第18話 ゆらぐ心
夜が明ける。
切り開いた山の斜面に日がさす。
皆は山の斜面に腰を下ろして息を切らしながら朝日を浴びた。
夜通しの逃避行により疲弊した体力、そして睡魔と空腹により大半の者は動けない。
岩や倒木に腰を下ろす者。大の字になって斜面に倒れる者。太い木に背中を預ける者。各々の方法で呼吸を整えて体力の回復を待った。
彼らを執拗に追いかけてきた獣は夜明け前にはどこかへと消え去っていた。
今回の逃亡で男子2名、女子1名が亡くなった。一夜で12名ものクラスメイトを失ったのである。その失望感と悔しさと苛立ちは生き延びれたという安堵と共に大きくなってゆく。
「八神! てめぇ何で水沢を殺した!!」
最初に苛立ちを爆発させたのは龍児だ。
人一人背負って暗い山中を転げもせず、息を切らしているだけで平然と立っているこの男を刀夜は化け物かと思った。
クラスの皆は龍児の言葉に忘れたがっていた光景を思い出してしまった。美紀が再び泣き出すと智恵美先生も目に涙を浮かべた。多くの生徒が悲しみに口をつぐむ。
刀夜は判りきったことをワザワザ聞いてくる、この面倒臭い男にイチイチ説明する気になれなかった。
何も言わずただ睨み返す男に龍児の理性のタガが飛ぶ。
「何とか言えよ!」
龍児は刀夜の体操服を乱暴に掴んで無理やり立たせる。さすがにこの行為に刀夜は腹が立ち、アドレナリンがふきだすと疲労の顔は一変して怒りの表情へと変わった。
龍児の腕を掴もうと手を伸ばすと龍児はそれを警戒して即座に手を離した。刀夜の握力を思い出したのだ。
龍児は間合いをしっかり開けると左のジャブを繰り出す。だが龍児の様子見のつもりで放ったジャブは遅かった。
刀夜は捻るように上体を反らしてかわすと同時に右手で払おうとする。そのとき水沢有咲の返り血で赤黒く染まっていた自分の腕が視界に入り、動揺して硬直してしまった。
龍児はそれを見逃さない。
今度は本気の右ストレートを放つ。
刀夜は左顔面にモロに受けてしまい、吹き飛ばされて落ち葉積もる斜面に倒れた。
「止めろ龍児!」
止めに入ったのは三木晴樹だ。晴樹だけが止めに入った。他の者はただ呆然と成り行きを見ている。
智恵美先生や委員長ですら動く素振りが無い。周りを見回してその様子を察した晴樹が怒鳴る。
「なんで、みんな止めないんだ!!」
最初、クラスの多くの者が刀夜はサバイバル能力の凄い人物という印象であった。だが水沢有咲の一件で彼の評価は一変して猟奇的な危険人物ように思えた。これが元の世界なら彼は殺人犯である。
そして龍児の気持ちが痛いほど分かる。それだけに止める気になれなれずに冷たい視線が送られた。
龍児は倒れている刀夜にマウントを取ると一方的に刀夜を殴りつける。
「止めるんだ!」
晴樹は慌てて飛び出すが、そんな彼の前に颯太が立ちはだかった。
「おっと、邪魔すん――」
妨害しようとした颯太の腕を晴樹は掴むと足を引っかけ、腕をひねり、あっと言う間に転倒させる。
刀夜はのしかかって殴り付けてくる龍児を掴もうと右腕を伸ばした。だが視界に血に塗られた腕が再び映ると脳裏に何かがフラッシュバックしてしまい、またしても硬直してしまう。
そこを龍児に何度も顔を殴られる。
口の中が切れて血の味がした。
「龍児!!」
晴樹が龍児にタックルすると二人は縺れて枯れ葉の積もる斜面を滑り転げてゆく。
龍児は止められたことに腹を立てつつも非のない晴樹を殴るわけには行かず、興奮冷めぬまま拳を下ろした。
刀夜は倒れたまま不条理を感じていた。これまで人から干渉されるのが嫌で他人との接触は最小限にしてきた。
なのにこちらに来てから誰もがオロオロとするばかりで見ていられなくなり、なぜすぐ決断できないのかとイラついた。
そしてやむを得ず手を出して皆を救った結果がコレなのかと……
「フッ、フフ」
刀夜は自分のバカさ加減に笑い、不気味な声を短く上げた。皆が何事かと理解できず傍観する。彼の事をよく知る晴樹ですらこれには驚いた。
刀夜はゆっくりと体を起こすと皆に背を向けて尾根道へと歩き出す。彼の腸はかつてないほど煮えくり返っていた。
「待って刀夜! どこに行くの!!」
晴樹の問いに刀夜は頭だけ振り向いて冷たい視線を送る。晴樹はたまらなく嫌な予感がした。まるで刀夜がどこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな予感だった。
「……ハル…………一緒に来るか?」
その言葉に晴樹は困惑した。本当に一人で行くつもりなのかと。
晴樹は正直な気持ち、刀夜と行動したほうが良いような気がする。だが、クラスのメンバーも見捨てたくないという気持ちも大きかった。晴樹は困り果てた感情を表情に出してしまう。
「……冗談だ……水を探すだけだ……」
晴樹の困った表情に刀夜の心が揺らぐ。あまりにも腹立たしかった為に刀夜は晴樹の事を失念していた。
いつも自分の味方をしてくれる晴樹を失望させたくない。しかし、もはやクラスの為に何かをしてやろうという気は無くなりつつある点は変わらない。
だが一度足を向けてしまった以上、簡単に向きを変えるのは屈辱でもある。仕方がなく辺りを探し回ると斜面下に本当に小川があった。
刀夜は少なくとも右腕の返り血だけでも流せたらと斜面を降りてゆく。




