3-7 激戦前
遅くなりました。二ヶ月もお待たせして申し訳ございません
暗くなった空、魔族街は火やオイルランプの光で満たされていく中、静寂に沈んでいた。
「なんだよ、今の」
モンスターの号声が魔族街を貫いた時、犀魔族の隣に立つ黒豹魔族がそう呟いた。
黒い体毛は総毛立ち、目も見開いている。彼は犀魔族の胸ぐら掴んで答えを急かしてくる。
「なんなんだって聞いてんだよ!!?」
犀の方も考えがおぼつかないのかツノの生えた頭を掻き毟るが、それでも答えは出てこない。
いや、答えは分かっているのだ。
犀魔族は冒険者として今までその声を聞いている。だがこの量は否定したかった。
そして否定している時間もなかった。そんな場合ではない。
「くそ、なんだよ。この数は、声を出してない奴までいるとしたら、もっといるのか!?」
「ざけんじゃねぇ!! おい、この街なんざ知るか! とっとと逃げるぞ!!」
「何処にだよ」
「そりゃあ、どこでもだよ!!」
「めちゃくちゃ言ってんじゃねぇ!! 聞いただろ四方八方からとんできた咆哮を、もうモンスター共はこの街を囲んでるぞ!!」
犀魔族、ゲルドが黒豹の胸ぐらを掴み返すとそのまま壁に叩きつけた。
「いいか、この周囲に潜む連中はどんなモンスターか知ってるか? 狼、蜘蛛、蜂、大体言うとこいつらだ。お前、こいつらからどう逃げるんだ!!」
「それはっ!…」
「空? 蜂の格好の的だ、一応言っとくがあいつら魔法使うからな。隠れながら突破?狼の嗅覚と足から逃れられるならやれよ。スピード自慢で突破するか? 蜘蛛共の糸がそんな生易しいもんかよ」
「じゃ、じゃあどうすんだよ!!?」
黒豹、ナルアがうわずった声を上げる。気づけば、周りの暴動によって怪我をした魔族や、今の咆哮を聞いて頭が空白になってる連中も聞いていた。
「そりゃもちろん勝つことだ」
「勝つ? あの大群相手にか!? 無理だ!!」
ナルアがゲルドの腕を振り払い逃げるように他所を向く。それに応じて周りも少しずつパニックが伝染していく。
「勝てる、この街には一騎当千の魔王がいるんだぞ。あの人間達との戦争でステラを討ち取ったあの人ならやれる」
ゲルドがそう言った時、つんざくような鋭く大きな声が届いた。
「魔族街に住む民達よ! 私は魔族騎士団の騎士団長、デュラン・マキシアーデである!」
「魔王様は今、魔族達を引き寄せている、あの空の術式を解除している!! アレさえ消えてしまえばこの街を脅かす輩は森へと逃げ帰る!」
俯いた者共が顔を上げていく。
怪我をしてベッドで寝ている奴が安堵のような笑みを浮かべる。
「だが、それにも時間がかかる! だからその間、頼む!! 皆の力を貸して欲しい!! 情けない話であるが騎士団の者だけでは守りきれない」
あるものは家へと駆け込み、埃の被った剣を持ち出し、適当に素振りを数度すると、そのまま魔族街の北門に駆けていった。
「皆この街をどう思う! 昔の魔族は部族ごとに分かれ争いを続けていた。だが魔王様がそれを変え、このありとあらゆる魔族が行き交う世界を作り上げた」
「我々は皆、少なからずあのお方に、この街の存在に救われたはずだ! ならば今度は我々がこの街を守るべきだ!」
「「「「おおおおおおおーーー!!!!」」」」
号声が轟くと同時に今まで足を止めていた者達が一斉に動き出した。
戦支度が進む中、ただ犀が両手を地につけ嘆いていた。
「魔王様抜きで!!? あの数を!? マジで!!? 無理だろぉー!」
「おい犀野郎、一発ぶん殴らせろ! さっきの気概は何処行きやがった!!」
他力本願な犀とヘタレ黒豹のコンビが騒いでいると、唐突に頭に衝撃を受けた。
「「イダァ!!」」
「なに馬鹿やってるんですか!」
ゲルドとナルアを殴ったのは、犀魔族が特有の硬質な外皮に痛みを与えたミラクルおたまを持った犬耳ウェイトレスのティファだ。
「ハイこれ、持って行ってください」
ティファは二人に緑色の包みを渡すと、ゲルドが、これ何? と涙目で尋ねる。
「ご飯です。腹が減っては戦は出来ぬ、と言いますからね」
ウェイトレスは愛想なく答えると、二人は食い入るように近づき訪ねてきた。
「「これはあなた様の手作りでございますかァ!?」」
「うぇ!? まぁ、はい、そうですよ?」
あまりの勢いに狼狽ながらも素直に口にすると、二人は号泣を始めた。
「うぅっ、は、初めて女の子から弁当貰えた…」
「一生かけて大切にします!!よっしゃー百人力だゼェー!」
「腐るからさっさと食ってください。後で弁当箱返してくださいね」
「「いいえ、ウチの家宝にします」」
「没収」
「わああああああーー!!? 俺の百人力がああああーー!!!?」
犬は無情にも弁当を奪い取ると、ナルアは大号泣しながら追い縋ってくる。犀は弁当を腹に抱え蹲り絶対死守の構えだ。
それを遠くから見守る者がいた。
「私が店長の代わりに甘々庵を守らないとね」
和服バニーことシェリルは、腰に帯刀した緑色の鞘から白い刃を覗き見る。
「いくよ、飛切」
その後、魔族街の西門に甘々庵にいたメンバーとギルド所属の冒険者達が集結した。
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「デュラン団長、北に冒険者の上位グループを複数確認、それと人魔大戦の経験のある住民が加勢に来ました」
二足歩行のライオンの姿をしたデュランが重く頷く。
今、彼の姿は全身甲冑を身につけ、鋼特有の艶と銀色の月光を反射していた。
「南と東は我ら魔族騎士団が、南はゴズ様とメズ様が指揮を、東は見回り騎士隊長のデマニスが指揮を取っております」
デュランが獣らしく小さく唸ると立ち上がり、柱に立てかけてあった大剣の柄を握る。
だが何か気に食わないのか、何度も握り直している。
「西には、その、魔族街の住人と冒険者が集っております」
「おい、歯切れが悪いぞ? 素直に言え」
デュランがひと睨みすると、魔族街全体を双眼鏡で観測していた蜥蜴騎士が慌てて言い繕う。
「あの、その、多分戦力が足りないかと…」
「多分、だぁ!?」
「いえ! 絶対足りないですはい!!」
デュランが大きな舌打ちをすると大剣から手を離し、大きな机に広がった魔族街の地図を睨む。
真っ赤な羽根ペンで東西南北の門に丸で印を書き、戦力を書いていく。
「物資の搬入は順調か? それとバリケードは?」
「はい、物資は滞りなく、バリケードは北では完成しています」
「流石は何でもやる冒険者の熟練達だ。やることをしっかりしてくれる」
そういえばと、蜥蜴騎士が双眼鏡を顔から離し、思い出したように報告する。
「物資で思い出しましたが、西方配送所で火事があったそうです。その建物のみ全焼して、今は消えています」
「火事? 既にモンスターが街に入り込んでいたか…それともこの状況で馬鹿をやらかした奴がいるのか? 現場に騎士を向かわせて調べさせろ」
蜥蜴が了解し、足元に置いていた両手で持てるサイズの銀色のケースを開けた。ケースの表面には『通信魔石』と書かれている。
ケースの中身は色とりどりの魔石が綺麗に並べられており、魔石の上にナンバーが書かれたプレートが敷いている。
彼が地図の丸印に書かれたナンバーを確認すると、目当てのものを手に取る。
「巨大術式対策チームでよろしいでしょうか」
蜥蜴がそう訪ねたが、デュランは無言のままじっと西側を見ている。
それを肯定と受け取り、術式を起動し耳に当て、淡々とした報告と連絡を行なった。
「三つ確保できたとのこと、残りも捜索中です。途中からタイナという騎士が捜索に加わっております。避難していない迷子も同時に捜索してるようで…なに? どうした?」
だが突如、事務的な会話に感情の色が現れた。
デュランも訝しげに猫耳を傾ける
『い、いえ、何か今、赤いものが見えた気がして、きっと気のせいだと思います』
と、そこで、全く別の声が現れた。そしてしばらく向こうで一方的な会話が続いた。
『どうも、ここで何してるのですか?』
『うおわぁ!?』
『ど、どこから湧いてきた!?お前は何者だ!? あとその引きずってる二人は何だ、目が死んでるぞ!?』
『人をゴキブリみたいに言わないでください。魔族騎士のレヴィです。ところでそれ、まだ機能してますか』
『魔族騎士? 見たことない顔だが新入りか? あっこら! 勝手に取るな!』
『もしもし? デュラン団長ですか? そうじゃなくてもどうせ近くにいますよね』
デュランが蜥蜴騎士から魔石を受け取り、レヴィの通信に出る。
「レヴィか? どうした、 タイナと一緒にいないのか?」
『タイナさんは甘々庵の方に魔石回収に向かいました。おそらく触媒用の魔石が再設置されています。あと『配達員』を確保しました』
レヴィの報告を受け、しばらく唸り考え込むと、隣にいた蜥蜴騎士がレヴィの位置を地図に書き込む。西方配送所の少し離れた位置だ。
「そうか、さっきのモンスターの声は聞いたな、お前は配達員をそこの騎士に渡した後、すぐに西門の防衛にいってくれ。戦力不足だと感じたらすぐに増援要請を起こせ」
『聞けません。この人は渡せません』
「………なんだって?」
『ですから聞けません、あなたの言うことに従う気がありません』
デュランはこめかみを抑え、まず自分が何かしただろうかと塾考し、心当たりがないため聞いてみることにした。
「…なんでだ?」
『私、魔族騎士団やめます』
デュランの頭は、ホワイトアウトした。ぇ、という掠れた声しか出なかった。
『ついでにこの鷹男と鬼侍貰っていきます』
そして聞きたいことが色々、いやたくさん出てきた。
なぜ辞めるのか、なぜこのタイミングで、なぜ配送員と用心棒を、配送所のぼや騒ぎはお前が関係してるのか。
何から聞くべきかと思考をしてる間に
『では、さようならデュランさん』
会話が終わってしまった。
魔石から音が消失し、魔族街の喧騒が耳に届いてくる。
ようやく、絞り出すように言葉が出たが、もう答える相手はいなかった。




