第1話 決戦二人
長い通路に二人の駆け足音が響く。
高い天井と幅の広い通路には等間隔で石柱が並び、壁、床、天井も含めて豪華な装飾が施されていた。
人に見せるために作られた施設でもないのに実に無駄なことをすると呆れたくなる。
薄暗い通路はヒンヤリとしていてそれが肌に刺ると先ほどから感じる嫌な雰囲気も相まって苛立ちが募ってくる。
「畜生、外からは大きな屋敷程度にしか見えなかったのに、何なんだこの中の広さは!?」
先頭を走っていた男はずっと感じていた苛立ちをついに吐き捨てた。
屋敷の地下はまるで魔王の城へでも続くダンジョンのようである。だが迷宮というほど入り組んでもなく単調な作りだ。それゆえ余計に腹が立つ。最短距離はないため出会う敵は回避できない。
感情をストレートに表に出して口をへの字にしている男の名は佐藤龍児。
短い黒髪を逆立てて、190を超えた長身と分厚い筋肉の体はさながな重戦車のようだ。
自警団の紋章の入ったハーフプレートと同じ紋章の入った緑のマントを纏っている。
盾の代わりに大きな両手用の魔法剣を背中に担いでおり、ここに来るまでにすでに何戦もしたのか、鎧も剣も返り血でべったりだ。
その男の後ろから桜色の髪をなびかせる少女が置いていかれまいとついて行く。
少し丸めの顔立ちに添えられた小さな唇から甘い息が零れる。まるで捨てられた子猫のように不安を抱きつつも、彼女のつぶらな瞳は前を走る男のさらに先を見つめていた。
白地の布に赤い刺繍で魔術紋章を編み施された魔法のローブを纏い。両手でしっかりと魔法の杖を握りしめている少女の名はリリア・ミルズ。
二人がようやく長い通路を抜けると大きなドーム状の広間へとでた。そこはまるで観客席のないコロッセオのような部屋だ。
二人はこれまで通ってきた通路とは異なる気配に気がつくと嫌悪感を抱く。
「おいおい、自分の屋敷にこんなモン置くかよフツー」
部屋の奥には扉があり、その手前に黒い鎧武者があぐらをかいて座り込んでいた。
鎧の隙間から骨と皮だけの体を晒しており、手にした剣を地面に突き立てている。それはあたかも獲物が来るのを待ち構えていたかのように。
まるでミイラのようなこの武者は、これまで倒してきたモンスターとは異なる存在である。あぐらをかいて座っている状態でも身長は約5メートルほどあり、立ち上がればさぞ大きいことだろう。
うつむいていた武者は龍児達に気が付くとゆっくりと顔を上げて、フェイスガードの奥の目を赤く光らせた。膝をたてて立ち上がると眼光が闇夜を走る車のテールライトのごとく残光を放つ。
巨人は想像どおり全高10メートルを超える巨体であった。それは『巨人兵』と呼ばれている兵器であり、モンスターとは異なって生態系を持たない。
巨人兵は床から剣を抜きさると、ゆっくりと構えて攻撃の体勢に入る。そしてまるで相手はお前だと言わんばかりに剣先を龍児へと向けた。
「殺る気まんまんじゃねーか。しゃーねぇ、リリア頼む!」
この部屋の守護者たる巨人兵との戦闘は避けられない。
リリアは手にしていた杖を龍児に向けてすでに詠唱に入っていた。彼らには時間が無く、ここで足止めを喰らうわけにはいかない。
「こっちもヤル気十分かよ……」
彼女は攻撃魔法を持っていないので対峙するのは龍児しかいない。ゆえに彼女は龍児の支援しかできないのだが、龍児にとってはその支援こそが強力無比であった。
リリアは龍児への返事の代わりとばかりに呪文を口にする。
「かの者の肉体にマナよ集え、血へと、肉へと転成し力となりて神々の祝福を授けん。デバィンボディ!」
魔方陣が形成されて龍児の体を包むと、今度は彼の体から黄金の粒子が放たれる。龍児は全身に力がみなぎるのを感じとると背中の剣を抜いた。
本来なら両手で持つべきこの重たい剣も身体強化の魔法により軽々と片手で扱えるようになる。
リリアは続けて龍児に強化呪文の詠唱に入った。
「かの者の理への浸蝕を許したまへ、我は時の理を書き換えたもう汝を加速せよ。クロックアップ!」
龍児の体にさらに魔力が宿り、目から赤い光を放つ。脳の処理能力を加速されるとあらゆるものをスローのように感じさせる。
巨人兵は特大の剣を二人に向けて薙ぎ払いを繰り出すと、リリアは後ろに下がって回避したが龍児は逆に前へと踊り出た。
加速された龍児にとって巨人の薙ぎ払いなど遅すぎて当たる気はしない。だが敵の武器から放たれる衝撃波だけは気をつけなくてはならない。
巨人のもつ武具には魔法の力を宿している。何度か対戦した経験上、衝撃波で体勢を崩されると間違いなく巨人はそこを狙ってくる。
龍児はすばやい動きで衝撃波の発生しない手元へと潜り込むと頭上を巨人の腕が掠めた。
「オラアァァァアッ!!」
気合を入れて魔法剣を薙ぎ払うと剣先から炎が吹き上がる。
だが振り払われた剣は巨人に当たる前に見えない壁のようなモノに激突した。それは巨人の鎧から発せられる絶対物理障壁という壁である。
この障壁があるかぎり、巨人兵への物理攻撃は無効にされてしまう。対処方法としては魔法による攻撃であるが、この世界の魔法使いの大半は攻撃魔法を持っていない。ゆえに巨人兵はほぼ無敵に近い存在なのだ。
剣の炎は壁に干渉に阻まれて四散してしまった。
だが同時にガラスが割れるかのように障壁が砕け散る。巨人の壁を打ち破るもう一つの方法は魔力を帯びた武器を使うことだ。
龍児の剣が巨人の足の臑当に衝突すると足の鎧を叩き潰して弾き飛ばした。
返す刃で剥き出しになった足を斬りつけると、剣から伝わる感触に肉はなく、いきなり骨に当たった。
だが龍児はお構いなしに渾身の力で剣を振り切る。重厚な剣の重量にて巨人の骨を打ち砕くと、再び剣から炎が吹き出して足の傷口を焦がす。
体を支えきれなくなった巨人兵は腰から立ち崩れ、倒れまいと地に手をつくと部屋に激しい振動が響いた。
調子を上げた龍児は次々と手慣れた様子で厄介な巨人の鎧を潰して剥がしにかかる。地についた手を破壊し、落ちた腰を砕き、ついに巨人の肉体は横へと倒れる。
倒れた巨人に龍児は容赦なく腹、胸へと、まるで炎の演武を披露しているかのように斬りつけ、ついには巨人の首をはねた。
龍児は倒れた巨人の体を駆け上がり、跳躍して宙を舞っている巨人の頭を兜ごと叩き落として破壊してみせる。
経験上、巨人との戦いにおいて時間をかけるのは危険きわまりないことを龍児はよく知っている。加えて強化魔法にはタイムリミットがある。
そして殺るときは徹底的に破壊しなければならない。でなければ思わぬ逆襲を喰らうことになる。それは初めて巨人と対戦したときに苦い経験として心に刻み込まれていた。
魔法の効果が切れると龍児はさすがに疲れたのか肩で息を切らせた。
「龍児様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ」
心配するリリアに龍児は大丈夫だと親指を立ててみせる。
「それにしても凄いですね。あの巨人兵をこうも簡単に倒してしまわれるなんて……」
リリアは巨人兵の頭を杖で突っつき、魔力が完全に失われたのを確認した。
巨人兵はまるで凶暴な竜巻にでも巻き込まれたかのように無数の傷を負ってぼろ雑巾のように変わり果てた。剥ぎ飛ばされた魔法鎧はあちこちに四散している。
「ふん、この武器とリリアの援護のお陰だ」
「ご謙遜なさらなくとも龍児様の戦いぶりを見れば、そうでは無いことは一目瞭然ですよ」
リリアは龍児の戦いぶりを称賛しつつもその表情は不安げだ。それは彼女の心はここに無く、焦っていた為である。
「ふふ、おだてるな」
そう言いつつも龍児の顔は自慢気であった。
「さっさと先へ進もうぜ」
龍児の言葉にリリアは頷く。
巨人が座り込んでいた場所の奥には大きな扉があり、二人はその扉の前に立つ。
龍児の身長の2倍ほどあろうか、両開きの扉はこれまで通ってきた無粋な鋼鉄の扉と異なっている。
木製の扉に青銅色の唐草模様と金色の唐草模様が混じりあうような豪華な装飾が施されているのもさる事ながら、この扉にはノブや取っ手がない。
龍児がノブの無い扉に近づいて片手で軽く触れると、扉は木が軋む音と共に開きだす。扉の隙間からまばゆい光が漏れて二人を迎え入れるようにやさしく包み込んだ。