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むさくるしい呑み会

「もう来年三十だし最近疲れが抜けないんだ。だから冒険者を引退しようと思う」


 テーブルをむさいおっさん二人で囲み、ほどよく酒と料理で腹を満たした頃合い。

 俺の向かいに座る髪や瞳と変わらぬほど顔を赤くしたミゲルから、そんな事を切り出される。

 悩みがあると言っていたそいつは、俺の返事を待たずつらつらと語り続けた。


「そりゃあんたみたいに抜群に腕が良ければ続けられるだろうけど、この体格と同じで俺の腕は並みだしさ。討伐にしても採集にしても平々凡々、代わりなんていくらでもいる」


 吐き捨てるように言った後、グイっとそいつは半分ほど酒の残った杯をあおる。

 やっと口を挟めるチャンスに、しかし俺は何も言葉を返さなかった。

 掛ける言葉が見つからなかった訳ではない。ただ、俺が何を言ったところで結局こいつの腹は決まっているだろう。

 だから、続く言葉を待ったのだ。


「ぷはぁ。俺はさ、愛想も悪いからさ、街内の依頼なんてなおさら出来る自信はないんだよ。散々っぱら馬鹿にしてきたけど、こう言う立場になって初めて街内の依頼を中心に受けている奴もすげーんだって分かったよ」


「お前だって丁寧に仕事していたと思うぞ」


 このままだと自虐に走りそうな気がして、じっと目を見つめて俺は言った。

 俺の言葉に目を見開いたミゲルは、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「あんたに言われると嬉しいよ。叱ってくれたり庇ってくれたり。本当に心の底から感謝しているからこそ……」


 徐々に声を震わせ、ミゲルは顔を隠すようにうつむいてしまった。

 それを指摘する事ほど野暮な事はないし、酒の入った杯を持ち上げながら別の言葉を伝えていく。


「ずっとお前は頑張っていたさ。一緒に依頼をやった回数こそ少ないけど、お前の悪い噂なんか聞いた事ないぜ。俺がこの街に来た頃はともかくとしてさ。それに、嫁さんの事もあるんだろ? 蓄えだってあるだろうし、これからどうしたいかは知らないけど。俺はお前の事応援するぞ」


 今のミゲルの態度を見れば、悩みぬいた末に辞める決意をしたと分かる。

 街内の依頼を中心に仕事をしているのなら違ったろうが、こいつの主な仕事は討伐や採集に護衛が中心だ。

 つまり、ほんの少し間違えば命すら無くなるような危険と隣り合わせでもある。

 衰えを感じただけでも辞めるには十分すぎる理由だ。


 なにより。

 最近口説き落としたギルドの元受付嬢の嫁さんがおめでたとくれば、危険な稼業を続けて不安にさせるより傍に居るべきだろう。

 良い辞め時って奴だろうな。

 辞め時を見失ってズルズル続けてしまった奴の最後なんて、決まっているようなものだし。


 寂しさを感じつつ杯をあおった俺に、ミゲルが呟くように喋り掛けてくる。


「ありがとう」


 その言葉に俺がニヤッと笑みを浮かべ、顔を上げたミゲルは吹っ切れたようなさわやかな笑みを浮かべていた。

 ミゲルの目が赤かったが、それには触れず世間話を続けていく。

 きっとこんな機会は今後無くなるとまでは言わないが、間違いなく激減する。

 だからこそ、俺達は酒場の親父さんから促されるまで話に花を咲かせるのだった。




 夜も更けベロベロに酔っぱらい、一人で歩けなくなったミゲルを背負って歩く。

 全く、最後かもしれないからってはっちゃけ過ぎだろうに。

 そう内心で文句を言うも、俺の顔は綻んでいた。


「グルードよぉ。あんたも嫁とか欲しくないのかぁ?」


 怪しい呂律で背中のミゲルが絡んできて、俺は複雑な心境になってしまう。


「正直に言えば欲しいさ。別に男色の趣味もないし」


「ならよぉ。なんで片っ端から断っちまうんだぁ? 街ナンバーワン冒険者なんて引く手数多だろうにぃ」


 酔っ払いの戯言に俺は返事を返すのを止め、苦笑いを浮かべたまま歩を進める。


「ほんとさぁ、おれぁあんたに感謝しているからさぁ。なんか困っているって知ってからはぁ、今まで相談された女にぁあいつは忘れられない人が居るっつってさぁ。けどさぁ、俺じゃ相談相手にもならないし実際事情もあるんだろうけどよぉ。あんたにぁ幸せになってほしいんだよぉ。別に嫁を取れって言っている訳じゃなくさぁ。あんだっけぇ」


 延々喋っていたミゲルが黙る。

 ようやく静かになったとホッと息を吐いた俺に、急にはっきりした調子でミゲルが話し出した。


「冗談抜きでもう少し人を受け入れられないのか? あんた誰にでもお節介を焼く割に踏み込ませないだろ? 俺も含めて」


 その言葉に俺は足を止めた。

 思わず投げ捨てそうになってしまったが、それだけは理性で抑え込む。

 返事をする余裕のなくなった俺に、ミゲルは続けた。


「すまねぇな。酔った振りなんかして。ただ、俺は嘘なんか言ってねえし。つーかガラじゃねーんだけどさ。まあだから酔った振りしなきゃ話せなかったと言うか」


 再びミゲルが黙る。

 もし僅かにミゲルに殺気があれば、否、ここまで全身を無防備に預けていなければ叩きのめしていたかもしれない。

 何故なら、俺の触れて欲しくない部分を触れて来たのだから。

 だが、何をされても良いと言わんばかりに警戒を解かれてしまっていれば、俺はその信頼を裏切る事が出来なかった。


「いくら酔っぱらった振りしたっても、まさかおんぶしてくれるなんて嬉しくてさ」


「ふざけるなら投げ捨てるぞ」


 照れたように口にしたミゲルに、一気に脱力して俺は口を開く。

 このまま冗談にしてしまいたくて言った俺の言葉に、ミゲルはそれでも大真面目な口調で話しかけてきた。


「ふざけてなんかないさ。てっきりいつものように放置されると思ってたんだから。だからこそ言おうと思ったんだよ。こんな特殊な状況じゃないと誰かをおぶれないあんたも、いい加減いつでもおぶれる相手くらい作れってさ」


「やっぱり酔っぱらってんだろ、お前はよ」


 呆れ三割、そして怒り七割で俺は呟いた。

 暗に黙れと込められた意味に、ミゲルはきっと気付いていたのだろう。

 何故なら、背中でビクッと震えたのだから。

 それでも、ミゲルは俺に必死に言葉を掛けてくる。


「俺をぶちのめしてくれても構わねぇ。だから、信頼出来る相手を作ってくれよ」


「作りたくなくて作らない訳じゃねーんだよ!」


 とうとう声を荒げてしまった。

 それでも、本当に心配してくれているのは伝わったから。

 だから、俺は口を無理矢理閉じてミゲルを背負ったままこいつの家へと急ぐ。

 ミゲルも俺の態度に、やっと口を閉じたのだった。




 俺は依頼を達成した翌日は、体の調子を整える為に必ず休みにしている。

 この街の冒険者ならば、大抵そうしているだろう。

 だから、贔屓にしている宿で体を休めていたのだが。そこにミゲルがやってきた。

 なんとなくそんな気はしていたので、事前に店主には伝えてある。

 なので、ミゲルはすんなり俺の部屋に通されたようだ。


「昨日は悪かった」


 俺の顔を見るや、ミゲルが頭を下げつつ言う。

 苦笑いを浮かべ、俺は口を開いた。


「心配してくれるのは伝わったさ。余計なお世話ってだけで」


 俺はミゲルにはっきりと伝える。

 なにせはっきり口にしても伝わらない事だってあるのだから。

 今回はどうやらちゃんと伝わったようで、ミゲルがしょんぼりとした表情で顔を上げた。


「そうだな、余計なお世話だった」


「分かれば良いんだよ。まっ今後は適度な付き合いをだなぁ……どうした?」


 許しを出した俺の言葉に、それでもミゲルの表情は晴れなかった。

 ゆえに嫌な予感を感じ、きつい口調で俺は問う。

 改めて睨みつけられ、ミゲルはきょろきょろと視線を彷徨わせた。


「その、余計なお世話なんだけど。分かっているんだけど」


 しどろもどろに話し出したミゲルに、俺はわざとらしくはあっと息を吐く。

 俺の態度にミゲルは固まった。

 さて、どうしたものかと内心では考えつつ。とりあえず聞くかと俺はミゲルに顎で先を促した。


「あっとその。奴隷はどうかな!」


「……はあ?」


 ミゲルの言葉が脈絡が無さ過ぎて、俺は聞き返す。


「いや。ほら。奴隷だったら絶対服従だし良いかなぁって」


「良い訳ないだろう」


 ミゲルの発想に頭痛を感じつつ、なんとかそれだけ俺は言い返す。

 しかし、ミゲルは更なる爆弾を俺に投げつけて来た。


「だから、今日の夜ある奴隷市の参加券買って来たんだ!」


 何故か得意げな表情になったミゲルが、取り出した二枚のチケットに俺は絶句した。本当に言葉が出ない。

 ミゲルは昔から猪突猛進な面があるのだが、今回も遺憾なく発揮されたようだ。

 ああ、本当にどうしてくれようか。

 頭を抱えた俺に、ミゲルは見当違いな言葉を降らせてくる。


「嫁の許可も取ってきたから大丈夫だぞ!」


「そんな心配するか! ってかお前ら夫婦ばっかじゃねーの? あああああああああ、もうどーすんだよ!」


 俺の嘆きが虚しく宙に溶ける。

 ああ、本当に頭が痛い。


「……すまん。キャンセル――」


「出来る訳ねーだろ! 裏の人間に睨まれるなんて俺も嫌だぞ。ったく、ほんと相談しろよなぁ」


 しょんぼりしたミゲルの言葉を途中で遮り、俺は投げやりに答えた。

 よく分かっていないらしいミゲルはキョトンとした表情を浮かべたが、裏の連中のプライドの高さを俺はよく知っている。

 限定の奴隷市のチケットをキャンセルされたら、奴らは間違いなく不快に思う。そう、報復を考える程度には。

 何をされるか分かったもんじゃないし、なんだかんだミゲルを見捨てるのも嫌だ。

 となると、俺が取れる選択肢はただ一つ。


「ミゲル、この借りはデカいからな」


 俺の無理矢理作った笑顔が怖かったのか、それとも怒りを押し殺した声が怖かったのか。

 真っ青になったミゲルは何度も頷くのだった。

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