表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

奴隷少女との出会い

「赤い閃光のミゲル様にお願いしたものは誰かと皆で話しておりましたが、まさか黒き鬼神のグルード様だとは思いませんでしたぞ」


 会場の受付前で特徴がない男がにこやかにそう話しかけてくる。

 実はそれなりに面識がある相手なのだが、前回の見た目とまた変わっていた。

 目立つ金の長髪に緑目が、茶色の短髪に少し赤みがかった茶瞳と言うこの国でありふれた色に変わっている。

 筋肉隆々で今着ている服は絶対入らない程だったのに、執事服には余裕がありそうだ。

 顔もあれだけ目立っていた傷跡が消え、平々凡々の傷の無い顔つきに人の好さそうな笑みだけが浮かぶ。

 今のこいつだと一番目立つのが、この場に相応しい執事服とすら言える。

 当然そんなこいつも大層な二つ名持ちなので、それを言い返す事にした。


「いやいや、奴隷王の懐刀の貴方に比べればまだまだですよ」


 こちらも表面上の笑顔を作って言うが、受付の男の表情は少しも変わらなかった。

 まっ、裏の世界の奴がこの程度で表情を変える訳もないし、気が晴れたし良しとしよう。

 さて、こいつがわざわざ話しかけてきたって事は、間違いなく俺達を案内するのはこいつに違いない。


「いや、俺はともかくグルードは違っ……」


 黙っていろと念を押したはずのミゲルが喋りだしたので、きっと睨んで黙らせる。

 視線を戻すと受付の男が、仕方ないですねと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 さっきは微塵も変えなかった癖に、ほんと腹の立つ奴だな。


「で、今日のお前はなんて呼べばいいんだ? 前回のダートンか? その前のカイルか? バダッドもあったなぁ」


「本当に貴方は恐ろしい人ですよ。今日はハザードとお呼び下さい。それと、戯れが過ぎましたお許しください」


 ハザードは頭を深々と下げ、そのまま俺達を奥へと案内していく。

 市場は労働奴隷の売り買いを中心に賑わっており、活気あふれている。

 正直下手に冒険者やるより遥かに安全で衣食住も整っているからなぁ。

 冒険者なんて一攫千金を狙うネジのどこか外れた連中の集まり、って言うのも納得出来ると言うものだ。

 冒険者宛ての街中の仕事だって半数くらいは、大事な奴隷にはさせられない危険な仕事だからと依頼された物だからな。


 ただ、同じ労働奴隷でも教養の高い者だったり見目麗しい者など、何かしら持っているものなら別にされている場合が多い。

 今回のように愛でる目的で訪れる者相手ならば、愛嬌が良い者や格別に見た目が整っている者が居るテントに案内される事だろう。

 チケットを貰って来た辺りで気付いていたが、通常の労働力を求める場合はそんなもの要らないからな。


「こちらです」


 つらつらと考えながら後を付いていたら、予想より小さなテントに案内された。

 このサイズだと二十人も入れるかどうかくらいだろうか。

 中に入ると予想通り、簡素な布を巻いただけの見目の良い者達が八人並んでいた。下は十二歳くらいから上は三十前くらいだろうか。

 俺達が入ってくるなり一度頭を下げた後、じっとこちらを見つめてくる。

 まぁ見目が大きく左右するものだから、顔をアピールしているといったところか。


 そんな中、一人だけ俯くこの中で一番小さな少女に妙に気が惹かれた。


「申し訳ございません、不手際がありました」


「いや、構わない」


 ハザードの言葉に俺はそう返す。

 そして、俯く少女へと歩みより腰を下げて話しかける。


「こんにちは、俺はグルードだ。君の名前を聞いていいかい?」


 なるべく優しく声を掛けたが、少女は俯き続けたままだった。

 その姿に妙な親近感を覚える。

 ふとある大事な人が思い当たり、その人と見た目は似つかないのに雰囲気が似ているように感じた。

 そう気付いてしまったら、居ても立っても居られなくなり口に出してしまった。


「この子にする。いくらだ?」


 俺がそう言っても少女は俯いたままだった。

 長い金髪で表情は見えなかったが、多分何の感情も浮かんでいないのだろうなと予想する。


「ええええ、グルードって少女趣味だったのか! ……すまん」


 叫んだミゲルは睨んで黙らせておく。


「この少女は金貨二百――」


「ほらっ」


 二百と聞いた段階で持ってきていた袋をハザードに投げ渡す。

 袋には金貨五百枚入れていたから、余裕で足りる筈だ。

 ハザードが袋を難なく受け取ったのを確認した後、すぐに言葉を続ける。


「余り分は今後の生活でこの子が必要そうな物の調達代だ。それだけあれば配達まで依頼してもお釣りが来るだろ」


「かしこまりました。お任せください」


「ああ、お前の仕事には信頼しているからな」


 俺の言葉にハザードは嬉しそうに表情を綻ばせた。

 一見すると仕事を評価されて嬉しそうにしている風だが、奴隷王の懐刀だと考えると演技だろう。

 と、すぐに申し訳なさそうな表情へハザードは変化させた。

 そのまま口調も同じくすまなそうに俺に話しかけてくる。


「申し訳ございません。その少女は見た目よりも実際は年齢が高く十六歳です。問題ないでしょうか?」


 その言葉に俺は絶句してしまった。


「ちげーよ。別に小さいから欲しかった訳でもない。なんか、こう雰囲気が気になったんだ」


「ああ、合点が行きました。従順な娘が好みだったのですね」


「それも違う! そんなんじゃねー!」


 俺の言葉に納得したように頷きハザードは頷き続けた。

 視界の端に偶々入ったミゲルはと言えば、何故か苦悩している様子だった。

 こいつら絶対勘違いしているな。

 そう確信するものの、誤解を解く労力が無駄なので無視する事にする。

 どうせ連れて帰る最中で勝手に噂になるだろうし、それに思い至ったからだ。




「どうしたもんかねぇ」


 椅子に座り膝に金髪赤目の美少女――セシルを抱いて、俺はその少女の頭を撫でつつ呟いた。

 真上からそんな言葉を聞かされても、セシル相変わらず身動きすらしない。

 そう、問題はここだ。

 奴隷市から連れ帰った金髪赤目の美少女だが、セシルと言う名前を聞くだけで数時間掛かった。

 何に対しても殆ど反応がないからだ。


 セシルを連れて帰って十日経つが、その中で分かった事を脳内で整理してみよう。

 誰が声を掛けてもそもそも返事をしない。ハザードが準備した様々な物にも無反応だったし、どんなに美味い物を食べたり飲んだりしても反応なし。

 思い立って頭を撫でようとした時だけ何故こんな事をするのか聞かれたのだが、撫でたいからだと答えてからはこの状態だ。

 唯一他とは違い反応があったからと撫でるのが徐々に日常化し、それに縋るものの反応が全く変化しない。


「ほんとどうしたらセシルは喜んでくれるんだ?」


 絶望のあまりに口からそう零れてしまった。

 これだけ頭を抱えたのは二度目で、一度目の時は逃げ出してしまったのを思い出してしまう。

 完全に予定外だ。

 いくら気になったからって勢いで行動してはダメだな。

 なにより、似ていると思っていた雰囲気も、付き合うにつれて似て非なるものだったって思い知らされたし。


 と、俺が脳内で嘆いている間にいつの間にかセシルが無表情でじっとこちらを見つめていた。

 久し振りの反応にドキドキと胸が高鳴る。

 目と目があったからだろうか、セシルが表情を変えずに久し振りにその綺麗な声を発し始めた。


「旦那様は、私が喜ぶと嬉しいんですか?」


「ああ、そうだぞー。嬉しいぞー」


 つい猫撫で声で言ってしまった。

 自分でも気持ち悪いと思うがセシルはどう思ったのだろうか。

 無表情ゆえに全く分からないが、だからこそ一層落ち込んでしまう。


「そうですか」


 ……話が終わってしまった。

 どうしよう、また答え方を間違えてしまったのだろうか。

 俺は頭を両手で掴み、何か良い案は浮かばないかと必死に考える。


「あの……」


「ど、どうした?」


 向かい合ったままのセシルが、なんとまた話しかけてきてくれた。

 数時間開けずに会話が続くなんて、初めてでかなり動揺してしまう。


「撫でられるのは、嬉しい……かもしれません」


 セシルから抑揚のない口調で言われるものの、またまた初めての展開に俺は固まってしまった。

 ああ、どうしよう。と、とりあえず撫でれば良いのか?

 脳内も絶賛混乱中ながら、再び俺は撫でるのを再開した。

 再び撫でられ始めるとセシルは正面を向き、その横顔を見るとやはり無表情のままだった。


 ただ、俺は少しだけでも反応が返ってきた事に胸を撫で下ろしたのだった。

 なにせ、この十日間最も寛げる筈の宿が、最も心休まらない場所になってしまっていたのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ