそうにない。正確には自信がない。普段から友達とお喋りなどしないので何を話したらよいか分からないのだ。


 それに泊まるとなればお金を借りるしかなく、それも屈辱的だ。特に刀夜には色々と当たり散らしたため頭を下げたくはない。


 梨沙が困り果てているのを見ていたフロントの男は空気を読む。


「ではお部屋は三部屋。4名様で承りました」


「……あっ」


 梨沙は観念した。凹む彼女の元に突如金貨の入った袋が飛んでくる。袋は軽く胸に当たると落ちる直前に梨沙はそれを受け止めた。


「ハァ? だからこれは――」


「いいから持ってろ! 屈辱だというのならいずれ実力で稼いで利子付けて返せ。これはお前だけの問題じゃないと理解しておけ」


 刀夜は厳しい顔で梨沙に言い聞かせた。悔しいが確かに金がなければ何もできないことを身につまられた。彼女は渋々受け入れざるをえない。


 必ず倍返ししてやると決意すると、梨沙はごねるのを諦めてフロントに金貨を一枚差し出した。


「この娘と同じ部屋で、料金は割り勘にして」


「承知しました」


 フロントの男は深々と頭を下げて、お釣りを渡すと宿泊施設の説明を始める。最後に部屋の鍵を受け取った際にフロントの男は一言追加した。


「お部屋に着替えの服を用意しております。ホテル内では着替えて頂くことをお勧めします。ではごゆっくりおくつろぎ下さい」


 つまりみすぼらしくてホテルの品位に関わるから着替えておけと言われたのだ。刀夜は思ったとおり、場違いではないかと思った。


 だが同時にホテルの対応の良さに関心する。本来なら追い出されてもおかしくない場面である。だがお金さえ出せばみすぼらしくとも泊めてくれるというブランキの話は正しかった。


 刀夜が部屋に入るとさすがロイヤルだけの事はあり、豪華絢爛(ごうかけんらん)な家具の数々は現代ホテルと遜色(そんしょく)ない。下手すればテレビなどでみたものより豪華なのではないのかとさえ思えた。


 唯一劣るとすれば、明かりはランプしかないので淡い光で部屋が照らしているためにやや暗いぐらいだ。


 テーブルにはウェルカムドリンクのお酒と思われるものが置いてある。


「これは後で頂こう」


 興味津々(きょうみしんしん)で色々見て回ると机の上にはベルが置いてあった。おそらく客室従業員を呼ぶものであろう。部屋に入るときに入り口の近くで椅子に座ってじっとしている従業員を確認している。


 さらに物色するとクローゼットから色々な服が出てきた。男物女物合わせて30着はある。


「壮観だな」


 刀夜の体のサイズに合うのは一着しか無かったので、やむを得ずそれに着替えて鏡に自分の姿を映してみた。


「これは、どこの貴族坊っちゃんだ?」


 自分でも吹き出しそうな姿に、彼女達の反応を楽しもうとほくそ笑む。椅子に座るとウェルカムドリンクを開けた。グラスに注ごうとしたとき刀夜はそのグラスも気になったので手にしてみる。


 村でのガラス製品は歪んでいたが、ここのは瓶もグラスもしっかりしている。中々の技術力だと刀夜は感心する。


「この世界の技術ではこれが限界か……だが悪くはないな」


 グラスにドリンクを入れてみた。トクトクと音を立てて赤い液体が流れる。やがてどことなくフルーティーな香りを漂わせてくる。


「ワインか?」


 一口飲んでみる。


「苦い……いや渋いか?……」


 ワインを飲んだことのない刀夜には現代のワインとの比較はできない。だがそれはアルコールで有ることぐらいは分かった。


 刀夜は深々とふかふかの椅子に埋もれる。


 刀夜の家は決して裕福なほうではない。むしろ貧乏なのでこのような部屋はテレビでしか見たことがない。両親を早くに亡くして母親方の父親、つまり爺さんと二人暮らしだ。


 変わり者の爺さんは人嫌いなので家は山のふもとにある。職場を兼ねた家は大きく、静かで居心地は良かったかが通学には遠すぎた。


 心配した担任がわざわざ車で送り迎えしてくれたほどだ。


 部屋の入口であるドアの横に設置されたベルが鳴った。透き通るような金属音はまるで風鈴のような音色だ。


「どうぞ」


 ドアが開き、入ってきたのは部屋の前にいた客室員の男だ。彼は椅子に座っている刀夜の前にまでやってくると用件を伝えた。


「お食事の用意ができました。それからお連れ様がおこしになられております」


「ありがとう、通してくれ」


 刀夜は客室員にチップを渡すと、それを受け取ったポーカーフェイスの男は顔を緩ませた。


「ありがとうございます。ではお通しします」


 器用にも刀夜に後ろを見せずに下がると、入口のドアを開けて待たしていた客を通す。後ろ向きに下がって壁に当たらないなど相当にこの部屋を熟知しているのだと伺えた。彼は客が部屋に入ると入れ替わるようにそっと出てゆく。


「ふおぉぉ、凄い豪華ぁ~」


 変な奇声をあげた美紀を筆頭に三人が入ってきた。


 美紀はまるで舞踏会にでも出かけるような淡いピンクのドレスを惑い、髪に花の髪止めをあしらっている。その後ろから赤いドレスに赤いカチューシャ、そして髪を後ろに束ねた梨沙が入ってきた。ブランキは良くも悪くも(じょう)の町人のようだ。


 梨沙の目に椅子に埋もれながら足を組んで、ワインを転がしている刀夜の姿が映る。


「ぶひゃひゃひゃ、貴族だ。王宮バカ貴族がいる。似合わねぇ~」


 日頃、良いようにボロカス言われていてる仕返しとばかりに梨沙が刀夜を指差して爆笑する。


「刀夜くん、なかなか似合っているわよ」


 そう言いつつも美紀の顔も爆発寸前に膨れ上がっている。


 刀夜は無言で立ち上がると爆笑している梨沙にそっと近づいた。それは密着するほど接近する。


 真剣な表情で近寄ってくる刀夜に梨沙は何事かと後ろに下がるが、入口の壁にすぐさま行き当たる。刀夜は右手を壁に突いて彼女を逃がさないようにすると真剣な眼差しで顔を近づけた。


「結構、様になっているじゃないか。どこのお姫様かと見違えるぜ」


「え?」


 梨沙は意表を付かれたのか唖然とした顔で彼の目を見つめる。


「ぶッ! ぶひゃひゃひゃ」


 彼女は盛大に吹き出した。


「ブーッ!」


 耐えかねた美紀もとうとう吹き出してしまう。


「だ、ダメ、これはダメ。ひーひーひーッ」


 相当ツボに入ったのか梨沙は脇腹を押さえてとうとう座り込んでしまった。


「とぉ、刀夜君に壁ドンは似合わないよぉ~」


 美紀が涙目でダメだしをする。


「やはり、こちらの才能は皆無か……」


 薄々才能はないだろうとは思っていた。だが二人からこうも笑われたのは普段の言動とこのバカ貴族のような服が原因であろうと刀夜は分析する。


 決して壁ドンが似合わないルックスだからではないはずだ。そう決してルックスではないのだと……そう思いたい彼であった。


「……なぁ早く飯に行こうぜ」


 状況が分からず(あき)れたブランキが空きっ腹をさすりながら催促する。壁ドンネタは彼には分からなかった。


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