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僅かな変化

「おーい、昼飯行こうぜー!」


 今日も今日とてセシルを膝にのせて撫でていたら、扉の外からミゲルの声が聞こえる。


「そんなしょっちゅう来てると嫁が寂しがるぞー」


「あら、私も居ますからね」


 苦笑いを浮かべて答えた俺に、聞き慣れた落ち着いた女性の声が返事をした。

 なんだあいつ、今回は嫁を連れて来たのか。

 身重の筈だから安静にするべきだろうにと呆れつつも、二人に入って良いと声を掛ける。


「うわっ、本当にグルードさんって幼女趣味だったの?」


 ミゲルよりも早く部屋に入ってきた嫁のスツラカが、失礼な第一声をぶつけてきた。

 いつものほほんとした表情が驚きに染まっていて、赤茶色の瞳が零れんばかりに目も見開いている。

 受付時代から動きやすいからと肩に掛かるくらいで切りそろえられた茶色の髪もそのままで、ゆったりとした服を着ているからだろうお腹も目立っていない。

 それにしても、夫から聞いている筈なのにそんな事を言われるとは思わなかった。受付嬢の頃の気遣いの塊だったあの子はもういないのだろうか。

 がっかりしながら俺は口を開く。


「んな訳ないだろう」


「いや、だって来客が入って来ても膝の上に乗せて撫で続けるって、凄い見た目ですよ」


「あっ」


 スツラカから言われて、確かにと思い当たる。

 まさか指摘されるまで気が付かないとは、やはり他人と常時共に過ごす疲れもあったのかもしれない。

 それに、一瞬でもスツラカを噂を喜んで吹聴して回る連中と同列にしてしまったことを、心の中で詫びる。

 そんな俺に、スツラカは納得したように話しかけてきた。


「だからこの人が珍しく歯切れ悪く、多分少女好きじゃないと思うけど、分からないって言っていたのですね」


「だろー。明らかに特別扱いしていると思わない? でもこいつ絶対認めないんだよなぁ」


 ミゲルがスツラカに同調を求めるように言うが、スツラカはミゲルが話している間俺を。いや、俺達を見続ける。

 そして、ミゲルがしゃべり終わってから、スツラカはミゲルへと振り返った。


「グルードさん前から子供に優しかったから、せがまれたって考えたらそんなにおかしくないと思うわ」


「ええっ⁉ だってあのグルードがだぜ?」


 おいおい、本人を前にそんな話をしだすのか?

 それだけ俺に心許してくれているのかもしれないが、普通に失礼だぞ。

 なんて内心で思っていると、スツラカがミゲルを咎めた。


「それだけ私達相手に気を許しているんでしょ。あなただって他ではもう少し気を付けているのに、グルードさんが居るだけだと事あるごとに私の髪にキスしたりするじゃない」


 スツラカが肩自分の髪を触りつつ言ったその言葉に、ミゲルはものの見事に黙り込んでしまう。

 身に覚えがありまくるからだろうな。

 それにしても、二人が付き合いたての頃は度々真っ赤になるだけだったスツラカから考えると、二人の関係も積み上げがあったのだろうななんて思う。

 その姿を俺に見せてくれるのも、二人が俺を信頼してくれているからこそか。

 そう思えば、少しむずがゆいものがあった。


「でも、それは俺がお前を愛してやまないからだ!」


「はいはい、その先は家に帰ってからね」


 ミゲルは愛の言葉を伝えたのに、スツラカが素っ気なく返す。そのやり取りで、がーんと言う効果音でも聞こえて来そうなほどショックを受けた表情をミゲルは浮かべた。

 ミゲルよ、大丈夫だ。なにせ言いながらこちらを向いたスツラカの顔は真っ赤だからな。

 結局根本は変わってないのが確認でき、微笑ましい気持ちで胸がいっぱいになる。

 と、そこでスツラカが頭を下げてきた。


「グルードさん。すみませんでした。きっとこの人がその子が居るのに色々言ってしまったのだと思います。本人は良かれと思っていても、その子が嫌がった場合は遠慮なく叱ってやって下さい」


「あー。まあこの子は本当に反応が薄いからな」


 ぶっちゃけこの子の前では言わないで欲しかった事もあったので、俺は曖昧にスツラカに返事をする。

 と、ガバっと顔を上げたスツラカが責めるような表情で俺と視線を合わせた。


「無反応だからって、話して良いって理由にはならないかと思いますよ」


「そうだな、すまなかった」


 スツラカの言葉に、選んだ言葉が確かに悪かったと俺は素直に謝る。

 その間中ずっと身動き一つなく撫でられ続けるセシルが、さてどう思ったか分からないのは事実だから。

 俺の反応にスツラカは、仕方ないなと言わんばかりに軽い溜息を吐き。ちょこちょこと俺達の方へと歩み寄ってくる。

 丁度セシルと向かい合う場所まで来て、ニコっと微笑んでセシルへと話しかけた。


「初めまして。スツラカって言うの。君の名前を教えてくれないかな?」


 時が流れる。

 当たり前だが、セシルは瞬き以外の行動を何一つ行わない。

 丁度頭の位置が同じ高さで向かい合うスツラカの事を、ただただ眺めているかのような感じだ。


「えっと。お姉さんとお喋りするのは嫌かな?」


 困ったようなスツラカの言葉に、セシルは無反応を貫く。

 いつも通りのやり取りなので、どうしたものかと俺は内心で頭を抱える。

 スツラカは笑顔だけど困惑しているのだろう、次の言葉が出てこない。

 そんなスツラカを、ミゲルは心配そうに見つめていた。


「セシル。急にごめんな。ずっと言っているがお前の話したいタイミングで話せばいいから。スツラカ、そう言う訳だから、なんかその。すまん」


 徐々に重くなる場の空気を払拭させるため、俺はそう発言する。

 と、スツラカか何か言いたそうに俺を見つめてきた。


「言いたい事があるなら言っていいぞ」


 俺が促すが、スツラカは言葉を選んでいるのだろう少し考え込む。


「グルードさん。私が口出す事じゃないって分かっているのだけど。でも、流石に挨拶を返すように教えてあげるのはどうですか?」


 表情も口調も心配そうであり、事実他にも言いたい事が沢山あるのを抑えての言葉だろう。

 その気遣いが分かるだけに、俺も苦笑を浮かべるしかなかった。


「いや、押し付けるのは止めたんだよ。この子はこうして殆ど反応は返さないんだけど、時折返してはくれるんだ。だから、こちらが何かしたから反応しろって押し付けは、今のセシルには良くないのではないかって思ってね」


 俺の言葉を聞いても、当たり前だがスツラカは心配そうな表情のままだ。

 だから、もう少し具体的に伝える事にする。


「見ての通り、セシルは上質な服を着ているだろ。そして、当然美味い物だって沢山与えてみたし、女の子が好きそうなものを取り揃えてもみた。髪だって綺麗にしても無反応だったし」


 そこでいったん言葉を切り、目を瞑り自戒の意味を込めて改めて口を開く。


「こっちが勝手に喜んでくれるって思ってやって反応がないからって憤るのってさ、なんか違うんじゃねーかって思ったんだ。だから、嬉しいなら嬉しい。嫌なら嫌って。セシルからそう言う反応が返ってくるようになってからで良いと思ったんだ」


 言いながら思い出すのは、俺に対して良かれと思ってだろう掛けられた言葉の数々。

 例外が無かったとまでは言わないが、それがどれだけ俺を苦しめてきたか。

 セシルと事情は全く違うのだが、それでも相手が良いと思っていても本人も良いと思うかは別問題だと思い知らされているのだ。

 だからこそ、俺は甘々だと言われようとセシルに無理強いをするつもりはなかった。


「分かりました。それでも、何かお手伝い出来る事が私達にあったら遠慮なく言って下さいね」


 スツラカから優しく声を掛けられ目を開けると、スツラカもミゲルも笑みを浮かべていた。

 それを照れ臭く感じながら、俺は口を開く。


「ありがとう。まあ腹減ってるし飯食べようぜ!」





「あー。美味かったな!」


 昼食後ミゲル達と別れ、宿の部屋に入りつつセシルにそう声を掛ける。

 反応が返ってくると思ってなかったのだが、セシルが俺の方を見つつズボンを握って来たので驚いた。


「ん? どうしたんだ?」


 聞いてみるも、セシルから返事は返ってこない。

 とは言え、まさか即座に反応が返ってくるとは思っていなかったので素直に嬉しい。

 撫でられるのは嬉しいかもしれないと伝えてくれた事も同様だが、少しずつ距離が縮まってきているように感じられる。

 それと同時に息苦しさも感じなくなってきているので、俺はほっと胸を撫で下ろすのだった。

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