3-3 それでもどこかで祈り願う
空に浮かぶ巨大術式は今も回り続け、いつ効果が発揮されるかわからない状態だ。
それを見ているアカツキが声を荒げる。
「なんだぁ!?この街を覆ってんのか!!」
「そのサイズはある、でもこれだけデカイと媒体が必要だし…見た事ないし、前例もないよ!」
タイナが後ろにたじろぐ。その顔には恐怖が貼られこの状況の危険性を示していた。
いったいこれほど大きな術式がどれ程の破壊を招くのか想像もつかないのだ。
魔王は再び通信用の魔石を耳に当てるが、もう通信は切れていた。魔石からは物悲しいノイズだけが流れていた。
「言うだけ言いやがって…タイナ!」
「へ、ハイ!」
声を上ずらせながら返事をし、タイナにしては珍しく姿勢を正して魔王へと向いた。
「ちゃんと冒険者ギルドで聞き込みをしてたなら配達員が使用する配送所の位置を聞いてるよな?」
「コレです! とりあえず話を聞ける状況じゃなかったので取れるものをぶんどって来ました」
蜘蛛糸でグルグル巻きにされたギルド資料をポーチから取り出すとそれを詫び品のように腰を低くして渡した。
「こちらになります」
それを受け取り複数ある様々なサイズの資料をペラペラとめくる。そこから『ギルド配達員名簿』というパッとしない茶色の冊子を取り出した。
さらにそれをめくり中身を確認していくとあるページで止まった。
「地図」
「はいどうぞ」
タイナが傍から地図を渡すとそれを名簿の下に敷く。視線が名簿と地図を往復し地図の二箇所に丸い円を魔法の光で示した。北東部と西部にある中間配送所だ。
「タイナと鬼は北東部のここに行け、レヴィは西部の配送所だ」
え、俺も? と自分を指差すアカツキを全員が無視して会話が進む。
「配送所ですか?」
「正しくは中間配送所だがな、そこにリチャードがいるはずだ」
「何故です?これだけの事をしたのですから居場所がバレないよう魔族街を逃げ回ってるのでは?」
レヴィが当然の疑問を投げかける。
「今のリチャードにそんな余裕はないだろう。なんせ首謀者にけつ叩かれた挙句とんでもないアドリブまでされて何年もかけた計画はほとんどご破算、そんな中自分を探している奴がいる外でウロウロできるか?」
「無理ですね」
「だったら心の落ち着ける慣れた場所に居るはずだ。だが素直に家に逃げるとは思えない、だとしたらここって事だ」
「なるほど、職場ですね。ではさっそくいってきます」
レヴィが足を反対方向に向け駆け出していくと、あっという間に姿が建物の向こうに消えてしまう。
「はっや、アイツ本当に弱体化してるのか?」
弱体化という言葉に機敏に反応したのは鬼だった。
が、何を聞いていいのか、本当なのかジョークなのか測れず何も聞けないでいる。
「レヴィちゃんが弱体化?またまたーご冗談を…ですよね?」
そこでタイナが恐る恐る尋ねると魔王は重いため息を吐いて首を横に振った。
「弱体化…というより魔族の体に慣れてない感じがあるな。結構ぎこちないというか、動きがキビキビしてないというか、いや、それだけじゃないな…?」
一人で考え込みレヴィについて思案しそうになるが一先ず保留にして動き出す。
「さて、俺はあの馬鹿でかい術式をどうにかする。そっちは頼んだぞ」
「はい!このタイナにお任せあれ!ほらいくぞ鬼!」
タイナが意気揚々とアカツキの手を握りレヴィとは反対方向の出口に向かう。
考え事をしていたアカツキがそれに抵抗しようと足を踏ん張る。
「え?ってか俺も行くのか!? 騎士団でどうにかしろよ!絶対ヤベェ奴だろ、触らぬ神に祟りなしだろ!!」
「ここで協力しないと大変だよ。協力しないってことはやっぱりコイツ反魔王勢力なんじゃないかと疑われるよー。というか私がそう証言する」
「性悪蜘蛛女! わかった行くから腕ごと服引っ張るな和服が脱げる!」
タイナに引っ張られるままついて行くアカツキを見送り魔王は空を、星が刻まれた大規模術式を睨みつける。
「星とはまたご大層なものを、なにが目的だ?」
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魔石による冒険者達の魔力暴走が徐々に鎮圧され、落ち着きを取り戻しつつあった魔族街。
そこに突如空に超巨大術式が展開された。
術式が大きければ大きいほどその効果は強くこの規模で火の魔法を発動されれば魔族街だけでなく周囲を囲む草原さえ火の海に、地獄に変えてしまうだろう。
この光景は魔族街にいた者達に恐怖を与えるに十分だった。
「おいどけ!!さっさと逃げないと手遅れになっちまうぞ!!」
「お待ちください!今使えるシェルターがないか確認中で」
「シェルターですって!?そんなの役に立つの!!あんなでかい術式をあたしは見た事ないよ!」
「負傷者を優先して運べ! 診療所に居る医師達を呼んで治療に当たらせるんだ!」
既に街は混乱で満ちていた。
逃げるんだと具体的な案もないむなしい叫びと必死にパニックを起こさないよう抑える騎士達の叫びが飛び交う。
街は一種の戦争のような互いの言葉を武器に攻撃する戦場と化していた。
「ねぇ、私の息子を見なかった!?ねぇ!?そこのあなた」
「あぁん!?んなの知るかよ!!」
「おい!この騎士叩きのめそうぜ!そうしたらきっと安全地帯を吐くぜ」
「なんだと貴様!?反逆罪で牢にぶち込むぞ!」
『魔族街の私の愛する住民諸君!!このイベントを楽しんでいるかね!!』
は?
唐突に、前触れもなく、どこからともなく聞こえてきたこの国の王の声に、この街にいる全員の心がこの一瞬だけ完全に一つになった。
『今回の巨大術式はいかがだろうか? とても綺麗でデカく、魔法の王、魔王の名に恥じない尊厳足らしめる出来だろう!』
喧嘩をしていたもの達は互いの胸ぐらを掴んだ手を離し、喧騒は静寂へと変わる。
そして恐怖の顔は期待と羨望に満ちたものへと変化して行く。
『と、言えたらいいのだが…憐れにもこの事態は反魔王勢力による工作だ。期待したかね諸君? 君たちの期待を裏切れて私は非常に嬉しい!楽しい! だがそれは敵もそうだ!』
全員の顔つきが変化する。怒りだ。相手のいいように驚き、恐怖し、混乱していた事に屈辱を感じて。
『さて市民諸君! このままおめおめと街外に逃げてもいいし、シェルターでガタガタ震えていてもいい。ただしそいつには根性なしのレッテルが貼られるだろうがな!!』
騎士達は全員各所で整列を開始した。
喧嘩をしていたもの同士は互いの拳を軽くぶつけ検討を祈りあう。
怪我をしていたものは先ほどまでとは真逆の理由で早く治せと叫ぶ。
『では問おう!! お前らは! 魔族であるか!』
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉーー!!!!」」」」」
騎士は拳で鎧を叩きながら雄叫びをあげる。
『我らは! 戦いに意味を求めず! 理由も持たず! ただ単純の私利私欲の為に武器を取るのが魔族である!! 全員! 今! 腹が立つかあああああああああああああ!!!ムカつくかああああああああ!!』
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」
『だったらやり返せ!! 少しでもその鬱憤を晴らせ! その為に互いに手を取り合え! 』
もう、逃げようとするものは誰もいない。
隠れようとするものもいない。
迷うものもいない。
『騎士達はこの術式を構成してる触媒を探せ! 戦えるものは武器と薬を集めろ! 己ができることをせよ!』
魔族街に数多の咆哮が轟く。少しでも、目にものを言わせる為に、自分の強さを示す為に
「おいアンタ、息子がよく行く場所ってどこだ? ついでに探してやるよ」
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「なんでだよ」
「なんでだよなんでだよなんでだよ!!!」
「なんで……こうなっちまうんだよっ!!!」
「もう…いい、もうどうなろうが知った事か!!」
「もう、全部、消えてしまえ!!! アイツのいない世界なんて消えてしまえ!!! こんなのもう…」
「もう………苦しいだけだ」




