プロローグ-6 蜘蛛
レヴィが騎士団大門に着いた時には多くの魔族でごった返していた。あまりの魔族の多さに足がもたついてしまう。
「うわ、多いですね…タイナさーん!いますかー!」
大門ではモンスター出現情報を得る為に冒険者という戦闘稼業の者が受け付けに向かい、別の街へと向かう商人が騎士団経由でギルドに護衛の依頼を受けてもらう為に、など様々な事情がある者が行き交っている。その為人の出入りが激しくトラブルへ繋がらないように騎士達が見張っている。
だがその見張りも眠いのか大あくびをかいている。
「こっちだよレヴィちゃーん!」
レヴィは騎士団本部の入り口である大門の前でこちらに手を振っているタイナを発見し合流した。
「お待たせしました…すごい格好してますねタイナさん」
騎士制服は本来ズボンであるはずなのにタイナは緑と黒のチェック柄のスカートになっている。安物の革製支給ポーチは素朴な茶色から派手なピンク色に染められており、白色の蜘蛛のバッチが縫られていた。
先ほどデュラン団長と会った時とは大違いの格好だ。
「ん、そう?でも女性だったらオシャレしないと!レヴィちゃんもしたらー?」
「い、いえ遠慮しときます。団長に見つかったら十中八九殺されますし」
タイナがムフフというニヤニヤした顔を近づけてくる。こういうのは嫌な予感しかしないと分かるが抵抗する暇も与えず耳打ちしてきた。
「気になる男をゲットするには積極的にならないとー。魔王様とか」
「ヴァッ!!?」
余りにも唐突過ぎる名前に思わず変な声を出してしまった。そのせいでタイナがますますニヤニヤを強くし目つきもイヤらしくなっている。
落ち着きを取り戻そうと息を迅速に整え一定のリズムで呼吸する。
大丈夫だ。落ち着け私。
「何を急に言うのですかタイナさん。別に私はアレの事を好きとかじゃありませんよ」
「へぇー"好き"とか一言も言ってないけどなー。ふぅーん、そーなーんだー♪」
「さ、さぁー出発しましょうタイナさん!パトロールしないと怒られちゃいますよ!!」
赤髪をぎこちなく揺らしながら蜘蛛騎士の手を握り、早足で繁華街へと向かう。同性からの強いエスコートもしんせーん☆など喧しいことを言っているが無視して騎士と冒険者が行き交う大門前通りを進む。
大門前通りは今の行き来の時間を狙ったのか露店が多く開かれていた。というか安い安いといいながら高い物を吹っかけようとする者がほとんどだ。冒険者がそれらの処理に悪戦苦闘している。レヴィも蜘蛛の言いよりに苦戦を強いられているが。
「レヴィちゃんは恥ずかしがりやだなー。それに魔王様ってかっこいいから人気あるんだよねー」
ピタッとレヴィの動きが急に止まる。まるで石化したように
「……へぇ」
レヴィの変化に気づかず蜘蛛もノリノリで地雷を踏みにいく。
「今日の配達屋の荷物見たけど、女性からのファンレターやラブレターがもうぎっしりで凄くてねー。アレを見てニヤついているんじゃないのー…レ、レヴィちゃん!?」
毛が逆立っていた。レヴィの周りの空気が重くなるにもかかわらず髪の毛がおぞましい動きをしながら浮いていた。
「あんのチビ悪魔……!」
周りの魔族がその様子をみて距離を取ったり店の品を隠し出し見て見ぬフリをする。どうやらこの爆弾を除去できるのは現状この国でタイナただ一人のようだ。
「レ、レヴィちゃん、あのその…」
ウンウンうなり頭を回す。何かヒントはないかと複眼をギョロギョロ動かすが何も見当たらない。そして思いついた言葉を声にした
「うん、御愁傷様!ぐええええええーー!!!」
爆弾が起爆。切るべき線を間違えたというよりコイツの場合叩いて直そうとしたようなものだが。
レヴィはタイナの首を両手で掴み自分の体を軸にしてグルングルン回り、蜘蛛の体が足を外側にして宙へ浮いていく。蜘蛛がもし人間だったら頭と胴体がラブロマンス的な離れ離れになっているだろう。
「タイナさんーーー!!!」
「ギャー!!もげるもげるもげるもげるぅーーー!!!」
ダイナミック蜘蛛ハリケーンを見せられて周りの魔族は益々離れていく。どうやら頭と体の分断的危機を助けてくれる心優しい騎士はいないようだ。
タイナは何とか息を吸い言葉を発する。
「でも、レヴィちゃん、可愛いから、脈あり、だよ!魔王様、チョクチョク、見てる、ポイし!」
「!!」
風切り音で途切れ途切れになったが上手く伝わったようでレヴィの回転が止まる。
だが急に止まったので、そのままレヴィの手からタイナが勢いを乗せたまま抜けてしまう。そのせいで膨大な遠心力が加わり勢いよく露店の方へ突撃していく。露店の店長もその様子を見て焦りもせず迅速に品物の上がった風呂敷を畳み横へ避けた。流石はプロだ。
「あっぶない……なぁ!!」
タイナは指先から糸を大門の騎士団旗へ向けて出す。糸は旗を掲げる鉄棒に絡みつき、思いっきり糸を引くことで自分の吹き飛ぶ方向を変える。
そのまま鉄棒を軸にしてヨーヨーに巻きつく糸のようにタイナは勢いを殺していき、何回転かしたあとようやく止まる。なんだか遊園地のアトラクションみたいだ。全然安全は保障されてないけど。
「う、うぇぇぇ……気持ち悪い…」
プツンと自分の糸を切った後タイナはフラフラとこちらに歩いてきた。
「ひ、酷いよレヴィちゃん…うぇっぷ…」
「すいませんタイナさん、後で何か奢りますから…」
「え、ホント!じゃあ繁華街の『甘々餡』でね!やた、レヴィちゃんの奢りー」
タイナは両腕でガッツポーズを決め目を輝かせている。相当夢を膨らませてるに違いない
「あの…加減してくださいね?」
「ふーんだ。加減しないで人を投げた癖に」
「え、十分しましたよ」
「え」
「え?」
魔族一人をあの速度でぶん投げて手加減という事実に動揺してしまう。しかもあれで加減したという、全然減衰が足りていない。
「レヴィちゃんってもしかして脳筋?ストップストップストーーーップ!!暴力はんたーーい!!?」
「ぐむむむむむ、ガルルルル……」
もう一度地雷を踏み抜いたが今度は不発弾で終わったことに安堵する。レヴィは拳を振り上げたままプルプル震えて動けなくなる。流石に反省したのだろう。
「レヴィちゃん…反省出来る脳味噌があるんだね!!」
3度目の起爆。そのまま聖騎士流関節技がタイナに降りかかる。
蜘蛛の運命や如何に!!
「ぎゃああああああああーーー!!!!」