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3-4 憎しみの矛先

夕日は沈み、殆どが暗闇に染まる時刻。

地平線からうっすらと赤い光が漏れる空の下、私は古ぼけた木壁で組まれた倉庫のような二階ほどある大きさの建物に到着しました。

建物の構造自体に特に目立つものはなく、ただ小さく『西方配送所』と書かれた看板が立てられていました。

扉は糸が貼られてる所謂ワイヤートラップなどはなく、特に警戒してる様子はなさそうでした。

「仕掛ける余裕もなさそうですね…まさかいないとかないですよね?」

魔王の事だから危険な方を私に押し付けてきそうでしたが、と考えていると建物の中からボソボソと声が聞こえてきました。

避難してる魔族の可能性も無くはないですが十中八九リチャードという人でしょう。


私はドアノブに手をかけゆっくりと回そうとしますが、鍵がかかっていたので回す手は止まりました。

「流石にそこまで無用心じゃないですか」

こうなるとドアを壊して侵入するしかありません。

不意打ちして一気に抑え込むのは難しくなりました。

「ふん!」

ドアを息を吐くように蹴破ると蝶番の部分から弾け飛び形を保ったままそのまま奥の壁までふき飛び、粉々になりました。

ですが、なんの反応もありません。

ずっとボソボソと呟く声が聞こえるだけです。

今度こそ罠でしょうか?

「きえ……え…ろ……消えろ……」

建物の中は広く壁や仕切りで隔てる物もなく、荷物が大きいものから小さいものまで綺麗に積み重ねられ置かれていました。

罠らしきものは見当たりませんが直ぐに反応できるよう警戒しながら進みます。

私は足を進め、木とブーツが立てるはっきりとした不快感の抱かない音を立てながら歩いていきます。

それでも先程から続く呟きは続き、歩を進める程に明確に聞こえてきます。


そして、荷物の山の上に誰かがいました。


うな垂れるように頭をぶらりと下に向け、それを両手で抱えていました。

私の足音が聞こえてるのか聞こえてないのかそれでも呟き続けます。

「もうなにもかもきえてしまえアイツのいないせかいはかちがないそうだおれはけすひつようがあるただアイツのために」

荷物の上にいるのは人間の骨格に鷹を混ぜたような魔族でした。

茶色と黒の羽が全身を覆い独特の模様を作り出し、口には大きな嘴が生え猛禽類特有の鋭さと危険性を主張して、頭を抱える手からは鋭利な爪が覗かせていました。

「能ある鷹は爪を隠すのでは?」

私はついその手を見て口を開いてしまいました。

どんなに呆然としていても、流石に私の声に気づき、首はこちらを向き生気を感じさせない目が睨みつけてきました。目が私の胸元に向かうと忌々しそうに舌を打ちました。

「騎士団の追手か、一人で来るとかバカかよ?罠とか警戒しろよ」

「警戒ぐらいしましたしわざと音を立てながら近づきましたよ」

「…そうかよ、で?俺を捕まえにきたんだろ、さっさと殺り合おうじゃねぇか」

吹っ切れたようにそう言うと、隣にある何かを掴みました。

座っていた木箱から飛び降りそれを振り下ろしてきました。

「おらぁああああ!!騎士の一人死のうが今更だあああああああ!!!」

ハンマーでした。

おそらく木箱の修復などに使われたであろう片手で持てるサイズのそれが私の頭めがけて振り下ろされました。

いくら工具用の小さいハンマーとはいえ魔族の体重の乗ったそれが頭に直撃すれば致命傷になるでしょう。

「直撃すれば、ですけど」

私は頭のハンマーの当たる一部分に一瞬だけ甲殻を作り出しすことで完全に防ぎます。

ハンマーは魔族の腕力と超硬質な甲殻の衝撃に耐えられず、べキリと、柄の部分から折れて金属特有の硬いものが落ちるむなしい音を立てました。

相手から見れば魔族の全力を生身で受けて平然と立つ騎士に見えたでしょう。

「なっ…ん!?」

リチャードさんは先に何もついてないハンマーだったものを握りながら後ろに数歩引き下がりました。

「ただの騎士じゃねぇなお前!? 近衛か、それともエリート部隊の騎士か!?」

私は手を広げてくるりと一回転し相手を煽ります。

「ご覧の通りただの新人騎士ですよ。それに今はエリート騎士の方々は留守なのはご存知でしょう」

「何がご覧の通りだ!! だったらこれだ!!」

ハンマーだった物を投げ捨て、リチャードさんは指先から更に鷹の丸みの帯びた鋭利な爪を伸ばし切りかかってきました。

足を地面につけると同時に腹を抉り取るように腕を振るってきたので、そこに甲殻を展開します。

爪は制服を切り裂き私の甲殻と衝突します。ハンマーの時と同じく、硬いもの同士がぶつかり合う鈍く高い音が建物に響き渡りました。

相手はその直後後方へ跳びのき驚愕を顔に出しました。

「硬ェ!?皮膚や毛じゃねぇ、甲殻、鱗か!」

「前者で正解ですよ。もっともわかったところで貫けますか?」

私の両手は騎士団の制服ポケットに入れたまま一歩一歩、ゆっくりと、ジワジワと相手の領域に足を踏み込んで行きます。

私が進むたびに相手が合わせるかのように退いていきます。

「だったら…こうだ!!」

近くにあった木箱に両手をつけると、それを持ち上げ私に投げつけてきました。

木箱の重さで私をどうこうできるとはリチャードさんも思ってないでしょう。

「つまり目くらましでしょうか、さてお次はなんですかね?」

甲殻を体の前面に展開して木箱を砕きながら直進します。

直後、私の両足が宙に浮きました。

「お?」

そして風がリチャードさんの方から駆け抜け、一つにまとめた髪をなびかせます。

「風魔法ですか」

「ぶっ飛べ!!!」

甲殻を展開していくらかは重くなっていた私の体を浮き上がらせた風は、そのまま私を乗せ後方の荷箱の山に突撃させました。

荷箱は私の体に押し崩れ、中に入っていた灰色の粉が倒れこむ無傷の私の周りを漂います。

「………灰色?粉?そしてこの香りは?」

何処かで嗅いだ香り、血肉と鉄と一緒に嗅いだその臭いは

「ガレイル火薬?」

風は未だ私の周りを渦のように周り続けます。まるで檻のように

「あれ?ひょっとしてこれヤバ―」

リチャードさんは左手で風魔法の緑色術式を操作しながら、右手に赤い宝石のようなものを持ってます。


「ウェルダンだ。騎士」


そういって宝石に魔力を流し込みこちらに投げつけると


ジュゴオオオオ『ドォォォン!!!!』オオオオオ『パァァァァン!!!』オオォォォォォォ『ダァァァァン!!!』ォォォオオオオオオオ!!!


勢いよく火の手が回りました。


私の周囲を覆っていた風で炎は逃げず、風の檻の中でガレイル火薬が燃え上がり、爆炎を何度も再発させるその光景はまるで太陽のようにも見えるでしょう

「このまま燃え尽きちまえ」

紅蓮が畝る風檻は火薬が燃え尽きたのか既に爆発音は聞こえなくなり、鉄すら溶かす超高温の炎の音だけになりました。


その筈でした。


「とんでもないことしてくれやがりましたねェ」


「は?…は?」

もう聞こえるはずのない声、それに戸惑いを隠せずあらぬ方向へと首を回すリチャードさんの様子を視認出来ました。

私が風檻から紅の手を突き出し引き裂くように広げると風が乱れ、裂けた部分からバーナーのように炎が吹き出し、リチャードさんに向かっていきます。

「どぉわああああああ!!!?」

彼は魔法の制御をかなぐり捨て、全力で真横に飛び込み回避しました。

そして風檻から解放された火炎は倉庫に燃え移り、勢いよく荷物や壁、天井に瞬く間に燃え出しました。

「なん、な、ん、なんなんだよお前!?」

私は炎から平然と歩みを進め今の姿を晒します。

焼けた跡などどこにもない紅色に陽の光で照らされる甲殻は、頑強とした威圧を放つ鎧になり、超高温の炎と爆発の塊から私の身を守りました。

傷一つつかず、焦げ一つない、甲殻鎧は私の蟹魔族としての能力を使い展開したものです。

「その、鎧、なんだよ…なんの魔族なんだよ、お前!!?」

半ば狂乱するように叫ぶリチャードさんはまるで追い詰められた獲物のようで哀れでした。

「蟹ですよ」

「か、かに?蟹の、魔族?たかが下級の魔族が、今のを?」

「そうですね…ただ、魔力ではない、もっと強大な、別の力が作用した結果、ここまで硬くなったのだと思いますよ」

「強大な…なにか……ッ!?」

彼は何かに感づいたような様子で、それでも信じられないように首を振るいました。

「あ、ありえない、そんな、なんで、ここで、お前が? なんで!?」

今の攻撃に簡単に耐えられる程のあまりにもありえない強さ、まるで何かの手違いのように信じられない強さを持つ者。

彼は知っていたのでしょう。

いや、魔族の者全員が知っている、それを。

「まるでステラのよう、ですか?」

「あ、あああ…」


人間の身でありながら魔族という圧倒的強者に力づくで圧勝するイレギュラー

まるでルール違反のような強さ

世界の理から外れすぎてる存在


「あなたの想像どうりですよ。リチャードさん」

「死んだはず、あ、あのクソチビ魔王に殺されたんじゃ」

「ええ、確かに死にました」

「じゃあ!?」

「ですが蘇りました」

縋るような問いに切断するように答えると彼は力なく尻から座り込みました。

「不死…なのか?お前」

「死んだって言いましたよ。なんで蘇ったのかは知りませんが」

「…そうか」

諦めたように力無い返事を一つすると、俯いたまま手を床に転がしました。

「終わりか」

「終わりです」

私の返事に鼻で一つ笑うと後は何もありません。絶望したように何もしませんでした。


燃えて崩れ行く建物の中で私は計画を実行します。


「さて! ではなぜこんな事を?」

「……」

さっきまでの空気を切り替えたように明るく聞きますが、それでも黙ったままです。

では煽りましょう。

「もしかして魔王の座が欲しかった! なんて、そんなわけないですよね?」

「……」

「アレが欲しいならもっとスマートに事を運んでるはずです。わざわざ街を混乱に陥れる理由はありませんよね? 寧ろ魔王以外の何かが弊害にならないよう関わらせないですよね」

「…」

「じゃあ?なんでこんな事を? 騎士の皆さんは色々考えてましたが、話は変な方向に向けて簡単です」

「なにが…いいたい…」


「そんなに『この街』が憎かったですか?」

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